終わった……。
私は心地良い虚脱感に身を委ね、椅子に体重を預けた。
色々な過去が記憶をよぎる。
デビュー曲。初めてのコンサート。スタジオでのNG。覚えられない振り付け。限界を超えそうなキー。
そのどれもが、さっきの一瞬のためにあった。通ってきた道は、あの場所に通じていた。
歓声と、フラッシュと、拍手の嵐。祝福の言葉。それらで満たされた、あの頂点に。
小さな音を立てて、楽屋のドアが開いた。誰も通さないでって言っておいたのに……。
「よう、お疲れ」
やっぱり兄さんだ。
傍若無人。自分勝手。独りよがり。エゴイスト。
いつもいつも勝手に動いて、私に道を造って、そのくせ突き放して、そしてまた、私の側にいる。
「なに?」
「実の兄に向かって、『なに?』はないだろう。それもこんなめでたい夜に」
……そう、私は由綺に勝った。
音楽祭で最優秀賞を取った。
この世界で生きている人間全てが目指している頂点に、私は立った。
私の名前が呼ばれたとき、体が震えた。渦巻いた熱狂に酔いしれて歌った「SOUND OF DESTINY」。
今までで一番上手く、一番強い思いを込めて、歌えたと思う。
だけど歌い終えたとき、私の心はなぜか寂しかった。
私の横で、二位になった由綺がうれし泣きをしていたのが、ひどく印象的だった。
「なんであれ、お前は音楽祭で最優秀賞を受賞した。俺の手がけた由綺も、お前にはかなわなかったってわけだ」
「……やめてよ」
私だって、兄さんの作品だ。私に歌うことを教え、この道を歩かせたのは兄さんじゃない。
なのに、一人で歩けるようになったら、今までのことは全部なしなの!?
それとも、私よりも大切な素材が見つかったから、私はどうでもいいの!?
だけど、その問いは声にはならなかった。声にしてはいけなかった。
「……どうする?」
ぼやけた問い。なんとでも取れるけど、その意味していることは一つだった。
兄妹だから……いやでも兄妹だから、分かってしまう。
「うん……やめる」
「そうか――」
ぼやけた答えも、十分過ぎるほど通じた。
兄さんは、ただ、うなだれた私の髪をかき回した。
昔、兄さんのことが大好きだったころ、よくやってくれた。何年ぶりだろう……。
色々なものが込み上げてきて、涙になって零れた。
「兄さん、私っ……」
低い嗚咽が部屋に響いている間、兄さんの手は、優しく私を撫でてくれていた。
私は、芸能界を引退した。
そして時が過ぎ――私は、冬弥くんとここにいる。
私たち以外誰もいない、南の島で、ただ愛している人の名前を呼んで過ごす。
やめてしまったことを、微塵も後悔はしていない。
私は好きな人と共に過ごすことを選び、そしてその願いを叶えたのだから。
だけど、だけど――ほんの少しだけ、
寂しげに笑った兄さんのことを、時に思い出す。
『そうか――』
兄さん。ごめんなんて言わない。謝る気なんて全くない。
そう、あんな傍若無人で、自分勝手で、独りよがりのエゴイストなんかに――。
「ありがとう――」
「え?」
「ううん。なんでもない……」
ただ、その言葉だけを。
そして私は、冬弥くんの胸に頭を預けた。