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ミッドガルでは空前のアンドロイドブームが到来していた。
一家に一台アンドロイドは当たり前で、家電としてポピュラーな製品となっていた。値段も簡単な仕事を任せるだけの安価なものから研究者の助手を務められる高機能かつ高価なものまで多種多様だった。特に人型のタイプが人気を博し、男性客には女性型、女性客には男性型のものがよく売れた。
ミッドガルの中心部にある大型家電量販店に足を踏み入れた青年・ザックスもまたアンドロイドを購入しにやって来た客の一人だ。
ブームと持て囃されて数年。コツコツ貯めたお金を握りしめ、念願の女性型アンドロイドを手に入れるぞと息巻くザックスは早速アンドロイドを販売しているフロアへと向かった。
高機能なタイプは購入出来ないが、ちょっとしたお手伝いアンドロイドであれば一台買う程度の資金は作ってある。
フロアにはアンドロイドがところ狭しと歩きまわっていた。ここではアンドロイド自身が製品を探す客に自ら声を掛け、自分たちで営業をする。下手な販売員より自分たちの構造や性能について詳しいのだから効率はいい。
(やっぱりブロンドで目はくりっとしてて…)
ザックスはまだ見ぬ己の理想のアンドロイドを頭に思い描いた。一生懸命自分に尽くしてくれる恋人のようなアンドロイド。一時的な疑似恋人を求めてお手伝いアンドロイドを買う者も少なくない。
ザックスはフロアを回りながら予算に見合いつつ、見た目的にも好みのもの探した。
この日の為に貯めた軍資金だ。じっくり見定めねば…と気合いも入る。
とは言うものの、流行の物や話題の商品にもどうしても目を引かれてしまう。
「お、あれがSOL-SepVII型か。かっけー」
かつて勇名を馳せた英雄をベースに作られたアンドロイドで、男女問わず人気のある製品だ。当然値段もそれなりのものである。
「あっちはSOL…と。今日はそっちはいいんだ」
辺りに漂う誘惑を振り払い、ザックスはフロアを抜けて行く。
今日買いに来たのはかわいい女の子タイプのアンドロイド。ちょっとした家事の手伝いをしてくれる中機能程度のものが値段的にも手頃でいい。最新型はどうしても高額になってしまうので型番落ちしたものが今日のお目当てだった。
「さて…」
お手伝いアンドロイドのコーナーへやって来たザックスはフロアを歩き回るアンドロイドをちらちら見やった。
「お探しですか?」
早速とばかりにアンドロイドの営業が始まった。
すぐ側に立つ女性型のアンドロイドはザックスに向かって人間の従業員さながらにニコニコと営業スマイルを浮かべていた。
いかにも仕事が出来るといった雰囲気を醸しているこのアンドロイドはお手伝いアンドロイドの定番シリーズの一つだ。ここに来る前にザックスがチェックしたカタログに載っていたタイプで、一目で最新型の物とわかった。
「お探しの製品がありましたらどうぞお申し付け下さい」
「えっと、中機能程度で女性型のお手伝いアンドロイドを探してるんだけど」
「まあ!それなら私がぴったりです」
「え?いやあの」
ザックスが言葉を告げる暇もなく、アンドロイドは自分に搭載されている機能をこれでもかと捲くし立てる。機能は申し分ないし、見た目的にもかわいいが、欲しいと思っているタイプとは少しばかり違う。容姿もブロンドではない。
適当に相槌を打ちながらどうやってやり過ごすかザックスが頭を悩ませていると、今度は別の女性型アンドロイドが加わって来た。
「ちょっとお待ちなさい。お客様には私の方がぴったりですわ」
参入してきたのは数年前に初代シリーズが発売された際に癒しプログラム搭載を売りにして人気を得たアンドロイドだ。現在でも売り上げを伸ばしている人気シリーズである。
「なによう、私が見つけたお客様よ」
「バカね、あんたに営業掛けられて困ってるのがわからないの?」
「ひどいわ!どういう意味よ!」
アンドロイドといえども女性の闘いは怖いものだ。ザックスは二人が喚き合っているうちにそそくさとその場から逃げた。
