戻るのだ

「んー、犯人はこの中にいます」
 はるかの宣言に、さっと一同に緊張が走る。
 場所はエコーズ。メンバーはヒロイン六人に冬弥に彰、英二とフランク長瀬まで揃ったオールスター。
 折しも時はクリスマス。
 天井からは色とりどりの飾りと共に、『メリークリスマス!』の文字がのんきに揺れてぶら下がっている。
 そのクリスマスのパーティーを始めよう、というときに、その事件は起こった。
 ケーキだ。
 この日のために、彰が美咲と共に――ええ、そりゃもう、
 彰が死ぬほど浮かれて気合いを入れて――朝から焼いたケーキの数々。
 厨房に、各種5個ずつ置いてあったはずのケーキが、ミルフィーユだけ一つ足りない。
 ほんのちょっと、彰が電話に、美咲が花を摘みに行った僅かな隙に、何者かが強奪したのだ。
 はるかは即座に捜査本部をカウンターに設立し、誰も頼んでないのに事件を大事(おおごと)にした。
「それでは、全員、勝手な行動は慎んでもらいます」
 まぁクリスマスの余興と思えばいいか……とのんきに構えていたら、そうはさせないのがはるかである。


 証言その1――第一発見者・美咲。
「では美咲さん、事件発生当時の状況を」
「うん、私がその……厨房に帰ってきたときには、彰君は電話に出ていて、ケーキはもうなかったんだけど……」
「じゃあ犯人は彰と言うことで」
 彰以外の一同、賛同の拍手。
「ちょっと待ってよ!」
 理不尽な断定に、彰がさすがに抗議する。
「なんで僕が丹誠込めて作ったケーキを、パーティー前に食べなきゃいけないのさ!」
「それに関しては」
 はるかはやたらともったいぶった口調で、推察をのたまう。
「彰はお昼を抜いてお腹を空かせていたし、常日頃からどちらかといえば理性よりも、
 動物的本能によって動いてしまう傾向があり、
 がつがつと食物を貪る姿はまさしくケダモノと言っても過言ではなく……」
「な、な、なに言ってるんだよはるか!」
 すっと彰から距離を取る一同。
「なに? 彼ってばそういう人なの?」
「うわ、藤井さんのお友達って、さいてー」
 彰をよく知らない理奈とマナが、なにやら軽蔑の眼差しを注ぐ。
 よく見ればこの2人、名前も性格も髪型も似ていた。そのくせ印象がまるで違うのは大したものだと感心する。
 しかし意気投合の果てに生まれるのは、反目かあるいは共感か? が、それはまた別の話。
 はるかの演説はまだ続いた。
「なおかつ小型軽量なサイズを生かして厨房に出入りする事も容易く、
 日頃のしつけによって椅子を経由してテーブルに載る程度の知能はあり、
 私達の目を盗んでケーキをうっかり食べてしまう程度の活躍は期待できると……」
「……待って、誰の話してるの?」
「彰だけど」
「わん!」
「犬かよ!」
 冬弥と彰がぴたりと息を合わせて突っ込んだ。が、はるかは悪びれもせずに、
「さすが幼馴染み」
「オマエモナー」
 ぼそりと弥生が呟いた。しかし幸か不幸か誰もそれを聞きとがめることはなく。
「あ、でもちょっと待って」
 相変わらず存在感の薄い由綺が、ようやく口を挟んだ。
「彰だったら、私がずっと膝の上に抱いていたから、この子が犯人って事はないよ」
 由綺が膝の上の彰をひょいと抱えた。じたばたともがく彰。
「あら、可愛いわねこの子」
 由綺と理奈、2人のアイドルに囲まれ、クゥンと泣く彰。子犬であっても蹴飛ばしてやりたくなる光景だ。
「ボーダーコリー、生後四ヶ月といったところですか」
「わ、弥生さん、詳しいね」
「失礼。性別は……雄ですね」
 ひっくり返してまじまじと観察する。なぜか由綺と理奈の方が赤面した。
「すみません、あんまり詳しく観察しないでください……」
「失礼しました」
 彰の懇願に目を伏せて謝意を示す。
 本当に済まないと思っているのか、それとも由綺の膝の上にいた彰を間接的にいじめたくなったのか。
 閉ざされた目蓋からは、どちらとも伺い知ることはできない。


