ストライフ家の長男のクラウドはとても押しに弱い男の子でした。
これはそんなクラウドの嫁入りにまつわるお話です。
クラウドがいつものように家の掃除を始めようとしたところ、姉のエアリスが楽しそうに話しかけてきました。
「ねね、クラウドも舞踏会行かない?」
エアリスはきれいな封筒に入れられたカードをクラウドに見せました。
それは週末の夜にお城で開催される舞踏会の招待状でした。城主の息子である王子は未来のお妃候補を探している真っ最中です。しかし王子は持ち込まれる縁談をことごとく断っているらしく、ダメ元で民間からお妃となる人間を見つけるべく、町中の若い女性に招待状が送られていたのです。
「いいよ。オレは留守番してる」
クラウドが掃除道具を持ってその場から去ろうとすると、もう一人の姉のティファも乗って来ました。
「いいじゃない!一緒に行きましょうよ。一人で留守番じゃつまらないでしょ」
「いいってば!大体招待されてるのは女の人だけだろ」
姉たちはクラウドの顔をじーっと見つめると、肩をポンと叩きました。
「クラウドなら女装すればバレないわよ」
「そうそう、全然問題ないわ。私たちのドレス着て行けばいいし、メイクもしてあげるわよ!」
「きゃー、それいい。そうしましょ。絶対似合うわ!」
「ぜーったい、行かない!!」
手を取り合って盛り上がる姉たちを余所にクラウドは庭掃除へ向かってしまいました。
残された二人は残念そうに招待状を見やります。
「つまんないの。かなりいい線行くと思うんだけどなあ」
「本当。どうせだったらクラウドが選ばれちゃうくらい着飾ってみたかったのに」
「でも本当にクラウドが選ばれちゃったらどうするの?」
「それはそれで面白いじゃない」
…と、このように姉たちは楽天的な考え方をしており、あまり後先を考えない性格をしていました。そんな姉たちに振り回され、クラウドは何かと気苦労が絶えないのでした。
* * *
舞踏会当日。
姉からお城についてくるようしつこく迫られたクラウドは困り果てた表情で家中を逃げ回りました。
「だから!やだって言ってるじゃないか」
「クラウド、姉さんがこんなにお願いしてるのに、ダメなの?」
「だって…普通について行くならいいけど、なんでオレまでドレス着て行かなきゃダメなの」
すると姉たちは神妙な顔をしながらクラウドを諭すように言いました。
「姉さんはね、母さんの遺言を守りたいの。クラウドを仲間外れにしないで、いつでも三人仲良くねって言われたのよ」
「そうよ。私たちだけきれいなドレスを着て舞踏会に行くのにクラウドだけ普段着で行くだなんて天国の母さんから怒られちゃうわ。行くなら三人でお揃いにしないと」
早くに亡くなった母親のことを思い出し、クラウドは少し感傷的になりましたが、すぐ現実に戻りました。
「…でもそれってなんかおかしくない?」
「ちっともおかしくないわ。さ、早く支度して行きましょう」
エアリスとティファに強引に衣裳部屋へと引き込まれ、クラウドは渋々従うことにしました。
二人はクラウドに着せるドレスを自分たちが着るドレス以上に大盛り上がりで選びました。
「色が白いから何でも映えるわねー。くやしいけど」
「やっぱクラウドにはピンクのドレスがいいわ」
「でも紫もいいと思うの。あー、でも青もいいわね。あと髪飾りは…」
「そうだ、靴はこのガラスの靴にしましょ。せっかく買ったけどサイズ合わなくて履いてなかったのよね」
「やだ、こんなかわいいのいつの間に買ったの?」
二人の着せ替え人形と化したクラウドは舞踏会なんて早く終わってしまえと念じながら、長い長い衣装選びにじっと耐えるのでした。
* * *
日が暮れ、月が姿を現し始めた頃、お城の舞踏会場にストライフ家の三人の姿がありました。
姉たちの手によって着飾られたクラウドはブルーのドレスに身を包んだ美少女に変身していました。誰も男であることに気付いていません。それでもクラウドは見知った人間に見られることを恐れ、扇子で顔を隠しました。こんな格好でうろついているところを目撃されれば末代までの恥だと見咎められないうちに人気のないバルコニーへそそくさと逃げて行きました。
