あるところに赤ずきんがトレードマークのクラウドという少年がいました。クラウドは母親と二人で森の近くで暮らしていました。今日クラウドは母親からおつかいを頼まれ、一人で森へ行くことになりました。
「いい、クラウド。森の奥にある英雄さんのおうちにちゃんと届けるのよ」
「わかったよ」
クラウドは母親から届け物を入れたカゴを受け取ると、玄関の扉を開けました。初めてさせるおつかいに母親は心配そうな様子で声を掛けます。
「寄り道しちゃダメよ。森にはオオカミさんもいるから気を付けて」
「大丈夫だって。じゃあいってきます」
家を出たクラウドは早速森へと足を進めます。
ちょうどその頃、森をうろつくオオカミの姿がありました。
オオカミの名はザックスといい、ふさふさの黒髪から大きな耳を飛び出てており、尻尾を生やしていました。
「腹減ったなー」
森をブラブラと歩いていたザックスは人の気配を感じ、大きな耳をピクピクと動かしました。そしてサッと木の陰に隠れました。
そこに現れたのは先ほど家を出た赤ずきんのクラウドです。クラウドが通り過ぎる姿をじっと見つめると、ザックスは舌舐めずりをしました。
「おいしそうだな、あいつ。…決めた、今日はあいつにしよう」
標的をクラウドに決め、ザックスは気付かれないようにしてその後を追いました。
しばらく森を歩いたところで分かれ道に差し掛かりました。分かれ道の真ん中には標識が立っています。クラウドはそれを見ながらキョロキョロと分かれ道を見回しました。
「えっと…英雄さんの家は…こっちかな」
標識に書かれている英雄さんの家と逆方向を目指すクラウドにザックスは慌てて声を掛けます。
「おいおい、お前な!標識見えねえのか?」
「え?」
「英雄さん家はこっちだよ。書いてあるだろ」
ザックスから指摘され、クラウドは改めて標識を見直しました。ザックスの言う通り、標識に書かれている英雄さんの家の方角はクラウドが進もうとした方向とは逆方向にあります。
「わ、わかってるよ!ちょっと間違えただけだ!」
クラウドはザックスの指す方へ慌てて向き直りました。
母親からオオカミに気を付けろと言われたのに、そのオオカミから道を教えてもらうことになるなんて…と、クラウドは恥ずかしくなりました。
「全くとんでもねえ方向音痴だなあ……ん?あのまま迷ったところをいただいちまえばよかったのに、何やってんだオレは」
ザックスは頭を掻くと、次こそは隙を見つけて食べてやろうとクラウドの後を追いました。
今度は道を間違えることなくクラウドは森をどんどん進んで行きました。しかし順調に進んでいたかと思いきや、クラウドはまた立ち止まりました。分かれ道でもないのにどうしたのだろうとザックスは後ろから様子を窺います。
「あれ?どうした?」
「わあ、きれいな花だなあ。母さんのお土産にしよっと!」
クラウドは横道の花畑に目を奪われ、進んでいた道を逸れてそこへ入って行ってしまいました。
鼻歌を歌いながら気分よさそうに花を摘むクラウドにザックスはため息交じりで近付きます。
「…お前さあ、英雄さん家にお使い頼まれたんだろ?寄り道してていいの?そんなことしてるとあっという間に日が暮れちまうぜ」
「う…うるさいな!そろそろ行こうと思ってたんだ」
クラウドはカーッと顔を真っ赤にし、すぐさま花畑から出て行きました。
またしてもオオカミから注意され、クラウドは恥ずかしさのあまりドカドカと音を立てながら森を進みます。その様子からまた変な方向へ進まないか心配になったザックスはクラウドに声を掛けました。
「お前進むのはいいけど、また道間違えるなよ?」
するとクラウドはピタリと足を止め、ザックスの方を振り返りました。
「…あんたさっきから何なんだよ、オレの後付けてきて!オレは一人で英雄さん家に行けるんだ!」
「なんだと!親切で言ってやってんのに」
「オオカミのあんたに助けてもらうつもりなんてない!どっか行けよ!」
「あーあー、そうかよ。もう迷っても助けてやらねえからな」
ザックスはクラウドに背を向け、森の脇道へと入って行ってしまいました。
「ちぇ、オレが最初に道教えてやんなきゃ今頃迷ってたくせによ。花畑に夢中になった時だってオレが言ってやらなきゃずっとそこにいたに決まってる。…ってだから何でそこをおいしくいただかなかったんだよ、オレは!」
ザックスは頭を掻き毟りました。そして来た道を振り返ります。
「…知るか知るか、あんなやつ。勝手に森で迷っちまえばいいんだ」
* * *
「ったく。何なんだよ、あのオオカミ!別にオレ一人でだって……あれ?」
クラウドは怒りに任せて森を進むうちに森の奥深くまで入ってしまいました。辺りは薄暗く、人の気配はありません。
「…なあ。いるんだろ?」
クラウドは周りを見回しながらザックスに話掛けますが、返事は返って来ません。
本当について来ていないとわかると、クラウドは急に心細くなりました。
突然、背後で鳥が物音を立てて飛び立ちました。それに驚いたクラウドは駆け出します。夢中で走ったせいで足場の悪い場所へとやって来てしまいました。そして気付いた時にはすでに遅く、バランスを崩し、目の前の崖に足を取られてしまいました。
「あ、あ…わああっ」
もうダメだと思ったその時、誰かがクラウドの腕を掴んでくれました。
「…あ」
「危ねえなあ!オレが助けなかったら今頃お前死んでたぞ」
助けてくれたのはオオカミのザックスでした。一度は別の方へ行ってしまったザックスでしたが、クラウドのことが気になり、引き返していたのです。
ザックスに引っ張り上げられ、九死に一生を得たクラウドはガタガタ震えながら抱き付きました。
「ん?」
「こ…怖かった…」
憎まれ口ばかり叩いていたクラウドも恐怖心からぽろっと本音を零しました。
「わあああああん」
そして安心したのか、クラウドは堰を切ったようにザックスの胸元で大泣きしました。強がっていたものの、森へ一人でおつかいに行くのはやはり心細かったのです。
その様子にザックスは顔を綻ばせると、クラウドの背中を撫でてやりました。
「よしよし、もう大丈夫だからな」
それからクラウドは先ほどまでとは打って変わり、英雄さんの家まで送るというザックスの申し出を素直に受け入れ、一緒に向かうことにしました。
そして無事に届け物を渡し終わると、ザックスは再び森の外までクラウドを送り届けてあげたのでした。
こうしてオオカミのザックスと赤ずきんのクラウドは森での出会いをきっかけに仲を深め、度々森で逢い引きをするようになりました。そして性別と種族の壁を乗り越えて一年後に結婚しましたとさ。
「…なぜ私なんだ??」
式の仲人を頼まれた英雄さんは困惑しながらも滞りなくそれを務め上げたということです。
めでたしめでたし。
END