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★最萌由綺戦 支援物資

  『由綺ってどんな子?』


英二「えー、理奈と由綺ちゃんのジョイントコンサートも無事に終わったし、今日は俺のおごりで――
    パーッと肉まんでも食いに行くかっ!」
由綺「わーっ」
 パチパチパチパチ(拍手)
理奈「ちょっと、なんで肉まんなのよ」
由綺「え、理奈ちゃん、肉まん嫌い?」
理奈「どちらかといえばピザまんかしら……じゃなくって」
英二「しかも、本場中華街の高級肉まんだっ!」
由綺「わーっ」
 パチパチパチパチ
理奈「……どこまで本気なんだか。ねぇ、篠塚さん。いいの? 天下のアイドル森川由綺が、肉まんで喜んでて」
弥生「ではお聞きしますが、由綺さんがフランス料理をお上品に召し上がっている姿と、
   嬉しそうに肉まんにかぶりついている姿。
   どちらの方が、より愛らしく、より森川由綺のイメージに似合っていると思いますか?」
理奈「……肉まんかしら」
弥生「でしょう」
英二「よーし、パパ、今日はクリスマスだから、思い切ってアンまんもつけちゃうぞー」
由綺「わーっ」
 パチパチパチパチ

 森川由綺は、大体こんな感じの娘さんです。



  『2回戦入場』

マナ 「さ、お姉ちゃんの出番よ、頑張って!」
はるか「負け組二人が暇にあかせて応援に来ました」
マナ 「負け組って言わないでっ」
由綺 「あはは……。うん、頑張るねっ」
はるか「じゃあ、私はここでごろごろしてるから」
マナ 「はるかさんもちょっとは頑張ってよっ」
はるか「世間の期待を裏切るわけにもいかないし」
由綺 「なにかしたらだめなんだよね」
はるか「そんな感じ」
マナ 「もうっ、相手は強敵なのにっ」
はるか「誰だっけ?」
由綺 「澤田真紀子さん。こみパの」
はるか「……確かにあの胸は強敵かも」
由綺 「うんうん、弥生さんより凄いんだよー」
マナ 「だっ、大丈夫っ! 葉鍵板はロリの方が強いんだからっ!」
はるか「胸の薄い私達は、一回戦負けだったけどね」
マナ 「う……なによなによなによっ、はるかさんもネガキャン引きずってないで、
    少しくらいお姉ちゃんのために、やる気を見せなさいよっ!」
由綺 「もー、マナちゃん、無茶言っちゃダメだよ」
マナ 「この程度でも無茶なのっ?」
はるか「じゃあちょっと、全力でごろごろしてみる」
由綺・マナ「え?」


   はっ、はるかっ!?
     _       _
    ´ィ===ミ  、  ,.´  ヽ    
   i リノノ))))  * ソノ"ハ〉 ちょっとちょっとっ!
   ノノ |;゚ ヮ゚ノ! ((ヽ!;゚ヮ゚ノ)) 
  ((⊂li Vilつ  ⊂i Y iつ
r'⌒X⌒X⌒X⌒X⌒X⌒X⌒X⌒X⌒X⌒X
ヽ__乂__乂__乂__乂__乂__乂__乂__乂__乂__
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
  ごろごろごろごろごろごろごろ    |    〃 ∩  。
                            |   ⊂⌒从ヽ从゜o ザバーン
                            | 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




そしてはるかは帰ってこなかった……全力で私のためにごろごろしてくれたがために。
見てて、はるか。今日の試合、はるかのために必ず勝ってみせるから。
あのお星様……だと理奈ちゃんと被るから、あの煌々と輝く、お月様に誓って!


                ☆
                             これ         ☆
                       ☆     ↓        ノト     |
                            ,.´  ̄ ヽ、    彳ミ    ノiミ
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               ☆          ヽリリ´ ー`ノ   マターリ     ☆
                           ⊂)はつ
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  『この二人って実はあんま会話無いんだよな』

 カランカラーン♪
彰 「あ、由綺。いらっしゃい」
由綺「こんにちは、彰君。えぇと……」
彰 「今日は、冬弥来てないよ。もう、本当に間が悪いったら」
由綺「いいよいいよ。私も撮影の合間に、ちょっとお食事しに来ただけだし」
彰 「まぁ暇だから、冬弥が来てもやることないんだけどね」
由綺「暇なの?」
彰 「今日はね。かなり」
由綺「経営危機?」
彰 「そこまでは言わないけど。まぁ叔父さんが趣味でやってるような店だから、いいんじゃない」
由綺「うーん、でも、エコーズが潰れちゃったら、私困るなぁ」
彰 「だから潰れないってば」
由綺「でもお客さんが増えるに越したことはないよね」
彰 「そうだけど」
由綺「そうだ、私が一日店長さんとかやってみるのはどうかな。ちょっとはお客さん来るかも」
彰 「いや、ものすごい来て営業どころじゃなくなるって」
由綺「そうかなぁ」
彰 「そうだよ。CD何枚売れてると思ってるの。
   それに、その日売り上げが伸びるだけで、お客さんがついてくれなきゃ、あんまり意味ないし」
由綺「うーん、それじゃ、月一回のペースで開くとか」
彰 「そんなスケジュールの余裕ないでしょ」
由綺「えーと、それじゃ……」
彰 「由綺、ホントはこの店で、冬弥と一緒に働いてみたいだけでしょ」
由綺「え、あ……あはは……そうかも」
彰 「テレビ局では一緒に働いてるじゃない」
由綺「それはちょっと違うかも」
彰 「まぁ分かるけどさ。じゃあ冬弥もテレビに出しちゃえば」
由綺「だっ、だめだめっ。冬弥くんが人気が出たら、えぇと、困るから……」
彰 「はいはい、ごちそうさま」
由綺「あぅ……。あの、ところで彰君。私はそろそろいただきますしたいんだけど」
彰 「……あ」

  

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  『弥生さん、入場』

由綺「弥生さーん、がんばれー」
弥生「由綺さん……。わかりました、頑張ります」
由綺「うんうん。やっぱりこういうお祭りでも、本気になった方が楽しいよね」
弥生「はい。由綺さんのお望みのままに、本気を出します」
由綺「その意気だよ、弥生さんっ」
弥生「どんな手を使ってでも、勝ってきましょう」
由綺「え、あの、そういう意味じゃあ……」

