珍しく雪が舞った、その日ー
「おはよう、今日は寒いね〜〜〜ロードワークの時気をつけてね。道路
凍ってたりなしないかな？」
「大丈夫だろう、多分。行ってくる。」
「行ってらっしゃい。お風呂沸かしておくね、シャワーじゃ寒いと思う
から。」
「さんきゅ。」
いつもの日常がその日も始まる。
朝のロードワークの後、軽い朝食を取り、ジムへと行く。
一日身体を動かして昼は蘭世の作ってくれた弁当を食べる。
カロリーが計算された中でもなるべくおいしくと。
夕方帰ってくると出迎えてくれるー
その日もそんな一日のはずだった。
毎日の同じ道を走っている俊の目の前に広い公園が見えた。
夏ならいざ知らず冬のこんな時期人影はまばらだ。
ゆっくりと足を緩めながら中へと入っていく。
・・・うわ・・・・
一瞬俊は眼を疑った。
そして立ち止まると辺りを見渡して意を決したように力を解放する。
「ええ？？？」
一瞬窓の外の空気が揺らぐとそこにいきなり俊が現れた。
「な・・なに？？」
慌てて窓を開け蘭世は駆け寄る。
「どうしたの？俊。力使ってまで・・・」
「少しいいか？」
俊にしては珍しい言葉を口にするので蘭世はその勢いに思わず頷いた。
「何か上に着て来いよ。」
「え？どこに行くの？」
「いいから。急げ。」
「う・・うん・・？・・」
手近にあったコートを羽織ると俊のそばへと寄る。
「行くぞ？」
ぎゅっと横抱きにすると俊は再度力を解放した。
「いいぞ、眼を開けてみろよ。」
「え・・？・・」
緩やかに眼を開けるとそれは先ほどの公園。
「・・・・何・・・これ・・」
「よっぽど今日寒いんだな。」
昇ったばかりの太陽の光に照らされてキラキラと輝きながら落ちてくる
雪の結晶。
公園の池の表面にもうっすらと氷が張り、その鏡面に光が跳ね返るのが
まるで洪水のように眼をあけているのが苦しくなるほど。
「すごい・・・・・」
「走ってていつもこの公園もルートに入れているんだが、こんなのはさ
すがに視たこと無かったな。」
「・・・・・ね・・・俊？」
「なんだ？」
「見せてくれて、ありがとう・・・・練習の途中だったのに・・・こん
な綺麗なの・・・初めて・・」
「・・・・・まぁな。こんなの見れんのめったに無いだろうしな。」
・・・・それに、見たかったんだ・・一緒に・・
とまでは言えなかった俊でありました。（・・・それは言ってやれば喜
ぶだろうになぁ・・ｂｙ作者）
ほんの数分の出来事が目の前に繰り広げられ、そして終わっていく様を
眺めると俊は首に巻いたタオルを握る。
「じゃ。俺は続き走ってくるけど、帰れるよな？」
「え・・う・・うん・・そんな遠くないから大丈夫。」
「滑って転ぶなよ？」
半笑いしながら俊がからかう。
「そんなことありません！！！」
ぷいっと歩き出す蘭世の後姿をしばし眺めると俊もまた走り出した。
「じゃな。」
「・・・・・」
ずんずんと聞こえないふりをしているのがばればれなそれを見て再度含
み笑いしながらゆっくりとスピードをあげていく。
・・・・遠くで小さな悲鳴は聞かなかったことにしてあげたのはお約束
である。
「さむ〜い・・」
そう小さな声で言いながら家に入る蘭世のその表情は口ほども無く穏や
かで幸せそう。
・・・綺麗だったなぁ・・・・すご〜〜く・・・
「ああいうのをダイアモンドダストっていうのかも知れないなぁ・・・
・・」
とうっとりしながらも台所に戻ると朝食の準備の続きをしだした。
今日は和食の日ということで炊き立てのご飯、野菜がたくさん入ったお
味噌汁、焼き魚、出汁巻き卵、煮物と手際よく並べる。
「あ、そうだ・・・」
冷蔵庫の奥から小さな包みを取り出す。
「偶然だけど、ね。」
今年のバレンタインはほろほろと崩れるような柔かいホワイトガトーシ
ョコラ。
俊の身体を気遣って小さめの物を準備していたのだった。
「どうしようかなぁ・・・」
夜にでも出そうかと思っていたのだが先ほどの風景を見て思わず考えて
しまったのだ。
「うん。」
そう一人頷くと皿にそっと置いた。
かちゃっと玄関ドアの音。
足音が聞こえる。
「ただいま、寒いな。やっぱり。」
「お帰りなさい、お風呂ちょうどよく沸いたところだよ。入る？」
「そうだなぁ・・そうするか。」
「じゃ、入ってきて？その間に朝ごはん準備しておくから。」
「そうか。」
そう言うと行きがけの駄賃とばかりに蘭世をもひょいと抱き上げる。
「きゃぁぁぁ。」
「お前も入れよ、さっき冷えただろ？」
「い！い！いいいい！！！！！」
という抵抗の意思表示の声も空しく家の壁に吸い込まれていく。
「ご飯冷める〜〜〜」
と最後まで訴えながらも俊の腕の中に実際大人しく抱き上げられていく
蘭世なのではありました。
お楽しみはこれから♪
