「いたったた。もう、ここ絶対、複雑なとこに落されたわね。きっと、ゾロさんのほうも難しい道だろうから、ここは私がなんとかしなきゃダメね」
はきゅっと唇をひきしめ、第一の扉を開き、館の中に足を踏み入れた。
鏡の迷宮。幾重にも重なる鏡がの方向感覚を狂わせる。所々に掛けられた薄気味の悪い絵画。窓を思わしき場所にかかるレースのカーテンは、薄汚れ所々破れている。昔は豪華だったと思われる繊細なレースは、慰めにならず。の心に恐怖のかけらを植えつけていった。ちかちかと点滅するシャンデリアから、ひょいひょいと飛び立つものさえいる異様な空間に、それでも、は、果敢に挑戦していく。
「うーん、どこ見ても私しか映ってないよね。遠いのかな〜。ゾロさーん、どこ〜?」
叫んでみても、山彦のように自分の声がこだまするばかりだった。
「ったく、参ったな。ここはどこだかさっぱりわからねェ。こっちからまっすぐきたら、ここでぶち当たるし。こっちに行きゃ三回曲がって右右右と、ん? なんだ、ここはさっき俺がデコぶつけた場所じゃねェか。完璧だな」
ゾロは同じ場所に何度も戻ってきてしまう。まっすぐと右しかいかない男には、この迷宮を脱出するのは至難の技だ。
「ったく、あんのバカ。早く泣きやがれ。泣いて場所を教えやがれ。鏡なんざ、なんてことねェ」
ゾロは己で道を見極めるのをあっさりと放棄し、その場で待つことにした。
一方、ゾロとは正反対の場所を一歩一歩探りながらは、確実に第二の扉に近づきつつあった。
その時、の後方の鏡に影が映った。はっと何かを感じ取ったが振り返ると、その鏡の中にはゾロがいた。
「ゾロさん!」
かけよろうとするに、鏡の中のゾロが優しく手招きをした。
「……違う!」
惑わされちゃダメッ! と心のうちが叫ぶ。
「なにやってんだ? てめェ、こいよ。扉はこっちだ」
鏡の中のゾロは、まるで自分を本当の恋人のような目つきで見つめている。
「あんたに騙されるもんですか」
息を殺しながらはじりじりと後退していく。その背がどんと後方の鏡にあたり道を阻まれた。はっと振り返った鏡の中に、自分の姿とゾロの姿をみつける。前後左右上下幾重にも続く鏡の中に、迫りくるゾロの姿。おびえる自分の姿があった。の口からささやきが漏れる。
「ゾロ、助けて」
「ゾロさん」
「ふぁ〜あはっ。待ちくたびれた」
こくりこくりと居眠りをしていたゾロの四方を囲う幾重にも折り重なる鏡の中に、が映りこんでいた。欠伸による涙目になったゾロの視界に入る鏡の中のは、おずおずと手を差しだした。その瞬間、ゾロの鬼鉄がひゅんと唸り、切っ先が、鏡の中のの顎先に向けられた。
「違う。てめェはじゃねェ」
「どうして、そんなこと言うの?」
「はん! 簡単なことだ。は、俺に手ェなんぞ差しださねェ。
は、俺が怖ェんだ。俺の三歩後ろしか歩かねェし、近寄ってくるのは昼寝の最中くらいだ。まぁ、もっとも同じように昼寝の最中に寄ってきたてめェみてェに、殺気なんぞ、とばさねェ。ひと睨みしただけで、サンジの影にすっとんでいくからな」
「……ひどいわ。ゾロさん。そんなに私がキライなの」
重なる鏡に映るの顔が、ゆがみ、天井のシャンデリアの灯火がキラキラと涙を反射させる。
「うせろっ! 鬼……斬り!!」
「ひどいわ〜! 私、本物なのにぃーーーーー!」
突進してくる鏡の中のに戸惑うことなく、ゾロは技を放った。
”ガシャーン!ガシャガシャガシャーン!!! ”
周りの鏡が、放たれた技に巻き込まれ割れていく。そして、偶然にも、のいる場所まで一本の道を作った。
「ほう、さっぱりしたな。、怪我ねェか」
「ゾロさん……ふぇ〜ん。怖かった」
ぐしゃぐしゃに涙で汚れた顔で、はゾロを見上げる。ゾロの眉間にしわが寄り、極悪面をますます怖いものにしていった。
「ほう、怖かっただと。怖かったくせに、よく俺じゃねェとわかったじゃねェか? んとこにも出たんだろう? 俺の偽者が」
ゾロの顔にたじろいだは、とんでもないことを口走った。
