5)
(なんとか 誰にも見つからずにすんだ・・)
蘭世を連れてカルロがテレポートした先は、蘭世には見慣れない場所だった。
それは・・カルロの滞在しているホテルの部屋だ。
カルロは夜中のその部屋の電灯スイッチを入れる。
ロイヤルスイートと思われるその部屋の応接室のような場所だった。
カルロはいちど蘭世から離れると、その部屋の隅へ歩いていく。
そこは大きな木の扉がついたクローゼットだった。
カルロはそこを開くと白い箱をひとつ取り出した。
「丁度買ってあったんだ・・着替えるといい」
カルロはそう言って白い箱を蘭世に手渡すと、きびすを返し電話口に歩いていった・・
そして手元に戻ってきたファイルを広げ始める。契約書類に欠損がないか調べていたのだった。
どのような場合であろうと、最優先事項は何かを知っている。
そんなカルロの背中は”仕事で戦う男”らしく、凛々しく蘭世の目には映っていた。
蘭世は少し考えると、バスルームへ行き 身を潜めるようにして着替えを始めた。
着せ掛けて貰っていたカルロの上着をいったん そばにあったハンガーに掛けて
シャワーカーテンのレールに引っかけた。
そこにあった大きな鏡に、自分の姿が映る。
(すっごく みっともない・・・)
顔に残る涙の跡、そして何よりも引きちぎられたワンピースの前合わせが無惨。
蘭世はあわてて鏡から目を逸らし、蛇口をひねりそばにあった石鹸で顔を洗う。
白地に大きな花柄の入った 夏らしいワンピース。
蘭世はそれに着替えると、そっ・・と応接室へ戻った。
邪魔にならないように足音を忍ばせ、ソファへ腰を下ろした。
背筋と両腕をまっすぐ伸ばし、手を膝に乗せて姿勢を正していた。
「・・私だ ファイルは取り戻した。皆を引き上げさせてくれ・・ご苦労だった」
「・・・」「・・・」
電話口でカルロがあれこれと仕事の打ち合わせをしている。
(・・・)
しばらくして・・ついに、カルロが受話器を元へ戻した。
彼はゆっくりと・・そう、自分の思考をゆっくりと頭の中で巡らせながら蘭世へと向き直った。
振り向くカルロの姿に、蘭世は びくっ として背筋を伸ばしなおす。
カルロの表情は、蘭世には読みとれなかった。
怒っているとも、そうでないとも思える・・。
一歩一歩、カルロは近づいてくる。
そのたびに蘭世の手足は血の気が引き じいん・・と緊張と恐れで冷たく痺れていくのだった。
(ダークは今回のことをどう思っているんだろう・・そして きっと・・ううん 絶対怒っているわ!)
ひょっとしたら 殴られてしまう!?
カルロはスッ、と蘭世の斜め前に座った。その瞬間蘭世は ぐっ、と息を飲み込み俯く。
カルロは長い足を軽く開いて座って自分の膝に両腕を置き、
すこし前屈みになって両手を組み合わせた。
近くで見ると 少し、思い詰めているような表情だった。
「ランゼ・・単刀直入に聞く。何故私の元ではなく あんな男の側へ行ったのだ?」
カルロから出た言葉は、至極冷静な響きであった。
”男の、そば?!”
蘭世はカルロが最初の段階で大変な思い違いをしていることに気がついた。
顔からも血の気が引いてしまう。
そんな誤解はまったくの心外だ。蘭世はさっ、と顔を上げて抗議した。
「違う!違うのダーク。私が願ったのはそんな事じゃない・・!」
「だったら なんだというんだ?」
「ばかっ・・!もうっ」
蘭世は思わず両手をこぶしにして自分の膝を跳ねるようにして叩いた。
本当だったら机をドン、と叩きたいところだったが・・少し控えたのだった。
そしていつになくカルロの方も半ば感情的になっている。
声がひどく低く落ち着いているだけに、いかに溢れる感情を押さえつけているのかが
逆に伺い知れる・・
蘭世も半泣きだ。
「私もわかんないのよ・・!」
叫ぶ声も喉に詰まって裏返ってしまう。
「だって私、ダークを一目見たくて、でも邪魔になっちゃダメだからって。
想いが池に”ダークの側で、迷惑にならないところへ行きたい” って祈ったのに。
なんであんなとこに出ちゃったか私もわかんないのよ!
もう・・もうどうしてあんなに最高に迷惑かけるとこにでちゃうのよぉ・・・」
そう言っているうちに、蘭世の目から ぽろり、ぽろりと涙がこぼれ始める。
「なんで こんなに 私はいつも迷惑ばっかり掛けてしまうのぉ・・・!」
「・・・」
蘭世がどうやら不本意だったことは・・なんとなくカルロも理解した。
だが。どうしても解せないことがあるのだ。それは・・
「ランゼ。それならそれで、何故私に助けを求めなかった?
