クリスマス当日。
早朝、二人はミサに出る為に少し離れた場所にある教会まで足を運んだ。
クラウドにとっては小さな頃から見てきた馴染みのある光景だったが、今回初めて足を運ぶザックスはステンドグラスに囲まれた室内と讃美歌の響く教会の厳かな空間に息を飲んだ。
「なんか…緊張したなー」
「オレは結構好きだけどね、あの雰囲気」
「うん、何となーく心が洗われた感じがする」
「適当な感想だな。でもわかるよ」
子供の頃に自分の抱いた感想と同じだとクラウドは笑った。
午後になり、クラウドはザックスの要望だったニブルのクリスマス料理の仕込みを開始した。
故郷にいた時に母親から料理を教わったことはほとんどなく、どちらかといえば料理は不得手だった。クリスマスプレゼント代わりにとザックスから頼みこまれ、電話で聞いた母の料理メモとレシピ本を片手にキッチンで悪戦苦闘していた。
リビングで簡単な飾り付けをしていたザックスはソファに座って身体を伸ばした。
「喉渇いたな。何かあったっけ」
「ちょっと待ってて」
クラウドは仕込みの手を止めると、鍋を取り出して水を温めだした。その間に冷蔵庫の中から紙のジュースパックやレモンを取り出して何やら作り始めた。
10分ほどしてクラウドは出来上がった飲み物を注いだカップを二つ持ってきた。
「一緒に一休みする」
「これは?」
「温めたリンゴジュースにシナモンと砂糖入れたやつ」
湯気の立つカップを覗くとスライスされたレモンが浮かんでいた。
初めて見るそれをザックスは早速口に含んだ。
「おお、美味いな」
「おやつの時や寝る前に母さんがよく作ってくれたんだ」
「へー。ママの味か〜」
「もう!やめろよ、その言い方!」
怒るクラウドに平謝りすると、ザックスは予約しているケーキを取りに出かけて行った。
ザックスが出かけている間もクラウドはキッチンに篭りっ放しだった。
母に電話をした際に比較的簡単な料理を教えてもらったが、それでもこれだけは欠かせないという料理は食卓に並べようとメモと本と何度もにらめっこをしながらの調理となった。
「…こういう料理作るのって大変だったんだなあ…」
実家にいた時は全く意識しなかったが、こうして自分がやるようになって母のありがたみが身にしみてわかる。付け合わせ一つとっても面倒な工程を踏まなければならないのだと、クリスマスに食べたごちそうを一つ一つ思い返した。
クリスマスの料理は普段と比べて目に見えて豪華だった。ニシンのマリネ、木の実のソースを和えたミートボール、ライスプディング、色とりどりの付け合わせ。全て手作りだ。いつもは質素な食事だったが、この日だけは違った。
特においしかったのが自家製のハムだった。母はオーブンを使って一日がかりで作っていたが、自分では手に余ると今日のメニューには入れていない。代わりにメニューに入れた肉料理も全てを手作りで仕上げるのは無理だと判断し、既に調理済みの物を買ってソースだけ自作することにした。これも母親は焼き上げからソースまで自分で作っていた。
母の偉大さに感服しているうちに時刻はすでに夕方近くになっていた。うかうかしているとケーキを取りに行ったザックスが戻ってくる。
母までとはいかずとも、楽しみにしているザックスを少しでも喜ばせてあげられるよう、おいしい物を作ろう。
そう思いながらクラウドは最後の仕上げに取り掛かった。
* * *
ザックスがケーキを持って帰宅した。これで準備は全て整った。
二人は出来上がった料理をテーブルに並べ始めた。
野菜スープ、赤キャベツの酢漬け、ジャガイモのグラタン、スモークサーモンのサラダ、川魚のフライ、鴨肉のオレンジソースがけ。そして予約していたケーキ。
メインの料理にやや不安が残ったものの、どれも口に出来ないほどひどい味ではなかった。塩味が足らなかったり、火加減を誤って少し焦げついてしまったが、全体的に見れば出来は上々だ。
故郷の味というエッセンスも加わり、二人は全ての料理をきれいに平らげた。
「一月前に比べたら料理上手くなったよなあ」
「そう、かな」
この日の為に一ヶ月の間自宅で食べる料理はクラウドが作るようにしていた。最初こそ味付けや盛り付けなどあまり褒められた出来ではなかったが、一月も続ければさすがに慣れるもので、それなりの物を作れるまでに成長していた。
苦手意識のあった作業だったが、こうして上手くいくと楽しくなってくるもので、やっているうちに案外面白いものだと思うようになっていた。
「じゃ…メリークリスマス」
突然のことにクラウドはケーキを食べる手を止めて、ザックスが差し出した物へと視線を向けた。