「でましたよ。優しく手招きして……えっと変な目つきで見るのが。だからわかったの。普段のゾロさんのほうが何倍も怖いもの」
「んぁ”……んだと、何倍も怖いって、俺は、何か? 鬼か悪魔か、それとも魔獣か、地獄の魔王かよ」
「……そんなことより、扉を探さなきゃ、あっイタッ!」
まずい、と感じたは本能のまま後ずさり、割れた鏡に腕をぶつけた。
「ちっ! 修行が足りねェな。鏡なんぞに斬られるとは」
くだらねェとばかりにあきれるゾロの口から放たれた言葉は、に怒りを覚えさせた。
「……だれが、ここまでの破壊工作をしたっていうんです。”あんた”でしょ!」
「ぷっ!」
「どうして笑うんです!」
「、今なんて言った?」
「はい?」
むかついて吐き出した言葉がゾロの笑いをかったことに信じれない面持ちで、ゾロの顔をきょとんとは見上げる。そんなに、ゾロは抑えきれない笑いとともに言葉をかける。
「怖ェ怖ェと人を避けやがるくせに、人が昼寝した途端近づいてくるかと思えば、起きれば逃げる。ちょろちょろちょろちょろっと人の後付回すストーカーなてめェが、”あんた”かよ! おめェほど、面白いもんはねェな」
わっはっはっ、と豪快に笑うゾロのまなじりがさがり、険のあるゾロを19才の普通の男に変えていく。間近でみるゾロの笑顔に、の中で、怖いと思う心と好きと思う心の秤がゆらゆらと揺れ動き、少しづつ少しづつ、片方に傾いていった。
「あ〜笑った笑った。てめェも少しは笑え」
は、ぷにっと頬をつままれたが、笑えるはずもなく。ゾロはといえば、頬をつままれたの顔のおかしさにまた、笑いはじめた。笑いのツボに入ったらしく、ヒィーヒィー笑い狂っている。
は、
『これがゾロ? 名を知る者たちに、あの海賊狩りと恐れられ、大いなる夢は大剣豪! と豪語する男は、こんなにもよく笑う男だったの?』
と、びっくりした。
遥かなる航路、この男が何度も笑う場面はみたが、その笑顔が自分に向けられたことなどなかったには、想像もできなかったことだった。
「ゾロさん、あの……そろそろ行かないと」
「ああ、悪かった。腕見せてみろっ」
ゾロの手がの腕をつかみ、鏡の破片で傷ついたひじをゾロの瞳が捕らえる。
「たいしたことねェ」
傷口をゾロの舌がべろりと舐め上げた。その瞬間、の悲鳴がこだまする。
「っせいな。黙ってろ」
ジンジンする耳に首を振りながら、ゾロはてぬぐいで、の傷をしばった。
は、舐められたことに愕然とする。さらに戦闘用のてぬぐいを包帯がわりにされては身の置き場がない、とは慌てるが、ゾロは、たいしたことじゃねェだろ、と相手にせず先に歩き出した。
お約束のように、の口からでた言葉。
「ゾロさん、逆です。こっちが扉だと思います」
「んあ? 早く言え」
ぼりぼりと頭を掻きながら、ゾロがの後を歩いてくる。ゾロは、歩幅の差ですぐにの横に並んだが、抜こうとせず、同じ速度で歩いている。には、なんとも奇妙な感覚だった。
――いつだって見てきたのは、ゾロさんの背中。
今、鏡に映るのは、並んだふたり。
私は、並んでていいのかな? 足手まといにならないかな。
「、第二の扉についたようだぜ。ったく、なんてツラしてやがる。んな心配するこたァねェ」
「だって、『恋人と協力して、魔物を倒しましょう。魔物の種類は、選ぶことが可能です。ただし、二人の息が合わないと手強い魔物がでます』って書いてあったから」
「だからよ。どんな手強い敵がでようが俺には関係ねェ。んなもんに負ける気がしねェ」
「私たちは恋人じゃないよ。二人の息が合うはずないもの……ゾロさんは強いから、そう言えるのよね。でもでもね……私が足ひっぱちゃっきゃっ!」
「だから、んなこと少しも関係ねェって言ってんだ。一度しか言わねェからよく聞け」
「俺は大剣豪になる。そん時は、てめェが……がそばで真っ赤になってくれてりゃいいなって思う。笑ってくれててもいいし、泣いてくれててもいい」
「大剣豪に、あなたが大剣豪になる前に、私がそこまでいけなかったら……」
