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赤き災いの裏側で 〜の日常 前編〜 「ふわぁ〜……ヒマだなあ」 窓の外の夕陽も校舎に完全に消えかかろうとしている。 は天文部のパンフレットを手に持て余したまま、頬杖をついていた。 たった一人きりの部活動である。 先輩部員の柊蓮司は、が入部した次の日から、どこをほっつき歩いているのかいっこうに顔を見せない。 そしてもう一人……なんだかいたのか分からない人がいたような、いないような。そんな気がする。 確か部員は三人だったはずなのだが。 実際には、部長赤羽くれはは、生命の源たるプラーナを奪われ大変なことになっているのだが、それをが知る由もない。 プラーナが抜き取られたことにより、くれはの存在そのものが消え去ろうとしていた、そういう時期のことだったのだ。 やることは無く、つまらなさそうなその顔が晴れることも無く時間だけが徒に過ぎていった。 やがて終業を告げるチャイムが鳴り響き、夕焼けに染まっていた窓の外も少しずつ薄紫へと変わっていく。 表情を変えず、は立ち上がった。 「さ、かーえろっと」 ばさばさとパンフレットの束をまとめ、適当に直すと鞄を持ち、足早に部室を去る。 一人で資料を眺めているだけの部活動など、何の得にもならない。 廊下をパタパタと小走りに駆けていく音が響き、その後そこはただ静寂が支配する空間となった。 私立輝明学園は、とにかく広い。 校舎を出てから校門が見えるまで、結構な距離(さすがに何キロもあるわけではないが)を歩かなければならない。 途中、同じ制服をまとった少女達の集団や、まだ部活に精を出す運動部員や教師やはては巫女装束の姿まで、さまざまな人たちが見受けられる。 彼らもその中の一団であることはあった。 校舎の壁で何かを取り巻くようにして集まっている。下校中でも部活中でもないその集団にふと違和感を感じ、は立ち止まる。 「な、何だよう、何かボクに用なの……?」 「みっことくぅ〜ん、ちゃんと集金持ってきたのかな〜?」 そんな声が聞こえ、少し離れた位置ではあったがは身構えた。 集団のうちの一人がどうやら取り囲んでいるらしい人物に何かを言うと、周りの者たちがいっせいに囃し立て、どっと笑い声が上がる。 人だかりに僅かに生じた隙間から見えたのは、気の弱そうな一人の少年だった。 これはもう、あれだ。 は『関わりあいにならないようにしよう』との無言の圧力のような周りの視線をものともせず、集団にずかずかと歩み寄った。 最外郭の男子生徒の肩を掴み「ちょっとすみません」などと小さく言って人の輪の中に割って入る。 少年が怪訝そうにを見つめていたが、それも無視して鞄を胸に抱き締めている彼の腕を取る。 「もう、こんなところにいた!さあ、遊んでないで帰ろう、えーっと……みことくん、だったっけ?」 首を傾げながらは少年の方を向いた。記憶が確かならば、この少年は隣のクラスの真行寺命で間違いなかったはずだ。 「え、あの……そうだけど、君は…………?」 命はおどおどと言葉をしぼり出す。なるほど、噂に違わぬいじめられっこである。態度も小さい。 「やだ、忘れちゃったの?私よ、」 「…………さん?」 命は眉をしかめた。 必死で記憶を探ると、隣のクラスの女子だということは思い出せたが、それがなんでいきなりこんなにフランクに話しかけてきて、あまつさえ自分にとっての日常であるこの光景からかばってくれるような行動を見せるのかが全く理解できない。あまりにも唐突過ぎて。 だが、の行動に呆気に取られていたのは命だけではなかった。 「おい、何だよこの女勝手にでしゃばりやがって……」 「そうだ、邪魔すんなよ!」 ややあって、我に返った男子生徒の集団が口々に言った。見れば彼らはそれぞれに改造した制服を身に着けており、雰囲気もどこか異様というか、清く正しい学園生活には余り相応しくないひねくれた表情をしている。 輝明学園にも不良学生は存在するのだ。それも柊のような『実は結構いい奴』的な中途半端ぶりは無い。真性の不良生徒である。 は一瞬たじろいだ。 相手が不良の集団でも負けない自信はある。というか、ウィザードではない彼らが束になってかかってきても、ウィザードたるにはかすり傷一つ負わせられないことはよく知っている。 だが一般人にその力を見せ付けることはかたく禁じられている。彼らの信ずる『常識』を破るわけにはいかないのだ。 一瞬の間。 はおもむろに虚空を指差し、叫んだ。 「あーっ!あんな所にドリームマンがっ!?」 「な、何ぃぃぃぃぃぃっ!?」 不良集団は皆一斉にの指差す方向を振り返った。 もちろんそこには、とっぷり陽も暮れて薄暗い中、校舎が佇むだけである。 