様々な能力をもつ亜種を生み出したオークという種族の中で、もっとも強力な一種が、オークプルートと呼ばれる巨大なオークだ。
 過去、オーク一族とイルシェナーに住む蛮族サベージ一族は交戦状態にあった。しかし、オーク一族は初戦から劣勢にあり、このままでは一族の全滅は免れないところまできていた。
 そんな時。生物のもつ生存本能の為せる技なのだろうか?オークたちは、オークプルートと呼ばれる、オークの突然変異種を生み出し、その強力な力をもって、なんとか絶滅を免れたのだった。
 強力とはいっても、所詮オークだろう、と思うものもいるかもしれない。だが実際、オークプルートは、並大抵の敵をものともしない実力を持っていた。
 まず体躯からして、サイクロプスやタイタンなどの巨人族より、はるかに巨大であり、その豪腕から繰り出す攻撃の威力は、ドラゴンの一撃を上回る。しかも、生来身に付けている魔術障壁で、自分にふれた召喚生物を消滅させることができる能力まで持ちあわせていた。
 そう、オークプルートは強い。並みの戦士では、相手にならないほど強い。だが、しかし。
 「いくら強いからっていってもねぇ」
 大きくため息をつく。
 「こんな狭いとこに連れてこなくても、いいんじゃないかなぁ」
 まるで、秘密の抜け穴から一生懸命抜け出そうとしている子供のように、四つんばいになってトンネルから出ようとしているオークプルートの情けない姿をみて、フィンはしみじみと呟いた。
 そう、トンネルから現れた巨大な腕。その正体は、オークプルートだったのだ。だったのだが。腕が現れて、空中になげた綿毛が地面に着くくらいの時間がたっているのにもかかわらず、いまだにプルートの全身は見えていなかった。
 「まぁ、この規模の群れともなると、一匹くらいいてもおかしくはないが・・・」
 腕を組むスシの視線の先で、オークプルートがもがいている。腕と頭と肩までは出たのだが、そこからなかなか後が続かない。どうやら、どこかがつかえてしまったらしい。
 「いくらなんでも、これは・・・」
 オークプルートがもがく。だが、体は穴から抜けない。かなり必死に抜け出そうとしているのだろう。頭にかぶった豪奢な兜から覗く顔が、赤くなっているのが見える。
 「なんか、ちょっと切なくなってきた〜」
 シンシアの意見に、3人は神妙な顔で頷いた。
 たぶん、この穴に入るときだって、同じような苦労をしたに違いない。そう思うと、なんだか目頭が熱くなる一同であった。
 「まぁ、それはそれとして」
 ぱんぱん、と手を叩くと、フィンは顎に軽く手を当て首をかしげた。
 「あれをどうするかが、問題だねぇ」
 「ああ・・・あれね」
 ハジメも、困った様子で、フィンと同じところに視線を向けた。
 そこには、先ほどのオークチョッパーが立っていた。気絶した少女の首に、斧の刃を押し当てながら。
 どうやら、オークたちも、この段階まできてようやく知恵をつけたらしい。
 「オークのくせに、生意気なことを・・・」
 スシの鋭い視線が、オークチョッパーを射る。並みのオークなら、それだけで両手を挙げて逃げ出してしまいそうなものだ。だが、一瞬、怯えたように体を震わせたものの、突きつけた斧を下ろそうとはしない。
 まあ、それも当然だろう。この人質が、彼にとって最後の生命線なのだろうから。
 「やっぱり、プルートさんを見物してたのが悪かったですか」
 う〜、とシンシアが唸る。
 「気にしない気にしない」
 はっはっは、とフィンが笑う。
 確かに、プルートのトンネル脱出劇に注目してしまい、チョッパーに知恵を回らせるだけの時間を与えてしまったのは、失策と言えるだろう。
 なのだから、笑って誤魔化そうとするな、フィン。
 「ま、早い話が、あのチョッパー君の注意をそらして、人質を助ける時間を作れば、それでいいわけだ」
 余裕たっぷりの様子で、フィンは胸を張った。
 「あ、なんか策があるんだ?」
 「ふっふっふ・・・・我に秘策あり!」
 ハジメの言葉に、フィンは腰のポーチを漁ると、紫色の液体の入った、数本の小瓶を取り出してみせた。
 「これな〜んだ?」
 「・・・これって、エクスプロージョンポーションでしょ?」
 「そのと〜り!はじめちゃん大正解」
 名前のとおり、この紫色の魔法液は、作動させると一定時間後に激しく爆発するという代物で、フィンの取り出したそれは、その中でも最高品質の一品だった。爆発力も半端ではない。
 「・・・で、これをどうするの?」
 「まず、これを起動させるんだよ」
 フィンの指が、小瓶の蓋にはまったコルクを緩めると、空気に反応した紫色の液体が激しく泡立った。これで、この小瓶はあと数秒で爆発する。
 さらに4本ほどのポーションを素早く起動させると、右手にその5本のポーションをまとめて持ち、大きく投擲姿勢をとる。
 「そして、投げます」
 ひょい、と投げられた、5本の小瓶は、チョッパーの頭を軽く飛び越え、いまだに奮闘中のプルートの目前に転がった。
 フィンがいったい何をしたのか、理解ができなかったのだろう。チョッパーは、投げられたものを確かめようか、どうしようか、明らかに迷った表情を見せていた。
 そして、意を決してチョッパーが振り向いた、その瞬間。
 ちゅどご〜〜〜〜ん!!
