sequel.3 天使のお留守番 #09
ザックスが任務から帰還して数日後。
仕事を離れ、自宅でクラウドと共にのんびりとした日常が過ごしていたある日のこと。
リビングでくつろいでいたクラウドは何かに反応し、視線を窓の方へと向けた。
「…来る」
「え?来るってなにが」
尋ね返すザックスの横をすり抜け、クラウドは窓へ向かう。
突然のことにザックスはその姿をただ目で追った。
カラッと音を立てて窓を開くとクラウドはベランダに立ち、空をじっと見つめる。
何が起こるでもなく、青々とした空を海を泳ぐ魚のようにゆったりと雲が流れていた。
それでもクラウドはそこから離れずにいた。
何をしているのかザックスが尋ねようと近づいたその時、雲間から光る何かが舞い降りてきた。
異変を察知したザックスはすぐさまベランダへと飛び出す。
警戒心を露にするザックスとは対照的にクラウドは笑みを浮かべてそれを迎えた。
「な、なんだ?」
「エアリス!また来てくれたの?」
「仕事中だけどちょっとだけ抜けてきちゃった」
二人の目の前に現れたのは先日地上へ降りて来た天使・エアリスだった。
先日とは違い、クラウドが初めて地上に来た時と同じ大きな白い布を纏っている。
両翼から溢れる光の粒子が絶え間なく彼女の身体を包み、淡い光を放っていた。
いつか見たクラウドと同じ姿の天使の登場にザックスは棒立ちになった。
「ザックス、エアリスだよ」
「え、あ、どうも。はじめまして……じゃない!?」
会釈をしながら挨拶の言葉を告げようとしてザックスは目を剥いた。
服装こそちがうものの、見覚えのある顔をしている天使の少女をまじまじと見つめる。
「もしかして…スラムの教会にいた…?」
ザックスの問いかけにエアリスはこくんと頷いた。
間に立つクラウドは二人の顔を交互に見やる。
「あれ?二人とも会ったことあるの?」
「ちょっとだけね」
なぜ君がここにいる?
何の為に来たんだ?
この間クラウドに会いに来た目的は?
まさかクラウドを連れて帰る気なのか?
問い質したいことはそれこそ山のようにある。
だがそれより何より、これを言わねばならないとザックスはやっとのことで口を開いた。
「えーと…その格好でそこにいられると目立つから中入ってくんねえかな…」
* * *
三人はベランダからリビングへと場所を移した。
エアリスと向き合う形でザックスとクラウドが席に着いた。
溜まりに溜まった疑問をぶつけようと口を開こうとするが、隣のクラウドが気になって言葉を告げることが出来ない。
それを察したのか、エアリスはクラウドに一つのお願いをした。
「ね、私あの甘いお菓子食べたいな。この間焼いてくれたの」
「じゃあ今作るよ!」
クラウドは意気揚々とキッチンに向かい、ホットケーキを作る準備に取り掛かった。
「おい、一人で作れるのか?」
「大丈夫よ。この間私に作ってくれたもの」
「な、何だと!?いつの間に…」
一緒にキッチンに立って料理をしたことはあっても一人で最初から最後までやらせたことは今までなかった。
それなのにいつの間にかクラウドの初めての手料理を食する機会をエアリスに奪われてしまった。
ザックスはこの世の終わりのような顔をしながら楽しそうに料理を作り始めるクラウドの姿を見つめた。
「いやそうじゃなくて…その、天使…だったのか。てっきりスラムの子だと…」
「うん…ごめんね。騙すようなことして」
二人が初めて出会ったのはザックスが任務中の時だった。
クラウドが人間になってからザックスは家を空けずにすむようミッドガル市内でのミッションを重点的に当ててもらうようにしていた。
その宛がわれた仕事の一つである、市内に入り込んだ反神羅組織のテロリストを追っていた時のことだ。