「え?なにこの靴下」
「クリスマスプレゼントだよ。プレゼントは靴下に入ってるもんだろ」
「なんだよ、子供扱いして…」
「まあまあ、いいから受け取れ」
「ん、ありがとう…」
クラウドは靴下の中に手を入れ、きれいにラッピングされた小箱を取り出す。
「これなに?」
「開けてみろよ」
包みを剥がし蓋を開けると、ブラックバンドの腕時計が姿を見せた。
神羅軍でも愛用者の多いミリタリーウォッチで、一般兵の給料ではなかなか買うことの出来ない高級品だ。こういう類の物に関心の薄いクラウドでも知っている有名なブランドの物だった。
「この時計、すごく高いやつじゃないか…」
「いいんだよ。時計はいいやつ持っといて損はないからな。盗られないようにしろよ」
「オレ、何も用意してないよ…」
「だから料理作ってもらっただろ?」
「でも」
自分だけこんな高価な物は貰えないとクラウドは突っぱねる。そうはいくかとザックスはクラウドの側に回り込み、腕を取って時計を強引に手首に巻いた。そして緩く抱きすくめる。
「オレはクラウドが側にいるだけでいいよ」
顔を赤らめながら、クラウドは照れ隠しに口を尖らせた。
「…クサイセリフだなあ」
「バカ。本当にそう思ってるから言ってんだよ」
まだ申し訳なさそうに腕時計を見やるクラウドにザックスは一つの提案をした。
「なあ。料理の腕、上がっただろ?」
「うん。ちょっとは」
「じゃあ今度からもっと料理作ってくれよ。オレはそのお返しがいいな」
「…わかった。オレももっと色々作ってみたくなったんだ」
* * *
夕飯を片付け終わった後、二人は残った酒と最後のパンを持ってソファでくつろぐことにした。
「昔、村の子供の間でおもちゃが流行ったんだ」
「うん?」
「みんなサンタクロースにそれが欲しいってお願いして…オレもすごく欲しかったんだ。でもそれ結構高くて…オレの家は母子家庭だったから贅沢なんて出来ないし…」
酒が入ったせいか、故郷でのことをあまり喋りたがらないクラウドが珍しく語り始めた。ザックスは黙ってそれに耳を傾ける。
「オレ、もう知ってたんだ。サンタクロースがプレゼントをくれるんじゃない、親がくれてるんだって。だから母さんに『みんながあんな高いの欲しがったらサンタクロースが大変だから、オレはいらない』って子供なりに必死に強がって言ったんだ」
「…そしたら?」
「クリスマスの朝起きたら、そのおもちゃが枕元に置いてあった」
「母ちゃん買ってくれたのか」
「うん。いらないって言ったけど、やっぱりうれしかった。…でもしばらくして偶然気付いたんだ。母さんが大切にしてた金のブローチが…っ…なくなってて……」
泣きそうになりながら言葉を紡いでいたが、そこで感極まったのかクラウドは唇を噛み締めて涙を流した。俯いたまま静かに泣くクラウドの頭を自分の方に引き寄せてザックスは続きを待った。
「うれしかったけど、それ知ってからすごくモヤモヤした。気を使わせないようにしたつもりだったのに、余計なこと言ったせいで逆に気を使わせちゃったんだなって」
ザックスはまるで自分に懺悔をするかのように言葉を告げるクラウドの頭を撫でた。
「オレはクラウドが言わなくても母ちゃんはそのおもちゃをくれたと思うけどな」
「…なんで?」
顔を俯かせたまま、クラウドは訊ね返す。目が仄かに赤くなっていた。
「村中の子供が持ってるのにクラウドだけ持ってなかったらクラウドがどんな気持ちになるかくらいわかるだろ。クラウドが言おうが言わなかろうが母ちゃんはプレゼントするつもりだったと思うぜ」
「別に…元々友達なんていないのにそんなの…」
「親ってのはそういうもんだよ」
クリスマスの慣習としか思っていなかった食卓を飾る豪華な料理も、親心の顕れなのだとクラウドは今理解した。
「オレって親不孝だ。母さんにすごく大切にされてたこと、全然わかってなかった」
「ま、たまには実家帰って親孝行しろよ」
「…そういうザックスもね」
「う…」
* * *
最後のパンも食べ終わり、互いに他愛のないことを話していると、不意にザックスがクラウドの左手を掴んだ。
「来年のプレゼントはさ、指輪とかどう?」
冗談めかしたような、それでいてどこか真剣そうな言葉にクラウドは小さく頷いた。
「ん…そうだね。来年はゴンガガのクリスマスやろうか」
「いいけど料理辛いぜ」
得意そうにニヤけるザックスに勘弁してくれとクラウドは背もたれに頭を凭れさせる。
「…あんまり辛くないの作ってよ」
「そうだな。来年な」
二人は顔を見合わせながら笑うと唇を重ねた。
Merry Christmas!