戻ります

 どこにでもあるような小さな喫茶店。
 客は僅かに二組。カップルが一組と、少女が一人。
 カップルはどこにでもいる平凡なものだったが、少女は違った。
 なんと言えばいいのだろう……ただ、かわいいだけじゃない。
 ただそこにいるだけで、人の目を惹きつけるなにか。それを持っていた。
 動きの一つ一つも優美で、ただカップを手にし、口に運ぶ動作にさえ色香が漂う。 
 時折不安そうに、ちらりと時計を見るしぐささえ、保護欲をかき立てた。
 可憐な唇から小さなため息を零すと、目を閉じ、小声で歌を歌い始める。 
 本当なら聞き取れないような小さな声。 
 だけどその声は恐ろしく伸び、話に興じていたカップルも気づいて振り返った。
 振り向いた男と目があって、慌てて歌をやめ、真っ赤になって頭を下げる。
 男がだらしなく、いえ、気にしないで下さい、あははとだらしなく笑い、恋人にほっぺたをつねられる。
 女性が怒って席を立ち、男が慌ててそれを追っていった。
 少女は寂しくなった店内で、静かに流れるクラシックと、時計の音だけを友に、時間が過ぎるのを待つ。
 せわしなく窓の外に目をやり、時計を何度も眺める。
 コーヒーはすっかり冷たくなってしまった。
 やがて瞳は不安に揺らぎ、寂しげな色を見せる。
 そわそわと体が動く。
 ため息をつく回数が増えてゆく。
 行儀悪く、机に寄りかかるように寝そべり、顔を横に向け、行き過ぎる人を眺める。
 と、瞳が見開かれ、ついで喜びに輝いた。
 見つけた。
 慌てて姿勢を正し、気づいてないふりをして、澄まし顔。
 カランカラン♪ とドアベルが鳴って、息を切らした男が入ってきた。
 少女のもとに駆け寄り、何度も頭を下げる。知らん顔をする少女に、拝むように謝る。
 少女は不機嫌なフリをやめ、代わりに最高の笑顔を思い人に向けた。
 袖を引っ張り、耳元に唇を寄せる。
『許してあげる。だから……今日は一日、ずっと一緒だからね』
 そして、頬に口づけをした。

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