カルロが蘭世にプロポーズをしたその日、深夜。
(・・・)
蘭世はひとり部屋のベッドで。
まどろみから眠りの深みへ落ちていくことが出来ないでいる。
・・・つい、今夜起きた出来事を思い出す。
”愛シテイル 結婚シテクダサイ”
そう耳元で囁き・・・私の手を取ったあの人。
その声は私の心の水鏡にいくつも波紋を作っていった。
夢の中で優しい表情をしていたあの人が、あのときは
油断すると引き込まれそうな、妖しい魅力に満ち溢れていた。
とても、怖かった。
でも、あの人、私の大事な人にとても似すぎている。
そして真摯なまなざしで私の心を射抜いていった。
”愛シテイル”と・・・。
心の方向は決まっている私だから。
いつもなら通り過ぎ消えて行くはずの台詞。
なのに、どうしてこの人のこの言葉には立ち止まり心動いてしまうのだろう。
”おかしいよ、私は真壁君ひとすじよ・・・”
そう!だからよ、だってあの人は真壁君にとても似てるんですもの。
だから余計そう思うだけよ・・・
本当にそうなのかもしれない。
だが、心の隅にこんな思いが沈んでいる。
”もし、あのまま二人きりだったら 私どうなってたかしら・・・”
単なる好奇心?そうかもしれない。
”もし私酔ったまま、あの人の腕の中で目覚めていなかったら?”
・・・一体私の運命は何処へ運ばれていただろう?
そこで少しの恐れに現実へ引き戻される。
何度か目の寝返り。思わず抱える枕。
ふっと吐き出すため息。
”だめよだめだめ・・・!”
思わず部屋の中を見回す。
ふと窓を見ると、カーテン越しに降る雪の影が見える。
それでも。
・・いちどくすぐられた乙女心はなかなか細雪のようには
解け消えないようだ。
”・・・あの人は真剣なのかな・・・?”
もし、あのまま 眠ったまま・・・だった・・ら・・・。
◇
カルロは仮宿の部屋に一人。
(ランゼ・・・)
横になり、寝返りを打つ。
彼もまた、寝つけずにいる・・・
今度は頭の後ろで手を組み、上を向いてみた。
彼の翠の双眸は、闇をぼんやりと見つめている。
夢の中から零れだした宝石。
今日、やっと自分の想いを伝えたばかりだ。
・・・思わぬ妨害が入って本懐は遂げられなかったが・・・。
全てはこれからなのだ。
(・・・)
腕の中で目を閉じている彼女を思い出す。
酔いが頬に色っぽい紅をさしていた。
自分の頬に引き寄せた華奢な手の、すべらかな感触が心に残る。
”今宵叶うならば、あの日の夢の続きが見たい。”
つい・・少年のように願ってみる。
そんな自分を嘲(わら)い、長い睫毛を伏せ・・目を閉じる。
夢の、続きを・・・。
夜魔(よま)はそんな二人を見逃さない。
<<夢の中なら、誰にも咎められはしない。
心の奥底にある欲望など 誰にでもあるもの・・・。
蘭世。清い心のお前にもほら、見つかっただろう?>>
二人の夢に橋を架けよう。甘い夢を見せてあげよう。
一度夢で出逢った二人なら、道を造るのは造作ない。
そう、それは真っ白な空間。
カルロはその中央に佇んでいる。
あのときと同じスラックスにカマーベルトを締めて。
ふと目を上げると、遠くから人影がこちらへ歩いてくる。
長い黒髪を揺らして、ネグリジェ姿の。
『おいで・・・』
カルロは蘭世に両手をさしのべる。
その声は、甘く蘭世の心をくすぐる。
言葉は判らなくても、その表情、その動作は
こちらへおいでと誘っているのがわかる。
それでも・・・蘭世の目に戸惑いの色が浮かぶ。
立ち止まる彼女に、愛しい人に似たその男は少し寂しげな表情を向ける。
蘭世はこの表情にも弱く、引き込まれそうになる。
そこへ夜の魔は耳元に囁く。
<<大丈夫、これは夢。躊躇することはないよ・・・
続きが、知りたいのだろう?>>
おずおずと、近づいていく。そしてゆっくり上がる細い右手。
その手がカルロの右手に触れ・・・。
重なるのを待ちきれないように引き寄せる細い身体。
奪うように重ねる唇。
それは優しく、激しい。
蘭世に残る戸惑いを覆い隠すように耳元に降るキスと愛の言葉。
「愛シテル、ランゼ、愛シテイル・・・。」
「・・・・」
(なんだろう・・・わたし、知っている・・・覚えてい・・・る?)
