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「まいったわね……」
 それはちょっとした思いつきだった。
 オフ日に家にいて、お腹が空く。それは至極当然のことだ。
 いつもは店屋物ですませるのだが、今日は魔が差した。
「たまには、料理でもしてみようかな……」と。
 自慢じゃないけれど、私は高校中退。その学校も、芸能活動が忙しくて、ほとんど行っていない。
 そりゃあ小中学生の頃は、家庭科で料理を作ったことはあるけれど、そんなレベルでははっきり言ってお話にならない。
 インターネットで初心者料理のレシピを探し、肉野菜炒めをチョイスする。材料を買う前に、ご飯を研いで、セットした。
 さすがにお米を洗剤でといだりはしない。
 でも……いつまでたってもとぎ汁が透明にならないんだけど、いいのかしら? いいわよね。
 ご飯が炊けるまでの間に、肉野菜炒めの材料をコンビニで揃える。
 悲しいことに、冷蔵庫にはレトルトや冷凍食品しかなかったから……。
 そう言えば、あのお米いつのかしら……。考えない、考えない。さてと。
「肉を切って野菜を切って炒める。うん。これくらいならできそうよね」
 ……甘く見ていた。
 久しぶりに持つ包丁は、なんだか剣呑に光っていた。
 ……皮むき器がない。のでニンジンを四角く切る。取り除いた部分の方が大きいのはご愛敬よね。
 さて短冊切りに……ダン。厚さ1ミリ未満。向こうが透けて見えるほどの芸術的な薄さ。
 だけど次のは厚さ5ミリ。4ミリ、2ミリ、7ミリ。……食感の違いが楽しそうね。
 もやしは尻尾を取ろうとして、孤独な作業にイライラし、妥協する。
 尻尾だってもやしの一部だし。食べなきゃかわいそうよ。
 次、タマネギ。……こんなに目に染みるなんて……思わず感動の涙を流しちゃったわよ。
 試行錯誤のあげく、切られた野菜は見事なまでに不揃いだった。
「まぁ……形で味が変わる訳じゃないわよね」
 と、自分に言い聞かせ、炒める。フライパンに油を引き、暖めてから一斉に投下。
 あれ……なんだか忘れているような。
 まぁこんなもの、手早く炒めて、お皿に盛ればオッケーよね。
 手早く手早く……って、ちょっと焦げるの早すぎ! ひょっとして、火強すぎ!?
 慌てて私は火を弱め、じゃかじゃかかき回して、火を全体に通した……フリをして、お皿に空けた。
 結果、肉は生の部分と焦げた部分が模様のように残っている。
 食べてみないと分からないが、おそらく野菜の方もさぞかし個性的な出来だと思う。
 ぴんぽんぱんぽーん♪
 丁度お米が炊けた。さすがにこればっかりはうまくいった……と思ったのに、芯が残っていた。
 炊飯器は一人分のお米を炊くにはむいていないと知ったのは、後になってからだ。
 まぁ……牛肉だから、ちょっとくらいレアでも大丈夫よね。
 野菜だって、生でも平気。……タマネギは危険かもしれないけど。
 ご飯も固いくらいの方が私の好み。だけど……ちょっと固すぎ。胃に悪そう。
 私はテーブルにご飯と肉野菜炒めを並べる。
 ……こんなに緊張して食事をするのは初めてかもしれない。
 私は恐る恐る、箸を伸ばし……。
 ピンポーン♪
 丁度その時、玄関のチャイムが鳴った。幾分ほっとして、インターホンを手に取る。
「はい、どちら様でしょうか?」
「ああ、おれおれ。理奈ちゃんの愛しいお兄さま」
「に、兄さん!?」
 よりによって、なんでこのタイミングで! 
「あ、あ、あの……今ちょっと忙しいからっ」
「? 忙しいって、お前オフだろう。入るぞー」
 ガチャ。
 なぜに合い鍵持ってるーー!?
「よう。ん……なんだ、この匂いは?」
「あ、こ、これは……その……」
「うわ……」
 文字通り、兄さんは目を丸くした。その丸くなった目で、テーブルの上と、キッチンと、私とを、順繰りに見る。
「な、なによ……」
「理奈が料理……いや、何年ぶりだ? 俺、びっくりしちゃったよ」
「わ、悪かったわね!」
「ひどいなこりゃ、ちゃんと火通ってるのか?」
「多分……」
「どれどれ」
「あ……」
 兄さんは勝手に肉野菜炒めを口に運んだ。怪訝な表情が、すぐに歪み、私を責めるように見る。
「理奈……」
「な、なによ! 仕方ないじゃない、料理なんてほとんどしたことないんだからっ!」
「いや、それ以前の問題だろ。お前、ちゃんと固いものから順に炒めたか?」
 ふるふる。私は首を振った。
「順番に入れても、これだけ大きさが違うとなぁ……。だが、それは料理初心者だから、ある程度は仕方ない」
 うんうん。私は頷き、愛想笑いを浮かべる。
「そ、そうよね。初心者だもの。そのうち上手くなって……」
「だけどな。致命的な欠点がある」
「え?」
「お前……味付けしたか?」
 あ。
 ああああ、なにか忘れていたと思っていたら!
「素材の味だけで食える代物じゃないぞ、これ」
「ち、違うわよ! それは誰が食べてもお好みの味に調整できるように……後付なの!
 兄さんだったら醤油とか、由綺だったらソースとか、冬弥くんだったらマヨネーズとかで、好きな味に!」
「お前が食うつもりで作ったものを、後付にする必要ないだろ」
 ぐ……。私は、一言も言い返せなかった。
「やれやれ。これじゃ老後の俺がかわいそうだ」
「言っておくけど、老後の兄さんの面倒なんて、見るつもりありませんからね」
 兄さんはちょっぴり悲しそうに肩をすくめて、
「やれやれ。青年もかわいそうに……」
 瞬間、ボッと頬が熱くなるのを感じた。照れと、恥ずかしさとで。
「ちょっとっ! 冬弥くんは関係ないでしょ!」
「いやいや。もしかしたら、将来、俺のことを義兄さんなんて呼んでくれるかも……。
 こら、包丁は人に向けるもんじゃない。そんなヒマあったら野菜を切る練習でも……」
「大きな御世話よっ!」
 私は包丁の代わりに、ボールを兄さんの頭に投げつけた。
 コントで落ちてくる金ダライみたいに、カコーンといい音がした。
 はぁ……それにしても、やっぱり料理の一つくらい、作れた方がいいわよね。
 アイドルやるより大変そう……。

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