The Wind of Andalucia 〜 inherit love 〜 10. アンダルシア上陸 風の祝福を帆に受け藤の香る島を出港し、アンダルシアまでGM号は順調な航海をしていた。 には地理的なことはよく分からなかったが、博識のロビンによれば、両方の島の気候が 似通っていることなどから、3、4日で、アンダルシアに到着が予想された。 4日目の早朝。は、待ちきれない思いで、クルー達の誰よりも早く起き出した。 夜明け前の濃い紫の空とインクを落としたような色合いの蒼い海、交わる線の不確かさ。 船首で海から緩やかにそよぐ風を、胸いっぱいに受け、水平線の彼方に意識をとばし、 島影が見えないか、一心に目をこらしていた。 男部屋から朝食の準備のために起き出してきたサンジの目に映る、薄紫の空と交わる蒼い海。 いつか見た光景に得も知れぬものを覚え、ためらう感情を押しのけ、サンジは紫煙にすがった。 ふっと愛しい人の気配を感じ、サンジは船首へと足を運ぶ。 薄紫の空が薄れ、金色の朝日の昇る中に浮かび上がる淡い黄色のドレスの。 赤い髪がキラキラと光を受け、背中に堅い決意が見え隠れする姿に、めまいのようなものを覚えた。 「ちゃん」 声を掛けるのに躊躇いながらも、ある物を握り締め、 この瞬間を逃したら手渡せなくなる事を恐れて、意を決して声を掛けた。 がくるりと向きを変え、おはようと微笑む愛らしさに、眼が離せなくなりながら、 素知らぬ顔で横に立ち、水平線に顔を向け、話しかける。 「やっと、帰れるな」 横に立つサンジの金髪がキラキラと光り、風にさらさらと揺れる音を感じながら、バルドーを思い出した。 「ああ。…バルドーの遺志……もうじき果たすことが出来る」 国を出る時私の横にはお守役のバルドーが、今帰る時には役を譲り受けたサンジがいる。 どちらも、私を大切に守護してくれる。 理解し難い感情の波が満ち溢れるのに、微かな戸惑いを感じたに、 サンジが、小さな布の切れ端にくるんだ物を渡した。 「何だ、これは。開けてもいいのか」 手渡された見覚えのある布地に、より一層バルドーが思い出される。 「どうぞ、ちゃん」 紫煙をふわっと風に乗せ、サンジは呟く。 「…ってこれ……。サンジ………」 開いた布の中に、一房の黒髪が入っていた。 「そっ、バルドーの髪だ。国に帰って、亡骸のねェ墓じゃたりィかんな」 の薄紫の瞳を、真っ向から受けとめたサンジの蒼眼が、サンジの素っ気ない声を抑え、 思いやりに満ちた眼差しが、に注がれた。 「ありがとう」 サンジの心配りがの胸を打ち、薄紫の瞳から涙が零れ落ちそうになり、は必死に堪える。 「泣くなヨ」 今にも溢れそうな目尻の涙を、サンジの指がすくいとり、腕がやさしくを胸元に引き寄せ 温かい手が、ぽんぽんっと2度なだめるようにおろされ、ゆっくりと背を撫でる。 の頬を寄せたサンジの胸の鼓動が、に伝わり、涙が青いシャツに吸い込まれ、 背中をサンジの手が緩やかに上下する度に、気の昂りがゆっくりとおさまり、温かい手に違う感情が 引き寄せられ、の心に満たされていった。 見張り台から一部始終を見ていたウソップは、見てはならないものを見た気分で、ずるずると沈みこみ、 やってられんぜまったくようっと、ため息をついた。 帆に風を受けて、真っ直ぐに、GM号は、アンダルシアを目指す。 の意志を乗せて、背を押したサンジの想いを乗せて。 クルー達が起き出し朝食を済ませた頃、GM号はアンダルシアの島影を認めた。 澄みきった青空は、いつの間にか消え去り、曇よりとしたグレーの空に変わり、海の色も心なしか、濁りつつあった。 