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記憶の中のシヴースト
さて、件の「心のニュー・ディール政策」、その一環というわけではなかったのだが、たまたまかつてお気に入りだった店の近くを通ることになったので寄ってみることにした。

その日は友人であるダンサーのステージを観に行く予定だったのだが、その会場の近くにかつて足繁く通ったカフェがあったのを思い出したのだ。それこそもう10年程行ってないのだが、その店のコーヒーは言うに及ばず、ケーキがまた絶品なのだ。なのでその日は少し早めに出て、久しぶりにその店で一息入れていこうと思ったのだ。店の場所はすぐに思い出せた。が、何せ10年ぶりだ。今でもあの場所にあるのだろうか。そう考えると心なしか歩みが速くなった。お気に入りだったリンゴのシヴーストの味が鮮明に思い出される。本当に、久しぶりなのだな。

ややあってその場所に辿り着く。店は、あの頃の佇まいで今もまだその場所にあった。時はまさにティータイム、店は相変わらず程よい混み具合だった。客層は女性が圧倒的に多いのだが、かと言って男が一人で入りづらいような過度にメルヒェンチックな雰囲気ではない。落ち着いた内装外観のセンスも、お気に入りの要因のひとつだ。店内を進み空いている席に着くと、10年のブランクのせいだろうか、懐かしさと共に少々の違和感を覚えた。すぐに店員が注文を取りに来る。若干雑な接客と若干長い爪が気になるがまあいい。メニューを受け取る。10年ぶりの「いつものやつ」を頼むとしよう。ジャワ・ストレートとリンゴのシヴースト、当時の私の定番だ。

が、メニューを開いた私は思わずキョトン顔になった。無い。無いのだ。リンゴのシヴーストが。いやそれどころかケーキが一つも載ってないではないか。表紙から裏表紙まで3往復ほどねめまわす。やはり無い。雑で爪の長い店員が言う。
「こちらがお飲み物のメニューになっております。」
ああそうとも、そうだとも。だから当惑しているのだ。飲み物しか載ってないから。ん、そういえばテーブルにもメニューのシートが置いてあるな、どれどれ。
「ハンバーグとパスタセット PM5:00〜」
違う。今はそんなガッツリ食べたいんじゃない。大体まだ17時までだいぶあるじゃないか。しまっとけ紛らわしい。
「お決まりになりましたらお呼びください。」
そうこうしているうちに店員はカウンターへ戻っていった。何かがおかしい。私は改めて店内を見回す。そして先ほど感じた違和感の正体に気づいたのだ。

無くなっている。バラエティ豊かなケーキたちが並んでいたあの大きなショウケースが。そしてそれはレジの脇にポツンと存在していた。イチゴのショートケーキが並んだ小さなショウケース。再び店内を見回すと他の客が食べているのは皆そのイチゴショートだった。なんという事だ、10年の月日が世界をここまで変えてしまったのか。もう、あのシヴーストは食べられないというのか。真に残念だが、どうもそうらしい。私はジャワ・ストレートを注文し、ショートホープに火をつけた。この店に唯一そぐわない、メンソールタバコのロゴが入ったチープな灰皿は、10年前のあの頃と同じだった。

シヴーストの件は残念だったが、コーヒーは相変わらず美味かった。妥協を許さぬ苦味が私を満たす。これだけでも収穫というものだ。まあよしとしよう。さて、そろそろ会場に向かわなければ。ここから会場まではそう遠くない。ハズ、なのだが、ど、どこだココは?完全に迷子ちゃんである。さっきの店は10年ぶりだったがこれから向かう、というかもう着いていなければおかしいはずの会場には半年前にも来ているにも関わらず、だ。その後も若干小走りになりながらフラフラと彷徨い続け、なんとか会場に辿り着いたのは開演時間ギリギリであった。

記憶巻き戻し過ぎ。
| エックスワン | 11:23 PM | comments (0) | trackback (0) |
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