 すさまじい爆発音とともに、5本の紫魔法薬が炸裂した。たぶん、爆心地周辺には、すさまじい熱波と衝撃波が吹き荒れているに違いない。
 その光景を、チョッパーは呆然と見つめていた。驚きすぎて、思考回路がついていかなくなっているのだ。抱えていた少女を、放してしまっていることに気がつかないほどに。
 幸運なことに、チョッパーは、熱波と衝撃波、そのどちらの影響範囲からも外れていた。
 ただ、彼にとって不幸だったのは。
 「うりゃあああああああ!」
 ゴス。
 フィンの攻撃範囲に入ってしまっていたことに、気がつかなかったことだった。
 見事に脳天に盾の一撃を受け、気絶するチョッパー。完全に意識を失っていることを確認すると、フィンは仲間たちを振り返り、思いっきりVサインをして見せた。
 「正義は勝つ!!」
 「「「鬼かあんたは」」」
 3人の声が、きっちりハーモニーを奏でる。
 「ヘタすりゃ、人質ごと爆発してただろ〜がぁ!!」
 「だいじょぶだいじょぶ、ちゃんと距離計算して投げたし♪」
 スシにわめかれても、どこを吹く風といった様子で、フィンは地面に落とされたままの少女に歩み寄った。まだ少女は気絶したまま、意識が戻る様子も見えない。
 「ま、プルートをほっとくわけにもいかないし。ど〜せあとで倒すなら、動けない今のうちに殺っちゃったほうがラクでしょ?」
 ニコニコ笑いながら、もっともらしく語るフィンだが。世間一般的に、そういうことをする人のことを、正義とは決して言わないような気がする。
 「女の子は、ダイジョウブですか?」
 とりあえず、さっきの作戦についての言及は諦めることにしたのだろう。シンシアが心配そうに訊ねた。
 「うん、特に心配はなさそうだね・・・」
 ざっと体を看て分かるが、服はボロボロだし、擦り傷や痣はあちこちにあるが、大きな外傷はない。たぶん、命に別状はないだろう。
 ふと、フィンの視線が、少女の顔で止まった。泥や埃で、薄汚れてはいるが、それでも美しく整っている白い顔。その顔に、どこか見覚えがあるような気がしたのだ。
 「・・・ま、あとで考えるか」
 小さく呟くと、フィンは少女を背負った。そして、一歩仲間の方に足を踏み出した・・・ちょうど、そのとき。
 フィンは、背中に嫌な視線を感じていた。その視線は、ちょうど魔法薬が爆発したあたり・・・いまだに、土煙がもうもうと立ち込めている場所から、届いているのが分かる。
 ゆっくりと振り返ると、フィンは土煙のあたりに眼を凝らした。あれほど濃かった土煙も、だいぶ薄くなっているのが分かる。
 そして、煙が晴れたその場所に見えたのは。
 オークプルートがハマっていたはずの、崩れ落ちたトンネルと。火傷を負い、血まみれの顔を怒りに燃やしたプルートが、地面にヒザを付いている姿。
 「・・・・やっほ〜」
 とりあえず、フィンは挨拶をしてみた。
 そして、そのお返事は。
 「GRAAAAAAAAAAA!! 」
 もちろん、怒りの咆哮と、突進だったりするのだ。

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