あまり売り込みが激しいのよりはちょっと控えめなくらいのAIが搭載されてる子が欲しい…。などと考えていると、目の前にブロンドのアンドロイドが飛び込んで来た。
「うわ!?」
「あっ」
そのアンドロイドは何かに夢中になって走っていたのか、勢い余ってザックスに突っ込んでしまった。
「いって…」
「あの…ごめんなさい」
困った顔をするアンドロイドに見つめられ、ザックスは胸の鼓動が早まるのを感じた。
小麦色の金髪に大きな青い瞳。ザックスが求めていたタイプそのままのアンドロイドだった。
「あ、や、全然平気だから、気にしないで」
好みのタイプだと思ったが、いざ立ち上がって見てみると女性型ではなく男性型のアンドロイドだった。
「えーと…君もお手伝いアンドロイド?」
「…そうだけど」
それにしては見慣れない型のアンドロイドだ。ここ最近発売されたお手伝いアンドロイドはパンフレットやネットでほとんどのタイプをチェックしたが、目の前のタイプはザックスも見た覚えがなかった。
「ふーん。タイプは?」
「ASS-CL1986…通称クラウド」
型番からすると少々古いシリーズのようだ。おそらくカタログにも載っていないような大分前に型番落ちしたタイプなのだろう。
ザックスがチラチラ見やっても、クラウドは居心地の悪そうな表情を浮かべるだけで何も言ってこない。
「…君は営業しないの?」
「別に…オレみたいな安物が売り込みしたって…」
基本的に家電量販店などへ出荷されるアンドロイドは自分を積極的に売り込むようプログラミングされているものである。それにしては珍しく自虐的な物言いをする。口を窄めて拗ねる顔が妙に人間臭く感じられてかわいかった。
「あ、君さ…」
もっと色々話をしてみたい。そう思ってザックスが話しかけた時、先ほどのお手伝いアンドロイドたちに遮られた。
「ちょっと、お客様になにしてるの!」
「大丈夫ですか?」
「いや別に何ともないから」
「お客様にケガでもあったらどうするの?」
「…ごめんなさい」
女性型アンドロイドからガミガミと叱責され、クラウドはしゅんとしてしまった。旧シリーズのクラウドはここでは落ちこぼれ扱いらしい。
アンドロイドの世界も厳しい…。すっかり他人事のように見ていたザックスに再び営業攻勢がかけられた。
「それより!私の方が高機能ですよ。家事全般おまかせです。全て完璧にこなすようプログラムされてます」
「何言ってるの?私の方が最適ですわ。最新の癒しプログラムが搭載されてますから、膝枕に耳かき、なんでもござれです」
「ふん!俗っぽいプログラム」
「何ですって?型通りのサービスしか出来ないポンコツのくせに」
「よくも言ったわね!」
「なによ!?」
火花を散らしながら今にも取っ組み合いを始めかねない雰囲気にザックスも戦々恐々とする。関わらない方がいいだろうとザックスが逃げようとした矢先、女性型アンドロイドたちはくるりと向き直った。
「こうなったらお客様に選んでもらいましょう」
「はい!?なんでオレが…」
ザックスの意思などまるで無視され、女性型アンドロイドたちはずんずんと迫ってくる。
「どちらがお好みですか?」
「えーと…そうだなあ…」
定番VS流行り。どちらがいいと言っても角が立つ。
どうしたものかとザックスが頭を悩ませていると、遠巻きから見ていたクラウドがおずおずと口を開いた。
「あの…」
「なに!?」
「お客様、困ってるみたいだけど…」
二人の攻勢を見かねて助け船を出すが、ぴしゃりと言い伏せられてしまう。
「生意気ね。営業も出来ないくせに」
「そんなことよりフロアの掃除は終わったの?」
「さっき終わった…一応」
「なら早く用具室に戻してきなさい。営業の邪魔だわ」
「……わかったよっ」
クラウドはムッとした様子で柱に立てかけてあったモップと水の入ったバケツを持ち上げる。思いの外バケツが重かったようで、バランスを崩しながらザックスの方によろめいてしまった。
「あっ!!」
次の瞬間、バケツの水は見事にザックスの頭に降り注いだ。
「…冷たい」
「ご、ごめんなさ…」
