戻るのだ

 

「今日は、皆さんにちょっと殺し合いをしてもらいまーす」
 英二の場違いに脳天気な声が、某局控え室に集められた、ホワルバメンバーの頭上を通り抜ける。
「そういう企画ですので、ご了承下さい」
 淡々と弥生が後を続けた。
 その後ろでADバージョンの冬弥が、ホワイトボードに、
『年末スペシャル企画・ホワルバトルロワイアル・アイドルと友人達の壮絶なバトル・パンチラもあるかも』
 と、やたら長くて品のないタイトルを書き出していた。手には同タイトルが印刷された企画書を持っている。
 理奈はアイドルなんてこんなものよねと、すっかり諦め顔。
 マナは胡散臭そうな目つきで眺め、美咲は戸惑い、あたりをきょろきょろ眺めている。
 はるかは相変わらず何を考えているのか分からず、由綺だけが小さく拍手したが、誰も続かなかった。
「ちょっと、それどういう事よ」
 早速マナが剣呑な目つきで説明を求めた。
「まぁ殺し合いって言うのは冗談で……君たちにはこのビル内で、追いかけっこをやってもらう。
 サバイバルゲームというのが一番近いかな? 使うフロアは一階から四階まで。
 互いに武器を持って相手を倒し、最後の一人になった時点で、ゲーム終了だ」
「武器、って……」
 不安そうに呟く美咲を安心させようと、英二は軽く手を振り、
「ああ、心配しないで。当たっても染料が破裂するだけの、いわゆるペイント弾って奴だ。後でそれぞれ支給する。
 この弾が、命中箇所に関わらず、3発直撃した時点で死亡扱い。ライフゲージ3つってことで。
 または……みんな、机の上に置いてある企画書、めくってもらえる?」
 言われて素直に企画書をめくると、そこにはにやけ笑いを浮かべた白髪メガネが挟まれていた。
 いや、デフォルメされた緒方英二が印刷されたステッカーだ。それがずらりと6人。いや、6枚。
「その『英二さんシール』が額に貼られた場合は1発でアウトとする。額以外では無効だ」
 そのシールが自分の額に貼られたところを想像し、「趣味悪……」と呟く理奈を英二は無視して、
「基本的にはバラエティー企画だから、殴ったり蹴ったりの直接攻撃は無し。
 それさえ守れば、局内にあるものはある程度自由に使っていい。
 ただし、盾を持ったりしても、服と一緒で体の一部とみなすから。
 まぁ基本的なルールはそんなところだ。なにか質問は? ……はい、由綺ちゃん」
「あの、最後まで生き残っていれば、勝ちなんですか?」
「おっとそうだった。それだと隠れる人がでるかも知れないから、まず優勝の決め手となるのは、倒した数。
 命中数=ポイントで、とどめを刺した3発目は、+1点のボーナスがつく。最高一人あたり4点だな。
 英二さんシールは無傷の敵には一挙に4点とおいしいから、バンバン使ってくれ。
 なお、同点の場合は、より最後まで生き残っていたほうとする。
 優勝ラインはこの人数だから、7〜8ポイントってところか」
「優勝した方にはスポンサーのJ○Lから、バリ島へのペアチケット。
 南の島で過ごすトロピカルな1泊2日の旅がプレゼントされます」
 弥生の説明に、
『バリ島っ……』と目を輝かせるマナ。
『ペアチケット……』と顔を赤らめる由綺と美咲。
『1泊2日……?』と怪訝そうな理奈とはるか。
 なぜか一瞬、全員の視線が冬弥に集中した。たじろぐ冬弥。みんなのやる気が乗ってきたことに満足げな英二。
 そこに水を差すように、はるかが手を上げた。
「はい、河島君」
「私、パンチラできないけど、いい?」
 言われてみれば、このメンバーの中でズボン着用は、はるかだけだった。
「したいの?」
「んーん」
 はるかは首を振る。
「そうだなぁ……やっぱ視聴率の問題もあるし、みんなはスカートだし、一人だけ動きやすいって言うのも不公平だよなぁ……。
 ここは青年にどんな服がいいか、意見を聞いてみようか」
「なんで俺ですか!?」
「幼馴染みなんだろ?」
「そうですけど……でも俺、制服以外ではるかのスカート姿なんて、ろくに見たことがないですけど……」
 英二が意訳した。
「制服着てくれだってさ」
「ん」
「一秒で了承するなっ! って、そもそもそんなこと言ってないし!」
 かくして。
「俺は無視か……」
 ステージ衣装の由綺と理奈。私服姿のマナと美咲。いつものスーツを着込んだ弥生。
 局から借りたせえらあ服姿のはるかという、なにか異質な集団が誕生した。
「……足がすーすーする」
「なら最初から言わなきゃいいだろ……」
「冬弥が見たいかと思って」
「なんで俺がっ」
「この前、冬弥のベッド下から発掘されt」
「今のっ、編集でカットしてください!」
 慌ててはるかの口をふさぐが、もちろんこの時点ではカメラなんて回っていない。 
 だがしっかりと、各自の耳には届いていたようで。
「冬弥くん、後でゆっくりと話し合おうね♪」
「……はい」
 由綺の笑顔はいつになく恐かった。
「ちなみにこれが、現在のオッズだ」
 英二がモニターのスイッチを入れると、それぞれの予想と配当が表示される。

◎ 理奈 1.9 ど本命。人気、やる気、運動能力ともに最高クラス。アイドルの意地を見せて欲しい。見せパン禁止。
○ 弥生 2.2 理奈は期待込みなので、実際にはこの人が本命か。容赦なさが光るが、この人に由綺が撃てるのか。
△ マナ 3.7 あの蹴りから推察される脚力は脅威。若さは力だ。爆発力があるので期待できる。ロリマンセー。
無印 由綺 4.1 音楽祭での雪辱を晴らして欲しい。ドジっ娘属性も若干あるのでむしろパンチラに期待。
穴 はるか 4.5 やる気なさそう。でもなにかやりそう。気づいたら勝っていたとかありそうで恐い。せえらあ服グッジョブ。
大穴 美咲 9.9 むいてない。怪我しないように頑張ってください。暗いところで転んで泣いているのを励ましたい。

 一体いつの間にこんなデータを揃えたのか。というか、賭けの対象なのか。
 見れば周りのスタッフ達も、赤鉛筆片手で妙に殺気立っている。ボーナスは? とか聞くな。不況なんだ。
 この予想と配当に、「まぁこんなものね」とまんざらでもなさそうな理奈。
 そんな理奈をターゲットロックオンした弥生。
 マナは微妙に嬉しそうな、でもいまにも怒り出しそうな複雑な表情。
 由綺は困り笑顔をしながらも器用に顔を引きつらせ、はるかはなにやら頷いている。
 そして美咲はトラウマを掘り返されて落ち込んでいた。
「ちなみに先ほど河島君が制服に着替える前までは、彼女のオッズは5.1倍だった」
「……大人って汚い」
 そうだね、マナたん。きみも大人になれば分かるさ。
由綺が今さら気づいたように、
「弥生さんも、参加するんだ」
「もちろんですわ」
 ふわりとした笑みを由綺に向ける弥生。だが振り向いたときには他者を威圧する眼光を放っていた。
 見えない電光が出場者達の間に飛び交う。
「さてと、それでは各自のスタート地点まで移動してもらえるかな?
 もちろん場所はばらばらで、どこに誰がいるのかは分からない。武器の支給もそこで行う。
 あと15分……正午からゲームスタートだ。素敵なバトルを見せてくれることを期待するよ」
 そして散ってゆく戦士達。やがて15分の時が過ぎ、英二は館内放送のマイクを取った。
「ゲームスタートだ」
 かくして戦いは始まった。