篠塚弥生。森川由綺の期待に応えるためならなんでもする人だった。
でも、普段はどちらかというと、由綺の天然な言動に振り回されて苦労しているのかもしれない。



  『採用基準』

 緒方プロダクション設立直後。
 資金と話題性は豊富にあったが、肝心要の人材が少々不足気味。
 第一弾アイドル、緒方理奈のデビューは間近に迫り、プロモーションは順調に進んでいたが、
 それだけに人手の補充は急を要していた。
 だが、社長本人が色々才能を持ってるだけに、なまじっかの人材では彼の要求を満たせない。
 あれもダメ、これもダメ、と厳しい審査基準の前に、数多の人々が切り捨てられていった。
 そんな審査をくぐり抜けてきた女性が、かろうじて三人。
 今日はその、最終選考である。

「どーも」
 と、一見さえない顔で応接室を覗き込んできたのは、紛れもなく緒方英二。
「悪いね。うち人手が足りなくってさ、社長くらいしか暇そうなのがいなかったんだよ。
 いや、だから募集かけたわけなんだけどさ」
 軽くいわれるが、社長直々の面接に、三人の――いや、二人の顔に緊張が走る。
 表情を変えなかった彼女を、英二は面白そうに眺めて、遠慮なくソファーに座り込んだ。
 適度に軽いセクハラを交えながら、たわいもない話を数分ほど。
 こんなことが緒方プロで働くことに、なにか関係があるのだろうか。そんな風に思える、世間話の類だ。
 戸惑いながらも、さすがにここまで残っただけあって、三者三様に知性の片鱗を見せる。
 英二はふむ、と煙草をくわえ直し、
「それじゃ、ちょっときてくれる」
 眼鏡の奥に楽しげな光を浮かべて、立ち上がった。 

「さて、あそこにいるのがうちの将来の金の卵。いわゆるアイドル予備軍って奴なんだが」
 ガラスの向こうの教室で、熱心な様子でレッスンに聞き入る、十人ばかりの少女達。
 座学の類か、テキストを開きながらノートを取っているだけだが、そんな学校のような状況でも、
 どことなく一般人とは違う雰囲気を醸し出している。
 もちろんそれぞれ、容姿的に優れていることも大きいのだろうが。
 英二は少女達を親指で指して、
「君たちなら、どの子を選んで売り出す?」
 相変わらずの、からかうような口調で言った。
 さすがに三人が黙り込む。
 いわゆるマーケティングの勉強ならこなしてはいても、実際に売れるかどうかなど、
 この業界で、長年経験を積んだものでも計れないところがある。
 ましてや私服でお勉強している姿では、アイドルとしての実力はいっそうわかりづらい。
 それをいったい如何にして見抜くか――。
 が、やがて二人は気づいた。売れるかどうかなどわかるはずはない。
 しかし、面接官は緒方英二。つまり、彼のお眼鏡にかなう人物を選べばいいのだ。
 となると、自ずと方針は決まってくる。
「決まったかな?」
 三人が、頷いた。
 二人が選んだのは、中でも一番の存在感を示していた、意志の強そうな、綺麗な少女。
 選ばれた少女達の中では、差はごくわずかなものだったかも知れないが、少なくとも二人はそれを見抜いた。
「なるほどね」
 その言葉に、やっぱりな、という響きを感じて、二人の緊張がほどける。
「で、そっちのおねーさんは?」
 最後の一人は、一番前の席で、かじりついているように授業を受けている少女を指した。
 十人の中では一番地味で、どこかぽやんとしていて、アイドルという雰囲気からは離れている。
 確かに可愛らしさはあるが、華やかさには、若干劣るのは否めない。
「なんで?」
 と英二は問いかけたのに、声には不思議そうな響きはなかった。
「……さぁ。わかりませんわ」
 むしろ問われた彼女の方が、虚をつかれたのか、今までの鋭さが嘘のように、戸惑いの声を上げる。
 だが、彼女は視線を外さないまま、
「ですが……他の方では、緒方理奈を倒せないでしょう?」
 そうはっきりと断言して、薄く笑った。
「確かに――他の子達は、理奈の縮小生産版にはなれても、理奈を超えるのは無理だろうな。
 なまじ、タイプが似ているだけにね。だからといって、彼女が理奈を超えられるかというと、疑問だけど?」
「緒方英二が、才能のない子をわざわざ囲っているのですか?」
「……そりゃごもっともで」
 そこで彼女はようやく、英二の顔に視線を移した。
「あとは、私達が磨き上げればすむことですわ。緒方理奈、以上に」 
「……手厳しいね、こりゃ」
 挑発的な視線に、そう答える英二の顔は、なぜか一番楽しげだった。
 肩を並べ、黒髪の少女を一緒に眺めながら、ため息と共に煙草の煙を吐き出す。
「やれやれ。最初に話をしたときは、一番ウマが合わないタイプだと、思ったんだけどなぁ」
「ご愁傷様です」
「まぁでも、案外そういう方がうまくやっていけるのかもねぇ」
「それはどうでしょう」
「じゃあ今からあの子の担当でよろしく」
「わかりました」
 このやり取りで、彼女の採用が決定した。
 英二は煙草を備え付けの灰皿に押しつけ、質問を一つ。
「んじゃ最後に。おねーさん、名前は?」
「篠塚弥生と申しますわ」