徐々に近づくアンダルシアの第一港「ルーファサス」 赤茶けたレンガ造りの街並みに、高くそびえ立つ灯台。 山並みは濃い緑と萌黄色に染まり、所々に薄紫の色を放ち、風に乗って船上まで香るような気がした。 「島だぁぁぁああああああああああああああああああああ」 「おっ!アレが、アンダルシアか」 「ほう、綺麗な国だな」 「、あれは何だ?」 「あぁ、あれは……」 問い掛けられた言葉に、薄っすらと緊張を浮かべ答えていくの横顔を、蒼眼の端に認めながら サンジは、ナミに「の意志を尊重する」と言ったことを、考えていた。 自分の意志を持たずにあや繰られるままに生きてきたが、初めて見せたであろう意志「私の手で」 それを尊重してやりたいと思う心と、それがために未知なる敵能力者である可能性 の戦闘力との差などを考えての心配、最悪の事態での事など考えれば考える程に、 サンジの騎士道精神がぶつかり合い、きりきりと痛む。 どちらを取ればいいのかと、悩むサンジの視線がゾロと交り、瞳での会話が交わされる。 「てめェは、どうするんだ」 「護りてェ者を護る。それが俺のやり方だ」 サンジの心は、決まった。 GM号を、第一港「ルーファサス」に着けることは、得策では無いために海岸線を南東の方角に流し、 少し離れた入り組んだ岸壁の丁度良い所に着ける気でいたクルー達の前に、10隻の海軍艦隊が待ち受けていた。 「おい、なんでだよ!?、アンダルシアは海軍常駐国じゃないはずだったよな!?」 ウソップが、砲台の準備をしながら叫んだ。 「何かが、おかしい。この国で海軍など……」 はぎりっと唇を噛み、腰に携えた自身の剣に手をかけた。 「ちっ!やはりな…」 声に己の考えが正しかったことを匂わせたゾロ。 クルーの視線がゾロに集まった。 「前の島でな、敵の影に白いマントの男を見た。あれは、海軍のそれとよく似ていたからな」 ごきごきっと、首を回しながら、にやりと笑うゾロに、ナミの鉄拳が落とされた。 「「「「「そういう事は、早く言え!!!」」」」」 全員のツッコミが入り、頭を擦るゾロの視界に海軍艦隊の動きが入った。 「ナミ!そう悠長なこともやってられねェぞ」 「あ〜もう、左舷から風を受けて、面舵いっぱい!!逃げきるわよ!!」 「待って!航海士さん。海の色が変わった」 ロビンの指差す先の海底から、ゆらゆらと鈍色の潮が立ち昇り、見る間に目前の海を染めていく。 「あぁ!これは、この時期だけに起こる島の海流エルキュールだ! 引きずりこまれると、遥か遠方の海に連れ攫われる。数時間で消滅するはずだが…」 声に驚愕と焦りを滲ませてナミに説明する。 海軍艦隊とGM号の間に横たわる海流エルキュールが、不自然な鈍色の光を反射させる。 「サンジ君、ルフィ!!直ぐ帆をたたんで!!!」 「チョッパー!舵をもどして!ゾロ、ウソップ!海流の位置を左右から確認して」 矢継ぎ早にナミの指示が走る。 「ナミ!迎え撃つ気か?」 海面に眼を向けながらも、海軍の動きを気にかけるゾロ。 「任せなさい。エルキュール利用してやるわ」 どん!と、胸を叩き、なお指示を飛ばすナミ。 「きびきびと、命令するナミさん。素敵だァ〜」 蒼眼をハートにしハートの煙を吐き、調子よく帆を巻き上げるサンジ。 やれやれと帆を巻き終わったサンジに海流の監視を任せ、 俺の領分はコレだよなと、砲台を調節し砲弾を込めるウソップ。 各自がやれる範囲のことをした時に、海軍艦隊がエルキュールの潮に乗り次々と海流に翻弄された。 