「では事件も解決したところで――」
「全然してないよ……」
 打ちのめされながらも突っ込むことを忘れない、気配りの男、彰。もちろん人間の方だ。 
「では彰にかかった疑惑を払拭するために、別の容疑者にスポットを当ててみましょう」
 はるかの声に応じて照明が落ち、ぱっとスポットライトが一人に当たった。一体いつ細工したのだろうか。
「……え、私?」
 澤倉美咲、その人だった。
「ミステリーの定説としては、第一発見者を疑えというのが……」
「美咲さんがそんなことするわけないでしょっ」
 ミステリーの愛読者が、その定説を真っ向から覆す。ガクガクとはるかの頭が、危険なほどにシェイクされる。
「ろーぷろーぷ」
「どうどう」
 冬弥が羽交い締めを噛ましても、まだ彰はじたばたもがいていた。
 理奈とマナが、なにやら納得した風に頷く。
「ふぅん、そういうことなんだ」
「わかりやすーい」
 びし、と固まり、世界が終わったような顔で振り向く彰。ニヤニヤ笑いの二人を見て、更に絶望の色が深まる。
 ひた隠しにしてきたはずの恋が、一瞬で他人にばれた瞬間だった。
「え、なんの話?」
 本人以外に。
「……なんだろう?」
 由綺も気づいていないし。
「ははは、頑張れよ、青年」
 無責任な応援が、かえって空しいときもある。
 厨房の隅、体育座りでうつむき、縦線のエフェクトがかかった彰の姿は、ひたすら同情を誘う。
 だがクリスマスの席には鬱陶しいだけだった。
「あの……元気出してね」
 よく分かってない美咲の励ましも、嬉しいんだか悲しいんだか。
「そんなこんなで美咲さんの疑惑も晴れました」
「いいのか、それで」
 冬弥の突っ込みもどこかなげやりだった。


「それでは第三の容疑者に移りたいと思います。栄えある第三容疑者は――」
 ダララララララララ、と、どこからかドラムロールが鳴り響いた。スポットライトが揺れ動き……静止する。
「観月マナちゃんです!」
「あ、あたし!?」
 パンパン、とクラッカーが鳴り、くす玉が割れ、紙吹雪が舞い、つられたように拍手する一同。
 え、えへへ……と思わず照れていたマナだったが、トロフィーを手渡す代わりに手錠をかけるはるか。
「犯人確保!」
 の声と冷たい金属の感触に、はっと我に返る。
「ちょっ、ちょっと待ってよ! なんであたしなの!?」
「んー……なんとなく?」
「なんで半疑問形なのよっ!」
 よせばいいのに、冬弥が横から、
「なぁはるか。まさか盗まれたのはケーキ、ケーキはお子様が大好き、
 この中でお子様といえばマナちゃんという三段論法じゃ――」
 ガツン! と。
 骨も折れよとばかりの全力を込めた蹴りが、冬弥の脛を直撃した。声も出せずにうずくまる冬弥。
「誰がお子様ですって……藤井さん?」
「も、申し訳ございません……」
 その冬弥と、怒り心頭のマナを見比べたはるかは、手錠をあっさりと外し、しれっとした顔で言った。
「やっぱ取り消し」
「なんだったんだよ、おい……」
 冬弥の突っ込みも、涙声だった。


