FLAME BULLET
MIDDLE…"不可侵"〜DON'T WALK


昨日と同じ今日。
今日と同じ明日。

世界は繰り返し時を刻み、変わらないように見えた。


だが、ここにいる少年……上月司は、それが偽りであることを知っていた。

世界は既に変貌している。
──少なくとも、昨日までは何とか工面できていた昼食代が今日からは無いのだ。
彼にとってはそれだけで大きな違いだ。


空腹を紛らわすため、司は人気の無い屋上へと出た。
「あぁ……空が青い」
手をかざす。
爽やかな季節の青空とは逆に、司の心は晴れなかった。


フリーエージェントとしてUGNに協力する司にとっては、昨日のような戦闘を行うことなどもう日常茶飯事だ。
だが昨日の襲撃は、現在何の任務も言い渡されていない司には全くのイレギュラーだった。
ひょっとしたら、自分は何かの陰謀に巻き込まれようとしているのか?

少し考えてみたが、すぐにそれは否定した。
ファルスハーツの陰謀にしては、あまりに無計画すぎる。
つまり司としては、自分が狙われる理由が思い当たらないのだ。


「ってぇーことは……なんか個人的恨みでも買ったってことかな……」
「何を買ったって?」

「!?」

突然かけられた声に、司は警戒しながらゆっくりと顔をそちらに向けた。
昼休みに屋上に来るのは、司と、万年バカップルの様相を醸し出している檜山ケイトと薬王寺結希、この三人くらいのもの。
だが聞こえてきた声は、ケイトのものでも結希のものでもなかった。


視界の端に声の主が映る。
そこには司と同じ学校の制服を着た、一人の少女が、なんとも無防備に突っ立っていた。


「なんだ、……か」
「うん?」
顔を確認して──思い出す。
少女はクラスメイトの一人だった。名前は……、だったか。
結希とはよく喋っていた印象はあるが、司自身は話したことはほとんどない。
はきょとんとして、司を──というよりは、司の手元を見ている。
目を何度かパチパチとやって、小さく、だが確実に司に向けて呟いた。

「あれ?司くん……お昼は?」

痛い所をつかれた。
思わず目が泳ぐ。
それでも目の前の少女は答えをじっと待っているらしく、観念して司はぶっきらぼうに告げた。

「…………食った」
「嘘。まだ昼休み始まって五分だよ」
「食ったったら食ったんだよ」
「あ、じゃあ早弁?でも司くんの席前の方だよね……?」
そう言って首を傾げる少女の手には、可愛らしいサイズのランチボックスと紙パックのお茶が一つずつ。
今まさに、屋上で昼食だと言わんばかりだ。
「と、とにかくいいんだよ俺は。もう食った!」
「そこまで言うんなら、いいけど。あ、プチトマト食べる?私苦手なんだー」
「話聞けよこの!」

いつの間にか、は地べたに座りランチボックスを開けていた。
備え付けのプラスチック製フォークでプチトマトを刺して、司の方に向けている。
こいつも兄貴とか霧谷さんと同じ系統か──そう思って、いつものごとく叫んでみた。

その先の反応が、兄達と違った。


「……うん、聞いてるよ。何?」
フォークを置いて、はこちらを見上げていた。
「え……っと……」
司は戸惑った。
こんなにさらりと返された経験が、今までにないからだ。
「あ……う……だから、その……」
「?」
そういえば勢いで「話を聞け」と言ってしまったが、よく考えたらは司が『昼食はもう食べたからいいんだ』ということについて、もう言及してはいなかった。
だから、ここで何か突っ込みを入れる材料がないのだ。

そこで、気付いた。
彼女は決して、兄貴のような話の前後が繋がらない会話をしているわけじゃない。
先ほどの内容をよく思い出してみると、確かにそうだ。
は司の言葉を聞いて、それに答え、さらに次の話題へと繋げている。
要するに会話の基本が出来ているのだ。
少女の雰囲気に惑わされていたが、彼女はボケない。
小さく息を吐いて、司は言った。