 由綺のスタート地点は1階ロビー。支給された銃はいわゆるオートマチックタイプのハンドガン。
 装弾数は15発で、予備マガジンが3本。倒した相手から奪う以外に、武器と弾薬を補給する術はない。
 そうなったら攻撃手段は、にやけた英二さんシールのみ。それを折り畳んでポケットにしまい、由綺は歩き出した。
『冬弥くんと、バリ島』
 由綺の頭の中ではその言葉だけがリフレインしている。それほど二人の仲は危ういのだろうか。
 勝手知ったるテレビ局……と言いたいところだが、局内は広く、入ったことのない部屋も結構ある。
 また、障害物が多いから、いつ、どこから狙撃されるかも知れない。
 ついでといってはなんだが、困ったことに、この撮影の最中も関係ないスタッフや俳優達が働いている。
 それらも障害の一種というわけだ。
 由綺はいつか見たスパイ映画を思い浮かべつつ、角から角へと、警戒しながら素早く身を移す。
 本人はすっかりなりきっているが、アイドルの恰好でやっていると、妙に可愛らしい。
 由綺には珍しい真剣な鋭い表情も、かえって微笑ましく映る。
 もちろん随所に配備された監視カメラと撮影スタッフは、その横顔をばっちり捉えていた。
 時折、顔見知りに会うと、素に戻って頭を下げるのもいかにも由綺っぽかった。
 ふと、なにか物音を聞きつけて、由綺が足を止めた。使われていない第3スタジオに近づき、そっと顔を覗かせ――、
 パンッ! と爆ぜる音と共に、ペイント弾がすぐ横の壁で破裂した。慌てて顔を引っ込める。
「いいのかしらね……、いきなり私達が潰し合っちゃって」
 スタジオの中から聞こえた声は、まさしく緒方理奈のものだった。


 ずずーっ。
 4階、社員食堂でラーメンをすすると、極めて緊張感のないこんな感じの音が出る。
「んー、もう一味」
 周囲の奇異の視線も気にせず、やたら浮いている女子高生姿で、コショウを振りかけるはるか。
 テーブルの上に置いてある、銃身十二インチのリボルバーが、さらに異彩を放っていた。
「なると♪ なると♪」
 好物なのか、最後に残したなるとを回しながら、どこかで聞いたようなフレーズで遊んでいる。
 撮影スタッフもどうしたものかと途方に暮れていた。
「……青年、ちょっと一言注意してきてくれないかな?」
「……はい」
 モニター室の英二の命令を受け、冬弥は食堂へと向かった。
 駆け足で向かったおかげか、幸い、はるかは吸い込まれてはいなかった。その後頭部を一発しばく。
「……痛い」
「何やっているんだ、お前は」
「腹が減っては戦はできないって言うし」
「食べ物で遊んでないで、真面目にやれ」
「ん」
 はるかはなるとをくわえると、ようやく席を立った。
 ガンベルトをビシリと腰に巻き、さらに予備弾がぎっしりセットされた弾帯2本をたすき掛けに装着。
 銃を回してホルスターに収めると、今にも西部で決闘が始まりそうな雰囲気だった。
 せえらあ服と、くわえたまんまのなるとさえなければ。
「ひゃあ、ひゃんひゃってふるへ」
「食べながら喋るな」
「ん」
 食堂を出たはるかは、物珍しいのかきょろきょろ辺りを見回しながら、さして警戒もせずに無造作に歩む。
 行く人すれ違う人がちらちらと眺めてゆくが、やはり気にした様子もない。
 その、とらえどころのないぼーっとした表情を、しっかりとスコープに収めている人物がいた。
 階段の片隅にごちゃごちゃと置かれた大道具の隙間から、微かに覗く銃口の先端。
 狭いスペースに身を潜め、じっと獲物を待っているのは冷徹な美獣、篠塚弥生。
 となりでト○ロのきぐるみが歯をむき出しにしていても、彼女の鋼鉄の精神は一切乱れない。
 ――もらった。
 そんな油断じみた確信も、弥生の脳裏には浮かばない。
 絶対に外さない距離まで確実に引きつけ、ためらいなく引き金を引く。
 必殺の弾丸が標的に迫り――瞬間、くしゃみするはるか。
 下がった頭の上を弾丸が飛んでゆき、壁にぶつかり赤い花を咲かせる。
「コショウかけすぎた」
 と、とぼけた声を出しながらも、間髪入れずはるかは銃を引き抜き三連射。
 銃弾は飛び出した弥生を掠め、ト○ロの腹部に命中し、真っ赤に染める。子供には見せられないショッキングな映像だ。
 弥生は取り回しの悪いスナイパーライフルで、リボルバーに抗するのは不利と見てか、
 牽制気味にはるかの足元に一発撃ち込むと、階段を飛ぶように駆け下りていった。
 はるかが階下を覗き込んだときには、すでに姿は消えている。
 タイトスカートで良くもまぁ、と見惚れるほどの素早さだ。
「んー……」
 はるかは三発、弾を再装填し、その後を追う。と、その前に。
「南無」
 惨殺死体と化したト○ロに手を合わせ、それから駆け出した。
 

 少女と銃とツインテール。
 ごついアサルトライフルを華奢な少女が重そうに抱える姿は、全国のお兄ちゃん達の心を鷲掴みだ。
 いかにも深夜アニメにありそうな萌え設定だが、マナはそれどころではなかった。
 少し意外かもしれないが、マナはあがっていたのだ。
 なんといってもテレビだ。しかも憧れの澤倉先輩やお姉ちゃん、あの緒方理奈まで共演である。
 多少なりとも緊張しても不思議はない。ましてやカメラがそこかしこから彼女を狙っていればなおさら。
 マナは彼女らしからぬぎくしゃくとした動きで、せわしなく周囲に視線を送る。
 うっかり角から飛び出してきた人に、銃を向けることも二度三度。
 一発、本当にADに直撃させてしまい、「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝っている内に、なにをどうこじらせたのか、
「そもそも急に飛び出してこないでよねっ、バカぁっ!」と逆切れしていたのはいかにもマナらしかったが。
 いいハプニングが撮れたとスタッフには好評だった。
 一方、まるで意外ではないが、美咲は憂鬱だった。
 支給品の腿まである白マントが、くるりと背中から前まで回され、左の胸元辺りで黒猫のピンバッチで止められている。
 どこかの仮装かあるいはなにかの宗教かと、妙に目立つ恰好ではあったが、清楚な白は美咲にはよく似合っていた。
 が、憂鬱なのは肩にずっしりとのしかかる、そのマントのせいではない。
 ゲームとはいえ、この手の荒事には美咲は向いていない。もちろん銃を撃った経験もない。
 いや、他のメンバーはあるのかと聞かれればないのだが。多分。
 さらに、支給されたのは小さな美咲の手のひらに、すっぽり収まるほどの小さなデリンジャー。装弾数僅かに2発。
 ほんの200グラムの可愛らしい銃が――実に50丁。総重量、約10キロ。
 白マントの裏側には、5丁ずつホルスターで止められた銃が、ずらりと10列並んでいるといった恰好だ。
 予備弾丸はないので全て使い捨て。撃てば撃つほど軽くなる親切設計だ。
 どこかで見たような設定だが、気にしてはいけない。
 美咲は右手に銃を、左手にも聖書ならぬ銃を持ち、おどおどと歩いてゆく。
 できれば誰とも会いませんように、と願いはするが、世の中そんなに甘くない。
 20メートルほどの距離を隔てて、通路でばったりと出会ったのは観月マナ。
「澤倉……先輩?」
「マナちゃん……」
 2人の間に緊張よりも、戸惑いが交錯する。引き金を引くべきか引かざるべきか。
 互いの銃口は中途半端に斜めに彷徨ったままで、狙いすら付けようとしない。
 だが、迷う2人を焚きつけるように、通路の中央、階段から飛び出してくる一つの影。
「!」
 篠塚弥生だ。
 弥生は鋭く視線を左右に飛ばし、自分が危険なポジションにあることを察知する。距離は若干マナに近い。
 反射的にマナは引き金を引く。が、弥生は向かいの壁に貼りついて躱すと、マナに突進。
 もう一発撃たれるもサイドステップで躱し、マナの横を通り過ぎ様振り向いて、背中に一発叩き込んだ。
「きゃあっ!」
 マナの背中に広がる赤い染み。
 後は位置取りの不利を悟ってか、まっしぐらに駆け抜け、通路の先に消える。
 口元には挑発するような、薄い笑みが浮かんでいた。
「こっ、このおっ! 待ちなさいよっ!」
 その後を、マナが猛然と追撃する。激情がプレッシャーを駆逐していた。
「……あ」
 後に残された美咲は、呆然と胸に咲いた赤い花をみつめ、ため息をついた。

