赤き災いの裏側で
の日常 後編〜



翌日。は秋葉原を一人歩いていた。
休日の真昼間である。人波ごった返す中を特に当ても無くぶらぶらと散策していた。

しかし理由が無いわけではなかった。
いや、当ては無かったのだが。

今日、この街で大変なことが起こる。彼女のウィザードとしての勘がそう告げていた。
「とりあえず、腹ごしらえかな」
独り言のように呟くと、行きつけの立ち食いそば屋に足を進める。
輝明学園・秋葉原校の生徒達もよく利用する、ここら辺りでは有名な店である。


そば屋に到着する。
そこはまるで戦争の後のような惨状が拡がっていた。
「ど、どうしたんですか、これ!?」
「ん?いやちょっとなあ」
慌てて瓦礫の中の店主に駆け寄るも、彼はいつもと変わらぬ様子で皿を洗っている。
「なあに、秋葉で店を出してるんだ。これくらい日常茶飯事よ」
「はあ…そうなんですか……」

会話はそこで切れ、仕方がないのではそれ以上追求するのをやめ、辛うじて生き残っていた食券の自動販売機にコインを入れ始めた。
先程ここでラース=フェリアより帰還した柊蓮司とその一行が仲良くそばを食っていたなど知る由もない。


「そういえば、今日はやけにパトカー多いですね。何かあったんですか?」
しばらくののち。
出されたそばをすすりながら、は何とはなしに外の様子を眺めていた。
「ああ、それがどうも変質者が出たとか……」
店のオヤジがそう言いかけた時、複数の足音と共に制服をまとった警官が店内に入ってきた。この惨状の処理にやって来たのだろうか。
そのうちの一人がを見つけ、話しかける。
「きみ、このあたりで奇妙な四人組を見たと報告があったんだが、怪しい奴を見かけなかったか?」
「怪しい奴、ですか?」

なんと、警官達は何故かこの半壊されたそば屋の店舗には見向きもしない。まあ店主も慣れていることのようなので、はツッコミの入れようもなかったのだが。
そして彼らの追っているのは、さっきも聞いた変質者とやらの方らしい。
「いえ、特に何も見ませんでしたけど……それって、どんな人たちなんですか?」
ウィザードとしての正義感からか、はそう聞き返していた。ウィザードでなくとも、街の平和を守るおまわりさんにはできうる限りの協力を、との思いもあるが。
警官は快く騒動の主の特徴を話してくれた。
「確か、男二人女二人のグループで……女は何とも卑猥な格好をして、男の方は巨大な剣を持っているらしい。しかも……」
「……ふんふん、確かに怪しいですね……」
頷きながら続きを聞く。警官はさらに続けた。
「……しかも、一人はなんか柊蓮司なんだそうだ」
「えーっ、柊蓮司なんですか!?……って、柊?……あれー?どこかで聞いたような……」
「それじゃあ、見かけたら近くの交番に知らせてくれよ。それと、危ないから早くおうちに帰るんだよ!」

手を振って警官達は去っていった。
どうやらが呟いたことは聞こえていなかったらしい。


エミュレイターは怖くないが、変質者はちょっと会いたくないな。
などと考えながら、はそば屋を出、秋葉原の街並みを散策していた。
電気機器などに興味があるわけではないのだが、通り過ぎる様々な人を見るのは、少し楽しい。
中にはちょっと変わった格好をしていたり、変わった物を持っていたり、目つきがやばかったり、そんな人もいるが、それもまたご愛嬌だ。
今もまた、ファンタジーRPGにでも出てきそうな服装の少女が、の横を通り過ぎる。

もちろん夢などではない。
「ケバブ食べよ、ケバブ〜」
彼女とてこの東京に暮らしているであろう一人なのだ。たまの休みに秋葉原に来てケバブを食べていても、何もおかしなことなどない。

