SWEETHEART MANIAX 5
 〜侑士とガンプラ 前編〜


忍足の野郎、いっちょ前に彼女なんか作りやがって、生意気な。

忍足侑士に彼女ができ、最初は余裕ぶっていたものの、すぐにムカついてきたのが、誰あろう我らが跡部景吾であった。
『どうせすぐにオタクがばれて破局だ』との当初の予想を大きく外れ、二人はみるみるうちに交流を深めていったのだ。

……まあ、その理由は『も同類だから』に他ならないのだが、それを跡部が知る由も無い。

そんなわけで、ムカついた我らが跡部景吾は、二人の仲を邪魔してやる気満々なのであった。


その日跡部は、達のクラスにやって来て、二人の様子を観察していた。
なにやら岳人がこちらを見ているが、細かいことは気にしないのが跡部クオリティ。
そして忍足とは、やはりいつものごとく、常人には分からない会話をしているのであった。

「はぁ〜、やっぱり銀様はええなぁ」
「あ、私も好き。いいよね銀さん」
「そやろそやろ、やっぱりとは気が合うわ」
「だね。でもあれ、アニメ版は声微妙に合ってないよね?いい声はいい声なんだけど……」
「そうかー?ラクスとは比べもんにならんくらいよかった思うけどな?」
「え……?」
「え、って……何が?」
「銀魂の話だよね……?」
「俺はローゼンの話してたんやけど……」
「……あれ?」


一瞬の沈黙の後、二人はふっと微笑み合う。対照的に跡部は目つきがきつくなった。


そしてそれが、跡部が最後に見たの笑顔だった。



あれから二日経つ。
跡部は相変わらず、のクラスにかかさず様子を見に行っていたのだが、どういうわけだかあれ以来、はとんと笑顔を見せないのだ。
そして時折、何かを思い出したように溜息を吐く。
普段ののほほんとした様相とあいまって、その表情はとても新鮮で、男が弱いであろう『意外な一面』を醸し出している。

なんだ。普段は忍足と一緒になって分からない話をしているが、こうしてみると普通の女じゃねえか。こりゃちょろいな。
のその様子は、こっそり見に来ていた跡部の目にはそう映っていた。
そしていよいよ、跡部は行動に出るのであった。


一方そのころの二人。
忍足は、無理にの沈んだ原因を聞きだそうとはしなかった。
ただ、一緒にいられる時は一緒にいて、少しでも気を紛らわせてやることはできた。
も積極的に話そうとはしなかったし、忙しい忍足がそうしてくれるだけで十分だと思っていた。
「……で、日曜どないする?やめとくか?」
「ううん、行く。約束だしね」
今週末、は忍足家に遊びに行く約束をかわしていた。
忍足の影響で、はそれまで手が出せなかった、趣味の奥深い部分にも触れるようになっていた。
……といえば聞こえはいいが、要するによりディープなオタクの影響で、それまで普通に組み立てて色を付けるだけだった趣味のガンプラに様々な改造を施したり、キットを飾るジオラマを作成したり、欲しいものがキット化されていない場合に自力でスクラッチしたりするようになっていたのだ。
そしてその関係で、自宅より色々と環境のいい忍足家でそういった作業をすることも増えた。
『次の日曜』の約束も、その中の一つだった……はずだった。

が。

突然の闖入者と共に、二人の雰囲気は終わりを告げた。


「忍足!今週の日曜、レギュラーメンバーによる緊急のミーティングを開く。場所はお前の家だ!」
「…………は!?」

いつの間にか、その場には腕組みをした跡部がテニス部のレギュラーたちを従えて立っていた。
忍足は一瞬呆気に取られたが、はっと正気に返ると何とか言い返す。

「いや、そんなん言われても……っていうかミーティングなら部室ですればええやん」
「生憎その日は、学校も他の奴の家も全部都合が悪くてな。残ったのはお前の家だけだ」

絶対嘘だ。
この時忍足はそう思ったが、どうせ跡部のことだ。物理的な手段を使ってでも、全ての施設を『都合が悪い』ことにしてしまうだろう。

だがいきなりそんなことを言われて普通の人間が対処できるわけがない。
「え……そんな、ちょっ、待っ……」
慌てふためく忍足。やがて彼は、やけに勝ち誇った表情の跡部の後ろにいる相方の姿を見つけた。
「が、岳人!どういうことや!」
「いやー悪いな侑士。でもまー、部長命令なんだから仕方ねえじゃん?」
「なっ……」
あっけらかんと、岳人は答える。その表情には全く悪びれた様子は無い。
愕然と顎を下げる忍足をよそに、集まっていた他のレギュラー陣もそれに続いた。
「そうだな、部長命令だもんなぁ」
「ですね」
「ウス」
「俺は宍戸さんが一緒なら、なんでもいいですっ」