クラウドがバルコニーに引っ込んでしばらくして、会場から音楽が流れてきました。みなが手を取り合ってダンスに興じています。
せっかく舞踏会に来たというのにごちそうにありつくことも出来ず、クラウドはバルコニーの手すりの上で頬杖をつきました。暗闇に照らし出された街を見やっていると誰かがバルコニーへやって来ました。クラウドが後ろを振り向くと黒髪の青年が不思議そうな顔をして立っていました。
「お前向こうで踊らないの?せっかく舞踏会に来てさ」
「…姉さんに無理やり連れて来られただけだし」
「王子に見初められるチャンスだぜ?」
男が王子に見初められてどうする。
そう言いかけて、自分の今の格好を思い出し、クラウドは慌てて口を噤みました。
「そんなの興味ないね」
「変わってるなぁ。それ目当てに舞踏会来てる女の子ばっかなのに」
「言っただろ。無理やり連れて来られたって。本当は家で留守番してるはずだったんだ」
「へー。王子なんて全然興味ねえんだ?」
「そうだよ。さっさと帰りたいよ」
黒髪の青年は一瞬キョトンとしましたが、笑いながらクラウドの前に手を差し出しました。
「じゃあ帰るまでの暇つぶしにオレと踊らない?」
「なんであんたと…」
「あんたじゃなくてザックス。ほら」
ザックスはクラウドの手を取るとバルコニーの中央へと連れて来ました。
「ちょ…ダンスなんてしたこと…」
「リードしてやるよ。ここなら誰もいないから好きなだけ失敗していいぞ」
「オレは踊るなんて一言も…!」
「堅いこと言うなって」
強引に付き合わされ、最初は乗り気ではなかったクラウドも次第にザックスに合わせてステップを踏むようになり、いつしかそれを楽しんでいました。
やがて演奏が終わり、二人は自然と視線を合わせました。そして無言のまま、まるでそこだけ時間が止まったかのように二人はその場で見つめ合いました。どれくらい経ったか、ザックスがぽつりと訊ねました。
「…お前、名前は?」
「クラウドー、そろそろ帰るわよー」
場内から聞こえてきた姉の呼び声に我に返ったクラウドは慌ててザックスから身体を離します。
「姉さんが呼んでる…」
「もうそんな時間か」
「帰らなきゃ」
クラウドはザックスから顔を逸らしたまま、姉たちのいる方へ戻ろうとしました。その時、ザックスがクラウドの腕を掴んで引き留めました。
「な、何を」
「帰る前にそれ片方くれ」
「え?」
ザックスは指でクラウドの足下を指し示しました。
「…靴?あの、片方裸足で帰れっていうの?」
「んー、帰り大変だと思うけど話の都合上置いて行ってもらわないと困るからさ」
「はあ…?」
「いいからいいから。今夜二人が出会った記念に、な?」
納得が出来なかったものの、クラウドはぶつぶつ文句を言いながらもガラスの靴を片方脱いでザックスに渡しました。
「サンキュ。…また会おうな、クラウド」
そう言うとザックスはクラウドの頬に音を立ててキスをしたのです。
「な、なにす…」
「あれ?ほっぺにチュウだけで真っ赤になるなんて…純情なんだなあ」
「うるさいバカ!」
クラウドは裸足になった方の足でザックスに蹴りを入れると姉たちの方へ駆けて行きました。
* * *
舞踏会から数日後。
ストライフ家ではいつもと変わらない日常の風景がありました。クラウドを除いて。
「舞踏会行ってから変よね」
「何かあったのかしら」
あの日の夜からクラウドの様子は一変しました。
ボーっと外を眺めることが多くなり、掃除をしている最中もバケツを倒したり、誤って物を落としてしまったりとどこか上の空なのです。
「…エアリスがガラスの靴なくしたこと怒ったからじゃない?」
「軽く怒っただけでしょ〜。それにしても片方だけ忘れてくるなんて器用なことするよね」
姉たちの雑談も耳を通り抜け、クラウドは今日も一人窓辺でため息を吐きました。
窓から街路を眺めていると、誰かが家へと向かって来るのが見えました。見覚えのある黒髪の青年の姿にクラウドはまさかと半信半疑で玄関へと向かいました。
