Introduction

「まるで他人の部屋に居るようだな…」
両手に抱えていた荷物をキッチンの小さなテーブルに置くと、シュウは部屋の中を見渡し、しみじみと呟いた。
シュウが砂漠で拾った記憶を失くした少年と行きがかり上とは言え、生活を共にするようになったのは、もう半年以上も前の事だ。
その間に、様々な変化があった。
少年にも、そしてシュウ自身にも…


初めて少年を部屋に連れて帰ってきた時、そのあまりにも殺風景な風景に少年は思わず表情を硬くした。

以前住んでいた住人が残していった、小さな冷蔵庫と簡易ベッド。
そしてその傍らには、主と共に数々の修羅場を潜り抜けてきた、傷だらけのバックパック。

それがシュウの部屋だった。

いや部屋と言うより、宿と言った方が相応しかったかもしれない。
シュウにとって『暮らし』と言う言葉は、生涯無縁の物だと思っていたから。


『今日からここで暮らすんだ』
そう告げられた時の少年の表情は、今も忘れてはいない。
もしかしたら今にも泣き出すのではないかと思うほど、不安に駆られた表情を浮かべていた。
『普段から留守がちなのでな。不要な物は置かないようにしている』
そんな少年の表情をその時はさほど気にも留めず、いつものように淡々とした口調で、これからの生活の事を説明した。


暫くは仕事を休むが、それ以降は徐々に以前のペースに戻ると言う事。
仕事柄、長期間留守にする事が多い事。
また同時に、常に危険と隣り合わせで仕事をしていると言う事。
留守の間は、誰かに面倒見てもらう事になるかもしれない事、等々…


その説明の間、少年の顔に浮かんでいた表情は、今思い返してみれば、恐れだったのかもしれない。
いつか、置き去りにされてしまうのではないか、と言う…


シュウがこれまで生きてきた時間の中に、他人が介在した事は殆ど無かったと言ってもいい。
だから、その幼い顔に浮かんだ表情の意味に気付くまで、半月以上かかってしまった。






砂漠で拾った時はかなり衰弱していた少年も、半月の間にかなり体力を取り戻している様だった。
だが体の回復に反して、その表情は日々沈んだものになっていく。
シュウはその表情の意味が理解できず、取りあえず仕事上で付き合いのあるビビカに相談してみる事にした。


『で、あの坊主、普段はどんな風に1日を過ごしてるんだ?』
シュウの簡潔な説明を聞くと、ビビカはすかさずそう質問してきた。
『どんなって… 私のベッドに座ってるか、窓辺でぼんやりと外を眺めてるか…』
『それ以外は? 何か話しかけたりとかしてるのか?』
『いや、あの子が何も話さないから、私も特に話しかけたりはしてないが…』
その答えに何時になく冷たかったビビカの口調に、厳しさが混じる。
『……シュウ、あの坊主は客じゃねぇんだぜ! 解ってんのか? これから一緒に暮らしていくんだろ?』
『あ、ああ、そうだが…』
その矢継ぎ早の抗議に、ビビカの剣幕の程が受話器を通しても感じられて、シュウにしては珍しく狼狽えてしまった。
『いいか、シュウ。
あの坊主は何も話さないんじゃなくて、お前さんに壁を感じてるから何も話せないんだよ。
例え、何か話したい事があってもな』
そう言われてみると、時折、シュウに対して何かを言いかけて、でも結局言い出せずに口を噤んで居たような気がする。
『いつも坊主の目線に合わせて立ってみろ。それとな、かりそめなんかじゃない、ちゃんとした居場所も作ってやれ』


その翌日、ビビカのアドバイスに従ってシュウの部屋にある物が増えた。
キッチンのテーブルと二人分の椅子。
そして少年用の小さいが作りのしっかりしたベッドが。

『椅子の方は好きな方に座って良いぞ。それと今日からこのベッドを使うと良い』
セッティングを終えたシュウの言葉に、それまでどうにも居心地の悪そうな表情をしていた少年は、
心なしか安心したような表情を浮かべてみせた。

次に増えたのは、食器や鍋類と言った調理関係の物だった。
料理の経験が無いシュウが、勢い外食に頼るのは当たり前の事。
テイクアウトする、もしくはどこかへ食べに行く。
そんな毎日の繰り返しだった。
しかし、子連れで食事をする年若いハンターは、人々にとって絶好の話の種となる。


『あの子供、何でも砂漠のど真ん中に倒れてたそうよ』
『自分の事、な〜んにも覚えてないんだってさ』
『案外、あのハンターがあの子の親を殺っちまってたりしてな』


やがて心ない噂が立ち始め、それはシュウの耳にも届くようになる。
自分に対する心ない噂にはすっかり慣れているし、
少年を何時までも好奇の目に晒しているわけにはいかない。
そう判断するまで大して時間は掛からなかった。


台所に広がる苦戦の跡。
初心者向けの料理の本、焦げ跡も痛々しい鍋やフライパン。
切り損ねた野菜の残骸に、見事に真っ二つに割れた真新しい皿。
そしてテーブルに並ぶ、お世辞にも美味しそうとは言えない料理らしきもの。
それでも少年は美味しそうに、時に楽しそうに料理を口に運んでみせた。

そしてシュウは、目の前に並ぶ自分用の食器を不思議な思いで見つめていた。



 
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