「……いや、なんでもねえ」
「そう?じゃあ、いいけど。あ、そうだ司くんさ、放課後ヒマ?」
「は?いや、まあ……別に用はねえけど」
話題の転換。こんな芸当まで出来るとは。
しかも自分の都合の悪いことを誤魔化すためじゃない、純粋な『次の話題』だ。

何でこんなことに感心しているんだろうと思いながら、司はそれにも答えた。
「そっかそっか」
が満足気に頷く。
この次に来る言葉は容易に想像できた。

「それじゃあさ、一緒に帰ろう?」


何故か、とてつもなく嫌な予感がした。
だがそれが何なのか特定できぬまま、司とは下校の約束をした。



昼休みも終わり、司は教室へ戻ろうとした。
既にはそこにいない。
校舎内に入るための扉の前に差し掛かったところで、別の少女の声に呼び止められる。

「司さん」
「……ああ、支部長か」
扉の前、司の進行をふさぐ形で小柄な少女が立っていた。
この一見頼りなさげな少女こそが、薬王寺結希。
UGNでも屈指の頭脳を誇り、このS市の支部長におさまっているのだ。
結希は時間も気にせず、口を開いた。

「昨日の襲撃についてこちらでも調べてみたんですが、手口から、一人の人物が浮かびました」
「そうか……」
「"領域"をかわす能力を持ち、このS市近辺に潜んでいる可能性のあるオーヴァードをリストアップした結果です。おそらく昨日会ったというのは、ファルスハーツのエージェント……コードネーム"緋色の弾丸"(フレイムブリット)
「緋色の弾丸?」
まるで自分と対になったような名前だ。司は思った。
目だけで続きを促す。
「……はい。オルクスの領域の外側から、熱エネルギーコーティングした銃で攻撃し……銃弾が"領域"の干渉を受ける前に相手を倒す、言ってみればオルクスキラーです」
「それで俺を狙った、か……?」
「多分、そうだと思います。司さんはイリーガルの中でも強力ですし、"緋色の弾丸"は好んでオルクスを狙うらしいですから。ただ、今回の件については"緋色の弾丸"独自の行動で、FHそのものは大きく絡んでいないと思われます」
「じゃあ、今回は俺の個人的戦いって奴だな。ま、警戒はしとくさ」
「すみません……支部は今、再編成中で……戦力を回すことが出来なくって」
「いいっていいって、どうせ狙いは俺なんだろ?なら、俺がやるのが筋ってもんだ」

向こうから売ってきた喧嘩だしな。
手をひらりと振って、司は結希の脇を通り校舎に入った。
擦れ違ったその時に、
「あ、それと……」
思い出したように、結希が呟く。
階段を降りかけていた司が足を止めると、結希は低く、切り出した。
「"緋色の弾丸"は、オルクスを殺す前に、その人自身に接触する癖があるんです。まるで、"領域"に入らずにどこまでその人に接近できるかゲームを楽しむように……」
「…………」

司は何も言わなかった。
ただ、先ほどと話していた時に感じた『嫌な予感』、それを確定させるための欠けたピースが、どんどん揃っていくような、そんな気がした。


そして、校内では襲撃も何も起こらぬまま、約束した放課後となった。



「司くーん」
「おう、待っ……おわっ!?」
約束通り校門前に立っていたに近づき、片手を上げる。
その上げた手が、の手の中にきゅ、と握られていた。
「お、おい……」
「じゃあ、帰ろっか」
笑顔でそう言うと、は司の手を取ったまま引っ張って歩き出した。

