一方その頃。
オークたちに見つからぬよう、巣穴に潜入したフィンたち一行は。
無数のオークたちに追いかけられていた。
おや?
「いやぁ、まさか、穴の入り口の真下にオークがいるとはねぇ」
はっはっは、と笑いながら、フィンは、盾で殴りつけるようにして、正面に立ちふさがったオークを押しのけた。
「かわいそ〜に、思いっきりふんずけちゃったから、すんごい悲鳴あげてたよ・・・っと」
リーの顔には、真剣な哀れみの表情が浮かんでいる。そんな顔をしつつも、リーの身に纏った空色のドレスの裾が、まるでワルツを踊っているかのごとく宙を舞うたびに、オークが一匹また一匹と切り捨てられていく。
その剣の軌跡には、まるっきり哀れみの感情が込められていなかったりする。
ちょっとは手加減しなさい。
まぁ、それはともかく。
なぜ、このような状況に陥っているのかといえば、2人の話している理由そのままだったりする。
そう、勢いよくオークたちの巣穴に飛び込んだのはいいものの、着地地点に一匹のオークが立っていたのだ。
別に見張りというわけではない。ただ単に、外の空気を吸いに出口にきただけだったらしい。このオークにとっても、フィンたちにとっても、この遭遇は、不幸な出会いそのものだったといえる。
特に、オークのほうは、自分の行動を確実に後悔したはずだ。
なにせ、重装備の鎧を着込んだ人間たちにに踏みつけられたのだ。痛さと重さの二重奏の衝撃を想像すると、むしろ、オークに同情したくなるほどである。
そんな目にあったのだから、オークが大きな悲鳴をあげるのも、当然のことと言えよう。
そして、これまた当然のごとく、その大きな悲鳴は、多数のオークに侵入者の存在を知らしめる結果となってしまい・・・・・・あとは、いわずもがなである。
「僕らには、やっぱり力押ししかないんだねぇ」
フィンのつぶやきに、皆、悟ったようにウンウンと頷いている。
もしや、初めから見つかる気まんまんだったのか?
つくづく、「クールな行動」というものが、似合わない連中である。
そんなことをしている間にも。
わらわらわらわら。
横穴という横穴から、無限とも思えるほど、多数のオークが湧いて出てくる。
それをかたっぱしから、剣で切り、ハルバードでなぎ払い、魔法で吹き飛ばし、一行は巣穴の奥へと、トンネル状の通路を急いでいた。
目的地は、もちろん捕虜が捉えられている地点。先導するのはスッシーである。
そのスッシーの姿は、フィンたちの行く手を塞ぐ、オークの群れのど真ん中に見え隠れしていた。
いや、オークたちに隠れてしまって姿が見えない、というわけではない。実際に、消えたり現れたりしているのだ。
「インチキくさいよね・・・・」
「激しく同意」
ハルバードで、オークをまとめて吹き飛ばしつつ愚痴るハジメに、フィンは大きく頷いてみせた。
いくら、穏業の術を極めているからといって、どうすれば、あんな多数のオークのど真ん中で、姿を消すことができるのだろうか?しかも、隠れたまま移動までしている。
「一度、どうやってるのか、やり方を教わってみたいものだわ」
フレイヤが、しみじみと言った。
本人にその方法を聞いたとしても、「忍術です」の一言で誤魔化されるのは、目に見えているのだが。
だが、奥に向かうほど苛烈になるオークの攻撃の前に、そのような会話を交わす余裕さえ、だんだんと無くなっていった。
それもそうだろう。侵入者の存在を知ったとはいえ、オークたちにしてみれば、奇襲を受けたと同じこと。最初のうちは、迎撃する態勢も整っていなかったに違いない。それが、時間とともに、立ち直ってきているのだろう。
普通のオークだけでなく、オークチョッパーやオークメイジ、オークスカウトなどの上位種の姿が目立ち始め、冒険者たちも、その攻撃によって、少なからず負傷していた。
もちろん、フィンもオークスカウトの放った矢を身に受け、オークメイジの火炎魔法の直撃を味わった。身に付けている鎧が、ただの革鎧だったら、大怪我を負い地面に転がっていたことだろう。
だが、フィンが身に付けているのは、鉄をも溶かす高熱にも耐えうると言われる、ドラゴンの革で作られた鎧だ。オークの矢や魔法程度では、致命傷を負うわけが無い。
「スシさん、目的地はまだなのか!?」
タカシが叫んだ瞬間、その体が炎に包まれる。オークメイジの「フレイムストライク」の魔法が、浴びせかけられたのだ。
タカシのすぐ側にいたオークメイジが、にやりと笑う。そして、その表情は、すぐさま凍りついた。
最高レベルの破壊力を持つ魔法を叩き込まれたのだ。致命傷を負ってもおかしくは無い。だが、タカシは平然と炎の中から現れ、一呼吸でオークメイジの首を切り落としていた。
赤い竜鱗鎧は、炎に対して高い抵抗力を持つ。タカシの体には、傷らしい傷もない。タカシは、オークの死体を一瞥すると、もう一度スシに向かって叫んだ。
「このままじゃあキリがないぞ!」
「あと、もう少し!あと・・・・あそこだっ!!」
みな、一斉にスシが指差した方向に目を向ける。
20mほど先にいったところから、トンネルが広い空間に繋がっているのが、見てとれた。
目的地が見えると、がぜん張り切るのが人間の心情というものである。
「よっしゃ、いくぞ!」
「おうっっ!!」
掛け声とともに、フィンとハジメは即座に正面のオークたちのど真ん中に飛び込んでいた。オークたちも、まさかそのような行動に出るとは、思ってもみなかったのだろう。あからさまに浮き足立っていた。
そのチャンスを逃す二人ではない。オークたちを押しのけ、踏みつけ、殴り倒し、広間へとなだれ込む。
「無茶するなぁ、あの二人」
リーは思わず苦笑いを浮かべていた。もちろん、混乱しきったオークたちに攻撃を加えることも忘れてはいない。
二人が捕虜の安全を確保しにいったのなら、残った自分たちが受け持つ仕事は、押し寄せるオークたちの排除。
「さ〜〜〜て、気合いをいれるぞ!」
タカシが、龍の頭部を象った兜を、深くかぶりなおした。そんな動作の合間に、あっさりと一匹のオークチョッパーをほふってしまうその腕前は、尋常なものではない。
一方、広間に飛び込んだ二人は、体に纏わりつくオークたちを引きはがしつつ、素早く周囲を見回した。
そこは意外と広く、中でサイクロプスの5匹は悠々と暮らせそうなほど、天井も高くできていた。
そして、そんな広間の片隅に。
「・・・・・いた!」
木製の牢屋の中に、十数名の人間が閉じ込められているのが見える。
そして、その牢屋の入り口には、左右に一匹ずつオークチョッパーが立っていた。たぶん、牢屋の見張り番なのだろう。牢屋の側にいるオークは、この2匹のみ。
(ハジメちゃん、右!)