クラウドが言葉を告げ終わる前に女性型アンドロイドたちがびしょ濡れのザックスの元に駆け寄って来た。
「きゃー!お客様になんてことを!」
「ASS-CL1986!この欠陥品!ジャンク!」
「二足歩行もろくに出来ないなんてメーカーに返品よ!」
「ごめんなさい…」
矢継ぎ早に罵られるクラウドに水を掛けられた張本人のザックスも居たたまれなくなる。
「な、何もそんな…」
「大体まだフロアの隅は汚れてるし、お手伝いアンドロイドのくせに掃除もろくに出来ないの!?そんなんだからいつまで経っても売れ残りなのよ!」
『売れ残り』という言葉にクラウドは顔を伏せてしまった。
「…オレなんてどうせ安物だし…プログラムに欠陥もあるし…性能も一世代前の物だし…」
クラウドは頭を垂れて目から流れてくる涙のようなものを拭う。その姿をザックスは食い入るように見つめた。
「オレなんか…誰も買ってくれないんだ」
ザックスは小さく身体を震わせるクラウドの元へ歩み寄ると、ぼそっと言った。
「…買う」
「え?」
「決めた。お前はオレが買う」
予想外の展開に女性型アンドロイドたちは慌ててザックスを止めにかかる。
「ちょ、ちょっとお客様!?見たでしょ、ASS-CL1986はバランス機能もろくに作動してないし、掃除だって」
「構わない。ちょっとドジなくらいがかわいい」
「ASS-CL1986はお手伝いロボットなのに料理は下手だし、プログラムに欠陥があるせいで言語中枢も未熟だし言うことは素直にきかないし…」
ザックスは横で喚く女性型アンドロイドたちを睨むときっぱりと言ってのけた。
「いい。それでもオレはこいつがいい。むしろそこがかわいい!」
「ええ!?」
頭から蒸気を噴き出し、ショート寸前のようになっているアンドロイドを尻目に、ザックスはぽかんとしたまま立っているクラウドの手を取った。
「…本当にオレでいいの?」
「おう」
「でも料理下手だし」
「別にいいよ」
「あの、掃除も」
「いいから。…行こう?」
「……はい」
まるで恋人からプロポーズの言葉を告げられたかのような甘い雰囲気を醸しながら、クラウドはザックスに従った。
残された女性型アンドロイドたちはレジに向かう二人の後姿をただ見つめることしか出来なかった。
「負けたわ…」
「そんな…プログラムの欠陥がいいだなんて…」
* * *
それから―――
「あっ」
クラウドがフライパンに割り落とした玉子が見る見るうちに混ざり合って行く。それを後ろで見ていたザックスは手で顔を覆った。
「あちゃー、また目玉焼き失敗したか」
「ちがう!最初から玉子焼きを作ろうとしてたんだっ」
顔を真っ赤にしてきゃんきゃん騒ぐクラウドに、ザックスは苦笑しながら手を上げて降参のポーズを取った。
「んー、わかったわかった。これは玉子焼きな」
「そ、そうだもん…」
しばらくして、焼き上がった玉子焼きをテーブルに運ぶとクラウドはしょんぼりしながらザックスに謝った。
「ごめん。本当は…目玉焼き作ろうと思って…」
ザックスは先ほどとは打って変わって素直に謝るクラウドの頭を優しく撫でてやった。
買う時に自分で口にしていた通り、クラウドは料理がまるでダメだった。簡単な料理を作らせても結果は大体こんな感じだ。
しかしそんな失敗ですら愛しく思える。何でも完璧にこなすアンドロイドであったなら、こんな感情はきっと湧いてこなかっただろう。
「いいよ。どっちでも。オレの為に一生懸命作ってくれたんだろ?」
「…うん」
泣きそうな、それでいてどこかはにかんだ顔をされれば、もう何でも許せてしまえた。
意地っ張りなところだけは一人前で、お手伝いアンドロイドなのに家事はほとんど出来ない。それでも時折見せる素直な表情にザックスはすっかり骨抜きにされていた。
もしかしたらオレは誤った方向に進もうとしてるかもしれない。
そんなことを考えながら、ザックスはクラウドを腕の中に引き入れた。
――この後、ちょっとドジで時々持ち主に反抗的な態度を取るAIプログラムが搭載されたアンドロイドが販売され、爆発的に売れたとか。
END