「迷宮入りか……」
 しかめっ面を作ってはるかが呟く。気分はすっかり十○川警部だ。
 もういいからパーティー始めようぜ、と誰もが思い始めた矢先、冬弥が何気なくはるかに聞いた。
「これでお前が犯人だというオチはないだろうな?」
「ぎく」
 ざわ、と空気が乱れ動くが。
「なーんちゃって」
「笑えんわ!」
 スパーンとスリッパがはるかの後頭部を直撃。
 いつもなら、いたた……と頭を押さえてそれで終わるはずが、なぜかはるかはしゃがみ込み、拗ねた上目づかいで冬弥を見上げる。
「女の子に暴力を振るうなんて」
 おいおい、なんだよ今さら……と冬弥が軽く流そうとした瞬間、
「ちょっと冬弥くん。女の子にそれはないんじゃない?」
「藤井さん、さいてー!」
「通報シマスタ」
「そうだよ。はるかだって、こう見えても一応女の子なんだから」
「一応?」
 はるかの疑惑をさらりと流して、集中砲火はやいのやいのと冬弥を直撃する。
「な、なんで俺が責められるんだ!? はるか、これくらいいつものことだろ!? な?」
「……お嫁にいけない身体にされてしまった」
 爆弾発言。
「と・う・や・くん?」
 そうは聞こえないかも知れないが、地獄の底から響くようなおどろおどろしい声を出しているのは、あの、森川由綺だ。
 エルクゥのごとき見ただけで人を殺せそうな眼光を漲らせているのも、あの、森川由綺だ。
 そこへはるかが、
「責任とってね」
 火に油。鬼に金棒、ポパイにほうれん草。エルクゥには千鶴さんの手料r
「ちょっと……お話ししようね」
「ま、待て由綺! 誤解だ! 話せば分かる!」
「だ・か・ら、お話するの。――私、誰からだって冬弥くんのこと取り上げるんだから……ふふふふふ」
 ズルズルと二階へと引きずられてゆく冬弥。
 それぞれは哀れみ、同情、呆れ、焼き餅など雑多な成分を視線に込め、
 哀れな祭壇の子羊を澪食った。もとい見送った。
 ほどなく――悲鳴のような、歓喜の叫びのような、
 怒号と嬌声の入り交じったような……何とも言えない声がエコーズを震わせた。
 冬弥をその状況に追い込んだ張本人は、けろりとした顔で立ち上がる。
「くわばらくわばら」
「他人事ですね」
「たまには冬弥も痛い目見た方がいいと思うし」
「世の中クリスマスに寂しい思いをしている御仁は、山ほどいますからね」
「それはいわないお約束」
 ふふふふふ、と互いに牽制するように笑うはるかと弥生。
 つまらなそうに、理奈がグラスを指で弾いた。
「……ちょっと、気の毒かもね」
 対照的に、マナは楽しそうに足をブンブン振りまわす。
「私もお姉ちゃんと一緒にポキュってきちゃっていいかな?」
 どこの日本語だそれは。
 本能的危機を察した彰(犬)が、テーブルの影に姿を隠す。
 蹴るには余りにも手頃な大きさだと、某最高も証言している。
「しっかし、なかなかパーティー始められないねぇ……お、マスターいいの? では、お返しに一杯」
「ちょっと兄さん。なに勝手に始めてるのよ」
「年寄りは待たされると寒さが堪えてね……いや、こいつはなかなかいける」
 なんて差しつ差されつしている内に、由綺がケロっとした顔で、ぼろ布のような冬弥を引きずり、降りてきた。
 彰も美咲に励まされながらようやく復帰し、料理を並べ始めた。
 ほっとした空気が辺りに流れる。
 飾り付けを終え、音楽が鳴り始め、全員にグラスとシャンパンが行き渡り、
 英二がいざ、乾杯の音頭をとろうとした寸前に。 
「ところでマスター、ヒゲにクリームついてるよ」
 さりげない一言は、ゆっくりとこの場にいた全員に伝播する。
 フランクは気まずげにそれぞれを見渡し……痛いほどに疑惑の視線を感じるや、
 あらぬ方向に顔を向け、ヒゲを擦り、素知らぬふりを決め込んだ。
「「「あんたかよ!」」」
 全員一斉に突っ込んだ。
「あんたかぁ! あんたのせいで僕は人間の尊厳を失い、ケダモノ疑惑を受けて、このザマだっ!」
 久々に彰がぶち切れた。
 美咲が宥め、彰(犬)が吠え、マナが蹴って、由綺はオロオロし、
 弥生はため息、理奈は呆れて、英二は愉快そうに笑っている。
 はるかは頭をぺし、と叩いた。
「やぁ、こいつは盲点だった」
「そうかぁ?」
 ――クリスマスの夜は、まだ、終わらない。

「いや始まってないだろ」
「ん?」

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