「ごめんな…今日こそ行くつもりだったのに」
タキシードを着込んだザックスは顔の前で両手を合わせると申し訳なさそうに頭を下げた。
その謝罪の対象であるクラウドは別段怒っても泣いてもおらず、少しずれていた蝶ネクタイの位置を直してやった。
「もういいから。そろそろ行かないと遅刻するよ」
「うお、やばい。じゃあなるべく早く帰って来るから!」
そう言ってザックスが慌ただしく部屋を出て行くとクラウドは小さく息を吐いた。
それは一月ほど前のこと。リビングでタウンマガジンを読んでいたザックスが突然「あっ」と声を上げたので、クラウドはそちらに顔を向けた。
「なあなあ、見ろよクラウド」
言いながらザックスはうれしそうにタウンマガジンの飲食店紹介ページを指差す。
「なに?」
「この店、ニブルヘイムの料理出すみたいだぞ」
そこは様々な地方の郷土料理を取り扱っているのが売りの店で、最近オープンしたばかりのようだ。雑誌の特集記事に取り上げられており、メニューの一部がページに載っていた。それはクラウドも故郷で食べたことのあるニブルの代表的な料理だった。
「へー…珍しいなぁ」
「もしかしたらゴンガガの料理もあるかも」
「ゴンガガ料理ってどんなの?」
「あー…スパイス利かせた辛い料理が多いかな。あとは果物使った料理とか」
「ふーん。だから辛い物が好きなのか」
部屋で振舞う料理や外で食べる時、ザックスはどちらかというと辛味のある料理をよく選んでいた。もっとも、付き合うようになってクラウドが辛い物が苦手とわかってからはあまり作らなくなったし、出先でもクラウドの味覚に合わせた店を選ぶようになった為、その手の料理を食べる機会はめっきり減っていたが。
「な、今度ここ行ってみようぜ」
「うん。いいよ」
懐かしい郷土料理も食べてみたかったし、ゴンガガの料理も扱っているならそれも食べてみたかったので、クラウドは快諾した。
しかしその『今度』がなかなか実現しなかった。
ザックスが急遽ミッションに駆り出されてしまったり、逆にザックスの都合のつく日にクラウドに夜勤が入ってしまったり、都合がついたと思ったらその日が店の定休日だったりとまるで何かの意思で邪魔されているようだった。
そしてやっと二人が都合の合う日が来たかと思いきや、直前で神羅主催のレセプションパーティーに出席しろと言われたのだ。しかも連絡があったのは出掛ける日の前日。
「ちょ、何でオレまで…セフィロスが出ればいいんじゃなかったのかよ?」
携帯に向かって怒鳴るザックスに、「ああ、またか」とクラウドは肩を竦めた。
ここ一ヶ月こんな感じで店に行く予定が毎回パーになっていた。何度目かの正直…というところでまたしても邪魔が入ってしまった。
「くそ…」
電話が終わるとザックスは畳んだ携帯をソファ叩きつけるように放った。
「…予定入った?」
「…悪い。出なくていいって話だったのに仕事入ってない1stは全員参加に変更だと」
「仕方ないよ。また今度行こう」
「それ…何度目だったっけ……」
大きくため息をつきながらザックスはガクッと頭を垂れた。
* * *
会場の人の入りは多く、プレジデントを始め神羅の役員やその取引会社の取締役、更にプレジデントの息子であるルーファウスの姿もあった。
各部門のお偉方も一堂に会しており、ソルジャー部門からは統括、セフィロス、そして非番の1stが出席していた。
警備要員は十分確保されているし、ソルジャーに関してはいわゆるお飾りとしての要員だというのは明らかだった。
「セフィロスが出てりゃいいだろーが…」
「…あからさまに機嫌悪いな」
「おー…」
同じく暇を持て余している1stのソルジャーが隣にやって来た。統括など上を目指す者ならともかく、そんな野望を欠片も抱かないソルジャーにとってこのような場は退屈以外の何物でもなかった。
「もしかして今日デートだった?」
「おうよ」
「そりゃ災難だな…前日にいきなりだもんなあ。向こうも怒ってたんじゃないか?」
「いや…全然怒ってなかった」
「へー。いい子だな」
「だろ。おまけにかわいいし」
「聞いてねぇよ…」
そう言われても惚気でもしてなければやってられない。とりあえず早いところ終わって欲しいが…。
「おい、統括が集まれってよ」
…まだまだ解放されるまで時間が掛かりそうだ。
* * *
出がけに早く帰ってくると言ったが、結局ザックスが会場を出られたのは22時をとうに過ぎてからだった。急いで家路につくと兵舎の外から自室の窓を見上げる。そこから見えるのはリビングの窓。明かりはすでに消えているようだ。
(もう寝ちまったか…)
今度こそ行けると思ったんだけどなあ。
ザックスはエレベーターホールへ向かいながら何度目かのため息をつく。
ふと、先ほどレセプション会場で交わした会話を思い出す。
―――前日にいきなりだもんなあ。向こうも怒ってたんじゃないか?
―――いや…全然怒ってなかった
思えば、予定がダメになって落胆してるのは自分だけじゃないか?出がけも、その前に予定がダメになった時もクラウドはそれほど残念がっているようには見えなかった。
「…そんなに行きたいと思ってなかったかな」
ザックスとしてはクラウドの故郷の郷土料理が食べられるとあってかなり楽しみだった。クラウドは料理が苦手なので郷土料理を手作りで振舞ってもらうのは難しかったし、故郷の味を知ることで少しでもクラウドのことを知りたいと思っていたから。
聞けば教えてくれるが、クラウドは自分のことをあまり喋りたがらないし、感情の起伏も乏しく、とらえどころがないと感じることが付き合ってからもままあった。
今回も自分の一人相撲だったかなあとザックスは少し寂しくなった。
玄関のドアをそーっと開けると、外で見た通りリビングの電灯は消されており、フットライトが点いているだけだ。
やっぱりもう寝たかとベッドルームへ視線を向けるとドアの隙間から僅かに光が漏れていた。
ザックスは音を立てないよう注意を払いながらドアを開くと枕元に備えられている淡い光のルームランプがクラウドの金髪を照らしていた。
「クラウド?」
近づくとすーすーと静かな寝息が聞こえて来る。どうやら点けたまま寝てしまったようだ。よく見るとうつ伏せのまま何かを下に敷いている。
「…!」
クラウドが枕にしていたのは一ヶ月前ザックスがクラウドに見せたタウンマガジン。例の特集記事のページが開かれたままになっていた。それを読みながら寝入ったのだろう。
ベッドサイドに腰を落とすと、ザックスは布団の中で小さく身じろぎするクラウドの髪を愛しげに梳く。
「今度こそ一緒に行こうな…」
ザックスの呼びかけに応えるようにクラウドはうーんと呻いた。
END