戻ります

 閉ざされた女子トイレの一室に、荒い息となにかを擦る音が響く。
 洋式便座に座って自慰にふけっているのは紛れもなく女性だ。それもとびきりの。
 端正に整った顔は、苦悶に歪んでいるようだが、汗と紅潮した頬は色っぽさを漂わせている。
「はっ……ああ……」
 悩ましい声すらも美しく響く。
 それはそうだろう。喘いでいるのは容姿と実力の双方を兼ね備えたトップアイドル、緒方理奈なのだから。
 ため息混じりのくぐもった声ですら、人を引きつける妖しさがある。
 その、緒方理奈が。
 ステージ衣装で、引き下ろしたパンツを足首に引き下ろした、あられもない恰好で。
 股間に屹立した肉棒を上下に扱いて、官能の声を上げていた。
 しなやかな指先がペニスに絡まり、きつくつかんでいる。
 絹のような肌触りだけで、並の男なら射精に至りそうな極上の感触。
 それが捻りをいれ、強弱を加えながら、熱く滾る器官を絶え間なく刺激している。
 先端から零れた先走りの汁を、指の腹で塗り広げると、雄の匂いが立った。
 あいた片手はもどかしげに、ステージ衣装の上から胸を掴んでいた。
 衣装は脱ぐには時間がかかり、手を差し込む隙間もない。生地越しの半端な刺激がイライラする。
 乳首の部分を思い切りつまむことで、ようやく劣情を押さえるが、今度は逆の胸が切なさを訴える。
 ごまかすように、理奈はペニスを擦る速度を上げた。
「んっ……ふうっ……」
 徐々に徐々に、肉棒の中に溜まってくるなにか。
 それに押し出されるように喘ぎ声が漏れる。
 首を振るたびに汗の滴が宝石のように飛び散り、暗い照明の中に光って落ちる。
 それこそ五万人どころか百万人は集められそうな緒方理奈のオナニーショーが、暗い個室の中で、密かに行われている。
 もしもチケットが売りに出されたならば、全財産をなげうってもいいと考えるものも多いだろう。
「くうっ……」
 びくびくと、肉棒が震えて、限界の兆候を伝える。
 ショーはクライマックスに達しようとしていた。

 いつもこうだった。
 コンサートや番組の収録。特に歌を歌った直後、異様な興奮に襲われる。
 ステージにいる間は気にならないが、ずっと抑えられていた反動か、終わった後は狂ったように疼く。
 挨拶もそこそこに切り上げ、トイレに入ってショーツを下ろす。
 すると隆々と勃起した男性器が跳ねるように飛び出す。
 はっきり言って醜い。
 普段は小さな莢に収まっているクリトリスが、まるで化け物みたいにいびつに膨らんでいる。
 だけど立ちこめる雄の匂いを嗅ぐと、もう我慢できず、熱く高ぶったペニスを扱くことしか考えられなくなる。
 しかも、前に比べてだんだん我慢が利かなくなり、高ぶりが増している。
 もっと小さかったのに、一度絶頂に達するたびに、一回りずつ大きくなっているようにも見える。
 万が一、ステージの上や、カメラの前でこれが膨らんだりしたら……。
 アイドルとして致命傷どころじゃない。女として終わりだ。
 だけど、手を休めることはできなかった。
 それほどに狂おしく、そして気持ちよかった。
「いいっ……」
 思わず声をもらすと同時に、がちゃりとドアが開く音がした。
 一瞬、氷塊が背中を滑り落ち、扱く手が止まる。
 放出寸前だったペニスは、不満を訴えるように脈打っている。
 必死に唇を噛み、息を殺し、溢れそうになるのを堪えた。
 足音はドアの前を通過し、一つ挟んだ向こうのトイレに入った。
 ――どうしよう。
 できれば人がいるときに、こんなことはしたくない。
 仮に自分にペニスについていることがばれなくても、緒方理奈がトイレでオナニーなんて、十分スキャンダルだ。
 音も声も、不穏に思える物は出したくない。
 だけど手のひらの温もりの中で、焼け付くペニスは今にも暴れ出しそうだ。
 妥協点を探りながら、輸精管を押さえて、ゆっくりと扱く。
 少しだけ落ち着き、すぐに、より大きな波がぶり返す。
 理奈は便座の上で腰をもじもじと振り、口元を手で押さえ、我慢しようとする。
 だけど出したくてたまらない。
 理奈の表情が快美と苦痛の狭間で美しく歪む。
 精液の代わりに涙と汗を振り乱して悶え続ける。
 ――だめっ、だめっ……出ちゃうっ!
 そこで天啓のように閃く。
 気がつけばなんでこんな簡単なことを、と思うくらい、簡単なこと。
 理奈の手が後方を探った。
 ばたばたと振り回した手が、取っ手をつまみ、手元に引く。
 ざぁっと水が流れた。
 それを聞いた瞬間、我慢のたがが外れる。
 取っ手を引いた手が、乱暴にトイレットペーパーを引きだした。
 ペニスの上に覆い被さるかどうか、ギリギリの所で、理奈は思いっきり扱いた。
 ――ふはあっ!
 声だけは堪えた。
 その代わりにねっとりとした精液が、噴水のような勢いでペニスから溢れる。
 どくどくと脈打ちながら、恐ろしい量を迸らせる。
 理奈は手が汚れるのもかまわず、白濁を手に絡めながら、ひたすら扱き続けた。
 震えるほどの快美感。
 扱く間もペニスは狂ったように跳ねまわり、精液を四方に飛ばす。
 たちまち重く濡れた紙が、理奈の腰を覆うように落ちてくる。
 手と腰が連動して、淫らに動く。皮を引っ張り、カリの部分を擦り上げ、精液を先端に塗りまくる。
 芸術的な曲線を描いた胸の膨らみも、重くみっしりと張りつめ、震えることで快感の深さを表す。
 思わず漏れそうになった声を抑えるため、口元を覆った手が、溢れてきた涙に触れた。
 それほどまでに気持ちよかった。
 理奈は最後の一滴まで絞り尽くすと、くたりと前方に崩れた。
 紙が理奈の顔に鬱陶しくまとわりつく。
 水音が消える頃には、すっかりペニスは小さくなっていた。

 

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