ヴェスパーの街の北の橋を渡ると、そこに街道がある。鉱山の街ミノックへと続く街道だ。その街道をしばらく進むと、右手側に森があるのが見えるはずだ。
 凶悪なモンスターなどは出現せず、鹿などの自然動物が多数生息する、その美しい森の端に、その石造りの建物はあった。
 その名も「イェフ亭」。言わずと知れた、ギルドefの拠点となっている酒場である。
 時は早朝。森は朝靄に包まれ、イェフ亭もその輪郭をぼやけさせ、ひどく幻想的な雰囲気を漂わせていた。
 そのイェフ亭の正面に立つ、一本の木。その下で、二人の男が向き合っていた。それぞれ愛用の武器を構えた姿勢で、だ。
 一人は、青いベレー帽をかぶり、同じく青系統で染め上げた胴着とマントを着込んだ青年だった。長い銀髪を頭の後ろで縛り、その手には細剣を構えている。
 この界隈で、このような配色の格好をしている人物など、一人しかいない。フィン・マックール、それがこの青年の名前だ。
 そして、もう一人の男。騎士が装着するような甲冑で全身を包み、背中には、黒く染めたマントをつけている。左手には菱形の盾を下げ、右手には、片刃の反身の剣・・・いわゆる「カタナ」という剣が握られていた。
 そのいでたちといい、本人から感じられる、どことなく上品な雰囲気といい、一介の剣士というより、他者に「騎士」という単語を連想させる印象を彼に与えていた。
 実際のところ、彼・・・バラクは、トリンシックの騎士の家の出身らしい。なぜ彼が、efのようなギルドに所属しているのか?それを知る者はいなかったが、同時に、そのような細かいことを気にするような無粋な人間も、efにはいなかった。
 「さ〜、そろそろ始めようか?バラクさん」
 「そうしましょう」
 お互いの獲物の先端を軽く合わせると、フィンは正眼、バラクは最上段。それぞれの構えを取る。瞬間、辺りの空気が凍りついた。
 心地よい緊張感が混じった空気を肺に吸い込み、フィンが不敵な笑みを浮かべる。兜のバイザーに隠れて見えないが、たぶんバラクも同じような表情を浮かべているに違いない。
 そのとき、風が吹いた。一枚の木の葉が、風にちぎられ宙を舞う。そして木の葉は、そのまま二人の間の空間に舞い込み、張り詰めた緊張の糸を、そっと揺らした。
 その刹那。
 ぎぃぃぃぃぃぃぃん!!
 細剣とカタナがぶつかり合う。ほぼ同時に繰り出した攻撃は、お互いの武器に阻まれ、大きく弾かれた。
 「だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 一瞬で崩れた体勢を整えると、フィンは矢継ぎ早にバラクに攻撃を仕掛けた。
 フィンの剣技は、基本こそ習いはしたものの、その後は実戦で鍛え上げた自己流のものだ。ときにはフェイントを、ときには力押しを。形に囚われない、変幻自在の攻撃を、次々と繰り出していく。
 それに対して、バラクの剣技は正統派の剣術だ。
 戦場を生き抜いてきたベテランの戦士たちは、正統派の剣術を否定していることが多い。型を重視するあまり、稽古ならともかく、実戦では使えたものではない、というのが、その理由だ。それは、確かに剣術というものの問題点を正確に指摘するものだった。
 だが、バラクにはそれが当てはまらない。型を極めた剣士特有の無駄のない動きで、フィンの烈火のような攻撃を、冷静に、最小の動きで受け流している。
 正統派の剣術を、実戦で昇華させ発展させたもの。それが、バラクの剣術なのだ。
 ヒョウ!!
 鋭い風切り音が響く。
 とっさに後ろに飛び退ったフィンの服の胸元は、大きく切り裂かれ、その下に着込んだ皮鎧があらわになっていた。
 連続攻撃の間に、一瞬だけ、ほんのコンマ数秒だけできた隙をついて、バラクのカタナが振るわれたのだ。おそるべき見切りの眼力である。
 しかも、だ。なぜか、フィンの服の切り傷は、二条ある。風切り音は確かに一つだけだったのに、だ。
 一呼吸の間に、2度の斬撃を繰り出すこの剣技を、ダブルストライクという。バラクのような、かなりの上級の剣士が、カタナのように軽く、それでいて鋭い武器を用いてのみ扱える技だ。
 このような常人を越えた剣技を見せ付けられては、普通の人間であれば、脚がすくんで動けなくなってしまうことだろう。だが、フィンは、剣をかわしたことで出来た間合いを、逆にチャンスと捕らえていた。フィンが最も得意とするもの。「魔法」を詠唱するチャンスに。
 フィンは、地面に細剣を突き刺すと、そのまま右手で複雑な印を結んだ。
 フィンの魔法詠唱を妨害しようと、バラクが再度、真一文字にカタナを振るう。だが、魔法を詠唱しながらも、それを絶妙の見切りで回避すると、フィンは魔力を開放した。
 「束縛の光糸よ!(An Ex Por)」
 光輝く糸が、たちまちバラクの手足や体に纏わりつく。バラクはカタナを振るった姿勢のまま、石像のように固まってしまっていた。
 だが、しかし。
 「破ぁぁぁぁぁ!!」
 バラクが一喝すると同時に、光の糸はたちまち雲霧消散していた。魔法は、精神力が強い相手には通じにくい。バラクは強靭な精神力に加え、高い魔法抵抗の技術も併せ持っていた。
 これでは、タイタンの動きすら封じるフィンの「パラライズ」の魔法も、さほど高い効果を上げることが出来ない。
