「フワァ〜〜〜〜っ。よく寝た。つかここ、ドコよ」
半端なものを寄せ付けない海、グランドラインを一人彷徨う男が眼を覚ました。己の腕に自信のあるものの持つ余裕、テンガロンハットをひょいっと傾け、流されている大海原に視線を漂わせるが、あたりに島影などみえるはずもない。
「ちぃ〜と寝すぎちまったか? 」
ログポースは船と逆方向を示していた。
「はぁ〜だりィ」
男は物思いにふける。
黒ひげを追って、もう幾日旅をしただろう。親父の元を飛び出してから、何度朝日を眺めただろう。今日の海は、眩しいくれェに強烈な日差しだ。背中の皮が焼け付いちまう。
水筒の水をぐびりと飲む男の眼に、ぽつんと見慣れたものが入った。
「波に見え隠れするものは、船じゃねェか? うおっ! 海軍の軍船じゃねェか。まずいか!? マストがへし折れてるんじゃ誰も乗ってねェか……」
操舵するもののいない船は、波に翻弄され、ぎしぎしと船体を軋ませた。
ふわりと軍船に乗り込み、周囲に気を配るが、何の気配も感じられなかった。へし折れたマストをまたぎ、船内を探ることにした。
「こう、日差しがきつくちゃ〜な、疲れちまう。へ〜、そう古くねェな」
船内を見渡し、所々に残る戦闘の後を探る。
「しかしな、遺体がねェってのも変じゃねェか? 」
見て回るほどに、この軍船は何かと戦い敗れた様子を映し出す。
――あ〜そうか、別の船のヤツが遺体は処分したってことか?
「海賊船にやられたか、それとも救護船に乗り移ったかってとこだな。捨てられた船か。海のゴミ増やすんじゃねェよ」
コツコツと己の足音が響く船内を、やるせない気持ちで見渡していく男の視線が、あるものに惹かれた。
褪せた一枚の写真。船長室に飾られたそれは、一種独特の雰囲気を持つ男の写真だった。
「じじぃ……」
もうずいぶん会っていない懐かしい海軍のじじぃ。自分とルフィの祖父、ガープの写真だった。
エースはあることに気づいた。背中に緊張が走り、船内を足音を立てず、しらみつぶしに探り始めた。
写真立てにあるべきはずのものがなかったからだ。
長い間ほっておかれたであろうものに、年月をしめすはずのものがない。
気を配って船内を探れば、所かしこに生活のあとがある。導き出される答えは、自分の他にこの船には誰かが乗っているということだ。
「どこに隠れていやがる……」
エースのつぶやきに、澱んだ空気が動き出す。
「みっつっけた。そこだ! 火拳! っと、やべっ燃えちまうか」
繰り出した拳をとめ、倉庫に不自然に積み重ねてある酒樽を、蹴散らした。
「ほう、お嬢さん、コンニチハ。本日はお日柄もよく……ぐぅ〜」
「火拳のエース! なんでキサマがここに! 寝るな!!!! 」
――はっ、どついてどうする!
「あっ、失礼。おまえだけ? この船にいんの? 」
「ああ、私だけだ! 」
――ってなにを素直に言ってるのだ、どうしてだか調子が狂う。
はてと女は首をかしげた。
「で、なんでひとりでいんの? 」
エースが話しかけたとき、突然、船が大きく傾いた。
「どわっ! 」
「ぎゃっ! 」
ダバンダバンと大波をかぶり船が大きく揺れ、二人は床をあちこちに転がった。木クズや埃が舞い上がり、二人に容赦なくふりかかった。ひとしきり揺れたあと、船は穏やかさを取り戻していった。
「なんだなんだ??? 」
「ちぃっ! 遅かった! また仕損じた!!!! 火拳のせいだ! バカバカ! なんでここにいる! おかげで、また逃がしたではないか!!! 」
「話がみえねェ〜んだけど? 」
一応海軍のマントを着ている自分に対して、なんの臆することもなくのん気に話しかける火拳の態度に、自尊心を傷つけられ、イラだち
「ったく、マジむかつく! 二番隊隊長だかなんだか知らないけれど、見逃してやるから、とっとと去れ!! 」
と言い放つと同時に、敵う相手ではないとも悟る。
「行ってもいいけど、お前、ガープの何? 」
「ふんっ! 答える必要ない! 」
「ずいぶん、大事にしてるみてェだな写真……ちりひとつ積もってねェ」
「ガープ中将には世話になった。それだけだ」
エースはちょっと考えた。えらい威勢のいいべっぴん。ガープの知り合い。ここは恩のひとつも売っとくか、と。
