らぶふろ
阿羅本景 著
 


「ふー……」
 湯船の中で静かに息を漏らす。
 肩まで切りそろえられた髪、目尻の切れて上がった気の強そうな顔、肩幅は細いが筋肉があり、それなのに女性らしいしなやかさを保っている。

「衛宮の家も無意味に豪勢だねぇ……」
 肩までお湯に浸かりながら、そんなことを呟く。
 美綴綾子と名を言う。今年大学に入り、気楽なキャンパスライフを謳歌しているはずだったが――休日の昼日中に、知人である衛宮士郎の家の風呂に浸かっていた。

 いろいろと、訳がある。
 高校時代の弓道部の部長となった後輩の間桐桜をこの家に尋ねて話し込んでいた。そこで元同級生だった衛宮士郎を冷やかし、いろいろ弛んでるからひとつ稽古を付けてやろうという話から、竹刀を取って道場で小一時間稽古を付けていた。

 いい汗を掻いていた後に、気の利く後輩がお風呂でもどうですか? と用意を揃えていた。元同級生の方は板の間にひっくり返っていて、復活するまで一風呂浴びるか、と美綴は塩梅を決め込んでいた。


「あの間桐がねぇ……すっかり奥様みたいになっちゃって」
 湯船に背中を預けて、美綴はくくく、笑う。
 昔はずいぶん頼りない後輩であったが、今では彼女の目にも明るく強く変わっていた。そうでなければ弓道部部長という大任を任せはしない。

「衛宮もなんかすっかりのろけちゃってまぁ、どうしたもんだか。間桐と同級生になっちまうとはなぁ」
 風呂場の中で響く声が、木霊する。
 衛宮士郎は二年の末に大事故にあい、生死の境を彷徨って学園にしばらくやってこかった。やがて出席日数が足りなくなり、留年が決まった頃にひょっこり完治して復帰。

「…………わかんないもんだな」
 む、と湯船の中で竹刀を握る真似をする。

 半年入院して生死の境を彷徨ったのなら、後遺症の一つや二つありそうなものだった。だが五体満足で却って漲っていて、美綴と良い勝負をするほどに強くなっていた――どうにも不思議であった。
 だから、つい本気になってしまった美綴であった。

「あの二人、暢気にやってるからいいかね」

 彼女は、そんな衛宮士郎の真相は知らない。
 知らない代わりに、謎と厄介なことが増えていた。
 謎は衛宮士郎、厄介なことは――

「――――二人だけじゃないんだよな」

 厄介。それが頭の中に引っかかる。
 この屋敷に出入りしている藤村大河も美綴の苦手とする所だったが、いつの間にか同居しているもう一人は比較にならないほど、厄介であった。

 口説く、絡む、連れ込む、セクハラする。
 これが男だったら投げ飛ばして病院に送るか、竹刀でたたきのめして警察に引き渡す。だが、厄介な同居人は女性であり、美綴の手に負えない存在であった。

 今日だって、その困った同居人が居ないことを電話で確認してから顔を出した。もし電話を取るのが彼女であれば、美綴はまた災難に巻き込まれていたであろう。

「あの人ももーちょっと……ねぇ」

 連れ込まれると――なにかえっちなことをされた、ような気がする。
 だがそのあたりの記憶がどれもこれもひどく曖昧なのが美綴の頭に引っかかった。

 苦手であったが、嫌悪する相手ではない。
 びっくりするほど綺麗だし、人柄も悪くはないし、間桐も士郎も親しいし、こっちに好意を寄せてくれることは判る。ただ、その表現方法が特殊すぎる、と美綴は思う。

「その辺何度言ってもなぁ、外人さんだからああいうスキンシップのお国なのかも知れないけど、うーはぁ」

 はぁぁぁ、と長く吐息を吐く。
 肺の底から目一杯吐ききってから――美綴は異変に気が付いた。

「…………」
 湯船の中で息を止める。
 彼女の鋭敏な聴覚は、脱衣所に誰かがいることを捕らえていた。間桐がタオルでも整えているのだろうか、と考える。

 だが、人影は去らない。
 去らないどころか、もぞもぞと身動きしている。ゆっくりと湯船から身体を伸ばして脱衣所を伺う美綴。

 お湯が流れ、彼女の肌を伝う。
 そんなことも気にせず、美綴の鳶色の瞳が磨りガラスの向こうを睨み、やがて口元が焦りに歪む。

「――――――うそ」

 人影は、おそらく女性。
 長い、床まで垂れる髪がシルエットでも嫌でも判る――美綴綾子にとっての、厄介がそこにいた。

 外出していたはずなのに、なぜか脱衣所で服を脱ぐという予想外の行動に出ている。

「ちょ、ちょっと!?」
 慌ただしく首を巡らせる美綴。
 風呂は行き詰まりで、防犯の柵のはまった窓からも逃げられない。そして唯一の逃げ場である脱衣所はすでに占拠しされていた。