街は平和だ。
変質者騒動があるらしいが、とりあえずは、平和だ。


──その平和を享受しようと意識したところで、そこから一転して事件が起こったりするのは、『夜闇の魔法使い』のお約束のようなもので。


空を覆う、赤。

それはにとって見慣れた『紅き月』ではなく。
もっと、そう──敵である『侵魔』のあらわれる証よりもさらに禍々しい、空にぽっかりと開いた赤い穴のようなもの。
「な……に?エミュレイター……違う!あれは……?」
背筋がぞくりと震える。
今までにウィザードとして数多の戦いを経験してきただったが、あれほどまでに巨大で凶悪で気味の悪い外観を持つ敵を見たことはない。
それもそのはずである。

今、東京の空を侵しているのは、第八世界──我々が『地球』と呼ぶファー・ジ・アースには、あってはならないもの。
精霊界の奥底に棲むと言われる、最悪の獣なのだ。


「っ……どうすれば……」
誰も止める者がいないのなら、自分が戦わなければ。
しかし、どうやって?
は空を見つめたまま、その場に立ち尽くしていた。
そこへ、タイミング良く彼女の持つ0−Phoneに着信が入る。その音はには何かを急かしているように聞こえた。
「はい?」
『もしもし、鈴木です』
「ド、ドリームマンさんっ!?」
電話の主は、ベテランの夢使い、ナイトメアだった。
ナイトメア、という名前はウィザードの間でもエミュレイターにも知らぬものはないほどなのだが、は彼を親しみを込めてもう一つの愛称であるドリームマン、と呼ぶ。
彼もまた、たまに本名の鈴木太郎を名乗ることもあるし、後輩のウィザードたちにも気さくに接することが多々あるため、がそう呼ぶことを許している。

ナイトメアはの現在の状況を知っていたのか、絶妙のタイミングで告げた。
『今、どこにいる?』
「秋葉原ですっ!」
『やはりな……空に怪物が見えるだろう。あれは精霊獣と言って、地球製のウィザードでは太刀打ちできん』
「じゃあ、どうすれば……」
『とりあえず、学校へ行け』
「え?学校……ですか?」
『そうだ。精霊獣の出現により、エミュレイターの雑魚共が活発化しているらしい』
通話をしながら、は既に輝明学園に向けて走り出していた。秋葉原にいる一般人達が世界結界による記憶操作を受けてくれるのを確認すると、なるべく人気のない場所を選んで『月衣』より箒を取り出す。
ここからは、飛行しながら話が続いた。
「ウィザードの力が効かない?それじゃどうやってアイツをやっつけ……」
『なあに、心配はいらん。こちらで対処をする。学校の方がある程度片付いたら連絡をよこせ。ではな。ドリーム……ドリーム…………』

フェードアウトする声と共に、0−Phoneの通信が切られた。



『…………!!』
甲高い断末魔と共に、眼前の闇は消え去る。
それをいくつ繰り返したのか。数えるのも面倒になってきた頃、やっとは校内に残っていたのであろう人間の姿を発見した。
制服をかっちりと着込んだ、背の高い痩せ型の男。おそらく上級生であろう、よりも大人びた顔つきを苦しそうに歪めている。
「う…うっ……」
「大丈夫ですか、先輩?」
は男の肩を揺すり、覚醒を促した。小さくうめき声が聞こえ、少しひびの入った眼鏡の奥の瞳が、うっすらと開かれる。

はその男子生徒の顔に見覚えがあった。
「たしか図書委員の……」
男は学園内でもちょっとした有名人であった。
それは図書委員という役職のおかげなのか、それとも他にまだ何かあるのか、そこまではには分からなかったが、彼は紛れもなく人間、しかも力を持たないイノセントだと、そうは認識した。

男の意識は今にも途切れそうである。
正直言って、この光景を普通の人間に見せるのは抵抗があるが、それでも意識が朦朧とした状態の人間をわざわざ気絶させてしまうのもなんだか気が引ける。
とりあえず自らを盾にし、視界を塞ぐように位置すると、は彼の肩を持ちあげた。
「歩けますか?」
「……くっ……」
返事もろくにできていない。自分が思っている以上に、この人は危ない状態かもしれない。