「お困りごとなら、助けてやろうか? 近場の島に運んでやろうか? 」
「けっこうだ! 私はここに用があっているのだ。もう貴様がこなければ、もう終わっただろうに……台無しだ」
酒樽をダンっと蹴飛ばして、女は怒りをあらわにした。
「まぁそう怒るなよ。せっかくの綺麗な顔が台無しだぜ」
「誰のせいだと! もう何日、私がここにいると思うのだ! 何も知らないくせに……」
船が襲われてから三週間はゆうに経っていた。一人ぼっちの孤独、耐えてきた心が一気に悲鳴をあげた。抑えようとしても、久しぶりにあった言葉を交わせるものの存在に、張り詰めた神経がきしきしと音をたてて崩れる。ぼろぼろと大粒の涙がこぼれ、嗚咽がとまらなくなる。
「わりぃ、泣かせちまったか? 安心しろ。お前はひとりじゃねェ。もういいからな」
「火拳……っ……どこにもっ……く、いかないで」
「ああ、行かねェから。ちゃんと島に連れてってやっから、安心しろ」
いきなり泣き出した女を胸に抱き、なだめるように背中をさする。
俺、なにやってんだろ? 早く泣きやまねェか? 一人ぼっちで心細かっただろうな……など、色々考えていたら、なんだか、腕の中の存在が、無性に愛しくなった。
ああ、俺も男だからねェ、本能は抑えられん。弱ったものを守りたいと思うのは、男としての当然かと自嘲気味につぶやいた。
――ん? 泣きやんだか?
「おい、大丈夫か? あれ? 寝てやがる。普通、寝るか? 張り詰めてたんだな」
しかたねェな、と心の中でつぶやき、抱き上げて船内を歩き、寝床らしきところに、一緒に転がった。
◆
温かいものにくるまれるのは、どれくらいぶりだろう。身じろぎした途端、きゅっと抱きしめられた。もう少しこのまま、と思い、温かなぬくもりにスリスリと無意識に頬をすりよせた。
「よぅ、起きたか? 」
極近いところからのんびりした声がした。一気に目が覚めた。
「ひぎゃっ!!! どどどど、どうしてェ〜〜〜」
びっくり慌てふためく女に、エースは笑いが堪えきれず、噴出した。ひとしきり笑ったあと、髪をかきあげ女をしっかり見据え尋ねた。
「あ〜なんもしてねェから、安心しろ。なんもしねェから、そう警戒するな」
「信用できるか!!! 」
「おいおい、さっきは素直だったじゃねェか。『火拳……っ……どこにもっ……く、いかないで』なんつって」
「わ、忘れろ!!! わ、私はここで用があるから、さっさとこの船から出ていけ! 」
「あ〜いいからいいから。お前、ガープの何? それによっちゃほっとけねェからな」
「なぜ、そんなことが気になる」
「あ〜おれのじじいだから」
「はっ??? 」
「ガープはおれのじじい。祖父。わかる? で、お前名前はなんつ〜の」
「祖父!!! うそっ!!! 」
「うそついてどうすんだよ。で、名前と関係」
「……私の名は。憧れの人で尊敬している」
「へ〜憧れね。、この船、何があったんだ」
エースから視線をそらし、ポツポツと数週間前の出来事を語りだした。
「ご覧のとおり襲われた、名もない海賊にな。それで仲間のほとんどが死んだ」
「なるほどねェ〜」
「この船は巡視船だから、そう装備がなかったのが災いした。……なんとか、帰還を果たそうと試みたのだが、今度は海王類に出くわして、私一人生き残ってしまった。仲間の無念を思うと私はここを離れられない」
「ほう、さっきの衝撃がそれか? 」
「そうだ。あれを倒すまで帰る気はない。火拳、さっきはありがとう。気が楽になった」
「気が楽にねェ〜。それで、そいつ倒せるのか? 」
「わからん」
「よし、久しぶりにじじいの顔をみせてくれたお礼だ。おれもつきあってやる」
「正気か?! それは助かるが、海賊との仲良しごっこなど後が怖そうだ。断る」
「ああ、マジ。急ぐ旅でもねェし、ちょっくら寄り道してもバチあたらねェな。ああ、そういや、、黒ひげ海賊団の情報はねェか」
「たかが巡視船に乗っていた私が知ってるわけなかろう。海軍基地に行けば何か情報はあるだろうがな」
「じゃあ、取引しようぜ。おれはの仲間のかたきの手助けをする。で、そのへんの海軍基地に無事送り届ける。は海軍基地で、黒ひげの情報を聞き出しおれに教える。それで、どうだ」
「悪くないな」
「じゃ、そういうことで」
2010/2/15