心の声でハジメに呼びかけると同時に、フィンは左のオークチョッパーに向かって猛然と走り出していた。一呼吸おくれて、ハジメも右のオークに向かって駆ける。
その動きに反応したのだろう。オークチョッパーは、一匹ずつフィンとハジメへと向かってきていた。
どうやら、捕虜を人質に使うことまで、頭が回らなかったらしい。
こうなれば、しめたものである。
フィンは、地面に左手を付く様にして急制動をかけると、細剣を地面に突き立て、右手で複雑な印を結ぶと同時に、魔法のルーンを紡ぎだした。
右手に強烈な魔力が宿り、まばゆいばかりの光を放ちはじめる。
そして、その魔力が飽和状態に達する直前。
「貫け破邪の光槍!!(Corp Por)」
光は槍となって、オークチョッパーに襲い掛かり、そのわき腹を貫き、抉り取った。
一瞬、オークの脚が止まる。だが、その斧を持つ手の力は、少しも衰えたようには見えなかった。やはり、上位種だけあって、その生命力はさすがと言えた。
だが、もちろんフィンも、その一撃だけでトドメがさせるとは思っていない。
魔法を放ったその瞬間。フィンも細剣を地面から抜き取り、オークに走り寄っていた。そして、その走った勢いをそのままに、まるで体当たりでもするかのように、細剣をオークの左胸に、突き立てていた。
ずぐっ!
その細く鋭い切っ先は、オークチョッパーが身にまとう粗末なリングメイルを貫き、心臓までも射抜いていた。オークは、一瞬にして絶命した。
しかし、ハジメの相手をしたオークは、さらなる「瞬殺劇」を味わっていた。
オークが向かってきていることを悟った、そのとき。ハジメの体は、オレンジ色のオーラに包まれた。
一般的に、聖騎士魔法とよばれる法術の一つ、「エネミーオブワン」を実行したのだ。
通常、聖騎士にしか学べない魔法体系なのだが、その規制はかなりゆるく、善の特性をもつと判断された戦士には、修得が許されていた。その結果、現在では、かなりの数の冒険者たちが、聖騎士魔法を使いこなすようになっている。
もちろん、ハジメもその一人である。そして、いま使った法術は、聖騎士魔法の代表といえるものだ。
目の前の敵を宿敵と定め、使った者の身体能力を増強させる、強力な法術だ。だが、弱点もある。宿敵と定めた敵意外の相手への注意力が薄れてしまい、大きな隙ができてしまうのだ。
だが、いまのような一対一の状況では、すさまじいまでに強力な法術といえよう。
ぶぉん。
オークたちの血にまみれたハルバードが、大きく振りかぶられた。そして、ハジメはそのままの構えで、オークチョッパーの斧の間合いに無造作に飛び込んでいた。
兜をかぶり、全身を隙間無く板金鎧で包み込んだその姿は、まさしく鋼鉄の弾丸。
もちろん、そのようなチャンスを逃すほどオークも間抜けではない。オークチョッパーの巨大な斧が、ハジメの胴を寸断せんと襲い掛かった。
ハジメはそれを避けようともしない。無造作に体で受け止める。
ぎぃぃぃぃぃぃん!
激しい金属音。だが、ハジメの鎧には、傷ひとつついていなかった。少しへこんでいるようには見える。だが、それだけだった。
金属のなかで最も硬いといわれる、ヴァロライト鉱石で作られた鎧。たかだかオークチョッパーの斧ごときに破壊できるものではない。
その事実をオークが認識するより先に。ハルバードは光の彗星となり、オークの頭を叩き割り、胴体をまっぷたつに切り裂いていた。
「やるねぇ、ハジメちゃん」
フィンがにやりと笑ってみせる。
「これくらい、当然ですって」
青い鎧をオークの血のりで真っ赤にそめた壮絶な姿で、ハジメは不敵に言ってのけたものだった。
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