  『特別報酬』

 最初に、「明日、お手伝いをお願いできるでしょうか」とだけ、言われたのは確かだ。
 だけどそういう言い方をされたら、また、由綺について仕事が出来るのかな、と期待するじゃないか。
 実際は、
「そのダンボールは、こちらにお願いします」
「……はい」
 と、返事をするのが億劫になるほどに、完全な肉体労働。
 薄暗い倉庫の中を、弥生さんの指示でいったりきたりし始めてから、数時間。
 もちろん、そこに由綺はいない。写真や歌が、ダンボールの中に詰まっているだけで。
「今日は由綺さんはオフですから」
 って、俺と由綺を会わせないために、わざわざ仕事を頼んだんだろうか、この人は。
 今頃由綺は、俺に電話をかけていたり、もしくは学校で、俺の姿を探したりしているのかもしれない。
 そう思うと、とっととこんな辛い肉体労働からは逃げ出したくもなるけれど、
 残りは全部弥生さんが片付けなくてはならないのかもしれない。
 いや、弥生さんがちょこっと頼めば、手伝ってくれるADの一人や二人、ほいほい集められそうなものだけど……
 弥生さんは、そういう公私混同はしないだろうなぁ。
 俺は半ばヤケになって――多分、ランナーズハイみたいな状況になって、猛烈な勢いでダンボールを片付け出す。
 おかげで息も絶え絶えになったが、3時過ぎには仕事は終わった。
「ご苦労様でした」
 返事する気力もなく、俺はパイプ椅子に座り込む。
 主に伝票のチェックや、電話連絡などを担当していた弥生さんは、もちろん汗もかいてない。
 大きく息をついた俺の頬に、不意に冷たいものが当てられる。
「サービスですわ」
 弥生さんにしては珍しく、冗談めかした物言いだ。
 俺は礼を言って、缶コーヒーを受け取ると、一気に飲み干した。
 冷たい液体が喉を通して、全身に広がるようで、心地良い。
 飲み干した勢いのままパイプ椅子に体重を預け、
 だらんとひっくり返った首で、薄暗い天井を見上げた。
 椅子がギシギシなって危なっかしいけど、起きあがるのは面倒だった。
「こういう仕事だったら、最初からそう言ってくださいよ」
「失礼いたしました。ですが、聞かれませんでしたので」
 確かに聞かなかったけどさぁ。
 缶コーヒー一本じゃ、ちょっと割に合わない。
 そんな考えが、顔に出ていたのか、
「あれでは、サービスが足りませんでしたか?」
 反転した視界の正面に、弥生さんの顔が割り込む。
 え、ちょっと、なにを……。
 ぎくりとする間もなく、無防備な首を、弥生さんの両手が撫で上げて――。
「っわあああっ」
 俺は思いきりひっくり返った。
 背中と後頭部を思い切り打ち付け、息が詰まる。
 いたた……。
「大丈夫ですか?」
 いつもどおりの、まったく心配してないような声。
「……なんとか」
「サービスはここまでに致しましょう」
 弥生さんはクスリともせず、身を翻して歩き去った。
 ……サービスねぇ。
 やっぱり最後にスカートの中が見えたの、ばれてたんだろうな。
 


  『今日の自分は姉だから』

「はぁ……今日は随分と遅くなっちゃったね」
「そうですね。早くお休みになられた方がよろしいかと」
「うん。でもその前にお風呂に入って……あ、そうだ。弥生さんも一緒に入ろう?」
「は?」
 由綺の突拍子もない提案はたまにあることだったが――弥生がそれに虚をつかれるというのは、珍しいことだった。
 いつもなら、由綺のマンションに送り届け、弥生は自宅へとなるところだが、今日はCM撮影のため、ホテル住まい。
 由綺の主張で、弥生も同室に泊まることになっている。
 当然、バスルームは一つきりだ。
「だって、弥生さんもお風呂入るよね?」
「入りますが……」
「一緒に入れば、弥生さんを待たせなくてすむし」
「ですが……」
「うん、そうしよ」
 歯切れの悪い弥生が面白いのか、由綺は急かすようにして、弥生をバスルームに押し込んだ。
「わぁ……」
「なにか?」
「あっ、うっ、ううんっ。なんでもないよー」
 といいつつも、由綺の視線は半ば露わになった、弥生の体に注がれていた。
 これにはさすがの弥生も、少々居心地が悪い。
「由綺さん、後ろを」
「はぁい」
 脱がすのを手伝うついでに、視線も向こう側に追いやる。
 こうしていると、閉じた記憶の箱が開きそうで落ち着かない。
 由綺は借りてきた猫のようにおとなしく、言われるままに、手足を上げ下げする。
「あははっ。なんだか弥生さん、本当のお姉さんみたい」
「そうでしょうか」
「そうだよー」
 疑問形で返しながらも、確かに弥生にとっても、由綺は妹のように感じられるときもある。
 こうしていると、なおさらだった。

 たぷん。
 由綺が、お湯に浮かんで揺れている弥生の胸を注視する。
「うーん」
「……」
 藪をつついてヘビを出しそうで、さすがの弥生も口ごもる。
 だがそんな配慮を由綺は気づかず、
「やっぱり弥生さん大きいよねぇ」
「……恐れ入ります」
 他にどう返せというのか。
 だが由綺がしみじみ呟くのもわかる。
 なんであなたがグラビアアイドルでなく、マネージャーなのかと突っ込みたくなる程度には、弥生の胸は大きい。
 狭い浴槽の中に二人で入ると、どうしても体を縮めなくてはならない。
 そうすると、寄せて上げられてぷかぷか浮いて、一際目立ったりするわけだ。
 平均ギリギリに引っかかっている程度の由綺にしてみれば、羨ましいことこの上ない。
「邪魔なときとか、ある?」
「……ごく稀には。慣れましたけれど」
「うーん、そっかぁ。でも弥生さんとまではいかなくても、理奈ちゃんくらいは欲しかったかも……」
「確か公式サイズでは、理奈さんと3センチしか違わなかったと思いますが」
「あ、弥生さん、それは大きな人の傲慢だよっ。私達には3センチは大きいんだよーっ」
「……失礼しました」
 弥生には、こんな会話が懐かしい。やはり学生の頃、修学旅行の折りなどには、こんな会話をしたものだ。
 なにせ小学校高学年の頃から、そんな視線を浴びてきた弥生だ。
 風呂に入る機会となれば、実際にはどんなものか確かめようと、好奇心に駆られる輩が必ずいる。
 そしてその後に続く言葉は、決まってこうだ。
「……さわっても、いいかな?」
 代わりに襲ってもいいですか?
 とは答えずに、「どうぞ」と短く促した。
 由綺は恐る恐る指を伸ばし、弾力を確かめるように軽く押した。
「うわぁ……」
 今度は形を確かめるように、指全体で、側面に触れる。そして、
「うわ、やっぱり重いっ」
 いいかげん、変な気分になりそうである。
「……もう、よろしいでしょうか」
「あ、うんうんっ。ごめんなさいっ」
「いえ……」
「いいなぁ。おっきいのに、張りとか形とか色艶でも負けているような気がする……」
「由綺さんのも、十分可愛らしいと思いますわ」
「弥生さん、それフォローじゃないよぉ」
 難しい年頃だった。