 だが、もちろん、フィンはそのことを予想していた。だから、魔法を破られるその短い時間でも、完成させることができる魔法を詠唱していた。
 「砕け迅雷!(Por Ort Grav)」
 一瞬、バラクの視界が、真っ白な閃光で包まれた。フィンの手のひらより迸った電光が、体に直撃したのだ。雷光の持つ魔力の圧力に、バラクの体が、じりじりと後方に押されていく。
 このように、上位魔術師の攻撃魔法をまともに喰らったならば、並みの戦士なら、死なないまでも重症を負うことは免れない。少なくとも、まともには動けなくなるに違いない。
 それなのに。
 バラクの動きは止まらなかった。逆に、さきほどより加速をつけて、カタナを手にフィンに迫る。
 「やっぱりダメか!」
 フィンは、舌打ち交じりに細剣を構えなおすと、迫るバラクの喉元に向かって、渾身の突きを繰り出した。
 そのフィンの攻撃とほぼ同時に、バラクは最上段に構えたカタナを、そのままフィンの頭に向かって振り下ろした。全身の体重をかけた、必殺の一撃だ。
 そのどちらも、当たれば致命傷になることは確実だ。それは二人とも分かっていた。だが、その剣は止まらない。
 バラクのカタナが、フィンの帽子からあと数ミリの所まで迫り、フィンの細剣が、バラクの首まで爪一枚分の距離を残すのみとなった、その時。
 二人の鮮血が、辺りを染めることになると思われた、その瞬間に。
 「すとぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜っぷ!!」
 がきぃぃぃぃぃん!!
 二人の獲物は、同時に真上に跳ね上げられた。緩やかな曲線を描く二枚の巨大な片刃の刃を、一本の柄で繋げた武器・・・クレッセントブレードといわれる剣によって。
 そして、その剣の主は。
 「・・・唐突に現れるねぇ、さま子さん」
 「も〜、単なる稽古で殺し合いしてどうするの、キミたち!」
 ぶん、とクレッセントブレードを一回転させて肩に担ぐと、さま子と呼ばれた女性は、二人をイタズラ小僧を叱る母親のような視線で軽く睨んだ。
 「いやぁ、どうも真剣にやってると、だんだん本気になっちゃって。でも、ちゃんと止めるつもりだったよ?」
 「ホント?」
 さま子は、二本の赤毛のおさげの間で、大きな紫水晶の瞳をクリクリさせると、フィンの顔を覗き込んだ。そういう仕草をするせいか、さま子は時々、ひどく幼く見えることがある。
 「・・・止められなかった・・・かも?」
 「ですね」
 苦笑をしつつ、カタナを優雅な動作で鞘に収めると、バラクもフィンに同意した。
 「正直、ちょっと危なかったですね。止めてもらえて、感謝してますよ」
 「よろしい」
 反省している様子の二人に、さま子は満足げに頷いた。
 「それにしても、フィンさん、だいぶ腕を上げましたね。最後の魔法の連続攻撃は、ちょっと堪えました」
 そう言いつつ、バラクは自分の体に手のひらを押し付けると、精神を集中した。すると、たちまち手のひらが光輝き始める。聖騎士の技のひとつである、回復術だ。手を患部にかざさなければ効果はないが、かなりの傷を癒すことが出来る。
 「でも・・・やっぱり剣技ではバラクさんに敵わないな」
 「ほぇ、そうなの?互角に見えたけどな〜」
 フィンの悔しげな様子に、さま子は首を傾げた。確かに、剣の技術自体は互角かもしれない。だが、腕力にしろ、敏捷性にしろ、生来の身体能力の面で、フィンは大きくバラクに劣っていた。
 たぶん、さま子が止めに入っていなかったら、負けていたのはフィンのほうだっただろう。フィンの突きよりも、バラクのカタナのほうが、重く、かつ速かったのだから。
 それはバラクも分かっていた。だからこそ、その点については何も言わず、黙って手ぬぐいを投げてよこす。フィンもそれ以上は語ることなく、その手ぬぐいで汗を拭った。
 そんな二人の様子を、興味深げに見つめるさま子であった。
 「みなさ〜〜〜〜ん!」
 と、突然の大声に、3人は同時にイェフ亭の方向へと目を向けた。朝靄も晴れ、はっきりとその存在を主張させ始めたイェフ亭。その横に、銀色の髪を朝日に輝かせながら、声の主が立っていた。
 「朝ごはんですよ〜〜〜〜〜!!」
 千切れそうなほど勢いよく、その銀髪の女性は手を振ると、パタパタと酒場へと上る階段を駆け上がっていた。その様子を見ながら、フィンは小さく呟いた。
 「あれから、もう2週間か〜」
 「あんな目にあったのに、元気ですね、彼女は」
 バラクの言う「あんな目」とは、もちろん、あのオークの巣での一件のことだ。そう、彼女は、あのとき助けた少女なのだ。彼女は、ちょっとした事情のため、現在イェフ亭に住み込んでいた。
 「あんな目、ねぇ」
 バラクの言葉に、フィンは額に指をあてると、ため息をついた。
 「まったく、助けたときには、まさかこんな事になるとは、思ってもみなかったのに・・・」
 「助けたあとも、色々たいへんだったよね」
 さま子がくすくすと笑う。二週間前、少女が初めてここに来たときのことを思い出しているのだろう。
 そんなさま子につられるように、フィンもそのときの事を思い返していた。

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