Dearest





 筆まめで母親思いのクラウドはよく故郷にいる母に宛てて手紙を書く。
放蕩息子の自覚のあったザックスも一度真似て書こうとしたが一向に書くことが浮かんでこず、断念した。

 今日、クラウドはザックスと同居するようになって初めてザックスの自宅でペンを走らせていた。
手紙を読まれることを極端に嫌がるクラウドは手紙を書いている最中は同居人のザックスが近づくことを許さない。これは同居する以前に寮で手紙を書いていた時もそうだった。ザックスが予告なしに寮のクラウドの部屋を訪問した時も、書いていた手紙を慌てて隠すということが何度かあった。

 しかしその日はたまたま警戒が薄かったのか、クラウドは書いている手紙をリビングのテーブルの上にそのままにしてトイレへ入っていった。
 それをザックスが見逃すわけもなく…。
人の書いた手紙を盗み見するのは趣味が悪いし気後れしたが、クラウドがいつも母親に宛ててどんな手紙を書いているのか気になり、少しだけ…とテーブルに近付き、便箋をチラッと遠目で見やった。
 内容は健康であること、こちらで楽しくやっているから心配しないで欲しい旨が丁寧に書き綴られていた。そして文面に"ザックス"の文字を見つけると、ザックスは目を皿にしてそこを読み入った。

 
『……ザックスはオレにはもったいないくらいの人だよ。オレにとてもよくしてくれるし、楽しい人なんだ。すごく器用で、この間なんて母さんが作ったシチューが好物だって言ったら、それを真似て夕飯にシチューを作ってくれたんだ。母さんの作るシチューもおいしいけど、ザックスが作ってくれたシチューもすごくおいしかった。母さんにも食べさせてあげたいくらいおいしかったよ。……』


「…お、オレのこと書いてくれてる……」
 感動のあまり思わず便箋を持ち上げて穴があくほど読み返す。
 するとトイレから出て来たクラウドにそこをしっかり目撃されてしまった。
「あっ!何読んでるんだよ!!」
 クラウドは大急ぎで戻って来るとザックスからそれを奪い返す。そしてキッと睨みつけた。
「人の手紙勝手に読むなんて最低だ!」
 しかしクラウドの怒声も耳に入らないようで、ザックスは陶酔しきった様子で読んだ手紙の言葉を反芻していた。口下手で気持ちを素直に口にしてくれないクラウドのストレートな心情が吐露された手紙はザックスをこの上ないほど高みへと持ち上げて行った。
 そんなザックスから放たれるピンクのオーラの前に怒り心頭だったクラウドも思わずたじろいだ。
「…あの、ザックス?」
「ザックスはオレにはもったいないくらいの人…かあ」
「!」
 一番読まれたくない部分を一番読まれたくない人に読まれ、クラウドは顔を真っ赤にしながらザックスに飛びつくとポカポカと殴った。
「バカバカ!なんでそんなとこ読むんだよ!」
 殴られていることなど毛ほども感じていない様子で、ザックスはくるりとクラウドを振り返る。そして真摯な顔つきで
「オレ、クラウドの実家に行ってシチュー作ってもいいよ?」
 と言ってのけた。
「な、な……!?」
 何を突然言い出すのかと、怒りと恥ずかしさと驚きでクラウドは二の句を継ぐことが出来なくなった。対するザックスはすっかり目尻の垂れ下がった顔でクラウドを見つめる。
「…今度一緒に里帰りしようか?お母様への挨拶兼ねて」
「バカ!いい加減にしろ!大体何の挨拶だよ!?」
「何って息子さんと結婚を前提にお付き合…ぐげっ」
 ザックスが言い終わる前にクラウドは脇腹に一発きついのを食らわせた。



 * * *



 夕飯の最中もザックスの夢想は続いた。依然脳内があの手紙に支配されているようで、思い出し笑いを繰り返す。ちなみに夕飯は例のシチューだった。
 そんなザックスを怪訝な目で見つめながらクラウドは耐えきれずに
「…ザックス気持ち悪い…」とつぶやいた。
 それですらザックスの春めいた思考を止めることは叶わなかった。もう何を言っても無駄だとクラウドは諦めてシチューの中にスプーンを入れて掬った。
「なあクラウド」
「なに…」
 クラウドはうんざりした面持ちで今度は何だと言いたげな様子で返事をする。
「手紙欲しい」
「は?」
「オレもクラウドの母ちゃんみたいにクラウドから手紙もらいたい」
「……え?」
 ザックスの言っていることの意味が理解出来ず、クラウドは頭にクエスチョンマークを浮かべる。
「だからさー、オレにも手紙書いてくれよ。出来ればラブレター」
「…バカじゃないの?」
「なんでバカだよ」
「だって…なんで目の前にいる人に手紙なんて書くの」
 手紙は遠方の人や会えない人に宛てて書くもので、すぐそばにいる人物に手紙など書いてどうするのだと言いたげだ。しかもザックスの自宅で同居しているのだからお互い仕事が重なりでもしない限り顔を合わせない日などない。手紙を出す意味が見出せなかった。
 しかしザックスはそこで折れずに反論する。
「だってお前、あの手紙に書いてたようなことオレに言ってくれないだろ?」
 ザックスに痛いところを突かれ、クラウドは視線を泳がせながらモゴモゴと言い淀んだ。
「あ…あれはそもそも母さんに出す手紙だから書いたんであって…」
「何なんだよそれは。なあいいだろー、クラウドから手紙欲しいんだよ〜。なあくれよ〜」
 どこかで聞いたようなセリフだ…と思いながらクラウドは頭を抱えた。
「じゃあ手紙に書いてたこと、オレに直接言ってくれよ」
「なっ…なんで…」
「お前オレにああいうこと言ってくれねーじゃん。オレ悲しい」
「そんなこと…」
 そう言われるとクラウドも弱い。こうしてザックスと同居するくらいの仲になっても、素直に気持ちを伝えるということに抵抗があった。特に直情的で気持ちをぶつけることに何ら抵抗を感じない目の前の恋人と比べると余計に。好きという言葉一つにしても、恥ずかしさが先に立ってしまって、クラウドがそれを口にすることはそうそうない。逆にザックスは毎日のように好き好きとうるさいくらいにクラウドへの思いを口にする。まるで対照的だった。
「たまにはクラウドから愛の告白的なことを言ってもらってもいいだろ?」
「だろ?って……こ、告白なんてそんな軽々しく言うものじゃないし」
「だから手紙でくれよ」
 こうして話は振り出しに戻った。


