『泡が繋いだ出会い』

 いつものように、はるかはのんびりふわふわ歩いてきた。
 すると目の前に、同じようにふわふわ漂うシャボン玉が一つ。
 友達だとでも思ったのか、ぼーっと見ていたはるかの前髪にぴとっとくっつき、弾けた。
 弾けた向こうには、不思議な雰囲気の少女。どこか心ここにあらずという感じで、ぼーっとはるかを見つめている。
 手にはシャボン玉発生器。少女はそれを手に取ると、しゃかしゃかシャボン液を絡めて、軽く吹いた。
 たちまち生まれる無数の虹色の泡。
 シャボン玉を通して揺らぐ視界の向こうで、少女はかすかに笑っていた。
「綺麗だね」
「……はい」
 再び少女はしゃかしゃかとシャボン液をかき混ぜる。
 じっと見てると、やにわに少女はストローを差し出した。
「やってみますか?」
「ん」
 ストローを受け取り、ふーっと吹く。たちまち無数の泡が生まれ、風に吹かれ、空に漂う。
 虹色のレンズが太陽の光を淡く通して、いくつもの煌めきを生んだ。
 ささやかな虹の乱舞は、はるかたちへの公演を終えると、淡く、儚く散ってゆく。
 短すぎるショーの終わりを惜しんで、もう一度吹く。
 高く高く、ふわりと風に乗って、空に溶けてゆく。
「お上手です。ぱちぱち……」
 少女は控え目な拍手をすると、封筒をポケットから取り出し、差し出した。
「なに?」
「大変上手だったので、お米券進呈です」
「ん、ありがと」
 はるかは動ぜず受け取ると、同じようにポケットから取り出し、差し出す。
「なんでしょう?」
「綺麗だったので、チョコ進呈」
「……ありがとうございます」
 不思議なやり取りを続ける二人。
 顔立ちも格好もまるで似ていないが、どこか現実から離れている瞳や、静かな雰囲気はそっくりだった。
 なぜか目があったまま、逸らさない二人。
 恋でも芽生えたのかと思うほど長い沈黙を破ったのは、素っ頓狂な少女の声だった。
「んぎゃーーっ!」
 寂れた駅舎の向こうから、ツインテールの女の子が駆けてくる。
「どうしました、みちる?」 
「液飲んだーーっ! まずいーーっ! にがいーーっ!」
「あらあら」
 目をばってんにして泣きわめくみちるに、はるかはすっと、チョコを差し出す。
「ん」
「んにゅ?」
「口直し」
 みちるは不思議そうにはるかとチョコを眺めるが、すぐににっと笑ってチョコを受け取った。
「ありがとー!」
 たちまちみちるの中に消えてゆくチョコの固まり。みちるは猛烈な勢いでそれを平らげると、満足そうに微笑んだ。
「うまかったー!」
「ん……よかった」
「ほっぺにチョコがついてます」
「にゅにゅ」 
 少女はハンカチでみちるの頬を拭う。
「……綺麗になりました」
「にゃはは。んじゃもういっちょ遊ぶーっ!」
「はい……頑張ってください」
「そっちのおねーちゃんも一緒にやろうっ」
 みちるははるかの手を取って引っ張った。
「ん……いいよ。なにする?」
「シャボン玉ーっ!」
 まったく懲りてないらしいみちるは、しゃかしゃかと、全力をこめてシャボン液をかき混ぜる。
「……どうぞ」
「ありがと」
 少女からシャボン玉セットを受け取ったはるかは、シャボン玉の群を空に贈った。
「おおっ、やるなっ! みちるもーっ!」
 二人が生み出すシャボン玉の群を、少女は静かに、楽しげに見つめている。

「ん、楽しかった」
「にゃはは、みちるも楽しかったぞ」
「……私もです。ぱちぱち……」
 すっかり日は暮れ、シャボン玉もオレンジ色に染まるような時刻になっていた。
「それじゃ、また」
「おうっ! しーゆーあげんっ!」
「はい……いつかまた」
 はるかは軽く手を振って立ち去った。
 その後ろでは、みちるがいつまでも大きくぶんぶんと、少女は小さく手を振っていた。

「て、昨日はそうしてた」
 冬弥への報告完了。
「ふぅん……シャボン玉かぁ。懐かしいな。ところでさ、もう一人の娘の名前は?」
「……そういえば、聞かなかった」
「お前なぁ……丸1日遊んでいて、名前も聞かなかったのか」
 冬弥が頭を抱えると、はるかが思い立ったように立ち上がった。
「聞きにいこう」
「え、ちょっと待て。次の授業は俺、落とせないんだぞ」
「じゃあ一人で行く」
 さっさと歩いて行くはるか。
「って、はるか、ちょっと待てよ……。ああ、分かったよ! 行けばいいんだろ、行けばっ!」
「ん、行こう」
 そしてまた、寂れた駅舎の片隅で、シャボン玉のショーが始まる。
 少女とみちる、はるかと冬弥、そしてもう一人の男を加えて。
「ええいっ、貸してみろっ! 俺が究極のシャボン玉を見せてやるっ!」
「にょわっ! 国崎おうぼーっ! 国崎どろぼーっ! そこのお前っ! 国崎往人からシャボン玉を取り返せっ!」
「お、俺!?」
 陽が落ちるまで。にぎやかに、群れて集うシャボン玉のように。
 いつか儚く散ってしまうとしても、綺麗だった、楽しかったという記憶は残るから。
 そんな光景を、二人の不思議少女はじっと見守る。
「綺麗ですね……」
「ん……ホントに」


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