【弥生 マナに一発当てる】【マナ 流れ弾を美咲に一発当てる】
【ポイント 由0 理0 美0 は0 マ1 弥1  ライフ 由3 理3 美2 は3 マ2 弥3 】


 一方そのころ、理奈のリボルバーはその圧倒的な火力(ファイアパワー)で、由綺を押さえ込んでいた。
 威力に違いはない。が、装弾数が僅か六発、装填にも手間がかかると使い勝手が悪い分、弾はふんだんに支給されていた。
 先ほど由綺と遭遇したとき、理奈は大胆にもすぐさま入り口まで動き、由綺が行動を起こす前に、機先を制して一発撃ち込む。
 あいにくそれは躱されたが、一度ついた勢いに乗って、逃げ腰の由綺をガンガン攻め立てる。
 由綺はスタート地点のロビーまで後退し、柱の影に隠れて、なんとか凌いでいると言った状況だ。
 少しでも身を乗り出すと、容赦なく弾丸が飛んでくる。今まで当たらなかったのが不思議なくらいだ。 
 そんな時、たまたまロビーに入ってきた、芸人コンビの片割れに流れ弾が命中し、
「ぬおあっ!」と、大げさに苦しんで倒れると、相方が悲痛な表情で抱え起こす。
「水島ぁーーっ!」
 誰だよそれ。いやさ、さすがは芸人魂と言うべきか。
 にわかに発生したコントに思わず目を奪われていると、唐突に嫌な予感に襲われる。
 注意がそれていたのは一瞬、だがその隙に、いや、元からじわじわと移動していたのか、
 理奈はホール吹き抜けの階段を上がり、二階の通路兼踊り場から由綺を狙っていた。
「あっ!」
 と、気づいたときにはもう遅い。凶弾が由綺の左肩を貫いた。
 慌てて反撃するが、腰の高さまであるアクリルの壁に遮られる。
 貼りついた赤い染料の向こうで、牝豹の笑みを浮かべる理奈。ついでに犠牲になった芸人に、片手をあげてお礼する。
 高さと遮蔽物、2つの武器を理奈は有効に活用した。
 由綺が柱の影に隠れても、ホールを囲むように設置された踊り場からは、移動すればどこでも狙うことができる。
 身を低くすれば、丸見えの状態にも関わらず、弾を込める余裕も存分にあった。
 ――どうしよう。
 由綺は撤退することもままならず、逆転のチャンスを探る。が、見つからない。
 せいぜい有利な材料と言えば、こちらからも理奈の動きは丸見えと言うところだが、上を押さえられているのは痛い。
 なにかないのか、なにか。さっきのお笑い芸人のような素敵なハプニングが……いや、あの流れ弾すらも理奈の計算か。
 勝ちを狙ったときの緒方理奈の恐ろしさを、由綺はまざまざと思い知らされる。
 一方、理奈も、こうしてじわじわいたぶるような方法は好みではない。
 どうせなら派手に決めたいところだ、などとアイドル魂が頭をもたげたのが良くなかったのだろうか。
 理奈を狙う魔手は背後から迫っていた。
 超ロングレンジ。モデルガンと言えど、スナイパーライフルの命中精度と射程は他の銃とは比べものにならない。
 それを精密機械と称される篠塚弥生が扱えば、恐るべき遠距離兵器となる。
 理奈はざわりと走る悪寒に振り向いた先で、しっかりと狙撃体制に入っている弥生を認め、とっさに両手で顔を覆った。
 銃撃音と同時に、腕に軽い衝撃。アイドルの本能と言うべきか、顔面は守る。だが屈辱は消えない。
 このままでは挟み撃ちになると判断し、理奈は弥生に向かって銃を乱射しながら突進した。
 弥生も僅かに眉を顰める。若干距離は離したものの、彼女の背後からはマナが迫っている。
 それに不意打ちで当てたものの、理奈の戦闘力は侮りがたい。
 弥生は瞬間的に状況判断を終えると、横の通路に姿を消した。
「逃がさないわよっ!」
 そう叫ぶ声は2つ。
 ほんの数歩を隔てた距離で、理奈とマナが鉢合わせた。

【理奈 由綺に一撃を与える】【弥生 理奈を狙撃成功】
【ポイント 由0 理1 美0 は0 マ1 弥2  ライフ 由2 理2 美2 は3 マ2 弥3 】 


「んー」
 はるかは困っていた。
 弥生を追うはいいが、余計なことをしたせいで、完全に見失ってしまった。
 まぁのんびりやればいいかと思いつつ、適当に部屋を覗いたり、撮影を見学したりとすっかり趣旨を忘れている。
 そんな風に彷徨う内に、面白そうな部屋を見つけた。
『大道具室』と書かれたその部屋は、はるかの好奇心を刺激しそうな物が、たくさん置かれていた。

 馴れない局内をうろうろと彷徨う美咲。
 何度も同じところを巡ったりしている内に、ふと、奇妙な部屋を見つけた。
 ドアのところに貼り付けられた模造紙には、「はるか要塞・建設中」と、でかでかと書かれている。 
 美咲は少し迷った末、恐る恐るそのドアを開けた。
 中は様々な舞台装置、立て看板、着ぐるみ、撮影機材などが所狭しと置かれ、
 それらが中央に寄せ集められ、複雑に絡み合って、砦のようなものを形成していた。
 傍目には3階層のピラミッドのように見える。が、要塞として機能するかははなはだ疑問だ。
 その一段高いところに、はるかの下半身だけが突き出ていた。
 奥の方で構造的欠陥でも発生したのか、砦の中に上体を突っ込んで作業しているようなだ。
 つま先立ちで体を目一杯伸ばし、不安定に揺れる度にスカートがはためく。
 かなり微妙なアングルだが、美咲はそのスカート――というか、お尻に銃を向け、はたして撃って良いものかと逡巡する。
「あ」
 急にはるかが上体を引っこ抜いた。
 同時になにかのバランスが崩れたのか、不安定に寄り集まっていた砦は、派手な音と共に半壊し、
「わ、と、と」
 足元が崩れたはるかは、とっさに後方に飛んだが足を滑らせ、床でしたたかに尻を打った。
「いたた」
 で、見上げると、真横には銃を構えた美咲がいるわけだ。
「美咲さん?」
「はるかちゃん……ご、ごめんなさいっ!」
 言うより早く、はるかは美咲の銃を蹴り上げた。
「きゃっ!」
 狙いを逸らされた銃弾は天井を直撃。空中に舞う銃。ふわりと広がるスカートの襞。
「しまった」
 慌ててスカートを押さえるが、少し遅い。はるかの顔が珍しく赤く染まっていた。
 どこまでなにを見たのだか、目撃した美咲の顔まで赤くなっている。
 この瞬間、視聴率は30%を越えた。
 そしてきりきりきりと空中で激しく回転していた銃は――こん、と、砦の頂点に当たる。
 ただそれだけの衝撃で、脆くなっていた砦は、あっさりととどめを刺された。
 ズ……と鈍い音がしたかと思うと、雪崩のような勢いで崩れ始める。
「あ」
「え……きゃああああああっ!」
 美咲は慌てて部屋から飛び出て、いずこともなく逃走し、はるかは逃げ遅れて巻き込まれる。
 局内を地震にも似た衝撃が襲った。
 やがてもうもうと立ちこめる埃の中から、はるかを含めた撮影スタッフ達が立ち上がる。
 スタッフが何人か巻き込まれてのびていたが、奇跡的にはるかはかすり傷程度だった。
 だが、その胸には赤いペイントがべたりと付いている。片方は蹴り飛ばしたが、美咲は2丁拳銃だったのだ。
 あの至近距離ではさすがに外しようがない。
 だが、ライフを減らされたことなど気にもせず、
「……やっぱりブルマはいておけば良かった」
 もう蹴りはやめようと、固く心に誓うはるかだった。