全く初めてのはずなのに。
・・・2000年前の、知るはずもない”記憶”・・・
デジャ・ヴが蘭世の心の”たが”を外してしまった。
黙って、でも・・・広い背中に腕を廻す。
それが合図だ。
カルロは再び深く口づける。
長い髪は白い空間に広がり漆黒の河をつくる。
横たえられ、開かれた白い胸に、カルロの熱い口づけは降り注ぐ。
「ふぅ・・・うんんっ」
指先で、唇で胸の固くしこった蕾を摘み続けられ、次第に呼吸が乱れ早くなっていく。
少しかたい金の髪の感触。
思わず蘭世はその髪に両手の指を絡ませる。
巧みな手はその恋心と相まって彼女を優しく、かつ確実に楽園に導いていく。
二人の周りにたつ白い霧が蘭世の羞恥心を覆い隠す。
初めて感じる不思議な痺れに、身体ごと飲み込まれていく。
・・カルロも、いつもの自分とは違う、はやる心に押し流されつつあった。
(・・・ひとつになりたい、そして、何度もこの娘を感じ確かめたい・・・!)
夜魔に言われるまでもない。
カルロは蘭世の細い足の膝を割ると、一気に自身で彼女の胎内を差し貫いた。
「あっ・・・やあっ!!」
突然の嵐に蘭世は驚き逃れようと身をよじる。
はっきりと後悔の色が蘭世に浮かぶ。
だが、力強い腕は蘭世の腰を押さえたまま放そうとはしない。
<<力を抜いて。そう、大丈夫だよ 怖くないだろう?
夢の眠りの途中だよ。目を閉じてごらんよ・・・>>
再び夜魔の含み笑いを帯びた囁きが蘭世の耳に届く。
夢のせいか、痛みは・・・ない。
突き上げる快楽だけが蘭世と・・・カルロにもたらされていた。
<<この男はこんなにお前のことを愛しているのだよ?素直に心を開いてご覧>>
夢の中の理性など脆いもの。
「Te iubesc Ranze...ランゼ・・愛シテイル・・」
熱い吐息と共に、その痺れる声で囁かれる愛の言葉に心は溶けていく。
「カルロ、さま・・・!」
蘭世の心の中で何かが弾けた。
荒れ狂う快楽をもたらすうねりに、蘭世は身を任せていく。
自分の内側をこすり愛してくれる彼に、ひたすら身体を合わせていく・・・。
◇
朝。
「・・・・とんでもない夢を 見ちゃった・・・・」
蘭世は目を覚ましていた。
しかし、身体がなんとなく重く、起きあがりたくない気分。
冬なのに、身体は火照って汗ばんでいた。
「なんか・・・すっごくリアルすぎて・・は・・恥ずかしい・・・」
ベッドの中で寝返りを打ち横になった体を丸める。
・・・なんであんなエッチな夢が見られちゃうんだろう。
いつか人間だった俊の夢に入ったときの比ではない。
(私って、本当はこんなにやらしいのぉ・・・!?)
「いやーんっ」
思わず叫び、赤らむ両頬を手で包む。
自分の本性に疑いを持ってしまい、ある意味ショックだった。
そこにコンコン、とノックをして椎羅が部屋に入ってきた。
「あら蘭世、早いのね。声がしたから入ってきたんだけど・・・あら!?」
異変を感じた椎羅が蘭世にかけ寄り、その額に手を置く。
「・・・スゴイ熱! 風邪でも引いたかしら?」
夜魔にあてられた者は高熱を出してしまうのだ。
「今日はもう横になっていなさいね!朝食は持ってきてあげるから」
◇
「世話になった」
早朝早々、荷物を片づけたカルロ一行は神谷家に別れを告げていた。
そうそうのんびりと滞在を続けているわけにもいかない。
彼らには彼らの仕事があるのだから。
未練たっぷりの神谷親子を後にしてカルロ達は車に乗り込む。
「ボス、お加減は大丈夫ですか?」
「・・・気にするな 薬は飲んだ」
体調を崩したボスに部下達は心を砕いている。
(やはり日本家屋は我々にはなじめないよな・・・)
そんな部下同士の囁きも聞こえてくる。
熱に浮かされた熱い吐息。
それが、それぞれに昨夜の夢を思い起こさせる。
(・・・)
(・・・)
二人同じ夢を見た事は、知る由も、ない。
木の陰で、夜魔がほくそ笑む。
<<いつでも、また私を呼ぶがいい。扉はいつでも開けて待っているさ・・・>>
了。
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あとがき。
夜魔は、何を隠そう この私です・・・(<バカ)
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再録のあとがき。
綾様の 『Part Time Kiss』 にてこのイベントがあったときは
全部で10名(私含め)のノベル参加がありました。
テーマ 『夜』でお話を書こうと、いうことでした。
大人話にするか、かっこいい路線で書こうかと迷ったあげく
先にできあがったのがこっちで・・・
10人中エロがあったのは私一人でございました(笑)
今思っても冷や汗が・・・;
もう一度読み返して内容についてまた冷や汗・・(自爆)
私はさておき(爆)
皆個性があふれるすばらしいお話達でしたよお!!
表現の仕方とか とても勉強になりましたしっ!
綾様、とても楽しいすばらしい企画をありがとうございました。
・・・今度かっこいい路線でも”夜”(しかも正当派)書いてみようかな・・・
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