「お、お前ら…………」
がっくりと肩を落とし、忍足は静かに吐きだした。
心なしか、落とした肩が震えている。
しかしそれ以上に彼を突き落としたのは、誰あろうの一言であった。
「部活の用事じゃ仕方ないね。それじゃあ、約束はまた今度で……」


「えぇっ!?ちょ、ちょい待ち!」
「遠慮することはねえぜ。も来い」
「……え?」

ショックに彩られた忍足の悲痛な叫びと、やけに余裕たっぷりの跡部の声が同時に聞こえ、は一瞬動きを止めた。



そして、日曜日。

勝手知ったる他人の家。
は手馴れた様子でインターフォンを押す。
いつもならば忍足本人か、彼の母親が出迎えてくれるのだが、この日は違った。
「あれ、跡部君」
「よく来たな、。汚い家だが、ゆっくりしていけ」
「…………はぁ……」
がぽかんとしている隙に、跡部は彼女の手を取り、家の中に引いて行った。
部活のミーティングのはずなのに、なんで自分は来てしまったんだろう、とぼんやりと思いながらも、はなすがままに手を引かれて入って行く。

そのままで忍足家のリビングに到着する。
もう全員揃っていた。
手をつないでいる二人に、まず忍足が抗議の声をあげそうになったが、それを遮って跡部がまず言った。
「ようし、みんな揃ってるな……今日はに、そこの丸眼鏡の本性について教えてやる!」


きょとんとした顔のまま、は口を開く。
「本性?」
「そうだ。コイツはな……」
「オタクなんでしょ?」
「オタ…………!?」
忍足を指差したまま、跡部は固まった。
今自分が言おうとしたことを、先にに言われてしまったからだ。
そんなことは露知らず、は淡々と続ける。
「私、跡部君が知ってるより多分侑士のこといろいろ知ってるよ。例えば……」

すらすらと。
立て板に水を流すようにの口から(知識としてはホントにどうでもいいレベルの)忍足情報が垂れ流される。
例えば、たまに自分の伊達眼鏡とお父さんの眼鏡と間違えてかけて目が痛くなるとか。
好きなガンダムキャラはファ・ユイリィじゃなくて本当はミナカ・ユンカースとか。
一番気に入ってるフィギュアはベルダンディとか。
ラクスは人として無理だけどミーアなら全然OKとか。
キットが発売されそうも無いので、ゾゴジュアッジュを根性でフルスクラッチしたとか。

とどめはなんと言っても、昼休みに自分の机でうたた寝していた時に「水銀燈萌え〜」と誰にも聞こえない声で呟いていたのをだけはバッチリ聞いたということだろう。

集まったレギュラー陣は、そんなの口上をぽかんと口を開けて見守っているしか出来なかった。


そして、放っておけばいつまでも続きそうな惚気話(というにはあまりにもマニアックすぎるが)に、いい加減うんざりしてきた頃。


やっと男性陣は、恐々との口を止めようと試みることとなった。
「……なぁ、オイ。ホントにそんなオタクがいいのか……?」
ドン引きした声で恐る恐るそう問いただしてくるのは宍戸。
しかしはさらに一枚上手だった。
「かなり理想の男性」
「マジか……」
そう答えたの目には、一片の曇りも無い。
負けじと跡部は吼えた。
「だがよ……寝言でアニメキャラの名前なんか呼ばれてみろ!自分は二次元に負けたのかって思わねえのか!?」
「リアル女に浮気されるよりはましだと思うけど」
「キモくねえのかよ!?」
「別に……それに」

「……それに?」

はそれに頬を染めて答えた。

「私も人のこと言えないから……お互い様かなって」


「……オタップル?」
「オタップルだ」
「オタップルですね……」

あちこちから溜息が漏れる。
『見た目は可愛いのに惜しいなぁ』と『お似合いだな』が半々の割合で混ざっていた。


後半へ続く (声:キー○ン山田)





すみません、オタクは私です。

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