『Wedding night』


 



2)




長い夜のひととき
いちど睦み合って なんとなくふたり寄り添って羽を休めて
「・・・」
私 また自分の細い手を思い出し眺める
今までは 甘い夢だけ見ていたけれど ”夫婦”になった途端 
現実を見つめてしまう こんなときにも
多分 今が幸せすぎて やっぱりそれが崩れ去る瞬間が見たくなくて
私は震えているのだろう

「何を考えている?」
 あの人は私に問いかける
「うん・・・やっぱり これからちょっと不安・・自分が 頼りなくて・・・」
こんなおめでたい日に 私がいつまでも引きずる不安に あの人はどんな反応をするのだろう
暗くて嫌がられるかな ってつい思い ああ私ってダメな子 ってますます落ち込んでくる

「ランゼ。自分も人も その現状をものさしで計るより 
 その向上心を汲む方がいいと思わないか」

「・・え?」

あんまり難しいことを言わないで。私 わかんないよ
困った顔をしていたら あのひと くすっと笑い ポンポン と頭を軽く叩くの

「ランゼはこれから どういう人物になりたいか?」
「う・・・ん」
私 しばらく考えて・・頭の中にベンさんの言葉やパーティで出逢ったご婦人達が
次々と浮かんでは消えていく

「カルロファミリーに 相応しい人物・・かな」
おそるおそる答えた私。
あの人は そっと私を引き寄せ額にキスをした
「よかろう。だが・・」

「私は ランゼは ランゼらしくあっていてほしい。その上で皆に協力してくれるならばそれでいい
 己の個性を否定してはいけない 」

「私らしく・・?」「そうだ」「どうしたらいいのかな・・・」
「それは、今から徐々にわかってくるだろう。私にも正しい答えはわからない」
「・・・」

まるでそれは 古(いにしえ)の賢者が書き残した言い伝えのように聞こえる
己を成長させないと きっとその意味はわかりようがない
私、あの人の体に腕をまわして 胸元にそっ と頭を載せる
トクン トクン・・
その音で私 安らぎを求めようとしている

「大丈夫だよ ランゼ。おまえなら上手にやっていける。私が言うからには間違いない。」

「う・・・ん そうかな」

”大丈夫だよ”
あの人の その言葉は 本当に自信たっぷりに聞こえて どぎまぎする
自信持って良いのかな なんて単純な私・・

「私の言葉が信じられないか?」
まだ表情が硬かった私を見て あの人はそう言ったのだろう
「ランゼ いつものように一生懸命になれば 必ず実りはある 失敗を恐れないことだ
 後ろを振り向くのはあとでいい。目的に向かって夢中でありさえすれば 人はそのときから幸せになれる」

「夢中になれば・・・?」「そういうことだ」
あの人の言葉は いつも重みがあって
難しいことも多いけど 大事なものが一杯詰まっているの

「ダークって いろんな事を知っているのね」
私は素直にそう思って そう答えたんだけど あの人はため息をついた
「はぐらかしてはだめだ まだ私の言ったことに疑問があるのだろう?」
「そっそんなこと・・ないもん!」
私大急ぎで頭をぶんぶん!と左右に振る
「がんばって大きくなるもの 私!・・っその 私らしく・・ね」
語尾もしどろもどろに答える私に ・・・やだダーク ぷっ と吹き出して笑うの!
「何でそこで笑いが出るのよぅ・・・!」
私は真剣なのよ。
「わかったわかった。すまない」
そういうあの人は 笑顔で。
その笑顔のまま・・
「・・・きゃ!」
いきなり押し倒すんだもの。

そして。耳たぶを軽く噛んで
「折角の夜だよランゼ。頭をもう・・・休めなさい 体を楽にして」
「・・・!!!ぅうん・・・」
あの人の舌が 耳に入り込んできた
その途端・・・そう あの人が言うように頭の中はからっぽ。思考は停止・・・
体の力も 穴の開いた風船みたいなのよ あっというまに抜けていくわ

耳が 私の一番のスイッチだと もうあのひとには ばれてる
「やあああん・・・あああん・・・!」
自分でも驚くような声が 私の喉からこぼれ落ちていく

からっぽになって 動物になって
しとどに濡れそぼった芽を あなた器用な指先で弄ぶ
その奥には思わせぶりに上を撫でて また遠ざかる
「・・! ・・!」
声にならない声で私 悶えて 首を左右に振って 思わずシーツを握りしめる
「また濡れてきている・・・どうしてほしい ランゼ?」
意地悪な質問。あの人は耳元で囁いた
「どうしてほしい?」
何度抱き合っても 恥ずかしいものは恥ずかしいのに
顔が熱い。思わずあの人から目を逸らす
「黙っていたらわからない・・・ランゼの言葉が聞きたい」
あの人はそう言って私の頬にキスをした

私・・・私・・・。

今日は特別な夜だから
月の力を借りて 私 もういちどあの人を見た
あのひとの頬と顎のラインを 両手でそっと なでていく
「私・・・あなたが ほしい・・・」

来て。

あの人 ふっ と微笑んで 私の左足を抱え上げると 私に深く深く突き入ってきた
シーツの上で 一つになって重なり合って 揺れて揺れて・・・
 

途切れ途切れの意識の下で 私 あの人の声を聞いた気がした
”まだだ まだだよ ランゼ 愛してる”と・・・
月が傾くまで このまま揺れて 明日の朝まで

きっと明日の飛行機の中で 私は眠るのね。



end

冬馬の棺桶へ

bg photo:Silverry Moon Light

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