sequel.1 もう一人の堕天使
それはザックスが久々の休日を満喫していた時のこと。
連日の仕事の疲れを自宅で癒していたザックスの元に一本の電話が入った。
「…ねえ、鳴ってるよ?」
「いいんだよ。今日は休業」
ザックスは主に着信を伝える携帯の方など見向きもせず、クラウドの膝の上に頭を乗せながら母親に甘える子供のように細腰に腕を回す。
やっと取れた恋人との甘い時間を邪魔されてなるものかと無視を決め込むが、いつまでも鳴り続ける携帯にザックスはついに折れた。
「は?何でこんなの今すぐ届けなきゃなんねーんだよ。こちとら休み中だっつーの」
携帯片手にキャンキャンわめいているザックスをクラウドは不思議そうに見つめた。
「…う。わかったよ。後で持ってく。じゃあな……くそ」
ピッと電子音が鳴り、ザックスは苛立たしげに携帯を折りたたんだ。
「どうしたの?」
「ああ…ここの最上階にいるやつがこいつを今すぐに届けに来い!って急に言い出してよー」
テーブルに置かれたA4サイズのクリアファイルを手に持ちヒラヒラと振る。ザックスはそれをテーブルに戻すと、タバコに手を伸ばした。
「あー、くそ。切れてやがる」
空のタバコをゴミ箱に投げ入れるとクラウドの方を振り返った。
「ちょっとタバコ買ってくるわ」
「いってらっしゃい」
玄関を出て行くザックスを見送ると、クラウドはダイニングを振り返った。先ほどザックスがちらつかせていたクリアファイルが視界に入る。
―――これを代わりに届けたらザックス喜ぶかな?
いつも色々してもらってばかりでザックスに何もしてあげられないとクラウドはいつも心の内で歯がゆく思っていた。
大好きなザックスの為に何かしたい。
その思いからクラウドはクリアファイルを手に取り、部屋を出て行った。
エレベーターの使い方はもう覚えた。昇りボタンを押して間もなく、エレベーターが下の階から人を乗せてやって来た。中から出て来たのはザックスの友人カンセルだった。
「あれ?クラウド…?」
「こんにちは。カンセルさん」
クラウドはぺこりと頭を下げる。
カンセルとはちょっとしたトラブルが元で神羅ビルで初対面を済ませていた。その為二人は顔見知りである。
だからカンセルは違和感を覚えた。オレの天使とばかりに猫かわいがりしているクラウドをザックスが一人で外に出すだろうか。
「どこ行くの?ザックスは?」
「ザックスはタバコ買いに行ったよ。だからオレが代わりに最上階にこれ届けに行くの」
「え!?最上階って…」
カンセルの言葉は閉まる扉に遮られて最後までクラウドの耳に届くことはなく、クラウドを乗せたエレベーターは最上階へ向かって昇り始めた。
* * *
最上階のどこに持っていけばいいのだろうとクラウドはエレベーターを降りてキョロキョロとフロアを見回した。よくよく見てみるとこのフロアにはドアが一つしかなかった。
「…あそこかな?」
ドアの前に立ち、インターフォンを押すと無機質な電子音が鳴った。すると更に無機質な声が耳に響いた。
『…誰だ』
「クラウド」
『…クラウド?』
「ザックスに今すぐに届けに来いって言ってたからオレが持って来たよ」
『……』
ドアの向こうの主は無言でインターフォンを切った。
どうしたんだろうとクラウドがインターフォンを見つめていると、横のドアがガチャリと音を立てて開いた。
中から出てきたのは銀髪長身の男――神羅の英雄セフィロスだった。ミッドガルにいてこの英雄を知らない者がいるとしたら、クラウドくらいのものだろう。
「ザックスの使いで来たのか」
クラウドは問いかけには答えず、無言でセフィロスを見つめた。まるで意外な人物と再会したかのような驚きの色を浮かべて。
「…ルシフェル様?」
呆けた様子でつぶやくクラウドにセフィロスは眉をひそめる。
「ルシフェル?人違いだな」
「え、でも…」
戸惑うクラウドを見下ろしながらセフィロスはふっと小さく笑うとクラウドを中へと招き入れた。
「そのルシフェルとやらの話が聞きたい。入れ」
「あ、はい」
素直に頷くと、クラウドはセフィロスの自宅へと姿を消していった。
中に通されたクラウドは適当に座るよう促され、部屋の中ほどに置かれているガラステーブルの近くにちょこんと座った。
室内は簡素な造りをしており、必要最低限の家具・家電以外はアルコールくらいしか置かれていなかった。