「人はいつか死ぬ。そん時は、俺のそばで死ねって、変なこと言わせるなタコ。連れてくに決まってんだろ。背負ってでも連れてってやる。てめェが三途の川渡るようなヘマしたら、地獄まで追っかけて閻魔斬り殺して連れ戻してやる」
「ゾロさん……」
「ゾロだ。さんはいらねェ」
背中だけしかみずにいた人。
昼寝の最中しか、まっすぐにみれなかった人の顔を、は、顔をあげて正面からとらえた。
ゾロの顔にはお前が好きだ、とはっきり書かれていた。照れもせずに自分の思いを告げる男に、いつしかは体をあずけていた。
二人の思い合う気持ちは、ぴたりと寄り添い、重なる手が第二の扉を開けた。
どんな魔物だ、と気を引き締めるゾロの目に入ったものは、一枚の紙切れだった。
「参りました!」
と書かれた紙を、ぽりぽりと頬をかきつつゾロは、投げ捨てた。
その途端、床が割れ、遥か下の空間に、大きな第三の扉が、ぽっかりと大きな口を開けた。
「ったく、とんでもねェ」
「ゾロさん」
「ゾロだ。しっかりつかまってろ!」
「つながるって、つかまるでいいのかな?」
「んあ?」
「だから、手をつなぐなのかな? ……からだをつなぐ? えっ! きゃあーーっ!」
「黙って俺に任せとけ」
ゾロに守られゾロの体に抱え込まれたの唇をゾロがふさぐ。第三の扉が祝福の金を鳴らしながら、ゾロとを館の外に吐き出した。
吐き出された先に、結果を待ちわびた群集がひしめき合っていたのは、当然のことだった。可憐な乙女を抱き、こともあろうか唇をつなぐ魔獣を数十万の観衆が目撃した。
”Congratulations! &マリモン!
お見事、108番目のカップルが優勝だーーー!
300万ベリー獲得おめでとうさん!
可憐な乙女&魔獣ペアのオッズは、なんと103倍だったから、配当金103万ベリーがついたよぉ。賭けたオレンジ頭のお嬢ちゃん。組合事務所までとりにキテねーーーーっ!
賭けなかったおバカさんたち、次のイベントは逃すんじゃねェよぉ!
さぁ、受け取れマリモン、優勝カップだ。
ちゃん、まさか、あんたがマリモンとキスするとは、おじさん見抜けなかったよぉ。せいぜい、手をつなぐ程度だと思ったのにな。それで十分だったのによぉ。賞金300万ベリーにおじさんからのおわび11ベリーだ。持ってけ泥棒。
さぁ、散った散った!
『恐怖の館「鏡の誘惑、打ち勝つ恋人たちは」』は、&マリモンペア優勝で終わった。さらなるイベント&カーニバルを、みんな楽しんでくれよォ〜〜アディオスアミーゴ〜〜〜〜! ”
司会者の絶叫で、スポットライトが周囲をぐるぐると旋回したとき、ゾロとは、脱兎のごとくその場から逃げた。
その後、ルフィが出場した「大食い大会、海王類ウェンツィーを喰う!」の見物もせず、サンジのサンジ特製後々リオ名物になる「スペシャルスィーツ」も食べず、ウソップとチョッパーの「必殺ウイリアムテルりんご百発百中。俺さまの腕前をみろ!」を見ることなく、ゾロはGM号の上で昼寝をしていた。
は、ゾロの頭を膝に乗せ、昼寝に勤しむゾロを幸せそうに眺めていた。
うとうとしつつも、の心がキュンとしめつけられるたびに、ゾロがをを引き寄せ、睦言を呟いていたのを知っているのは、GM号だけだった。
2009/9/9
あとがきという名のいいわけ
ゾロという男は、ストイックであるべき、と思いこんでいた時期がありました。
しかし、サイトを閉鎖したあと、ちびちび書き綴った「きまぐれな微笑み」のサンジが勝手にしゃべりまくるんですよ。
あっちの壮大なネタばれになってしまうわけですから伏せます。
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みたいなことをぎゃんぎゃんわめくわけです。
あ〜もっともな意見だ、と思いました。
しかし、きま微でそんなせりふを面と向かってサンジが言える場面がくるのか、疑問ですが。
「keep
him
waiting」おあずけをくらったゾロに、愛の手をじゃないけど、一応、あれの続編になります。
あれを書いてから6年たった今のティオ作ゾロでした。はぁ〜すっきり。