「あー、ちょっとのぼせちゃったかも」
「平気ですか?」
「うん、だいじょーぶ……」
 そういいつつも、赤い顔をしている由綺を見て、弥生は手早くタオルを濡らし、額に当てる。
「あ、気持ちいい……」
「しばらく、そうしているといいですわ」
「うん、ありがと……。えへへっ、やっぱり、お姉さんみたい」
 乱れたバスローブ姿で、ベッドの上でだれている由綺。
 こんな場面を写真に撮れたら、日本中が興奮の渦に包まれるだろうという楽しげな想像と共に、
 その光景を独占している優越感が、弥生を満たす。
 乱れて貼りついた額の髪を、そっと掻き上げると、由綺はくすぐったいような顔をして――
 やがてそのまま、寝息を立て始めた。
 濡れタオルでもう一度、顔全体をよく拭いて、少し苦労して布団をかけ直す。
 薄く開いた唇に触れたい誘惑を抑えながら、弥生は電気を消した。
「お休みなさいませ、由綺さん」

 
 
  『実は ↑ で泊まったのが、鶴来屋だったとしたら』

初音「見てみて、楓お姉ちゃん。アイドルの森川由綺だよ」
楓 「うん」
梓 「なぁ。隣にいるのも、アイドルか俳優か? やたらスタイルいいし」
千鶴「そ、そう? あれくらい普通じゃないかしら?」
梓 「あれが普通だったら千鶴姉は胸偏差値30台だな」
千鶴「なっ、なによそれっ!」
初音「でも綺麗な人だねぇ。なんだか存在感あるし。売り出し中なのかな?」
楓 「ううん。マネージャーさん」
千鶴「あら、よく知ってるわね、楓」
楓 「サインもらってきたから」
梓 「あんた、いつのまに。って、マネージャーのサインもらってどうするんだよ」
初音「ホントだ。森川由綺専属マネージャーって書いてある」
千鶴「意外とノリのいい人なのかしら」
楓 「断られたけど、頼み込んで書いてもらった」
梓 「……なんでまた」
楓 「将来、森川由綺が落ち目になったときに、あの人が暴露本であることないこと書いて、
   そのうちあの美貌とスタイルに目を付けられ、カメラの前に引っ張りだこ。
   辛辣なブログが評判になってネット界にも伝説を残し、
   これは世界で唯一の、マネージャー時代の篠塚弥生のサインという、超貴重品に……」
梓 「……そこまで考えてたのか」
初音「そ、そんなふうになるかなぁ。森川由綺って、凄い人気だし」
楓 「盛者必衰」
千鶴「……私も、サインもらってこようかしら」
梓 「会長がみっともない真似するな」

  ★最萌美咲戦 支援物資


  『美咲さん入場』

由綺 「美咲さん、頑張ってね」
美咲 「う、うん。でも、今日はどうかなぁ……」
はるか「負け組のこちらサイドはいつでも来客を歓迎しております」
弥生・マナ「……」
冬弥 「はるか、お前な……」
彰  「美咲さんなら大丈夫だよっ」
冬弥妹「おにーちゃんと彰ちゃんもこっちー」
冬弥 「こら、引っ張り込むな。確かに負けたけどさ……」
英二 「おっ? じゃあこっちサイドは今のところ由綺ちゃんと俺だけかぁ。
    誰だか知らないけど、こっちにこれるように頑張って」
美咲 「は、はいっ」
理奈 「兄さん、私のこと忘れてない?」
英二 「お前はまだ2回戦突破してないだろ」
理奈 「勝てばいいんでしょ、勝てば」
由綺 「理奈ちゃんの応援は週末に頑張るとして、今日は美咲さんの応援だよ」
はるか「ちゃんとここに座席確保してあるから安心して」
冬弥 「こらこら」
美咲 「と、とにかく、いってくるね」

 こんな感じで美咲さん入場。



 小ネタ 『女王様な美咲さん』

はるか「美咲さん信者ってなんだか不思議だよね」
冬弥 「そうか? 美咲さんはいい人だから別に変でも……まぁ信者ってのは行き過ぎかもしれないけどさ」
はるか「古くはときメモの鏡さんとか、最近では三人組を従えるタマ姉やいいんちょ(旧)とか、
    どちらかというと、女王様系の方がああいうシンパを抱えるのは多い」
冬弥 「旧いいんちょは違うだろ。それに、えーとほら、クラナドでは有紀寧さんにも親衛隊が付いているとか」
はるか「ごめん、未プレイ」
冬弥 「おい(;´Д`)」
はるか「きっと美咲さんにも、なにかそっち系統の秘密があるはず」
冬弥 「……女王様な美咲さん……(どきどき)」
美咲 「2人でなんの話してるの?」
冬弥 「うわっ!」
はるか「冬弥が美咲さんに女王様プレイして欲しいとか」
美咲 「えっ? えっ? え、っと、あの……」
冬弥 「わーーーっ! 嘘、デマ! 聞かなかったことにしてっ! 変なこと言うな、はるかっ!」
はるか「軽いジョークだったのに」
冬弥 「言っていい冗談と悪い冗談があるっ」
美咲 「藤井君が、望むなら……」
冬弥 「……え?」
はるか「……軽いジョークだったのに」