おそらく彼らはドリームマン……いや、『ナイトメア』の存在すらも知らないのであろうが、とりあえず気を引くことには成功したらしい。 は命の腕を掴んだまま人の輪をかいくぐり、外へと抜け出した。そしてそのまま校門までダッシュする。 何とか上手く撒いたようで、息を切らして校門の塀に手をつくと、やっと二人顔を見合わせる。 「はぁ、はぁ……えーっと、どこの誰だかあんまりよく分からないけど、とにかくありがとう……」 命はその気弱そうな顔をに向け、僅かに微笑んだ。 彼は以前別の少女にも同じように守ってもらったことがあったのだが、その時とまるで態度が違うのはその少女が無茶苦茶な手段をもって助けたからか、それとも人間が出来てきたのか。 ともかく命は軽く頭を下げると、「それじゃあ」と一言告げて去って行った。 それに続くようにも校門をくぐり、帰途へとつく。 彼女の脳裏には『真行寺』という言葉が引っかかっていた。何故かは分からないが、少し前に風の噂でその『真行寺』とやらが関わる事件があったことを頭の片隅で記憶していたのだ。 そして導き出されるのは。 「まあ、いっか」 呟いて歩き出す。彼女にとって今一番大事なのは、先輩部員の欠けた状態のたった一人の天文部をいかに再建するか、なのである。 そしていつもの帰り道、たばこ屋の角を曲がろうとしたその時だった。 のすぐ横に、黒塗りの車が横付けされる。彼女のすぐ目の前でドアが開き、中から一人の少女が顔を覗かせる。 は少女に見覚えがあった。というより、この世界に住むウィザードの中で彼女を知らないものはない。 アンゼロット。世界魔術協会の長にして、この世界──ファー・ジ・アースの守護者たる存在。 「なんですか、アンゼロットさん?また何か、世界滅亡の危機ですか?」 「いいえ、姿を見かけたものですから……いえ、確かに世界滅亡の危機ではありますが……今回はあなたに関するものではないようです」 は気軽に言うしアンゼロットも世間話のように答えるが、この世界は常に侵略に晒され、破滅への秒読みをおこなっているのだ。人々が平穏な生活を送れるのは、ひとえに地球を包む『常識』という名の世界結界と、彼女らウィザードの陰の努力のおかげに他ならない。 車内へ招かれ、差し出された紅茶を一口含むと、は身をかがめてアンゼロットと目線を合わせた。 「それじゃあ、今は別の事件を追ってるわけですねー」 「ええ。しかし忘れないでください。あなたの使命はあと少し先というだけだということを。あなたはいずれこの世界を救う存在となることを……」 「……はい」 「あなたは自分の使命よりほんの少しだけ、早く力に目覚めました。また追って導き手を遣わします。どうかその日まで、人としての日常を……」 「……不吉な言い方せんでください」 「おほほほほほほ」 は半眼で呻いたが、アンゼロットに効くはずもない。 自分よりふたまわりほど小さな体から感じられるこの少女の圧倒的な存在感は、にその後のツッコミをさせなず、溜息一つで終わらせてしまうくらいのものだ。 さすがは『あの』柊蓮司を平気でおもちゃにできる少女だ。 紅茶を飲み干すと、は車を降りて一礼した。 家まで送ろうかと提案されたが、アンゼロットも忙しい身だろうと断った。 そして別れの挨拶を交わす。がいつか世界を救うその日までの、束の間の。 「……ところで、さっきの紅茶、とても美味しかったんですけど、ご馳走になっていて何なんですけど、あれ……レベルを下げる薬とか、入ってませんよね?」 「あら、何のことかしら?」 「いえ、何となく。なんだかヤな予感がしたものですからぁ?」 窓ガラスを挟んで、微笑み見つめ合う二人。 しばしの沈黙を破ったのはアンゼロットだった。 「安心してください。それはまだ使うべき時ではありませんから。そしてさん、あなたはそれを使うべき人でもありません」 「よかった、それならいいんですけど」 笑顔の裏から顔をのぞかせていた一触即発の空気が嘘のように解けていった。 アンゼロットを乗せた車が走り出す。 今日はまた色々な出会いがあるものだ、そう思いながらは車を見送った。 ちなみに。 その『レベルを下げる薬』とやらを、帰ってきたばかりの柊蓮司が飲まされてしまうことを、この時のは知る由もなかった。 後半へ続く |
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いろんなキャラがゲスト出演しまくる前後編です。 明確なお相手はいませんが、クロスオーバーはナイトウィザードの醍醐味の一つ、ということでたくさんキャラを出すこと優先しております。 詳しく知りたい方は『フレイスの炎砦』と『紅き月の巫女』と『黒き星の皇子』を読みましょう(宣伝) |