船の舵を何とかしようとする海軍に向けて、ウソップの駄目押しの砲弾が飛ぶ。 流石、砲撃手を名乗るだけあって、的確な位置に当たり、次々と、海軍のやる気をそいでいった。 海軍はエルキュールと砲撃に阻まれ、GM号の追跡を諦め自分達が助かることのみに専念し始めた。 「うきィ〜すげェ不思議海流だな。しっしっしっ。ウソップ、手前の船狙ってくれ!」 見張り台に陣取ったルフィが、うきうきと声を張り上げる。 「すげェ〜ぞ!このやろうこのやろう!」 「おう、オレ様にかかれば、こんなもんよ!えっへん!!オレ様はキャプテ〜ンウソップ…」 きゃっきゃっと、ウソップとチョッパーがじゃれ合う。まるで緊張感のない三人組だった。 「さぁ〜海軍がエルキュールに捕まってる隙に、逃げきるわよ。!別の場所の指示を」 ウソップ、チョッパーに軽く怖い顔を見せ、海流を避けることに気を取りながら、を促すナミ。 ナミの鬼顔に震えた二人はそそくさと、今、自分の出来る事に取り掛かった。 「あぁ、バーリー家のみが知る王宮まで最短の洞窟に船を着けよう。ただ……」 ある程度、作戦らしきものを考えていたの頭は、目まぐるしく回転し、一番良いと思われる 案を導きだそうとしていた。 「何だよ、早く言えよ」 エルキュールを避ける事に専念するクルー達を尻目に、ゾロの呟き。 「ただ、今の時期は、船を着ける所以外は、深く海に浸かってしまっていて……」 ルーファサス南東の岸壁に船を着ける事が叶わなかった今思いつくのは、唯一つだけ、 しかも困難な道のりしか、選択肢が無かった。 「だ〜〜〜〜ダメな案だすな!!!」 ナミのツッコミが入る。 「いや、そこから先は王宮に通じる道が使えないだけだ。崖をよじ登れり、山を二つ越えれば、 ルーファサスの街に出る。……時間が掛かるがな」 「何だ、なら話は早ェ〜、そこに行こうぜ」 ぼりぼりと頭を掻き、あっさりと言うゾロ。 「ただ……」 海軍の現れた事が、どの程度これからの作戦に響くのか分からない不安と、すでに手遅れかと 思わせる考えが頭をちらつき、を口籠もらせた。 「だァ〜〜〜〜まだ!なんかあんのかよっ!!!」 ゾロのツッコミが入る。 「オイオイ、まさか化け物でも出るのかぁ〜?うおぉ〜〜島に上陸してはいけない病がぁああ!!?」 ウソップが頭を抱える横で、チョッパーが悲鳴を上げる。 「てめェら!ぐたぐた言って、ちゃんの話、遮んじゃねェ!!で、ちゃん、何だ」 男どもに、きつい言葉をかけて、に続きを話すように促した。 「あぁ…。海軍が居たって事は、王位継承争いにある程度の歯止めがかかり、 どちらかが………。いや、争いそのものが終結したという事なのかと…… 今の時点ではっきりした事は言えぬが…… あの島で、グラムオブハートを狙ったのが海軍だとするならば…… もうすでに、ライル側が負けた可能性が高い」 ライルの身を案じ、薄紫の瞳に憂いを滲ませ、気丈には話す。 「ちゃん、それでも行くって決めたんだろう」 の声に滲む苦汁を受けとめて、を穏やかにみつめるサンジ。 「……あぁ」 サンジの蒼眼に籠めた思いを受けとめ、決意を新たにする。 「、どっちへ行けばいいの?」 二人の雰囲気など、お構いなしにナミの声が割って入る。 「向こうの方角だ!」 の指差す先に、曇天の空からひとすじの光がさし込み、道を示した。 「さいさきがいいな」 「ああ、まったくだ」 サンジとゾロはニヤリと笑いあい、ナミの指示通りに船を操り、光の方向に船首を向けると ざざっと、風向きが変化し、GM号の帆を強く押し、スピードがあがった。 |