 ジョークですよ。たぶん。でも冬弥より彰の方が似合うよね。



  『入信拒否』

「だからね、澤倉先輩っていう、とっても素敵な人がいるのっ」
「ふぅん」
「ちゃんと聞いて……」
 って言われてもねぇ。イヅミにしては珍しく、力の入った様子で説明するけど、はっきり言って興味ない。
 別に私が優しくしてもらったわけじゃないし。
「イヅミだって、本探すの手伝ってもらっただけでしょ? 図書委員なら、当然じゃない」
「そうかもしれないけど……」
 大体、胡散臭いのよね。誰にでも優しい、軽薄ナンパ男っているじゃない?
 それの女性版よ、きっと。人気取りとか、内申書とか、そーいうの目当てでやってるのよ、きっと。
 なんてイヅミには言えないけどさ。
「なに? またイヅミの美咲さん信者が始まった?」
 私と似たような曖昧な笑顔で、ノブコが口を挟んできた。
「信者?」
「そ。その『美咲さん』って人のファンクラブみたいなもん。はまるらしいよぉー」
 ノブコは笑っていうが、ますます胡散臭い。なにそれ。じゃあその人、教祖様?
「壺とか買わされたりしてない?」
「そんなことされないよぉ」
 どうだか。イヅミって、凄い騙されやすそうだし。
「ほんとにいい人なんだってばぁ」
「はいはい」
 と、適当に流しておいたけど、ちょっと気になる。
 ううん。ほら、友達が変な宗教に走ったら困るじゃない。それだけよ、それだけ。
 って言い訳しながら、放課後、私は図書室の前にいた。
 そういえば、図書室って最初の学校案内以来、入ってないような。
 まぁ、別に取って食われるわけじゃないし……。
 でもなんとなく、図書室って静かな場所だから、入りづらい空気があるわよね。
 つい、ドアを開けるのも、恐る恐る……あ。
 ドアの隙間から、貸し出しカウンターの上に、足を組んで座っていた三年生と目があった。 
 興味深げに、私のことを覗き込んでくる瞳。
「!」
 反射的に、ドアを閉じてしまった。
 あれ? 今の人が美咲先輩って人? でもあんな行儀悪い人が、評判いいはずないよね?
 なんだか避けるみたいにドア閉めちゃったから、気まずい。今日は出直し……、
「どーしたの、一年坊?」
「わぁっ!」
 再びドアが開けられて、例の先輩が顔を出していた。
「ほら、遠慮せずに入りなさいよ」
 え、ちょっと、引っ張らないでっ。わ、わ、わっ!?
「一名様、ごあんなーい」
「なにやってんのさ……」
 さっきは気づかなかったけど、カウンターにもう一人。二年生の男の人が。
 時間が早かったせいか、この女子の先輩が騒がしいせいか、なぜか放課後の図書室には、この2人しかいない。
「ほら、文学少女って内気な子が多いじゃない。そーいうのを優しく先導してあげるのも、先輩のつ・と・め」
「すごく迷惑そうだけど」
「そんなことないわよねー」
「は、はいっ」
「ほら」
 えーと。思わず頷いちゃったけど、なんなのよこの人っ!? 
「それで、今日はなんの御用かしら?」
「図書室に来てるんだから、本を借りにでしょ」
 横から男子のツッコミが入るけど、
「そうなの?」
「え、えぇと……」
「ほら、違うって言ってる」
 言ってないーっ。確かに違うけど……。
 女子の先輩が、またカウンターにひょいと腰を乗せると、男子の方が露骨に迷惑顔になる。
「姉さん、カウンターに座らないでって」
「いいじゃない。誰もいないんだし」
「いるでしょ、目の前に」
「気にしない、気にしない」
 あ、姉弟なんだ、この二人。道理で親しげだと思った。
「さて、ここでクイズです。図書室に来た、ちっちゃな一年の女の子。 
 ところがこの子は本を借りに来たのではありません。それではいったい、なにをしに来たのでしょうか?」
 女子の先輩は節を付けるようにそう言うと、こめかみのあたりに指を当て、ほんの少し悩み顔で自問自答した。
「――静かな環境下でぐっすりと眠りに来たとか?」
「ち、違いますっ」
「じゃあもしかして……忠告しておくわ。この弟は主夫をさせるには打ってつけだけど、
 男の甲斐性とか、そういうのを期待しておつき合いを始めようものなら、きっと後悔することになると」
「なんの話ですかっ!」
「姉さん、なに変なこと言ってるのさっ!」
 私と男の先輩と、両方から抗議が飛ぶ。
「あら、もう息があってるなんて。意外といけてる?」
「いけてませんっ!」
 私の猛抗議にも、先輩はつまらなそうな顔をして、
「なぁんだ、違うんだ」
 って流すだけだった。
「じゃあ、また例のあれかしら」
「例のあれ?」
「美咲さん信者、ってやつよ」
 ぎくっ。としたのが顔に出たのか、何度も頷きながら、
「やっぱりねぇ。あの子人気あるものねぇ」
「……誰かさんと違ってね」
「ほほぅ? そんな生意気を聞くのはどの口かな?」
「痛い痛いっ。ちょっとやめてよ、人前で」
 ……仲いいわねぇ。でも、
「私、別に信者ってわけじゃないですけど」
「そうなの?」
「はい」
「じゃあなんで?」
「……友達が、なんだか褒めちぎっていたから、気になって」
 顔を覗き込まれて、うまいいいわけが思いつかなくって、つい、正直に答えてしまう。 
「ふぅん。でも悪いけど、あの子今日はいないわよ。半ドンだから」
「半ドン?」
「文系の受験生だからねー。まったく優雅なご身分だわ」
 あ、そうか。
「姉さんだってそうなんだから、とっとと帰ればいいのに……」
「だって家にいても暇なんだもん」
 うわ。受験生とは思えないセリフ。すると、先輩は私の表情を読んだのか、ふふんと得意げに笑い、
「あたしはね、推薦合格決まっちゃったから、勉強する必要もないってわけなの。
 あなたも今から一生懸命良い子ぶって、推薦狙いなさい。楽でいいわよ」
「猫被るのばっか上手いんだから……」
 また余計な一言言っていじめられてる……妙な趣味でもあるのかな、この人。
 でもそれなら、ここにいる意味ないわよね。帰ろっかな。
「あー、でもね。美咲はほんまもんよ」
「え、ほんまもん?」
「あの子はあたしと違って、掛け値なしにいい子なのよ。まぁ信者とか付くのも納得がいくわね」
 先輩は弟さんを拳でいじめながら、不敵に微笑む。
「へぇ……」
「だからあなたみたいな興味本位であの子に寄ってくる子がいるのは、むかつくの。分かる?」
「……え?」
 急に、その笑顔が凄みのある、肉食獣のようなものに感じられる。
「一応、あの子の友達を自称しているあたしとしては、そういうのがあの子に負担かけるのは鬱陶しいのよ。
 ただでさえ人に頼られて、自分を犠牲にする子なのに」
「べ、別に私、そんなんじゃっ」
「でも今日ここへ来たのは、好奇心でしょ?」
「う……」
 確かに、そうだけど……。
「多分、色々と聖人君子な噂を聞いてるんだろうけど……困ったことに、きっとそれ、全部事実よ。
 噂が噂を呼んでるのに、本人はまったくその噂どおり。そりゃ信者も増えるわよね。
 ねぇ。あなたはあの子に会ってどうするつもりだったの?」
「私は……」
 イヅミが騙されてるって思いたかった? それならとっちめてやろうと思っていた?
 でも、本当だったらどうするつもりだったんだろう。
 ……信者になって、すごいすごいって尊敬していたんだろうか。馬鹿丸出しで。
 なんだか居たたまれない気分になっていると、ふと、先輩は表情を緩めた。
「でもま、あの子がそれを鼻にかけるわけでもなし、負担に感じてるわけでもなし。
 あたしがそのことでどうこう言うのは、本当に余計なお節介なんだけどね」
 ひょいとカウンターから飛び降りて、あたしの頭を軽く叩く。
「ごめんね、いじめて。でもあの子を崇めるくらいだったら、
 あの子の前に出ても恥じ入らなくてすむような人間になりなさい。
 入信するにしてもしないにしても、ただ美咲をありがたがっているだけじゃ、駄目な人間になるわよ。
 まぁ、あたしみたいな、ふざけたのが言っても説得力無いけどね」
 先輩はそのままあたしの横を通り過ぎる。
「姉さん、帰るの?」
「柄にもなく説教しちゃったから」
 最後に横顔で笑うと、先輩はドアの向こうに姿を消した。

