2月14日。世間はバレンタイン一色に染まっていた。
周りはチョコをいくつもらっただの、もらえなかっただのと愚痴る連中だらけだ。
こういう時、男は損だと思う。チョコの一つ二つで一喜一憂してバカみたいだ。
でもオレからしてみたらチョコなんてもらえたってうれしくない。こんな日に言ってもただ卑屈なだけにしか聞こえないけど、何の価値も見出せない物をもらったってうれしくも何ともない。
本当に欲しい物はどれだけ待っても手に入らないのに。
* * *
「よ、クラウド」
その日の仕事を終えて会社の廊下を歩いていると、ザックスがいつもの調子で話しかけてきた。ついこの間ケンカをしたばかりなのに、それをすっかり忘れて話しかけてくる無神経さにイライラする。
「しけた顔してんなあ」
あんたのせいだよ。
そう言いたかったが突っかかれると面倒なのでそのまま無視することにした。
「ちょっと、待てって」
素通りしようとしたところでザックスに肩を掴まれる。どちらにしろ突っかかれるなら嫌みの一つでも言っておけばよかった。
「もう仕事上がっただろ?ちょっと付き合えよ」
断っても何だかんだ言いくるめられて、結局従うことになるのはわかりきっていた。無駄な労力を掛けて同じ結果になるくらいなら素直に従った方が疲れなくていい。
どうせそこらのフリースペースにでも行くのだろう。そう考えていたけど、ちょっとと言ったくせに連れて来られたのはザックスの部屋だった。
ザックスはずっと持っていた手提げ袋をこれ見よがしに揺らした。こういう日に持っている袋の中身なんてわかりきったもので…。
「結構チョコもらっちゃってさ。一緒に食おうぜ」
手提げ袋をひっくり返してテーブルの上に中身をぶちまけた。色とりどりのラッピングをされたチョコがテーブルの上に散乱する。
「クラウドももらったのか?」
「…もらったけど」
「誰に」
そんなこといちいち報告する義務なんてない。けどどうせしつこく聞いてくるんだ。
「総務の人」
「ふーん……っそ」
ザックスは少し不機嫌そうな顔をした。
オレが誰からチョコをもらおうが勝手じゃないか。自分は自慢げに見せびらかしたくせに何でそんな嫉妬するような素振りを見せるんだ。どうせ、それ以上何も言わないくせに…。
オレもザックスもお互いの気持ちはわかってた。でもどちらも一歩踏み出せずにいた。
お互い気になってる。けどそれを素直に吐き出せない。そんな膠着状態がここ最近ずっと続いていた。
先日ここで二人で話していた時もお互い腹の探り合いをしてばっかだった。
素直に好きだと言えればいいのに。
でも言った瞬間に全てが壊れてしまいそうな気がして…怖くて言えなかった。
「オレは好きな女の人なんていないよ」
それはオレに言える精一杯の言葉だった。ザックスはそれでわかったはずなんだ。
「オレもまあそうだけど、オレって結構女の子にモテるから困っちゃうんだよな」
わかってるくせに挑発的な態度を取るザックスに腹が立った。
じゃあその中の誰かと付き合えば?
顔も見ずにそう告げて、オレは部屋を飛び出た。
それが数日前のこと。そのことがあってから今日まで顔も合わせてないし、口もきいていなかった。
自然にわだかまりがなくなるにはまだ時間が早すぎる。それなのに平然と話しかけてくる。ザックスはいつも勝手だ。
オレが思い込んでるだけで本当はこっちの気持ちなんてちっとも気付いてないのかもしれない。
そんなことをじっと考えていると、ザックスが何事もなかったようにチョコの包みを解き始めた。
「まあいいや。とりあえずどれ食べる?」
こんな下らないことに付き合う為にここに来たんじゃない。
「…用ってそれだけなの?オレもう帰るから」
玄関の方に向かう途中でザックスが追って来て手を掴まれた。強引に身体の向きを変えられる。
「待てよ」
ザックスの顔を見たくなくて、顔を下に向けて喚いた。
「いやだ。なんだよ、オレのこと呼びつけて自慢でもしたかったのか?チョコでも何でも一人で食べればいいだろ!」
「ごめん。悪かったよ」
それは何に対して謝っている?
「何が、何が悪かったの?意味わからないよ」
ザックスが何をしたいのか、何を言いたいのかわからなくて、ついヒステリックに怒鳴ってしまった。
オレが落ち着くのを待って、ザックスは静かに口を開いた。
「…嫉妬して欲しくてあんなこと言ったんだ。ごめん」
この間のことを言っているのだとすぐわかった。
「他の子からチョコもらってもうれしくねえよ。一番好きな子からもらわないとさ」
そう言ってザックスはオレを腕の中に入れた。
「オレ、クラウドからもらいたい」
腕の中で黙ったままでいると、ザックスが耳元で囁いてきた。
「チョコ、くれる?」
その言葉に一瞬ドキリとしてしまった自分が悔しくて。
オレは下を向いたまま無愛想な声でつぶやいた。
「…男がチョコなんか渡せるか。第一買ってないよ」
「うそ!?この間あんだけアピールしといたのに?」
それはケンカをした日に言われたことだ。
そもそも今回のケンカの発端はザックスが冗談めかしてチョコが欲しいと言ってきたことから始まった。
「あんな女の子だらけのお菓子売り場に男一人で買いに行けるわけないだろ」
「えー…ここは実は買ってましたってチョコを差し出してハッピーエンドになるところだろ」
「そんな上手くいくもんか。チョコなら貰ったのがいくらでもあるんだから先にそれ食べろよ」
「相変わらずつれないな…でもチョコを見にわざわざ売り場まで行ってくれたんだ」
「そ、それは…」
図星を突かれてオレはまた黙った。
昨日見に行ったけど、何も買わずに帰ってきた。だって買えるわけない。テーブルの上に広がっているような綺麗なチョコなんて恥ずかしくて手にも取れない。それも女の子たちに混ざって。買えたとしても通年で売ってる特別でも何でもない板チョコくらいだ。でもそんなのを買ったって見劣りしてしまう。だったら何も買わない方がいい。どちらにしろ渡すこともないのだから。それで敵前逃亡するようにして帰ってきた。
「じゃ、チョコの代わりにもらっとくか」
昨日のことを思い出してボーっとしていたらザックスが突然キスをしてきた。
「な…なんだよ、急に…」
「だからチョコの代わり。今日はずっとこのまま…オレと一緒」
そう言ってザックスはオレの身体を抱き締めた。
END