 夕飯の際はザックスのお願いを跳ねのけたクラウドも相手に気持ちを伝えることを臆し過ぎている自覚があった為、どうしたものかと頭を悩ませた。
 ザックスとこうして過ごせるようになったのも、その躊躇する気持ちから一歩踏み込んで思いのたけを伝えたからこそだ。あの時、足を踏み出していなければ、今こうしてザックスと過ごしていなかったかもしれない。
 気恥かしいが、口に出して伝えるよりは…と筆を取ることにした。
 何日か経った日の夜。ザックスが眠りについた後、クラウドはベッドを抜け出してリビングでこっそりと手紙を書き出した。
 それが間違いだった。



 * * *



 明けて次の日にクラウドは手紙を読み返したが、恥ずかしさのあまりゴミ箱に捨てたくなった。夜に手紙を書くものではないという言葉の意味を身をもって痛感した。
 いつかザックスに出した告白のメールと同じくらい恥ずかしかった。あれも今となっては物理的にも自分で読み返せないが、ザックスはメールボックスに大切に保存しているらしく、時々それを読み直してはその時のことを懐かしそうに話してくる。曰く、読むたびに新しい発見があるのだという。
 クラウドにとってもザックスとの仲を深めるきっかけとなった重要なメールなので消去しろとまでは言わないが、いい加減話題に出すのを止めて欲しいというのが本音だ。
 今手元にあるこの手紙を渡そうものなら、告白メールのように後々まで話題に出されることは必至だ。こんなの渡せない…と封筒に戻し、これをどうしようかクラウドが考えあぐねていると、そこをザックスに目撃されてしまった。
「…それはもしやオレへのラブレターでは!?」
「ち、ちが…あ!」
 クラウドの手の中にあった手紙を目聡く見つけると、ザックスは矢のような速さでそれを奪い取った。
「やっぱオレ宛じゃないか!…書いてくれたのか」
「返してよ!それ失敗したんだ!…あっ!」
 制止の声も空しく、ザックスはクラウドの手の届かない高さに手紙を持ち上げて封を開ける。そして中の便箋を取り出して目を通し始めた。


『ザックスへ
 突然手紙を書いてくれと言われて正直何を書いたらいいのか悩んだ。だからいつも言えてないことを書こうと思う。愛の告白だとかそんなものを期待しているなら読むのはやめて欲しい。
 初めてザックスと会った時は何だか強引な人だと思った。何かとお節介焼いてくるのが少し鬱陶しかった。そういうの慣れてなかったんだ。親切にされたら何かを返さないといけないとか、そういうことが面倒だって考えてた。そんなこと考えるのは間違ってるってわかってたけど、だから人付き合いをすることがすごく億劫だった。
 今考えるとザックスにかなりひどい態度取ってたなって申し訳なくなってくる。それでも友達として付き合い続けてくれていたことにすごく感謝してる。ありがとう。
 いつの間にかザックスと過ごすのが楽しくて、ずっとこんな風に仲良く出来たらなあって思うようになった。今こうして一緒の部屋で過ごせて本当に毎日楽しいんだ。
 それからザックスと付き合うようになってからちょっと雰囲気変わったって言われるようになった。前はとっつきにくいやつだったけど今は話しかけやすくなったってよく言われる。ザックスがオレを変えてくれたんだ。
 今でもまだ変われてないところがたくさんある。ザックスのこと見習わないといけないって思ってるけど、なかなか上手くいかない。でもちょっとずつ変わっていけたらって思ってる。色々迷惑掛けてばかりだけど、これからもよろしく。』


「……お」
 と言葉を発したまま黙るザックスにクラウドは耐え切れず突っ込んだ。
「…おって何…」
「お前ってかわいいなあ!」
 手紙の内容にご満悦な様子で抱きつくザックスをクラウドは顔を真っ赤にしながら引き剥がした。
「バカ、やめろ!かわいいとか言うな!」



 * * *



 手紙を読み終えた後、ザックスはクラウドに一つの提案を持ちかけた。
「なあクラウド。今度休み取って本当に里帰りしようか」
「え?」
「お前の母ちゃんに会ってみたいんだよ」
 それは先日の時のようなふざけた口調ではなく…穏やかな笑顔を浮かべるザックスにクラウドは小さくつぶやいた。
「…そのうちね」





material:clef






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