 家に帰って、今日言われたことを、思い返す。
 イズミから聞いた噂と、私の中の理想と、先輩の言葉。
 そういったものを色々混ぜて作られた、美咲さん像。
 不思議と、尊敬の念が沸き上がってきて、それに追いつきたいという想いも湧いてくる。
 どんな人なんだろう。でもどんな人でも、出会ったときに、恥じ入らない自分であること。
 それはとても、大事なことのように思える。
 そういえば、あの先輩の名前、聞きそびれちゃったな。
 また図書室に行けば……本人でなくとも、弟さんに会えれば、名前くらいは聞けるだろう。
 でも、やめた。
 いつかまた再会できたときに、今度は正面から挨拶できるような、そんな自分であればいいと思う。



  『闇を消して2人で』

 俺の部屋に入ると、美咲さんはすぐにCDの梱包を解いた。
 中から出てきた、由綺と理奈ちゃんのコラボレーションアルバムが、照明を反射する。
「コンポ、借りるね」
「うん……」
 お茶でも入れようか、と口から零れかけた俺の逃げを制するように、美咲さんが銀の円盤をセットした。
 ほんのわずかなシーク音の合間に、息を呑むことさえ出来ない。
 そして沈黙。
 だけど耳に、少しずつ少しずつ、小さな音がフェードインし始めた。
 由綺と理奈ちゃんの2人の声が、わずかなメロディーと共に響き合い始める。
 不意に弾けるシャウトと音の奔流が、圧倒的に叩きつけてくる。
 声が切れて、短い間奏の合間に、ようやく俺たちは呪縛から解かれる。
「美咲さん、座って聞こうよ」
「そうだね……」
 2人分の椅子なんかないので、ベッドの上に。けれど、美咲さんはその前に、部屋の電気を消した。
 闇に慣れない視界に映るのは、わずかなシルエットと、メロディーに合わせて踊る、コンポからの緑色の光。
 軋むベッドと、触れる体温と息づかいとで、美咲さんが隣りに来たのを感じる。
 探るように動いていた手が、俺の手を握りしめてくる。その上を緑の光がなぞった。
 最初のパートは、理奈ちゃんだった。だけどすぐに、由綺の声が交差して入り出す。
 ライブの構成のように、一番最初から激しく煽り立てるような、躍動感に満ちあふれた歌声。
 いつの間にか体がリズムを刻み出すような、そんな曲を、俺たちは微動だにせず、聞いていた。
 やがて、一曲目が終わった。

 すごくいい歌だった。
 頭ではそう理解しているのに、心の中に感動が現れない。
 美咲さんも同じなのか、黙ったまま次の歌が始まるのを待っている。
 次は、由綺の単独ボーカルだった。なぜか懐かしく感じる歌声が、暗い部屋の中に反響する。
 なぜだろう。やっぱりこれも逃げなのだろうか。俺はどうでもいいような質問を、口に出してしまう。
「美咲さん。なんで……電気消したの?」
「え?」
「いや、いいんだけど……」
 少しだけ間を挟んで、俺の手を握る力をわずかに強めて、美咲さんは、うつむいたまましゃべり出す。
「ダメだね……私」
「え?」
「ちゃんと由綺ちゃんと話して、謝って、でもやっぱり後ろめたい気持ちが残っている。
 きっと、一人じゃこのCDを聞く勇気も出なくって、藤井君と一緒ならって思ったけど……、
 それでも後ろめたさがあって、正面から向き合えないもの」
「それで、電気を?」
 美咲さんは答えず、由綺の旋律が、2人の沈黙を埋めた。
 やがて歌が途切れ、また間奏の合間を縫うように、美咲さんが呟く。
「……最初から、そうだったよね」
「え?」
「あの時……初めて藤井君と――キス、したときも。クリスマスの夜も、こんな風に、暗やみに紛れるみたいに。
 真っ暗なら、私達のしている醜いことが、隠れて誰にも見えないんじゃないかって。
 こそこそと、ずるいことしてる……だから、こうしていると、由綺ちゃんが見えなくて落ち着くのかも。
 ……本当に、ずるいよね」
 触れた肩越しに、わずかな震えが伝わってくる。
 美咲さんは泣いているのだろうか? だけどその涙も、暗闇に遮られて見えない。
 体温も息づかいもすぐそこにあるのに、闇に遮られ、歌声に掻き消される。
 この歌声は、美咲さんには自分を責めているように思えるのだろうか。

 気づけば、いつの間にか、理奈ちゃんの歌になっていた。少しだけ緊張が解ける。
 だけどこの歌は極端に短くて、すぐにフェードアウトし始めた。英二さんの嫌がらせに思えるほどに。
 消えかける音と共に、美咲さんの息も秘やかになっていく。
 デジタルが、03から04に変わり――俺は立ち上がった。
「藤井君?」
 手は繋がったままで、美咲さんもつられて引き起こされる。
 そのまま俺は暗い部屋を手探りして、電気のスイッチを探り当てた。
 眩くなる視界に、また流れ始めた由綺の歌に、美咲さんが身を強張らせる。
「美咲さん……俺たちのやってきたことは、ずるくて、卑怯で、醜いことかもしれないけれど……。
 でも由綺が、悲しくて、辛くて、逃げ出したくなっても、ライトの下で頑張ってるみたいにさ……、
 俺たちもちゃんと、由綺と、自分たちとを、受け止めなきゃいけないんじゃないかな」
 ――やっぱり、俺は自分が情けないと思う。
 こんな風に俺が言えるのも、きっと、美咲さんが自分の弱いところをさらけ出したから。
 美咲さんが、弱い俺に先んじて、由綺に会いに行ったみたいに、今度は俺が美咲さんを引っ張って。
 結局、美咲さんに頼って、互いに甘えて支えあって、それでようやく俺たちは立ち上がれる。
 1人なら無理でも、2人なら。2人だから、こんな突き刺すみたいな光の下でも、耐えていける
「由綺に対して謝りたい気持ちはあったとしても、こうなったことを後悔したくはないから……」
 俺は美咲さんを抱き寄せて、少しだけ体重を被せる。
 美咲さんも同じようにして、2人の間で均衡がとれる。どちらからともなく、安堵のため息が漏れた。
 いつの間にか、由綺の歌声が遠くなっていた。