一方の司はたまったもんではない……と思いかけたが、何故かそんなに嫌ではない。
いや、嬉しいわけでもないが、照れくさいとも思わないのだ。

ただ、の手が暖かくて。
だからこうするのが自然なんじゃないか、と、普段なら噴飯ものの思考が彼を支配していた。


そうしていつもと違う道を帰ることとなった司。
やがていつもと違う角を曲がり、学校が見えなくなった頃、が足を緩めて司の方を見た。
彼女は唐突にこんなことを言った。
「ねえ司くん、お腹すかない?」
「は?いや、別に……」
強がりを言うが、昼を食べていないのに腹がすいてないわけがない。
それを悟らせまいと、わざと背を伸ばし、繋いでない方の手をポケットに突っ込んだまま足を早める。
から視線をそらすと、ちょうど公園の入り口が目に入る──入ってすぐの場所に、クレープの屋台が出ているのを発見した。なんとも間が悪い。
司の様子がおかしいのを気にしていないのか、はいつもの調子で言う。
「クレープ食べたくない?」
「うっ……」
「あそこの公園の、美味しいんだよ」
「…………」
「私、奢ったげるからさ、食べよう?」
「……〜〜〜〜っ」


ついに司は根負けした。
貧困と空腹には勝てなかった。


確かにの言った通り、そこのクレープは美味しかった。
すきっ腹ということもあってはなおさらだ。

「……もしかして、このためにこっちの道通った……?」
司の呟きはには聞こえていないようだった。
実に幸せそうにクレープにかじりついている。

そんなわけねえか。
司は思い直す。
この女はもっと別のことを考えている。
『気になる男子と、空腹をダシにして一緒にクレープ食べながら下校』なんて、そんな可愛いもんじゃなく。

先ほどの公園からだいぶ歩いた。
道を一本外れただけだというのに、このあたりには人気が全くない。
司は警戒しつつ、こちらから、打って出ることにした。


「不思議なんだよ」
「何が?」
クレープの包み紙をくしゃり、と手の中で握り潰し、司は立ち止まる。
まるで独り言のような彼の呟きにも、しかしは反応して首を傾げた。
「何で俺にまとわりつく?昨日までは特に接点の無いただのクラスメイトだったはずだ」
「なに?嫌だった?ならちゃんと断らなきゃだよ」
「だから」
いつもの癖で悪態をつく。

「俺はもともと、こういうのは得意じゃないんだ。それがどうしてか、今二人でいることが苦にならない」

これは明らかにおかしいと訴える司に、は思わず吹きだした。
その理由を、彼女ははっきりと知っているからだ。
思わず茶化してしまう。
「まとわりついてるのに鬱陶しく思わない……それはきっと、愛だよ、愛」

そんな突拍子もない、と司は眉をひそめた。
ああ、からかわれたんだ、とすぐに気付くが、再度見たの表情には意地の悪いものは潜んでいない。
溜息を吐き、司はまた口を開ける。
「俺の問題じゃないんだよ!なんで、おまえは、俺に、引っ付いてくんだ、ってことを聞きたいんだよ!」

「何でって……そんなの、決まってるじゃない」

小首を傾げる仕草に、何故だか底知れぬものを感じた。
それまでずっと握っていたの手が、急に尋常でない熱を帯びてきて、咄嗟に司はその手をふりほどくと距離を取った。
「あっ」という切ない声が聞こえたが、無視することにした。
だが、全然離れた気がしない……常につかず離れず、そう錯覚させる何かが、にはある。


どうしたことだ。

心の壁が、人間なら誰しもが持っている個人的領域が、彼女には通用しない。

司はなお焦った。
"領域"使いである自分が、こうも易々と壁を突破される……いや、巧みに壁を避けて通られるなどと。
こういうことができる奴を、司は一人しか知らない。
それは、昼休みに結希から示された人物。それは結界の王オルクスから完全に逃れる術を持つ者。それは今この瞬間も自分を狙っているのだという、敵組織のエージェント。
それは、それは────


(緋色の弾丸──!!)


頭に浮かんだその言葉を発する前に、司の立っている空間を『何か』が包んだ。




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