【美咲 はるかに一発当てる】
【ポイント 由0 理1 美1 は0 マ1 弥2  ライフ 由2 理2 美2 は2 マ2 弥3 】 


 マナと理奈は、一瞬視線を合わせた後、互いに遮蔽物に逃げ込みながら、銃撃した。
 マナは元来た通路の影に、理奈は積まれていたダンボールの影に隠れ、それぞれに銃弾がはじける。
 だが理奈の身を隠すダンボールは三段しかなく、自分のポジションが不利だと考えるが早いか、
 撮影中のランプが灯ったスタジオのドアを容赦なく蹴り開け、一気に飛び込んだ。
 マナもその後に続きながら、後ろ姿に向けて銃を撃つ。
 中ではちょうどお昼のニュースの真っ最中。もちろん生放送だ。
 某国で起こったテロ事件の情報を、悲痛な表情で読み上げるニュースキャスター。
 その脇を、銃を手にした理奈が「あら、失礼」と通過しつつ、牽制に数発放ち、Cカメに最高の笑顔を残して通過した。
「待ちなさいってばっ!」と、マナも銃を乱射しつつも、妙な雰囲気に本番中だということにようやく気づいて、
「あ、えぇと……ごめんなさいっ!」とツインテールを揺らしながら、スタジオを横切っていった。
 セットの至る所には赤い血痕のような染みが広がり、まさしくここがテロ現場のような様相を醸し出す。
 キャスターは呆気にとられながらも、
「え、えー……たった今入った情報によりますと、当局の第7スタジオ、現在地にテロリストが乱入した模様です。
 犯行声明は未だ出されておりません……」
 と、放送事故をギリギリのアドリブで回避した。その間もセットの後ろからどたばた走り回る音は聞こえている。
 さて、テロリスト扱いされた二人は、ごちゃごちゃしたスタジオ裏を、ライトを倒したり人を蹴倒したり、
 合間に「ちょっとごめんなさい」だの、「どいてどいてっ!」だの、謝罪や罵倒を交えながら、走り抜けてゆく。
 マナは理奈の背中に向け、アサルトライフルを――ルールの都合上、フルオート機構は排除されているが――怒濤の勢いで連射した。
 だが、狭苦しいこともあってそう簡単に弾は当たらず、コンパスの差で理奈が徐々にリードを広げ出す。
 理奈は頭の中で地図を描きつつ、反撃に出るにはどうすればと思案を巡らす。
 一旦ここから出て、逃げたと見せかけてドアの影で待ち伏せるのも有効か、と考え、スタジオ反対側から飛び出した矢先、
「――!」
 その理奈の考えを読みとったかのように、冷たいライフルの銃口がそのポジションにあった。
「くっ!」
 ギリギリの間合いで放たれた必殺の弾丸は、だが、身をひねった理奈の脇を抜けてゆく。
 ――そっちに、意識を飛ばしてなかったら、喰らってた。
 ヒヤリとしたものを背中に感じながらも、理奈は一回転した勢いで銃口を弥生に向け、倒れ込みながら射撃。
 とっさに後方に飛んだ弥生を逃がさず、左足首に銃弾を命中させた。
 倒れ込んだ勢いのまま、斜めに前転して跳ねるように起きあがり、体勢を立て直してさらに撃つ。
 弥生は斜めにバックステップしながら、反撃。だがどちらの射撃も互いの激しい動きに追随できない。
 理奈は薬莢をばらまいて、弾を装填し――そして、脳裏から消えていたことが、ざわりとした戦慄となって浮かび上がる。
 気づいた瞬間、側頭部で衝撃がはじけた。
「え? あ――」
 当たっちゃった、と言いたかったのかどうか。
 一瞬、呆然とするマナに、鮮血もとい、染料で顔を赤く染めた理奈が、鋭い眼光でマナを威圧。
 うろたえつつも、もう一発喰らわせようと構えたマナの腕を、横から冷徹な弾丸が撃ち抜いた。
 次いで怒りにとらわれた理奈の銃弾が、マナの胸を容赦なく貫く。
「きゃあっ!」
 ぺたん、と尻餅をついたマナの頭上に、
『観月マナちゃん、三発命中――失格』
 と、英二の声が無情に響き渡った。
 理奈は屍となったマナには目もくれず、再度弥生へと銃を向けるが……弥生の姿はもうそこにはなかった。
「また、隠れての狙撃や待ち伏せか……やっかいな人ね」
 理奈はべたつく染料を、煩わしげにハンカチで拭う。
 本当は洗い落としたいが、のんきに洗面所で洗おうものなら、後ろから狙い撃ちされかねない。
 トイレで後ろから撃たれました、なんて負け方はいい恥さらしだ。
 この遭遇戦を制したことにより、現時点でのポイントは、マナを倒した理奈がトップに躍り出てはいたものの、
 2発目の命中弾、ライフ残り1は、あまりにも大きな代償だった。

 で、
「ちょっと! もうおしまいっ!? 二人がかりなんてずるいわよおっ! ずるいずるいずるいっ!」
 と、マナがそこらのスタッフに当たり散らす姿が全国に放送され、こんなナレーションが挟まった。
『果敢に攻め続けながらも、運悪く十字砲火に晒され、リタイアとなった観月マナ。
 彼女には敢闘賞として、賞金十万円が送られた!』
「兄さん、ネタ古すぎ」

【理奈 弥生に一発当てる マナを仕留める】【弥生 マナに一発当てる】【マナ 理奈に一発当てる】
【ポイント 由0 理4 美1 は0 マ2 弥3  ライフ 由2 理1 美2 は2 マ0 弥2 】
【マナ リタイア】


 自分でもなにが起こったのかよく分からなかった。
 美咲が気づいたときには世界は反転し、軽い衝撃を背中に感じたかと思ったら、
 冷たい廊下に転がされ、見上げた天井を遮るように、篠塚弥生が立っていたのだ。
 腕を軽く踏まれ、胸の中心に正確に銃口を当てられ、「え?」と呟いた瞬間、軽い衝撃が胸に当たった。
 美咲の胸元は2発目の銃弾でなおも赤く染められる。
呆然として動けない美咲を足下に置いて、弥生は悠々と装填レバーを引き、再び胸に銃口を当ててくる。
 弥生の口元は微かに笑っているのに、目はひたすらに冷たく、見下した光を湛えていた。
 まるで、戦う意志を持たない人間には生きている価値がないと、侮蔑されたような錯覚を憶えた。
 ぞっとするものが背筋を走る。
 ――殺される。と思った。
 仮にこれが本物の銃だとしても、彼女はこの引き金をためらいなく引くだろう。それがなぜか分かる。
 その眼差しに、湧き上がる恐怖に、美咲は逃げるどころか指一本動かせず、ただ屠られるのを待つ。
 だが、美咲の胸に、3つ目の花が咲こうとした瞬間、弥生は廊下の先に敵を認め、とっさに飛び退いた。
「あっ!」
 踏まれていた右腕に体重がかかり、反動で暴れた左腕がライフルの銃身を払った。
 半拍遅れて放たれた銃弾が、空しく床を汚す。
 弥生を狙った弾丸も、ほんの一瞬前まで彼女が立っていた場所を通り過ぎ、壁に当たってはじけた。
 先ほど弥生、美咲の両者が仕留め損ねた河島はるかが、リボルバーを構え、こちらへゆっくりと歩いてくる。
 弥生は一瞬迷う。
 手強いのは間違いなく緒方理奈だ。だがはるかには、得体の知れないなにかを感じる。
 必殺の一撃をかわされたこともそうだし、その後の反撃も妙に素早く、正確だった。
 タイミング良くここに現れたことも、なにかの計算かと勘ぐりたくなる。
 ここで両方仕留めておくべきか、あるいは――と迷った矢先、意外な攻撃を受けた。
「もう……いやぁっ!」
 飛んできたそれを、弥生はとっさにライフルで弾く。
 美咲が投げつけたデリンジャーは、軽い音を立てて廊下に転がった。
「どうして、こんなっ……ゲームなのにっ!」
 美咲は次々とデリンジャーを手にとっては、弥生に投げつける。
 あまりにも無秩序で非効率的な攻撃が、弥生をほんの一瞬だけ狼狽させる。
 元々、美咲にとって、それほど気乗りしないゲームだった。なのに見知らぬ場所を彷徨う羽目になり、好奇の視線に晒され、
 知り合いに銃を向け、だまし討ちのようなことをやって失敗したり、あげく、踏みにじられ、撃たれ――。
 そんな抑圧が積み重なって、そして、崩れた。
 美咲は半泣きになりながら、狙いも付けずに手当たり次第に銃を投げる。
 投げたショックで暴発した銃が適当に弾をばらまき、周囲を汚す。
 流れ弾に当たってはかなわないと、弥生は顔をしかめ、数歩後退した。
 そして、美咲の投げた銃の一つが天井にぶち当たり――スプリンクラーを誤作動させた。
「きゃあっ!」
 たちまち撒き散らされる驟雨と混乱。元凶である美咲に怒りをぶつけるかのように、スコールが降り注ぐ。
 誤作動であったためか、水はすぐに止まり、幸いというべきか、弥生も霧に紛れて消えていた。
 そして、濡れ鼠になってへたり込む美咲と、立ちすくむはるかが残された。
「美咲さん――」
「やだ……もうやだよ、こんなの……。
 私は、誰も撃ちたくないし、撃たれたくもない……こんなの、嫌だよ……」
「ん……美咲さんには向いてないよね。こういうの」
 はるかは美咲の横に並んでしゃがみ込み、濡れた美咲の肩を優しく抱いた。
 美咲が怯えた瞳ではるかを見る。
「はるかちゃんも……私を撃つの?」
「撃たないよ」
 はるかは笑った。
「それに、美咲さんももう撃たないでいい」
「え?」
 はるかはぺたりと、英二さんシールを美咲の額に貼った。
 美咲とは対照的に、明るい笑顔を作ったSD英二が貼られているのは、言ってはなんだがマヌケな光景だった。
「あんまり似合わないね」
 きょとんとした美咲の顔が、すぐに泣き笑いの顔に変わる。
「やだな……こんなところ見られたら、恥ずかしいよ……」
「ホントにね」
 よりによって全国ネットで放送されているのだが。
 だが、濡れていたせいか、すぐに英二さんシールは剥がれて床に落ちてしまった。
『澤倉美咲さん、英二さんシールにより、失格』
 シールがようやく使われ、英二の声が少し嬉しそうだ。
「ごめんね」
「……ううん。ふふっ、残念だけど……ほっとしちゃった。でも、はるかちゃんは、頑張って」
「んー、適当にね」
 はるかは立ち上がり、銃をホルスターに収めた。
「もしも、このゲームに勝ったら、美咲さんと一緒にバリ島いこうかな。気楽だし」
「いいよ、私は……それより、気をつけてね」
「ん」
 はるかは手を振って歩きかけ――振り向いた。
「あのね」
「なに?」
「濡れると透けるから、早めに着替えた方がいいと思う」
「え……あっ!」
 美咲は真っ赤になって、慌てて両手で体を抱く。
 幸い、支給された白マントが、丈夫で厚手だったため透けることはなかったが、
 涙顔で、濡れてへたり込む美咲の姿は、相も変わらず嗜虐心、いやさ保護欲をそそる。
 このことに満足するかのように、床に落ちた英二さんシールは輝かしいほど喜色満面だ。 
 心中、これでセクハラに関してはおあいこということで、などと妙な折り合いをつけたはるかだった。
 そして――。