  『初めてのゲーセン』

 美咲さんがゲームセンターに行ったことがないと言うので、話のタネに、行ってみない?と聞いてみた。
 軽い気持ちだったのに、でも美咲さんは眉を曇らせて、
「い、いいよ、私」
「いやだって言うならやめるけど……でも、覗くくらいもだめ?」
「だって……不良になっちゃわない?」
 思わず吹きだしてしまった。いつの時代の人なのか、それともタマ姉ネタなのか。
「そんなことないから。ちょっと騒がしいかもしれないけどさ」
「う、うん……ちょっとだけね」
 まぁ不良になった美咲さんも見てみたいけど。いったいどんな風になるんだろう。
 ……どうにも想像つかないなぁ。
 さておき。何度か覗いたことのある、駅前の広いゲーセンへ。
 ここは小学生も入ってくるようなアミューズメントパークだし、さほど抵抗ないだろう。
「すごい音だね」
「え、なに?」
「すごい音だね、って言ったの」
 美咲さんが、でもやっぱり遠慮してるのか、ちょっとだけ声を大きくして、代わりに伸びをして、口を近づけて言った。
 うわ、息がかかってくすぐったい。
 とりあえず、ぐるりと一周してみたけど、それだけで美咲さんは圧倒されたみたいだ。
 やや暗めの室内に、乱舞する色彩と音の洪水。電子音からコインの弾ける音に加えて、時折沸き立つ歓声。
「なんだか、見てるだけで疲れちゃいそう」
「あんまり長居するところでもないかもね」
「うん……でも、思ったより、楽しそう」
「そう? じゃあ、ちょっとやってみる?」
「え? でも、私こういうのやったことないし……」
「誰でも初めてって言うのはあるじゃない。えーと、格闘とかは無理だから、シューティングならそこそこ遊べるかなぁ」
「しゅーてぃんぐ? なにか撃つの?」
「そうそう」
 あまり弾幕が激しくないタイプの縦シューがあったので、それを勧めてみた。
 まず俺がお手本を……といっても二面のボスで殺られる程度の腕だったけど、
 それでも美咲さんは、「すごい、すごい」と拍手してくれた。

「じゃ、次は美咲さん」
「え、いいよ。見てるだけでも楽しかったし……」
「やってみたらもっと楽しいよ。ほら、俺がおごるから」
 さっさと百円投入して、美咲さんを促す。美咲さんは躊躇いながらも、横にずれた、俺の隣りに座った。
 あ、協力プレイすれば良かったかな。でも美咲さんの腕も見てみたいし……。
 ボタンは二つ、ボムとショットだけなので、美咲さんもすんなり飲み込めた。はい、スタート。
「あ、わっ。藤井君、なにか来たっ」
「さっき見たじゃない」
「見たけど、きゃっ」
 なんだか、すごいかわいい反応するなぁ……。
 よけるよける。素人にありがちな、思いっきりレバーを倒して、すごく大げさによけるやりかた。
 まぁ一面の弱い敵なら、それでも何とかなる。
 美咲さんは小さな悲鳴を何度も上げながら、それでもなんとかボスの所まで辿り着いた。
「うまい、うまい」
「そうかな……」
 と言いつつも、なんだか嬉しそう。そのせいか興奮してるせいか、顔、真っ赤だし。
 ウォーニングの警告音にビクッとしながら、ボス戦が始まった。
「あ、ちょっと、きゃっ、ダメ……あっ、あっ、あっ」
 さすがにボスは、弾数が多い。美咲さんの自機が、少しずつ斜めに追いつめられる。
 とシンクロして、美咲さんの体も斜めに傾く。いるいる。体の動きが連動する人。って、ちょっと行き過ぎ。
「美咲さん、落ちる落ちる」
「え……? あっ」
 斜めになった体を、肩を抱いて引き起こすのと同時に、よけ損ねて、爆発が起きた。
「きゃっ……やられちゃった」
「あ、ごめん……」
「う、ううん。あの、どうせよけられそうになかったし……」
「美咲さん、次出てる。次っ」
「え? あ、ホント……きゃっ」
 2機目の無敵時間が切れると同時に、大爆発。
「ま、まだ?」
「最後の1機! 頑張れ」
「は、はいっ」
 だが健闘空しく、もう一歩の所で3機目も弾幕に捕まった。
「あー、惜しかったなぁ。コンティニューする?」
「え? こんてぃにゅう?」
「百円入れれば、ここから続けられるけど」
「……ううん。もういいよ」
「そう?」
「うん」
 さっぱりとした笑顔で、美咲さんが言った。
 隅っこの自販機で、ジュースを買って一休み。
「ふふっ。ちょっと疲れたけど、楽しかった」
「美咲さん、結構ああいうのはまるかも」
「そうかな……」
「うん。すごい目つき真剣だったし、体も動いて、声も出して。ちょっと意外な一面だったかも」
「も、もうっ。藤井君がすすめたんじゃない」
「そうだけど。美咲さん、こういうの免疫なさそうだから。案外向いてる性格しているのかもね」
「目が悪くなりそう……」
「それはあるなぁ。やっぱり、ほどほどにしておこう」
「うん」
「美咲さんが不良になっても困るし」
「もうっ……」
 それからもう一巡りしてから、店を出た。
 今日が美咲さんのゲーセンデビューで疲れたみたいだし、あんまりはまりすぎても困るし。
「どうだった?」
「うん……楽しかった。また今度、さっきのあれ、やろうね」
「あ、はまっちゃった?」
 なぜか美咲さんは、照れたようにうつむく。
「……少しだけ、ね」
「?」