果たして、そこにいたのは舞踏会で一緒にダンスを踊ったザックスでした。
「…あ、あんた、なんでここに」
「覚えててくれてうれしいぜ。お前のこと、迎えに来た」
「迎え?どこへ?」
「お城だよ。舞踏会で王子様が一目惚れしちゃったからお前とぜひ結婚したいって」
「結婚!?…オ、オレは男だ!そんなこと出来るわけないだろ」
「あれ?そうなんだ。まあ別にいいじゃん」
「何がいいんだよ!お妃に男選ぶなんて前代未聞だろ。断ってくれ」
戸惑うクラウドを更に戸惑わせるようなことをザックスは言ってきました。
「本人がわかった上でいいって言ってるんだからいいだろ。堅いこと言うなって」
「本人?」
「そうそう、オレオレ」
思わず振り返ったクラウドは己を指差すザックスに一瞬頭が真っ白になってしまいました。
「あんな舞踏会開いたって無駄だって思ってたんだけどさ。運命の出会いってあるんだなあ…」
一人自分の世界に酔っているザックスにクラウドはもうついていけませんでした。
「あんた…王子が護衛も付けずに何やってんだよ」
「自分の嫁さん探すんだからこれくらい当然じゃん?やっぱこういうのは本人が迎えに来るべきだろ。人任せにするのはちょっとさあ」
あまりに突飛なことを言い出すザックスにクラウドはまた頭が真っ白になりました。しばらく考えてもどうしていいのかわからず、姉たちに助け船を出しました。
「ちょ、ちょっと姉さん!この王子に何とか言ってよ!」
二階から二人の様子を見守っていた姉たちは楽しげな面持ちで階段を下りて来ました。そしてクラウドの背後に立つ王子を珍獣を見るかのように感心した様子で見つめました。
「へー。王子様自ら迎えに来て下さるなんて」
「随分フットワークの軽い王子様よね」
「いやあ、それほどでも」
「何照れてるんだよ!大体、男同士なんて…世継ぎはどうするんだよ」
「まあどうしても世継ぎが出来なかったら最悪親族から養子貰えばいいしさ」
「最悪って絶対出来るわけないだろ!?」
「そんなの試してみなきゃわからないだろ」
「バカじゃないの!?試すまでもないだろ!」
上手くいけば子作りが成功するかのような口調にクラウドは思わず声を張り上げて突っ込んでしまいました。そんなクラウドがかわいくて仕方ない様子で、ザックスはニコニコしながら宥めました。
「ま、いいから。積もる話はお城行ってからにしよう。そういうことでお姉さま方、弟さんはありがたく貰って行きます」
ザックスはクラウドの腰を抱き寄せると未来の姉へ向かって頭をペコリと下げました。
このままでは本当に嫁ぐことになってしまうと、クラウドは縋るような目で姉を見やりました。
「ふつつかな弟ですがよろしくお願いします」
「え?」
「幸せにしてやって下さいね」
「え?え?」
何の抵抗もなく慶びの言葉を告げる姉をクラウドは呆然としながら見ることしかできませんでした。
「じゃあ行こうか」
「姉さん、ちょっと…」
「お式には招待してね!楽しみにしてるから!」
「あ、あの…」
こうして姉たちに見送られながらクラウドは王子の元へ嫁いで行ったのです。
* * *
強引なプロポーズから一ヶ月後。ここはお城にある王子の寝室。
昼間、滞りなく式を済ませた二人は初夜を迎えることとなりました。
クラウドはベッドの上で寝返るとずっと聞きたかったことをザックスに訊ねました。
「…ねえ。結局靴片方置いて行ったのって何の意味があったの?」
「ん?オレが直接会いに行っちゃったからあんま意味なかったな。あ、ちゃんと記念に取っておいてあるぜ」
「何だよそれ!舞踏会のあと、靴片方しかないから帰るの大変だったんだぞ!おまけに姉さんには怒られるし!」
「悪い!だって迎えに行った従者が実は王子様でしたって方が意外性あるし、ドラマチックじゃん?だから急遽オレが迎えに行くことにしたんだよ」
「どこがだよ…。配役の時点で丸わかりじゃんか」
現実的な突っ込みをするクラウドをなだめすかすと、ザックスは晴れて妻となったクラウドを布団の中へ引き込むのでした。
END