【弥生 美咲に一発当てる】【はるか 美咲に英二さんシールを貼り付ける】
【ポイント 由0 理4 美1 は2 マ2 弥4  ライフ 由2 理1 美0 は2 マ0 弥2 】
【美咲 リタイア】


 緒方理奈は、意外な強敵に遭遇した。
 それは弥生か、それとも由綺か。いや、彼女を手こずらせているのは、見た目からはとてもそうとは見えない河島はるかだ。
 やる気なさげな顔のくせに、運動神経は妙にいい。
 加えて視聴者サービスも披露済みと、ポイントこそ2ポイントだが、ダークホースと呼ぶにふさわしい活躍ぶりだ。
 体力番付という、アスレチックじみた障害物の塊のようなセットを舞台に、二人は影に隠れ、影に走りながら、銃撃を繰り返す。
 銃はどちらもリボルバー。だが、由綺やマナとの戦いで弾丸を消費してしまっていたことが、理奈には痛い。
 はるかの方は、たすき掛けにした弾帯からも、まだ弾丸に余裕があることが分かる。
 理奈は至近距離から確実な一撃を与えようと近づくが、そうはさせじと牽制の弾丸は、正確に理奈を狙い撃つ。
 お前はのび太くんかと突っ込みたくなるほど、精度が高い。
 障害物に隠れ、あるいはそれによじ登り、飛び、床に転がっては跳ね起きて、ダッシュ。
 なんの偶然か、二人が同時に互いの間合いに飛び込み、前転して止まる。
 目の前、1メートルと離れていない至近距離で、絡み合う二人の視線。
 呆然としたのはコンマ五秒にも満たず、互いの額に銃を突きつけ、射撃し、首を傾ける。
 銃弾はどちらの髪も等しくかすめて、空しく虚空に消え去った。
 と思ったときにはすでに二人は後方に飛び、撃ち合いながら、駆けては避ける。  
 そんな激しい攻防に、いつしか二人は集中力を極限まで研ぎ澄まし、互いの行動を追うことだけに神経を奪われる。
 喜びにも似た高揚感が互いの身を包み、いつしか二人はここが戦場であることを忘れた。
 ――戦場とは、正々堂々の一騎打ちが許されるような場所ではない。
 ドアの外からセットを覗き込み、さてどちらから撃ち倒すべきかと銃を構えるのは、もちろん、篠塚弥生だった。

 一方、やっぱり影が薄いメインヒロイン森川由綺は、一人ロビーに取り残された後、局内を彷徨っていた。
 開始当初から理奈の猛攻に晒されていたため、状況が一向に分からない。
 分かるのは誰かがマナと美咲を仕留めたということ――すなわち、ポイントを稼いだということだ。
 なのに、由綺はいまだにポイントがゼロである。これは焦る。
 誰でもいいからとにかく仕留めなきゃ、などとアイドルにあるまじき物騒なことを考えながら局内を駆ける。駆ける。駆ける。
 が、こういうときに限って誰にも会わない。
「どうしてっ」
 と、文句の一つもいいたくなる。みんなが暴れた後は随所に残っているのに、肝心の標的がどこにもいないのだ。
 だが、偶然の女神は、彼女の間に一匹の標的――すなわち獲物を差しだした。
 彼女がもっとも信頼する、篠塚弥生という名の美しい獣を。
 理奈とはるかを狙っていた弥生も、いつしか二人の動きに集中し、由綺の存在を忘れていた。
 いや、そもそも敵として認識していたのかどうか――だが、由綺は引き金を引いた。
『冬弥くんと、バリ島っ!』
 その一言だけを、免罪符とするかのように心に刻んで。
 悪意なき一撃は、弥生の肩で朱色にはじける。
弥生は一瞬驚愕。そして愕然と。信じられないようなものを見る目つきで、由綺を見た。
 その表情の変化に、撃った由綺は罪悪感に襲われる。
 だが、弥生はふっと優しく微笑むと、理奈達が戦う戦場へと飛び込んだ。
 由綺も慌てて、そのせいでケーブルに躓いて転びかけながら、その後を追う。
 最後の決戦の地に、四人が揃った。

【由綺 弥生に一発当てる】
【ポイント 由1 理4 美1 は2 マ2 弥4  ライフ 由2 理1 美0 は2 マ0 弥1 】

 
 弥生の乱入に先に気づいたのは、はるかだった。
 理奈は入り口に背を向けていたが、はるかの僅かな表情の変化を鋭敏に察知し、横に飛ぶ。同時にはるかも。
 直後、床に穿たれた紅の水溜まりに、理奈はほっとするが、同時に戦慄する。
 弥生の後を追ってきた、由綺の姿を認めたからだ。
 タイミングをずらした襲撃は、まるで二人が組んでいるかのように思える。
 理奈ははるかと目配せを交わし、はるかはそれに同意した。
 とりあえずの休戦協定を無言で結び、二人はそれぞれの敵に対峙する。
 理奈は弥生と、はるかは由綺と。
「いい加減……ケリをつけたいところよね」
 理奈のリボルバーは、真っ直ぐに弥生の影を捕らえていた。