しかも”あの男”だ。あいつをなぜ逃がす?よりによって・・・」
カルロはそこで言葉を濁す。
彼の脳裏には忌々しい過去が甦っている。だがそれを表に出すわけにはいかないのだ・・。
「どう言い繕っても 敵の手助けをしたとしか思えない・・
私はお前の心を疑ったりはしたくないし、そのつもりもない。だが、
私にはお前の行動の理由が判らない・・」
カルロの言うところは実にもっともな内容であった。
蘭世も・・自分のやったことの結果について しまった と思い・・すこしうなだれる。
だが。自分の思いは知ってほしい。
「・・私・・これ以上、私のせいで誰かが命を落とすところを見たくなかったの・・」
蘭世はまず それだけ言うと、静かにふーっと 息を吐き出す。
「ダークは絶対に私をどんなときでも助けてくれる。
でも・・・どうしても人を殺めることになってしまう・・
Zさん、撃たれて怪我をしていたの。だから絶対ダークにやられちゃうって思ったの
誰であろうと 死んでしまうのを見たくなかった。
ほんとに、ほんとにそれだけなの・・・信じて・・・!」
(・・・)
蘭世は真剣な顔でカルロに語りかけていた。じっ・・とカルロから視線を逸らさない。
カルロはその視線を受け止めながら・・硬い表情をしていた。
”だめ!殺さないでお願い!!”
カルロは蘭世の叫び声を思い出している・・・
彼の顔に、さっ と厳しい色が浮かんだ。
「Zを倒すのは当然だ・・・私はあいつが許せない」
「それは だめなの!」
「何故だランゼ! おまえは甘すぎる・・!!」
カルロは思わず蘭世の両肩を掴んで激しく揺らしていた。
「あいつのせいで背中にひどい傷を負ったこともあるだろう!?」
「う・・・でも・・」
「ランゼ!!!」
それはカルロの厳しい呼びかけ。窓ガラスも震わさんばかりの鋭い怒鳴り声だった。
蘭世は ぎゅっ と目を閉じ身を固くする。
だが次は、トーンを抑えた声が再び・・言葉を紡ぎ出す。
「永遠の命を持つお前が命を落とすことはまず無いだろう。
だが、我々の世界では深い傷を負うことも、
残酷なほど辛い思いをすることすらありえるんだ。
お前もいくつか覚えがあるだろう?」
「ダーク・・・痛い・・」
蘭世が眉間にしわを寄せている。
両肩を掴んだ手に力が入りすぎていたことにカルロは ハッ と気がついた。
「あっ すまない」
カルロは蘭世から手を離すと一度大きく息を吸って吐き出した。
「・・・」
ちがう。ちがうんだ・・
カルロは軽く頭を振った。
私がお前に望んでいることは、違うことだ。
Zを倒すことは、私のプライドの問題だ。
蘭世には私の世界などに 染まって欲しくはない・・・
カルロは気を取り直し、もう少し穏やかな口調で再び話し始める。
「人間の命を奪いたくない、そう言う蘭世の気持ちは尊重しよう・・
だが、私にはファミリーという守るべきものがある」
「・・・」
「それを守るためには厳しいことをしなければならないことはいくらでもあるんだ。ランゼ」
カルロは言葉を選びながら話し続ける。
「お前には私の世界になるべく踏み込んで欲しくない。それは厳しすぎる。
それでもランゼ。私は価値観の違うおまえと一緒に時を過ごしていたい。
そのために私はいつもお前を守っているんだ。」
「あ・・・」
蘭世の瞳が大きく見開かれた。
「だから・・頼む、ランゼ。我々の世界を理解してくれとは言わない。
いや、私はむしろお前がそんな色に染まってなど欲しくない。
だから・・不用意に仕事場には近づかないでくれ」
「ダーク・・・」
「人を殺めたくなかったら なおさらだ・・・
私はお前を守るためとなったら 容赦などできないんだ」
そうだ、軽はずみな行動は 自分にも 周囲にも・・危険なのだ。
蘭世は声をあげて泣き出した。
はげしい後悔で胸が押しつぶされそうだった。
「ごめんなさい!ごめんなさい・・・!!」
「・・・ランゼ・・・」
額を胸に預けて泣き崩れる蘭世を、カルロは受け止める。
そして震える小さな肩を引き寄せ、両腕に包み込んだ。
しばらく、そうして激しく泣く蘭世を じっと抱きしめていた・・
つづく
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