ミッドガル内に設置されている魔晄炉の爆破を狙う組織の残党を辛くも倒し、大惨事は免れた。
しかし除去に失敗した爆弾の一つが爆発し、その衝撃に巻き込まれてザックスはプレートの下――スラムへと落ちてしまった。
落ちた先はスラムの廃教会。
ケガこそ軽かったものの、しばらくそこで気を失ってしまった。
そしてザックスが意識を取り戻した時、目の前にいた女性…それがエアリスだった。
「私びっくりしちゃった。だって上で見てたら、あなたいきなりぽーんって下に落ちちゃうんだもの。天界から堕とされた天使が堕天使なら人間はなんていうのかな?」
「あ、あのね…そこ笑うところじゃないから!」
カラカラ笑いながら楽しそうに話すエアリスを見ながらザックスは当時を思い出す。
あの時はまさかクラウドと知り合いの天使などとは露知らず、介抱してくれた礼をし、他愛のない会話をして別れた。
しかし今考えてみれば彼女の醸す雰囲気はクラウドによく似ていた。
どこか浮世離れをした喋り方、万人に安らぎをあたえる柔らかい空気。
あの教会の中が神々しく思えたのは、スラムの中で唯一、陽の光が差し込む場所という理由だけではなかったのだとザックスは得心した。
「クラウドから人間になりたいって話は聞いてたけど…本当に人間になったって聞いて心配になっちゃったの。地上で暮らしていけるのかなって。だからこっそり地上に降りてあなたに会いに行ったの。クラウドのことちゃんと守ってくれる人かどうか確かめるために」
つまりエアリスは今日を入れて三回地上に降りてきていることになる。
それに気付くと、ザックスはがくりと頭を垂れた。
「オレってそんなに信用ないの…」
「そうじゃないの、この間はミカエル様の命令で…」
しょげるザックスにエアリスは慌てて言い繕った。
今日ここに来たのはそのことで話したいことがあるからだという。
「クラウドはミカエル様のお気に入りだから…地上で人間と仲良く暮らしてますって報告したんだけど、まだ納得されてないみたいで…」
「え?納得してないって…」
「出来たよ!」
焼き立てのホットケーキを持ってきたクラウドによって会話はそこで中断された。
テーブルに置かれたホットケーキをエアリスはおいしそうに頬張る。
クラウドが食べ物に弱いのではなく、天使全般がそうなのかもしれないとザックスはぼんやり考えた。
「…ごちそうさま。クラウドの作るホットケーキおいしいね」
「ザックスはもっと上手だよ。ね」
「あ、ああ。そうだな。てか後でオレにも焼いてくれよぉ…」
「いいよ。どうして泣きそうな顔してるの?」
「だって…初めての手料理…オレが食いたかったのに…」
抱きすがりながら情けないくらいに泣き言をこぼすザックスの頭をクラウドは子供をあやすように撫でた。
二人の姿を見つめながらエアリスは小さく笑う。
「…そろそろ戻らないと怒られちゃうから、もう行くね」
「うん。また来てね」
「あ、エアリス、さっきの…」
ザックスの言葉を待つことなく、エアリスは窓から飛び立って行ってしまった。
しばらくするとエアリスは空の彼方へと消えていった。
空を見つめながらザックスは険しい表情を浮かべた。
聞きたいことはほとんど聞けず終いだった。
エアリスの残した言葉がザックスの中に曇りを残していた。
不安に駆られるザックスの心中など露知らず、クラウドは明るい調子で話しかける。
「ザックス、ホットケーキ食べたい?」
「食べたいです!」
「じゃあ作るから一緒に食べよ」
先までの険しい顔はどこへやら、ザックスはクラウドに手を引かれながら浮き足立った様子で部屋へと戻っていった。
そんな二人の後姿をベランダにひらひらと舞い落ちた一本の羽がそんな二人の姿を見守っていた。
――クラウドのことよろしくね、ザックス