「由綺、まだ無事だったんだ」
「はるかも元気そうで、なによりっ……」
 親友同士の再会に、抱擁の代わりに銃弾を交わして挨拶する。
 はるかは変則、由綺はオーソドックス。
 由綺が両手で構えて、基本通りに胴に3発叩き込めば、
 はるかは抜き撃ち、背面撃ち、かわすときにもぺたりと座り込んだり、ごろごろ転がったりと、予想外の動きを見せる。
 由綺の意欲はシンプルだ。番組だからとかアイドルだからとかは関係なく、ただ冬弥とのバリ島旅行のことしか頭にない。
 だから頑張れるし、必死にもなる。だけどはるかはどうなのだろう。
 何のために埃だらけになり、汗まみれになりながら、必死で戦っているのか。
「ねぇ、はるかっ……はるかは、なんでそんなに勝ちたいの?」
「ん……どうしてだろう」
 はるかは本当に不思議そうに首を傾げ、そのくせ油断なく由綺の射界から身を隠す。
 その背後に由綺は回り込もうとし、
「それじゃっ……わかんないよっ」
「私もよく、分からないけど……」
 はるかはそうはさせじと、足音から動きを予測し、影に消える。
「でもね、ここまで来ちゃったら……このゲームに乗っちゃったんだから、もうやるしかないって思う」
 物影から飛び出した由綺が、はるかに向けて、銃を構える。が、はるかはそこにいない。
「例え友達を倒してでも」
 声は左斜め上から聞こえた。
 見上げた由綺の、身長より高く積まれた障害物の上で、はるかは銃を構えていた。
 狭い足場で立つのもやっとといった感じだが、銃口はしっかりと由綺の頭部を捉えている。
 気のおけない親友との、気の抜けないバトルの、予想以上にあっさりとした決着。
「あ……」
「ごめんね」
 銃声が2つはじけた。
 1つは由綺の胸元に衝撃となって現れ、
 もう1つ生まれた衝撃は、はるかの背中を貫き、不安定な場所で危うく保たれていたバランスを突き崩した。
「つ……」
 落ちる瞬間、遠くで構えるスナイパーの姿が見えた。
「あっ……」
 落ちてきたはるかを由綺が受け止めるが、支えきれず一緒に転ぶ。
 はるかのリボルバーが手から放れ、床に転がった。
「はるか……はるかっ!」 
 背中には、真紅の花が咲いていた。
「いたた……」
「ねぇ、はるかっ! 大丈夫っ!?」
「まだ、ライフ1ポイント分平気だけど……」
 言われてはっとする。はるかの手には武器はなく、由綺の手には銃がある。
 抱きかかえているような恰好だから自由にはほど遠いが、それでも銃を向ける程度の余裕はある。
 だけど、完全に負けていたはずの状況から、こんな棚からぼた餅のような勝ち方をしていいものか。
 そんな由綺の迷いを読みとったかのように、
「……由綺にも聞くけど」
「え?」
「由綺は、どうして勝ちたいの?」
「私、私は……」
 由綺は悩んだ。悩んだけど、やっぱり答えは一つしかなかった。
「冬弥くんと一緒に旅行に行けたらいいなって、ただ、それだけで……」
「……そう」
 はるかはなぜか満足げに笑って、
「じゃ、いいよ」
 ゴロリと転がって大の字になった。だが、こうも堂々とされると、かえって撃ちづらい。
「……あの、シールでいいかな?」
「あれは端から見ると、予想以上に恥ずかしかった」
「あ、やっぱり」
 英二が嗚咽を漏らしかけたが無視。
「撃って」
「……うん」
 はるかのお腹を軽い衝撃が襲う。がくり、とはるかの頭が力無く倒れた。
『河島はるかくん、3発命中――失格』
 由綺は床に膝をつき、はるかの手を取って、胸の前で組み合わさせる。
「はるか……ごめんね。はるかの代わりに、頑張るから、私っ! だからこれ、借りていくねっ!」
 悲壮な決意を胸に、由綺は走った。右手には自分の銃を、左手には形見のリボルバーを持って。
 後にはただ一つ、物言わぬはるかだけが残された――。
 いや。
「んー」
 何事もなかったかのように、むくりとはるかが起きあがる。  
「……負けちゃった」
 言葉はこうだが、あまり残念そうな響きはない。
「いいか。パスポート持ってないし」 
 所詮はその程度のこだわりであった。
 逆に言えば、その程度のこだわりだったから、負けたのかも知れないとも思う。
 ひょいと何事もなかったかのように立ち上がり、由綺が走り去った方角を見る。
「頑張れ、由綺」
 はるかはさばさばとした表情で、スタジオを後にした。
 もはや無用の長物と、英二さんシールを背後に放り投げて――。

【はるか 由綺に一発当てる】【弥生 はるかに一発当てる】【由綺 はるかに一発当て、はるかを仕留める】
【ポイント 由3 理4 美1 は3 マ2 弥5  ライフ 由1 理1 美0 は0 マ0 弥1 】


 理奈は苦虫を噛み潰した。
「ずいぶんと、余裕を見せてくれるじゃない……」
 理奈は空になった薬莢を落とし、全弾込めなおしてシリンダーをセット。
 それはほんの数秒の作業だったが、その僅かな隙に、弥生ははるかの狙撃を成功させていた。
 ――自分との戦いの合間に、他人の動きまで見る余裕があるなんて。
 なのに銃を向けたときには、音もなく姿を消している。元より射程外ではあったのだが。
 やがてはるかのリタイア報告がされ、理奈はポイントを計算する。
 自分が4。タイミングからいって、はるかにとどめを刺したのは由綺だろうから、2ポイント以上。
 弥生は自分とマナ、そしてはるかに当てているから弥生のポイントは最低でも3。
 だが美咲を仕留めたのが彼女だとしたら――確実にポイントは逆転されている。
「……どっちにしろ、両方倒して決めればいい話よね」
 悲観的な予想を、理奈は彼女らしい、積極的な攻撃意志で塗り替えた。
 彼女は優勝商品自体はどうでもいい。
 だが、これが番組で、カメラが回っているなら、理奈は自分を主役にするために全力を出す。
 勝利はその後に付いてくる結果だ。
 理奈はただ、負けたくないという想いを胸にボルテージを高め、そして冷静に判断する。
 由綺はともかく、弥生はほぼ確実に自分だけを狙ってくるだろう。
 両方から攻撃を受けないようにするためには、どちらか一人を確実に倒しておくことだ。
 理奈はそう考えると、最初からの自分のスタイルを貫き通す。
 すなわち、追って、攻めて、仕留める。
 マナから逃げたときですら、次の攻撃に移るための、攻めの逃げだ。
 理奈は、最初に由綺にしかけたときと同じように、獰猛な獣にも似た心境で、弥生を仕留めに走り出した。

 弥生は少し焦っていた。
 ポイントは確実に稼いでいるが、誰のとどめも刺していない。
 それでも5ポイントはかなり多い方だろうが、理奈はマナを仕留め、自分にも一発当てている。
 美咲を仕留めたのははるかだろうとは思うが、自分の見ていないところでどうポイントを稼いだかは分からない。
 ならば――簡単なことだ。理奈を仕留めればいい。
 今、はるかへの狙撃を成功させたように、確実に、速やかに。
 その後、由綺と戦うことになるだろうが、それはその時考えればいいことだ。
 弥生の願いは由綺の勝利だ。そのために、邪魔をするものは全員排除する。
 理奈が自分を主役にするために戦うのなら、弥生は由綺を主役にするために戦っている。
 だが本来なら真っ先に排除するべき緒方理奈は、ラストステージまで生き残り、見事な輝きをカメラの向こうに振りまいている。
 さすがだ、とは思う。同時に、だからこそ――とも。
 由綺がやられる前に、絶対に仕留めなくてはならない、最強の敵。
 あの男と同様に、由綺が頂点に立つのを妨害する、絶対的な壁だ。
 弥生は今までの追われながら撃つスタイルから、追うスタイルへと、戦闘方式をシフトさせた。
 本来なら、今までうまくいっていた自分のペースを変えるべきではない。
 が、弥生は苛立ちにも似た焦燥に突き動かされ、理奈を仕留めに飛び出した。
 彼女自身気づいていなかったが、由綺が自分を狙ったということが、弥生の心をわずかに動揺させていた。
 
 由綺は自分に酔っていた。
 ――私は今や、悲しみを胸に、怒りを銃弾に込めた復讐鬼と化した!
 大体こんな感じで。 
 二丁の拳銃を両の手に構え、弾込めの時はどうするのかと考えもせず、見通しの悪いセットの中を、ひたすら駆ける。
 なにか動くものを見つけたら、それが男性であろうと女性であろうと構わず発砲する。
 ゲーセンとかに良くある射撃ものなら、大幅減点間違いなしだ。
 何とかに刃物を地でいく戦闘スタイルに、慌てて逃げまどうスタッフたち。
 その背中に容赦なく、ペイント弾が命中する。
「はるかの仇っ!」
「死んでない死んでない」
 スタジオ外の、はるかの小さな突っ込みは、もちろん由綺には届かない。それ以前にとどめを刺したのは由綺だし。
「お姉ちゃん、恐ぁ……」
「すごいね、由綺ちゃん……」
「……」
 すでにリタイアした面々&冬弥が、もはや自分たちには関係なしと、血の色に染まった衣装でのんびりと見物してる。
 約1名は、若干恐怖の色で顔を染めていたが。
 由綺はそんな目で見られていることに気付かない。そしてポイント計算もなにも、面倒なことも考えない。
 バリ島と敵と復讐と冬弥とがごっちゃになって、由綺はただただ殺戮するためのキリングマシーンと化した。
 普段の引っ込み思案な態度はどこへやら、その視線はサンマを狙う猫の如く、微妙に鋭く、どこか可愛らしかった。
 必死な表情をしていても、凄惨さが表れないのは、やはり自顔がぽけっとしているからか。
 由綺は弥生の望むとおり、ある意味輝いていた。ちょっと変な方向に。