急を要する事態なのだと改めて認識し、は肩をかついでいる手に力を込める。
何とか上半身が起き上がり、そこから立ち上がろうとした時、その場にもう一つ、人の気配。


緊迫した面持ちで駆けつけたのは、つい先日助けたばかりの少年、真行寺命その人だった。
「あれ……命君?」
「せ、先輩っ!?まさか君が……っ!!」
「えっ!?」
見れば命は、に激しい憎悪のこもった眼差しを向けていた。
「よくも先輩を……許さない!」
「ちょ、ちょっと待っ……!」
誤解だ、と言う間も与えられず、対峙した空間が動き出す。
命が身体に淡い光を纏う。を『敵』と認識し、自らの生命の源であるプラーナを噴出させたのだ。

「ヒルコォォォォォォォォォォっ!!」
声と共に、命の眼前の空間からさらにまばゆい光があふれ出す。
彼はに向かってダッシュしながら、その光を一気に引き抜いた。
やがて光が収束する──『月衣』から出てきたのは、一振りの大きな剣。


そうだ、思い出した。
真行寺命。陰陽師の名門真行寺の分家に生まれた、時空を断つ剣『ヒルコ』の継承者。
学校ではいじめられっこで、なおかつ自分をかばってくれた先輩──今、が保護しようとしている男子生徒である──菊田健二に恋している、ぶっちゃけ言うとホモ、と。

「ちょっと、話を聞きなさいっ!」
「エミュレイター!先輩を傷つけることはボクが許さない!!」
「主人公してる場合じゃないでしょ!?」

殺らなきゃ、殺られる。

は菊田を地面に横たえると、咄嗟に自らの月衣から『箒』を引き抜き、ヒルコの剣を受け止めた。

「っ!?」
「くっ……」
驚愕の表情のまま、命は剣を引きバックステップで距離を取った。
まさかがヒルコへの対抗手段を持っているとは思わなかったのだろう。
「だーかーらー、私が駆けつけた時には先輩はもう」
「だ……騙されないぞっ!そんなことを言ってボクを油断させる気だな!?」
「もう……この分からず屋ー……!」

いい加減、釈明するのも面倒になってくるほどの頑固さである。
しかし、このまま何もしなければしないで命の持つ強大な力にあっという間に倒れ伏してしまうことになるのは間違いない。
抵抗するにしたって、通常モデルのウィッチブレードで真行寺の守り刀にどこまで対抗できるか。

緊迫した空気が、二人を覆う。
動けばたちまちに切り裂かれてしまいそうな、ぴりっとした肌触り。


静寂を破ったのは、爆音だった。
「……っ!けほっ!な、何!?」
土煙の舞う中、は爆発の中心点からそれを『起こさせた人物』の方向を探し当てる。
その爆発は、何か巨大な重火器による射撃で起こったものだと推測された。


紅い月をバックに、箒にまたがり宙を舞う少女。赤い髪が風に揺れる。

「ま、まさか今度こそエミュレイターが……あれ?でもアレってガンナーズブルームだし……」
はウィッチブレードを構えたまましばし考え込んでしまった。その間に、命が少女に向かって駆けて行く。
「あかりんっ!!」
少女は、命のクラスメイト、緋室灯であった。


「あかりん、なんで邪魔するんだよ?アイツは先輩を襲ったエミュレイターなんだよ!?」
「命……その人、ドリームマンのお友達……」
必死に訴えかける命をよそに、灯はふるふると首を振ると、抑揚の無い声でそう告げた。
「ええっ!そ、そうだったの?」

「…………早とちり」
「うぅっ!?」
灯が冷たく言うと、命は胸を押さえたまま固まってしまった。

ともかく、これで自身の疑いも晴れたことだし、命のことは灯に任せておけば大丈夫だろう。
そう考えて、は灯に向かってぺこりと頭を下げると、校門へ向かい歩き出す。
いつの間にか菊田の姿が消えていたが、その件に関しては灯たちにはともかく、が気にかけるべきことではない。

そして今日も平凡な一日は過ぎていくのだった。





な、なんか……裏話いっぱいですね……(汗)
とにかくKANAMEはこういう、原作を微妙に絡ませたりクロスオーバーしたり、が大好きです。
原作沿いそのままっていうのは何故かあんまり……ですけど。

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