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「なぁ、はるか。お前、午後からヒマだろ?」
「ヒマかも」
 どっちなんだ。俺はいきなり出鼻をくじかれた。
「じゃあ、ヒマだったらさ、俺と一緒に出かけないか?」
「どうして?」
「どうしてって……お前だって、いつも俺を連れだしているじゃないか」
「冬弥だから」
 それは理由じゃないだろ。はるからしいといえば、はるからしい返事だけど。
「だからさ、俺も……はるかと出かけたいんだよ」
「私と?」
「ああ」
 はるかはちょっと考えて、ちょっと頬を染めて、ちょっと嬉しそうに、下から俺の顔を見上げるようにして、聞いてきた。
「……デート?」
 あらたまってそう聞かれると、かえって照れくさい。
「……そうだよ。いいだろ」
「うん。いいね。あはは」
 まったく……どんなときでも、俺をからかって遊ぶことを忘れないんだな。
「どこに行くの? サイクリングする? テニス?」
「いや、今日はそういうのじゃなくってさ……。なんて言うか、普通のデートみたいなのをしてみたいって思ったんだけど……」
「普通のデート……」
「うん」
「映画館行ったり、お茶したり?」
「そうそう」
「カラオケに行ったり、ちょっとお酒飲んだり?」
「そうそう」
「そしてその後、酔った私をホテルに連れ込んで……」
「こらこらこらこら」
 あまり人聞きの悪いことを言うんじゃない。
「ん、おもしろそう」
 ホテルに連れ込むのが、じゃないだろうな。
「でも、いきなりホテルはなしね」
「当たり前だ!」
「あはは……いいよ、どこでも」
「え?」
「冬弥と一緒なら、どこでもいいよ」
 はるかはふわりと微笑んで、俺の手を取った。
「お、おい……」
「普通のデートっぽく」
 ……まぁいいか。
 腕を組んで歩くのなんて初めてだから、どうもぎこちない。
「なんか歩きづらい……」
「そうだな」
「でもやめない」
「ああ、好きにしてくれ」
「ん、そうするね」
 俺たちは頼りない足つきで、駅への道を歩いてゆく。
 腕から伝わるはるかの体温が心地良かった。
 ゲーセン。
「やかましいね……」
 よく考えたら、俺もあまり足を踏み入れないところだ。次に行こう。
 カラオケ。
「私、あんまり歌知らない」
「俺も……」
 かといって、由綺や理奈ちゃんの歌を歌うのも微妙に気が引ける。離脱。
 映画館。
「冬弥」
「ん?」
「学校でもさ、たまに課外授業と称して、映画を見たり、クラシック聞かされたりしたよね」
「ああ」
「私、全部寝てた」
 ……そういやそうだった。俺もつきあって眠り込んで、先生に怒られたっけ。
 さらば映画館。
 喫茶店。
「あ、はるかに冬弥。今日は一緒なんだ」
 ……彰がいた。ってーか、ここはエコーズだ。
「ちょっと一休み」
「あ、ああ」
 いつものように彰のケーキを食べ、彰が入れてくれたコーヒーを飲み、彰とだべる俺たち。
 ……これじゃだめだ。俺たちは早々に席を立った。
「あれ、もう帰るの?」
「ん、デートの最中だから」
「余計なことは言わないでいい」
 俺は軽くはるかをこづいて、店を出た。
 作戦、ことごとく失敗。
「どうする、はるか?」
「お酒でも飲む?」
「まだ真っ昼間だろ」
 3時にもなっていない。つくづく自分たちが、普通の遊びに向いていないことを思い知らされた。
 俺たちはあてどもなく、商店街を彷徨う。
「ね、冬弥」
 俺の腕にしがみついたまま、はるかが言った。
「向いてないね」
「……そうだな」
「やめよっか」
「やめるか」
 だけど、はるかは俺の腕を放さなかった。
 歩いているうち、いつの間にか、いつもの公園に着いていた。
 ベンチに座り、寄り添っていれば、こんな俺たちでも普通の恋人に見えるかもしれない。
 暖かい缶紅茶を飲みながら、俺はぽつりと呟いた。
「本当はさ」
「……うん」
「べつに、はるかと普通のデートをしたかったわけじゃなかったんだ」
「うん」
「ただ、いつものように、いつもと同じ過ごし方をするのが、ちょっともったいなくてさ」
「どうして?」
「今日ははるかの誕生日だから……」
 おれはポケットからリボンで飾られた小さな箱を取り出し、はるかに手渡す。
「だから、いつもと違う、思い出に残るような一日にしてみたいって思ったんだけど……」
「うん……」
 はるかががさごそと箱を開く。
「だめだったな」
「だめだったね」
 箱の中から、ごくシンプルなネックレスが出てくる。
 はるかは珍しそうに、鎖を宙に引く。
 しゃらと鎖の擦れる音が、静かに響いた。
「……そういうの、いやか?」
 正直、はるかにはあまりふさわしくなかったかもしれない。
 だけど、たまにはそういうもので、身を飾るはるかも見たくて。
 はるかは、俺の一番大切な女性(ひと)だから……。
「どう?」
「ん……いやじゃ、ない」
 はるかが俺を見る。
 俺はネックレスを受け取り、はるかの首に掛けた。
 金の鎖の先に結ばれた、小さな水色の石が輝いた。
 少し不安そうに、落ち着かなげに視線を彷徨わせながら、はるかが聞いてくる。
「似合わない?」
「そうでもない、と、思う」
「じゃあ、似合ってる?」
「……少し」
「あはは。少しだけ?」
「あ、いや……」
 慌てて弁解しようとすると、はるかはぎゅっと石を握りしめて、
「うん、嬉しい……」
 微笑んだ。
「こういうのも、たまにはいいね」
「うん、たまにはな」
「あはは。ありがと、冬弥」
「うん。おめでとう、はるか」
 去年の手袋を送ったときとは喜び方は違うけど、それでも、はるかは嬉しそうに笑い、大切そうに石を握り込む。
 もう、はるかは「私が生まれてよかった?」なんて聞かない。
 二度とそんなことを聞かないように、俺はずっとはるかの側にいる。
「冬弥」
「ん?」
「ありがと」
 はるかは俺の首に手を回して、頬にキスしてきた。
「は、はるかっ……」
 不意を突かれて、たかがキスに、みっともないほどうろたえる。
 暖かい、優しい感触が頬に残る。
「なんだよ、急に」
「普通の恋人っぽいかと思って」
「……そうだな。でも……似合わないな」
「そうだね」
「でもたまにはいいか」
「ん、たまにはね」
 そして俺たちはいつものように、たわいない話をしながら、あるいは無言で、静かに時を過ごす。
 ただ、はるかは時折、そっと石を握りしめる。それが嬉しい。
 誕生日おめでとう、はるか。
 俺は、はるかが生まれてきて、よかった。

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