 そして由綺は、ようやく復讐の怒りをぶつける相手を見つけた。
「理奈ちゃん!」
「由綺っ!?」
 人違いだ。
 だが、はるかを撃った相手は由綺からは見えない位置にいた。
 そしてインプリンティングされた小鳥の如く、由綺のスイッチは目の前の敵に対しての、抹殺指令を通告する。
 位置関係、左斜め前方、5メートル。ただし敵前方に大きめの障害物があり、身を隠されたら射撃は困難。
 最善手は側方から回り込んでの全弾斉射。
 そう、由綺の戦闘プログラムは戦術を弾き出したが、
 先ほどはるかとの撃ち合いでその戦法を取り、頭上を取られたことも思い出す。ならば――。
 由綺はその障害物を自分の盾としても利用しようと、身を低くしてダッシュする。
 理奈が撃ってくるが、伏せるように走る由綺の動きは理奈の死角に入り、当たらない。
 やがて互いの視界から互いは消える。動きは見えない。が、壁の向こうにいることは確実。
 回り込んだら間違いなく迎撃されるだろう。そう理奈も予想しているはずだ。
 だが、理奈を隠しているのは、たかが2メートル程度の高さの物体。
 この勢いのまま、手をかけて飛び上がり、頭上から急襲する。その不意打ちは、理奈といえど躱し切れまい。
 由綺はハンドガンをしまい、思い切り加速をつけて、飛んだ。 
「えいっ!」
 予想以上に軽やかに自分の体が宙に浮かび、右腕は容易く由綺を引っ張り上げる。
 由綺は眼下に理奈を見下ろし、その表情が驚愕に変わるのを確認し、はるかの形見のリボルバーを構え、そして――、
 残した足を角に引っかけた。
「あれ?」
「えっ……」
 理奈の額に縦筋が走った。
 頭上から落ちてくる由綺。その後を追って崩れてくる障害物A。
 ライトが遮られ、影が大きくなり、避けようのない流星が、自分めがけて迫るのを、絶望的な瞳で見つめた。
「きゃあああああっ!」
 2種の悲鳴と共に崩れ落ちた障害物は、絡まっていたワイヤーを引っ張り、将棋倒しにセットの数々を崩してゆく。
 轟音と悲鳴と阿鼻叫喚の、盛大な乱舞。
「さっきもこんなことがあったような気がする」
 耳に指を突っ込みながら、はるかがぽつりと呟いた。
 
 ようやく混乱が収束し、全てのセットは崩れに崩れて、その姿勢で安定した。
 その中心、崩壊した施設のど真ん中で、2人は折り重なるようにして倒れていた。
 ええ、そりゃもう。緒方理奈の上に森川由綺はぴったりと、胸を合わせ体を合わせ、唇まで重ねて。
 ありとあらゆる角度からのカメラが、2人のキスシーンを衝撃的に映し出した。
 一瞬の間。
 悲鳴と歓声と興奮の絶叫がスタジオ内に反響する。先ほどの騒音など風鈴の音に等しく聞こえるほどに。
 この瞬間、キタ━━━(゚∀゚)━━━!!!!! だけで実況スレが7個埋まって、スレが三百乱立し、鯖が飛んだ。
 おまけに2人を斜め後方から捉えると、艶めかしく絡んだ足の先で、妖しい部分が見事に重なり、
 スカートの隙間からは下着もちらりと覗いている。
 美咲は真っ赤になり、マナは顎を外し、はるかはぽんと手を叩いて、「なるほどこうすればいいのか」と頷いた。
 そして冬弥の首を95度曲げた。鈍い音と呻き声は、すぐに掻き消された。
 人気絶頂アイドル2人の濡れ場シーンは、電光の速さで世界を席巻し、半角二次元には神が続出。
 緒方英二が予想しえないほどの凄まじい反響が、嬉しい悲鳴となってこだました。
 
 このバカ騒ぎに、ようやく理奈は飛んでいた意識を取り戻す。
 鈍い痛みと、のしかかってくる重み、そして妙に柔らかい感触と、真っ暗な視界。
 同時に由綺も目を開いた。わずか2センチの至近距離で、見つめ合う瞳と瞳。触れ合う唇と唇。
 そこでようやく、理奈は気づいた。
 電光石火の速さで由綺を引き剥がす。
「ゆっ、ゆっ、由綺っ! あなた、なにしてるのよっ!」
「え、理奈ちゃん……? え、あれ? あ……」
 由綺は無意識に唇に手を触れ、ようやく自分の所業に気づき、耳まで真っ赤にのぼせ上がった。
 理奈も同様、首まで赤く染めながら、やや乱暴に唇を指で拭う。
 はたして初めてだったのか、それとも誰かに捧げていたのかは定かではないが。
 そして、はっと目を見開いた。
 由綺の背後、かなりの距離で立ち上る青白いオーラ。
 殺意という名の弾丸が、弾より速く理奈を貫き、おかげで一瞬の差で、その後に飛んでくる実弾を躱すことができた。
 余波で数本の髪がちぎれて飛ぶ。
 篠塚弥生は恐ろしいほどの無表情で再装填。理奈は慌てて駆け出した。ぽつんと取り残される由綺。
『おいおい、理奈ちゃん、どこ行くんだ? しっかり責任取って、由綺ちゃんと籍を入れてあげろよ』
 はっはっは、と和やかな笑いが沸き上がるのとは対照的に、冷たい銃弾が凄まじい勢いで理奈のツインテールを掠めた。
 ペイント弾なのに、なぜか壁に穴が空く。
「兄さん、煽らないでよっ!」
『つれないなぁ。こんな理奈ちゃんだけど、昔は俺にも、お兄ちゃん大好き♪ とか言ってほっぺにちゅうしてくれたんだぜ。
 お兄さん悲しいよ』
「いつの話しているのよっ!」 
 この瞬間、アンチ英二が5万人増えたが、それはさておき。
 理奈はネズミに追われる猫型ロボットの如く、右に左に上に下にと、縦横無尽に逃げ回る。
 ジャンプすれば足元に、しゃがめば頭上を銃弾が掠め、きっちり躱してはいるものの、弥生も弥生で狙いは恐ろしいほどに正確だ。
 あまりにも射程が違うので接近したいところだが、そうはさせじと弥生は牽制弾を放つ。
 このままではいつか疲労し、倒されるのは時間の問題だ――そう考えながら走り続けていた理奈は、
 いつの間にかスタジオの2/3程を走破し、ぐるりと回って、元の位置に近づいていた。
 そこには当然由綺がいる。理奈はわずかに走る角度を変え、速度を上げた。
 運良く崩れたままの残骸が、理奈の姿を隠してくれる。
「え――」
 背後から近づく理奈の足音に、由綺はようやく気がついた。
 理奈はちらりと銃を見て、シリンダーに2発しか残ってないことに、心の中で神を罵る声を上げる。
 予備弾はわずかにあるが、詰め替えている余裕はない。
 一発一殺で確実に仕留めるべく、理奈は距離を詰めた。
 由綺は振り向き様に、両方の銃を抜き撃った。だが一発撃ったところでリボルバーはカチカチと、空しく音だけを立てる。
 驚愕が一瞬、由綺の指を止める。まだ右手の銃に弾はあるのに。
 理奈は勝利を確信し、最後の一歩を力強く踏み出し、構えた。
 両手でしっかりと照準を固定。無防備な胸に狙いを付けて――、
 瞬間、影が頭上を覆った。
 来た。やはり、来た。
 距離は相当離れていたはずなのに、いかなる執念を持ってか、篠塚弥生が鷹のごとき鋭さで急襲する。
 ここまでの賭けは理奈の勝ちだった。
 弥生は動いた。動かざるをえなかった。近寄れないのならば、おびき寄せればいい。
 だが、理奈の予想をわずかに超えた速度で弥生は迫った。
 振り上げたリボルバーとライフルの軌跡が、ほぼ一直線に交錯する。
 銃声が2つ。わずかに遅れてもう1つ。
 弥生と、理奈と、両方の影が赤く染まる。
 2人は勢いのついたまま、床を滑り、転がった。  
 理奈も、弥生も、ぴくりとも動かない。
「あ……」
 ただ一人立っている由綺は、どちらに駆け寄るべきか迷って、動けないでいた。
「理奈ちゃん……弥生さん……」
 手にした銃が手から滑り落ち、床に跳ねて、高い音を響かせた。
 いったい誰が勝ったのか、誰もが固唾を呑んで、勝敗の行方を見守る。
『――ゲームセットだ』
 英二の声が静寂を打ち破った。
 いつの間に用意していたのか、一段高いところから、マイクを手にし、白いタキシードを着込んだ緒方英二が現れ、
 その背後に特大スクリーンがするすると下りてくる。
 一瞬乱れた画面が、すぐに3人の最後のシーンを写しだし、ゆっくりと再生を始める。 
『最後の瞬間、理奈と弥生さんは、ほぼ同時に射撃し、どちらも命中した。だが――』
 スロー画像で見ると、ほんの一瞬だけ、弥生への着弾が早い。
『見ての通り、理奈の方が一瞬早い。よって弥生さんの射撃は無効。ノーポイント』
 その直後、由綺の撃った弾丸が理奈を直撃。
『由綺ちゃんの射撃が、理奈に当たり、この瞬間、理奈はライフゼロで失格――最後に残ったのは、由綺ちゃんだ』
 小さな歓声がどよめきとなって立つ。
『だが――』
 ぱっと画面が切り替わり、各自のポイントを映し出した。