  『違いの分かる人』

 彰の絵が、話題に出た。
「ちょっと、なにさ、急に」
「あの流れる雲を見ていたら、彰の書いたマシュマロマンをふと思いだして」
 遠い目をするはるかに、彰が苦虫を噛み潰したように呟く。
「夏祭りの風景だってば……」
 綿菓子メインで書くのもどうかと思うけど。
「七瀬君、絵を描くんだ」
「あれ、美咲さん知らなかったっけ?」
「ちょっと冬弥、やめてよ」
「ほんとの事じゃない」
「いいからっ」
 と、俺と彰がじゃれている隙に、はるかがあることないこと美咲さんに吹き込んだ。
「見たくない?」
「ちょっと、興味あるかな……」
「じゃあ今度、見せてもらおう」
「あ、はるかっ、美咲さんになに変なこと言ってるのっ。ごめん、美咲さん、気にしないで」
「ううん……あの、無理に見せてとは……あ、その、変な意味じゃなくってね」
「うん、分かってる。どうせ冬弥やはるかが絵のことなんか分かるわけないんだし、適当言ってるだけだから」
 あ、このやろう。俺は彰にヘッドロックをしかける。
「そこまで言うなら、ちゃあんと芸術の分かる美咲さんに判定してもらおうか」
「冬弥にしてはナイスアイデア」
 はるかも拍手で後押し。
「え、ちょっとっ」
「あの、私は別に……」
 とまぁ、てんやわんやあった末、ともかく見てもらうことになった。 
 実際、他人の評価がどうなのかも気になるし。
 美咲さんなら、彰の絵に隠された真の価値を見いだしたり……しないか。
 さて、美咲さんはどんな判定を下すだろう。立会人の俺とはるかが、2人を見守る。
「どうなると思う?」
「美咲さんはいい人だからね」
「そうだなぁ」
「だから個性的だって褒めると思う」
「俺も個性的に一票」
 相手を傷つけずに、褒めた気分になれる、当たり障りのない評価だ。
 でも遠回しに下手だって言ってるのと、あんまり変わりないよな、これ。
 やがて美咲さんは、スケッチブックをめくり終える。
 息を呑んで評価を待つ、俺と彰と対照的に緊張感のないはるか。
 そして美咲さんは――。
「独創性を感じるね」
「そ、そうかなっ」
 彰は嬉しそうだった。まぁ、彰のことだから美咲さんになに言われたって嬉しいんだろうけど……、
 そーか、そういう褒め方があったか。
「……さすが美咲さんだね」
 少ししか違わないようだけど、そう言うと不思議と価値があるように感じられる。
 困ったことに、彰はこの後以前よりも芸術に目覚めてしまったようで、ちょっと迷惑した。
 そのうちエコーズに額縁つけて飾りたいとか言ってきたらどうしよう。
 でも、彰の遠い親戚の祐介さんとかいう人が、個展を開いたくらいだから、案外ほんとに価値が出たりして……。
「それはないんじゃないかな」
「やっぱり?」
 美咲さんはなにも言わず、困ったように笑っていた。
 


 『幸せな時間』

 カランカラーン♪
 ベルの音と同時に、申し訳なさそうに顔を覗かせるのは、やっぱり美咲さんだった。
「いらっしゃい、美咲さん」
「こんにちは」
 美咲さんは店内を見回すと、一番隅っこの席に座り、
「ちょっと、借りるけどいいかな?」
 思ってたとおり、そう言った。
 美咲さんがあの仕草で入ってくるときは、エコーズに長居するとき。
 そして、僕の一番幸せな時間が始まるとき。
「お待たせしました」
「うん、ありがとう」
 会話はこれだけ。
 だけどその後、テーブルに向かって本を読んだり、なにか書いたりしている美咲さんの風景は、僕が独り占めにできる。
 叔父さんは裏にいて、冬弥は休みで、お客さんは少なくて、ただ、店内を流れる静かな音色と、美咲さんと僕だけ。
 そんな静かで幸せな時間。
 たまに、追加の注文を頼む美咲さんと、とりとめのない会話をしたり。
 やがて美咲さんは本を閉じ、荷物をまとめて、
「ごめんね、長居しちゃって」
 と、やっぱり申し訳なさそうに、会計する。
「ううん、気にしないで。どうせお客さん、入ってないし」
 美咲さんがこうするときは、やっぱり他の人も遠慮するのか、お客は少ないことが多い。
 店員としては不謹慎だけど、でも、どうせ叔父さんは道楽でやってるし。
「また来てね、美咲さん」
「うん」
 手を上げると、美咲さんも軽く手を振って応えてくれる。
 また遠慮がちに、ベルがあまり騒がないように静かにドアを開けて、店を出ていった。
 短い幸せな時間の終わり。
 そしてまた、いつか美咲さんが来るときのために、僕はこの店で待っている。



 これは支援物資としては投下しなかったんですが、そのつもりで書いていたので。

 『美咲さんの弱点』

 みんなで話しているとき、なぜか由綺が、じっと美咲さんの背中を見ていた。
 なにやってんだ、と声をかけようとしたら、おもむろに美咲さんに指を伸ばし、背中をすぅっと撫でた。
「うひゃあぁっ!?」
 ……え、今の美咲さんの声?
「な、な、な、なにっ!?」
 両手で自分の体を抱えて、見事に狼狽して振り返る美咲さん。
 なぜかどぎまぎする俺と彰。しかけた当人のくせに、呆気にとられる由綺。
「ご、ごめんなさい……あの、ちょっとクラスで流行ってたから、つい……」
「も、もう……やめてよね、由綺ちゃん」
「美咲さんって……くすぐり弱い?」
 美咲さんが顔を引きつらせた。
「どれどれ」
「ひゃあっ!」
 由綺を警戒したその隙に、今度ははるかが背後からちょんと。
「うわ、新鮮かも……」
 こら由綺、なに目を輝かせてますか。なんか指をわきわきさせてるし。
 美咲さんが怯えた表情で立ち上がり、由綺とはるかから距離を取る。
「それっ♪」
「それー」
「きゃああああっ!?」
 由綺とはるかが一斉に襲いかかった。
 たちまち上がる嬌声と、苦しそうな美咲さんの笑い声と喘ぐ息。
「きゃっ、あっ、ちょ……やだ、由綺ちゃん……はるかちゃ、止め……ひぁっ」
 それがなんか、だんだん妙な声になってきたような……。
「あの、由綺、ちょっとやめて、マジやめて」
「右に同じ……」
 机に座ったまま動けない俺と彰。
 この危険な遊びは美咲さんと俺と彰の哀願によって、禁止された。
 ……ちょっともったいなかったけど。

 

戻ります

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