海軍少尉、か……。なんてことはねェ。どうもドツボに嵌ったらしいな。二人っきりの状況なんかじゃねェのな。んなもん、おれがとっととおさらばしちまったら、それでお終いだろ。じじいがどうの関係ねェ。ほっとけねェんだ。おれが離れたくねェんだ。
怒鳴られて、泣かれて、腕の中で安心して寝ちまった女。あぁ〜ヤキがまわったよな。
ずいぶん、おれを警戒してたようだが、受け入れると決めた日からは、警戒のけの字もねェのな。
コロコロとした笑い声、ありゃ鈴の音みたいって言えばいいのか? あの笑い声が聞きたくて笑った顔が眩しくて。
海軍なんてよ、実力社会に身をおいてりゃな、そりゃ頑なな女になるさ。あの話し方、慇懃無礼? 崩れることのない姿勢。それすら、可愛らしくおれの目には映る。良くも悪くも素直な性格なんだろう。
攫っちまうか? おれのとこにおくか? そんなことまで考えちまうなんてな、信じられねェ。
楽園。二人だけの日々。そんなもん、いつ壊れてもおかしくねェのに……。
『抱いて』
おれの耳がとらえた言葉は、おれを現実に引き戻した。できるわけがねェ。おれの呪われた血筋、それをは知らねェ。
『おれは女と寝ない主義なんだ』
ああ、そうだ。おれは誰の中にもおれの残骸を落とす気はねェ。
「おれはガキが欲しくねェから。責任のとれねェことはしない主義なんでね」
「……わかった。無理をいってすまない」
目の前で線が引かれたような気がした。とっさに、さっきのセリフを取り消して、抱きしめてしまいそうになった。
顔みりゃわかる。どんな思いでがあんなことを言い出したのか。おれが惚れちまったように、もそうなんだろう。毎日一緒にいて、それがわからないバカじゃねェ。
だがよ、おれは海賊では海軍。おれは闇では光。現実世界じゃ、相反する存在。いつか別れなきゃいけねェ。
ああ、こっちの世界に攫っちまえばいいんだろうが、ひと一人の人生をおれは抱えれるほど生きていやしねェ。おふくろみてェにしちまうかもしれねェだろ。その確立のほうが高ェな。
忌々しい認めたくもない親父の血。憎くてたまんねェ。おれができた行為なんかできるか、吐き気がする。
女の味を知りたいと思うこともあったが、仲間の一人が妊娠して腹がでかくなっていく現実を知り、その気がなくなった。
はいて捨てるほど寄ってきた過去の女の誰にも反応しなかったおれのナニは、を求めている。
が好きだ。何度、空想の世界で犯したかしれねェ。このおれがねェ〜その気になるなんてなぁ信じられねェ。それでもおれはを抱いちゃいけねェ。抱けるはずがねェ。
の切なげな傷ついた瞳が、おれを一瞬だけみて、すっと離れていった。そんなに何を言えばいい。何も言えるわけがねェ。
使える部屋が少ねェから、毎晩、おれとは一緒の部屋で眠りにつく。薄い毛布にくるまり、背中合わせで眠りにつくんだが、朝起きると決まっておれの腕の中にがおさまっている。
夜は寒ィからな、自然とお互いの体に温もりを求めるんだろう。今日はさすがに遠慮したほうが良さそうだ。
「火拳、そろそろ寝るぞ」
扉の前でしぶっていたら、が怪訝な顔をした。
「どうした? さっきのを気にしてるのか? 悪かった、もう言わないから寝よう」
「ああ、おれこっちで寝るわ」
「寝込みを襲おうなんて考えてないから、寒いだろ? 一緒に寝よう」
それはおれのセリフじゃないか? と思ったら顔にでていたらしい。
「クククッ。その顔、傑作だな」
「悪ィな、男前で」
堪えきれずコロコロどころかゲラゲラ笑うを見ていたら、気負いが抜けた。さっさと毛布にくるまっていつもの位置に寝転がる。続いてが寝転がる気配がした。
「火拳、明日はくるかな」
「どうだろな」
「火拳、私のわがままにつき合わせてすまない。明日、ヤツが現れなかったら、もうここを立ち去れ」
我慢できなくなった。背中をむけて眠りにつくなんて、もう真っ平だ。くるりと向きを変えての体を腕の中に閉じ込めた。
「ひ、火拳!!! 」
「慌てるな。寒ィんだ。黙って寝てろ」
「あ、熱いくらいだ」
「そうか、おれはちょうどいい。眠ィ、も寝ろ」
じっと抱きしめているだけで、穏やかな気分になれる。今はこのままでいい。他のことなんかなにも考えたくねェ。
俺は現実から逃避するように眠りにおちた。
目覚めたときには、事が起こっていた。
縦揺れにゆれる船室。一気に覚醒する意識、腕の中にいたはずのは一瞬おれより早く部屋を飛び出していった。
2010/2/18