海軍本部を揺るがす大ニュースが飛び込んだとき、は海軍基地の一室で先の任務の報告書を作成していた。部下が凄い勢いで飛び込んできて、それを知らされた。
――バカなことを。
「曹長、でたらめを信じてはいけない」
「少尉、本当であります! 火拳のエースは黒ひげに敗れ、捕まりました」
の持つ羽ペンがぼきりと折れた。握り締めた拳の白さと色を失った頬、曹長の目にうつるどれもがの衝撃を語っていた。
「エースが……」
のただならぬ様子に、曹長は口をつぐんだ。
「曹長、報告はそれだけか、ならばこれを提出してきてくれ。今日の仕事はこれでお終いにしよう。お疲れさん」
報告書を手渡され、曹長はハッと踵をかえした。
「負けた……。エースが負けたなんて信じられるか! 」
机をドンと叩いた衝撃で、インクつぼが倒れた。しみがゆるやかに広がっていく。卓上にあった紙がインクにひたされ、黒く染められていった。
何度となく同じ空を見上げたことを思い出していた。
あたりが夕闇に包まれ、やがて夜の帳がおちるのを何度エースと共に見上げただろう。
別れのとき、心に秘めた思いを受け止めたのは、闇に浮かぶ月だけだった。
は、やるせない思いが渦巻くまま、部屋を出ていき、本部からの伝令が飛び交う基地内を横切り、自室と与えられた部屋に逃げ込んだ。
どさりとベッドに横たわる。自分を愛してくれた温かな人を思い、の瞳から涙があふれだしシーツにしみが広がっていく。
「捕まったなんて……そんなことあるはずがない。あんなに強い人が……」
――閉じこもってもダメだ。何もわからないまま、ここにいてはいけない。考えろ、情報をひろえ。
ひとしきり泣いたあと、行動を開始した。
次の日、情報部の友人に直接出向き、今回の大ニュースの詳細を尋ねた。見返りはとのデート一回。そんなのは安いものだ、とは請け負った。
火拳はインペルダウンにもうすでに護送済だという。目の前が真っ暗になった。
――まだ、どこかの基地内にいるならば、会いにいくことも出来た。
上手くやれば多大な恩を返すために、脱獄の手助けも出来たかもしれない。
だが、インペルダウンではもう私の手は届かない。
可能性を打ち消す事実の重さに、知らずうちにかみ締めた奥歯がぎりぎりと音を立てた。
「、大丈夫か? 」
友人の声が遠くから聞こえた。
――大丈夫か? 火拳に何度もかけられた言葉だな。
「ああ、あまりにびっくりしたのでな。サンキュ、また後日ゆっくり話そう」
友人の部署から自分の部署に戻り、どさりと椅子に沈み込む。そんなを心配そうに同僚が見ていることには気がつかない。の双眸から、きらりと一筋の涙が零れ落ちたことに、見惚れたものが何人もいた。
◆
可能性を探れ、考えろ。
何度も脳内でインペルダウンから火拳を救い出すことをシュミレーションしてみるが、可能性は0でしかない。
たかが、少尉の身。それも巡視船の少尉。どうがんばっても、インペルダウンに行くことすらできない。
ガープ中将が祖父だというならば、その線からからの可能性を考えるが、あの方が火拳を救うほうに動くとは思えない。
焦燥感が身を焦がしていく。何もできない。歯がゆいまでの自分の力のなさに、は涙にくれるだけしかできなかった。
火拳のエース、処刑。
恐れていた事態だ。なぜこうまで海軍本部が事を急ぐのかわからない。
白ひげ海賊団、二番隊隊長であることが、そんな事態を招いたのか、それとも、火拳が私を抱いたあの日、語ろうとしたことが引き金になったのか
2010/2/15