ソファの前に据えられているガラステーブルの上には淡いモスグリーンの瓶と琥珀色に染まったグラスが置いてあり、セフィロスはソファにどっしりと腰を落とすとアルコールの注がれたそれをぐいっと呷った。
「…それで、お前の知り合いとオレがそっくりだと言いたいのか?」
「うん…でもルシフェル様じゃなくて」
「セフィロス。ザックスと同じ神羅のソルジャーだ」
そう…とクラウドは残念そうに小さく息を吐く。
そんなクラウドの様子を見つめながら、セフィロスは物憂げにつぶやく。
「ルシフェル……神に背きし堕天使か」
「知ってるの?」
「さあな。人間が創ったまやかしの神話だ。驕り高ぶった大天使が神の使いたる大天使ミカエルによって討たれ下界へ堕とされた。ただそれだけの話」
「でもミカエル様はルシフェル様のことを…」
言いかけて、見つめ返して来るセフィロスの瞳に囚われ、クラウドは口を噤んでしまった。それ以上言うなと暗に口止めされたかのように。
「…で?お前は何をしに来たんだ?」
「あ…そうだ。これ渡しに来たんだ」
クラウドから膝に抱えていたクリアファイルを渡され、セフィロスはグラスをガラステーブルの上に置くとそれを受け取る。
「ザックスはどうした」
「買い物に行っちゃった」
「買い物?」
「タバコ」
「あいつめ…」
このオレよりタバコを優先したか。そのおかげで実に興味深い存在と会えたのだからまあよしとしよう。
ククっとセフィロスは喉の奥で笑う。
「オレそろそろ帰るね」
「…まだここにいればいい。どうせそのうちヤツも来る」
「ザックスが?」
クラウドが聞き返したその瞬間、玄関の方からけたたましい音が響いた。
「えっ何?」
「もう来たか」
最上階の主の元へ一人向かうクラウドと偶然居合わせたカンセルは、その身を案じ、ザックスに携帯で連絡を入れてやっていた。
「セフィロス…てめえ、オレのクラウド連れ込んで何やってんだよ!?」
「別に何もしとらん」
さらっと返すセフィロスにますます怒りの冷めやらないザックス。
この一触即発の空気など全く気にもせず、クラウドはザックスの元へ歩み寄った。
「ザックス。オレ、ザックスの代わりに届けに来たんだよ」
「クラウド…別にこんなことしなくたっていいんだよ」
先ほどの剣幕はどこへやら、ザックスはふにゃっと顔を和らげるとクラウドを両腕で抱え上げた。クラウドはその腕の中でジタバタと小さくもがきながら、
「ザックスの役に立ちたかったんだもん」とぷーっと頬を膨らませた。
「お前…かわいすぎだっ」
膨れた頬に音を立てながらキスを降らせる。
噂には聞いていたがこの溺愛ぶり…さしものセフィロスもしばらく開いた口が塞がらなかった。
「…頼むからそういうことは自宅に帰ってからにしてくれないか?」
目も当てられないとばかりにセフィロスは額に手をやりながら、シッシッと追い払う仕草をする。
「あーはいはい、邪魔したな。あ、報告書は確かに届けたからな?」
セフィロスはクリアファイルを軽く振ると言外にわかっていると告げた。
「じゃあな」
「さよなら」
ザックスに抱えられながら、クラウドはひらひらと手を振る。
「クラウド」
「はい」
セフィロスから突然呼び止められ、クラウドはザックスの肩越しに振り返った。
「またいつでも来い。ザックス抜きでな」
ニヤリとザックスを挑発するように不敵に笑う。
「冗談じゃねえよ。絶対行かせねえからな!」
そう捨て台詞を残すとザックスはドカドカと足音を立ててセフィロスの自宅から出て行った。
嵐が去って静まり返った部屋で、セフィロスはタバコに火を点ける。閉じ切っていた窓のカーテンを開き、日が暮れ出した空を遠い目で見つめた。
* * *
階下へ降りるエレベーターを待つ間、ザックスは珍しくクラウドにお小言を告げていた。
「もう二度と一人でセフィロスの部屋に行くなよ?アイツ手早いんだよ」
「そうなの?でも…」
言い澱むクラウドにザックスは「どうした?」と声を掛ける。
「オレと同じ感じがした」
「同じ??」
全然似ても似つかないけど…とクラウドを注視していたザックスはハッと後ろを振り返った。
(え…まさかアイツもなの…?)
確かに一般人と比べてどこか浮世離れしたところがあると言えばあるが…。いやそんなバカなと頭から振り切る。
到着したエレベーターに乗りながらもう一度フロアの主の方を見やる。
…まさかな。
「ザックス、お腹すいたね」
「あ、ああ。外に何か食いに行こうか」
「うん」
エレベーターは二人を乗せると地上一階を目指して下って行った。