川から上がったザックスの後姿にクラウドは胸が一瞬大きく脈打つのを感じた。腰まである黒髪が水を纏って背中に張り付いている。その隙間から見える筋肉質な身体に、しばしの間見惚れていた。
プールで見ていた時は何とも思わなかったのに、こうして野外で見るとどこか野性的なものを感じる。ザックスが普段過ごしている時はあまりソルジャーといったものを感じさせない為、こういう時のギャップにドキリとさせられる。
ソルジャーとして鍛えられた体躯は自分とはこうも違うのかとクラウドはついつい自身の身体と見比べてしまう。こんな白い肌じゃなく、ザックスのように浅黒い肌だったらよかったのにと無い物ねだりをしてしまうのはいつものことで。自分が欲しくてやまないものを持つザックスが何かにつけて羨ましくなる。
そんなことを考えていたせいか、さっき人工呼吸の後に抱きしめられ、ぴっとりと身体が密着した時の感触が蘇り、クラウドは自分でも気付かないうちに顔を赤くしていた。
「クラウドー、タオル…」
「え!?」
車から持って来たタオルを片手にザックスが真っ直ぐクラウドの方へ戻って来た。突然現実の世界に引き戻されたクラウドはタオルなど目にも入らず、ただザックスを見つめた。
「いやだから身体拭くタオル」
「あ、うん。ありがとう」
身体を拭いたものの、ザックスは誰もいないのをいいことに裸のまま車に積んできた昼ごはんを川べりに並べ出した。
ザックスが着ないので、クラウドも何となく服を着ず、タオルを背中から被って敷かれたシートの上にペタリと座った。
「あー、外で素っ裸でメシ食えるってすげえいいな。ずっとここで暮らしたいかも」
「野生児だなあ…」
「だってこうしてても誰にも文句言われないんだぜ」
ザックスはまるで自分の裸体を誰かに見せびらかすようにパッと手を広げた。ここ数時間ですっかり見慣れたザックスの裸だが、こうも開けっぴろげにされるとクラウドも少々恥ずかしくなる。
「ザックスって露出癖でもあるの?」
「んなわけあるか!そうじゃなくてさ、何か解放感がないか?」
「…うん、まあ」
普段から制服を着ているから余計にそう感じるのかもしれない。こうして裸になってしまえば神羅も何も関係ない。ここにいるのは川遊びをしているただの青年だ。
「なんか神羅のこともソルジャーのことも忘れちまうな」
「…故郷に帰りたくなった?」
「んー、ちょっとだけな」
「やっぱこっちがいいの?」
「まあ一回くらい里帰りしとかないとって思うけどさ。こっち離れたいとは思わないかな」
何だかんだで生活する上で便利だし、仕事はきついが自分の性に合っているし、相応の対価も支払われている。今更故郷に戻ろうなどとは思えなかった。
「お前もこっちにいるし」
「え?」
ポロっと口から出た言葉にクラウドはおろか、ザックス自身も面食らっていた。
「…あ、別に変な意味じゃねえよ?」
「変な意味ってどういう…」
二人の間に奇妙な沈黙が流れる。黙ったまま、二人はしばらく固まってしまった。そして幾らかしてザックスが再び話し掛けた。
「そうだ。昼ごはん食おう。な」
「あ、うん」
少々ギクシャクはしたものの、ごはんを食べているうちにそれもなくなった。
タッパの中身はサンドウィッチとポテトサラダとフルーツ。見た目はお世辞にもきれいとは言い難かったが味は上出来だった。普段は小食のクラウドも珍しいことにサンドウィッチをたくさん頬張った。
「あとスープ持ってきたんだ」
ザックスは少し太めの水筒を持ち出すと、蓋を回して開けた。ふわっと漂うコンソメのいい香りが鼻をくすぐる。
「それスープだったんだ。何かと思った」
「インスタントだけどな。川入ったら冷えると思ってあったかいの持ってきたんだよ」
「用意いいね」
「だろ。やっぱいい嫁になれるな」
スープを注いだカップをクラウドに手渡しながらザックスは得意げに言った。クラウドはそれを一瞬取り損ねるとザックスの顔を複雑な顔で見やった。
「…いや別に変なアピールをしてるわけじゃないぞ?」
「え、アピールって何を」
これは先ほど車中でも交わした冗談だ。なぜ変な受け止め方をしてしまうのだろうとクラウド自身も困惑した。
またお互い黙ってしまったが、ザックスはカップに注いだスープを飲みながら何とか場を繋いだ。
さっきから何なんだろう、この変な雰囲気は。川から上がってからずっとこんな調子だ。
二人とも理由がよくわからず、頭を捻った。
* * *
食休みしてから二人は再び川へ入った。
さっきまでの気まずさはどこへやら、また子供に戻ったように遊び泳いだ。互いに水中に引きずりこんだり、川底にあるきれいな石を拾って見せ合ったり、楽しい時間はあっという間に過ぎて行った。
そして遊びながらだったおかげか、カナヅチだったクラウドも短距離であればある程度泳げるまでになっていた。
先ほど溺れたことで泳ぐことへの恐怖が生まれないかザックスも内心気にしていたが、そのことが記憶からさっぱり抜けているのか、クラウドはすっかり水に慣れ親しんでいた。
「クロール覚えろよ。もっと早く泳げるぞ」
「あれ息継ぎが難しいもん」
「コツつかめば大丈夫だって。帰ったらプールでゆっくり教えてやるよ」
そして日が暮れかかったところでお開きとなった。
着替えを済ませて忘れ物がないか点検を終えて車に乗り込むと、初めての川遊びに疲れ果てたクラウドが微睡みかけていた。
「眠いか?」
「ん…ごめん」
「着いたら起こしてやるから寝てろよ」
「ありがと…」
ザックスは山道を下りながら、半分夢の世界へ足を入れかけているクラウドに話しかけた。
「川遊び楽しかったか」
「うん…」
「こうやって友達と遊ぶと楽しいもんだろ」
「そう、だね…」
一呼吸置いて、ザックスはクラウドの方をチラリと見やった。
「故郷に友達いなくてもさ…オレがいるじゃん」
「…うん」
その返事をしたところで、クラウドはすーっと静かな寝息を立て始めた。
「…寝ちまったか」
安心したような、それでいて少し寂しそうな顔をしながらザックスは前方へと注意を戻した。
二人を乗せた車はミッドガルへ向かって夕暮れの平原を進んで行った。
…二人が友達以上の存在としてお互いを意識し合うようになるのはそれから少し経ってのことだった。
END