【ポイント 由3 理4 美1 は3 マ2 弥5  ライフ 由1 理1 美0 は0 マ0 弥1 】

『ここに、今のポイントを加えると、こうなる』

【理奈 弥生に一発当て、仕留める】【由綺 理奈に一発当て、仕留める】
【ポイント 由5 理6 美1 は3 マ2 弥5  ライフ 由1 理0 美0 は0 マ0 弥0 】

『――最後の最後で倒されはしたが、勝ったのは緒方理奈! 
 このホワルバトルロワイアルを制したのは――緒方理奈だ!』
 今度こそ、本物の歓声と拍手が巻起こった。
 それを理奈は、遠い世界の出来事のように聞いていた。
 振ってくる歓声と拍手が、まるでBGMのように安らかだ。
 見上げたライトがあまりにも眩しくて、目を細める。
 このまま眠ってしまおうかな、なんて誘惑に駆られそうになる。
 だけど、半ば閉じかけた目蓋の隅に、由綺が割り込んできた。
「由綺――?」
 由綺は泣いていた。
 悔しい気持ち、残念な気持ちはあるだろう。
 だけどそれとは別の感動に突き動かされ、涙を流していた。
 そして、笑顔だった。
「また……負けちゃったね」
「言ったでしょ……そう簡単には、譲らないって……」
 理奈も笑っていた。
 汚れて、ボロボロになってひどい有様だったが、それでも笑っていた。
 そしてその笑顔は、相変わらず誰よりも綺麗だった。
 理奈は差し伸べられた由綺の手を借り、身を起こす。感極まって抱擁しあい、2人で手を上げて歓声に応える。
 どこか異常で、ひどく奇妙な乱痴気騒ぎだったというのに、終わった後はなぜかやたらと清々しい。
 マナも美咲もはるかも冬弥も、2人に――いや、3人に惜しみない拍手を送る。
 理奈が軽く由綺の背中を押し、由綺は慌てて弥生を引き起こした。
 弥生は髪を掻き上げ、いつもの冷たさが嘘のような優しい笑みで、由綺を抱きしめ、理奈を抱きしめた。
 思いがけない抱擁に、理奈の顔が赤く染まる。
 終わってみれば、和やかな笑いがスタジオ全体を包んでいた。

 そして表彰が始まった。
 スクリーンには各自のアップが順に映り、戦績が発表され、名場面集が流される。
 時間にすれば短いが、いろいろと思い出深い場面の数々に、なぜだか胸が熱くなる。
 が、某場面が流された途端、はるかと理奈のツープラトンが、見事に英二に炸裂した。
 メガネがひび割れ、血を流しながらも、英二は順にそれぞれを労い、メダルを首にかけてゆく。形は違うが、ちゃんと六人分。
 もっとも英二さんシールを模しているとあって、掛けられた方も苦笑いだ。
 最後に理奈の首にメダルをかけ、トロフィーを手渡し、頭を撫でる。
 理奈の照れ混じりの抗議に、からかうような笑みを浮かべた。
 そして理奈は、お返しとばかりに、英二の頬に軽くキスする。そして舌を思い切り突き出した。
 英二は苦笑気味に肩をすくめたが、顔は情けないぐらいでれっとしていた。
 この瞬間、アンチ英二が5億人増えた。
 振り向いた理奈は誇らしげに手を上げ、人々は、拍手と紙吹雪と外れた券を千切っては降らす。
 こうして、祭は終わった。


 ――翌日。
 エコーズで内々に打ち上げをしようと、参加メンバー全員が集まった。
 軽く乾杯をした後、思い思いにくつろいで、料理をつまみながら談笑する。
「あーっ、さすがにまだ疲れが抜けないわね」
 理奈が大きく伸びをした。身内ばかりなのをいいことに、すっかり緩んだ表情と態度だ。
 参加者の中では一番激しく動き回っていたとあって、疲れもたまっているし、打ち身も痛む。
「はっはっは、疲れが翌日に残るなんて、理奈ちゃん、年か?」
 理奈の裏拳が英二に炸裂した。昨日の仲の良さもどこへやら、だ。
「変だな……」
「どうしたの?」
 彰が店の経理をつけているノートパソコンをいじっていた。それをはるかが後ろから覗き込む。
「パソコンが起動しなくって……なんだろ、故障かな? まいったなぁ……」
「ふーん」
 よく分からないはるかは、興味もなさげだ。そこに珍しく、弥生が口を挟んだ。
「つかぬ事を窺いますが、『由綺&理奈のキスシーン』、『河島はるかパンツ画像公開』、『澤倉美咲嬢の濡れ場』、
『血まみれのロリっ娘ツインテール』などという名前に類するファイルを、ダウンロードしませんでしたか?」
「や、ややや、やだなぁ、弥生さん。そんなことしませんよ……」
「彰、動揺しすぎ」
「そうですか……その手の名前が付いたファイルに、強力なウイルスが仕込まれたものが出回っているそうですから、
 気をつけた方がよろしいかと」
 弥生はふっと冷笑を浮かべ、牽制するように彰を見た。
「あ、うう……」
「スケベだね、彰」
「変態」
「……」
 はるかの一言よりマナの軽蔑より、美咲の無言の視線が一番こたえる彰だった。好奇心は猫を殺すのだ。
 みんなの視界の外で冬弥がびくりとしていたのは、幸い誰にも気づかれなかった。
 彰が落ち込みながら、情けない顔で呟いた。
「ところで僕の出番……これだけ?」
「これだけ」
「これだけよ」
「これだけ……だって」
「そんなぁ」
 でもこれだけ。
「そういえば理奈ちゃん、副賞のバリ島……誰と行くの?」
 好奇心半分、不安半分で由綺が尋ねる。
 理奈はチケットが入った封筒を取りだし、意味ありげに眺め回した。
「そうねぇ……でも、どうせ私はろくに休みなんか取れないし……」
 英二が親指で自分を指してアピールするが、その指を掴んで、あらぬ方向に曲げる。変な呻き声が聞こえたが無視。
 理奈はしばし逡巡していたが、不意に瞳がいたずらっぽく輝いた。すっと封筒を差しだした相手は――、
「冬弥くん、あげる」
「えっ、俺!?」
 由綺の握りしめたグラスがぱりんと砕けた。
「そう、あげるから……誰を誘ってもいいわよ」
「え?」
 バッグから、昨日の銃を取り出そうとした由綺の動きが止まった。
「ね、誰を誘う?」
 理奈が優美に足を組み、組み合わせた手に顎を乗せた。自分から選択権を渡しておいて、瞳はしっかり冬弥を誘っている。
 口火を切ったのは由綺だ。
「誰?」
 銃持ったまんまだし。
「誰?」
「誰なの?」
「……誰かな?」
「誰でしょうか」
 続いてはるか、マナ、美咲、弥生と、ホワルバヒロイン全員が、冬弥にプレッシャーをかける。
 そこで由綺だと答えられないのが、冬弥がヘタレと呼ばれる由縁だ。
 追いつめられた冬弥は苦し紛れに叫んだ。
「そ、そうだ彰。バリ島に興味はあるかっ!?」
 もちろん――そんな選択で収まるわけはないのである。
 昨日の騒ぎに比べればささやかだが、より深刻で、ドロドロとした騒動がエコーズを舞台に巻起こった。
「やれやれだな、青年」
 当然、緒方英二という選択肢もない。
「俺が相手なら丸く収まるんだけどなぁ」
 収まりゃいいってもんでもないし。
 そして夜が更け、時計の針が翌日に変わろうとしても、まだ結論という名の選択は為されない。
 昨日よりもはるかに真剣で、必死で、悲惨な、まさしくバトルロワイアルの名にふさわしい熾烈な戦いは、一晩中続いた。

戻るのだ

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