 危機到来だった。
 武器になりそうなものとしては手ぬぐい、防具としては手桶がある。だがそんなものでどうにかなる相手ではない、いや、そもそもなんで彼女が服を脱いでいるの――美綴綾子の心中は真っ青になって悲鳴を上げていた。


「入ってます! 入ってます!」
 まるでトイレのドアを力任せに乱打されたときのような、怯えた声で叫ぶ美綴。風呂桶の中に浸かり、身を隠そうと――だが熱めのお湯は身を隠す役に立たない。
 むしろ、湯当たりしてタイムアウトになりかねなかった。

 扉の向こうの影が、一瞬動きを止めた。だが、ガラスを震わせる声はあくまで冷静。


「ええ、判ってますよ、アヤコ」
 わかってますって、わかってて――わかってて何をする気なのか? 美綴の頭の中が崩れそうだった。その厄介はおや知りませんでした失礼などととぼけながら入ってくるかと思ったのだが、あに図らんややる気満々であった。

 おまけに、名前まで呼んでいる。
 逃げるか? ってどこに――タイル張りの風呂場を見回す。武器、防具、逃げ場、全てに事欠く密室だった。

 磨りガラスの向こうに立つ、背の高い影。
 その肩がくくく、と笑いに震えているように見えた。錯覚なのかもしれない、いや錯覚であって欲しいと祈る美綴。今、彼女が出来ることと言えば――


「衛宮! 間桐! ららら、ライダーさんが乱心を!」
「叫んでも無駄ですよ。 士郎もサクラも来ません」
 一縷の望みを断ち切る厄介――いや、ライダーの断言。これも脅しか? と疑う美綴。

「二人とも、席を外して貰ってます。せっかくアヤコが来ているのに、私に内緒とはひどい話です」
「……………」
 湯船の中で絶句する。
 来ないって一体なに? ここは衛宮の家なのに――困惑しながら美綴は呻く。とにかく、何かの誤解があると。

「だから、あたしはその、風呂に――」
「ええ、アヤコのお体をお流ししようと思いまして。士郎と手合わせして汗を掻いたのでしょう?」
 そこまで知ってて――衛宮が自白したのか? だがこのライダーさんを前に黙ってるなんて真似はあたしにもできないよな、とつい考える美綴。その間にも、時間は刻一刻と――

「結構です!」
「それに私も一風呂浴びたいと思ってました。ふふふふ、愛しいアヤコと共に入れるのなら一石二鳥と言うべきでしょう」
「で、でもこのお風呂そんなに広くないし、あたしもう上がります!」
 さばあっ、と上がる水音。
 湯船を跨いで洗い場を横切り止まる。何処に行けるというのだ、脱衣所の入り口はライダーが塞いでいるのに。

「……いえいえ、士郎とサクラも一緒に入ってますよ? なので私とアヤコでも問題はありませんから、遠慮せずに是非とも」
 思わず噴き出しそうになる美綴。
 あのばかっぷるなにやってんだ――いや、そんなことはどうでもいい、間桐と衛宮がやってるから良いというライダーの誤解を解かないといけない、と。

「それは理由になってない!」
「もちろんです、私が欲しいのは理由ではなく貴女なのですから、アヤコ」
 切り込み、反論を許さない言葉。
 ――それに、潮のように流されてしまっていることを美綴は知った。ああ、もう向こうのペースだ、と呻る。
 こんな言葉と意志を前に、どうしろっていうのだと。


 風呂場の扉が開く。
 磨りガラスの障壁がスライドし、そこに現れた肢体に美綴は割れ知らず見入ってしまった。


 それも無理もない、輝かんばかりの裸体だった。
 首筋から胸、きゅっと引き締まったウェストと裏腹にふくよか腰、脚に繋がる線は女性の曲線を見事に描ききり、それでいながらどこか獰猛な筋肉の威力を隠している。

 秀麗で涼やかな笑いを浮かべる貌。
 細い眼鏡を乗せていて、知的に見えながらも狩猟者の熱い本能を隠せない瞳。
 何よりも、全身を柳枝のように垂れて被う紫の髪。美綴綾子が同じ女性としても信じられない程の豊かで、滑らかな髪だった。

 見惚れてしまった。
 そんな正体を見失った一瞬が、美綴の命取りだった。二歩で脱衣所から洗い場に入ると、後ろ手にドアを閉める。ぴしゃっと言う音共に、我に返る美綴。

「――――っ」
 そんな彼女の前で、無防備に雫を垂らして全裸でいる。ライダーも全裸で、風呂の中ならなんらおかしなことはない。ないからこそ、問題だといえた。
 ライダーの眼鏡は湯気に曇るが、その奥の紫の瞳は曇らなかった。上から下まで美綴を眺めると、頬がさぞ満足そうに弛む。


「やはり、思った通りに美しい、私のアヤコ」
 その気取った台詞の瞬間に、胸と股間を被ってしゃがみ込む美綴。まったく何も隠さないライダーの堂々たる裸身に引け目を覚えた――のではない。

 護らないと、ヤられる。
 美綴の本能の為せる技だった。構えることではなくしゃがみ込んでしまうのは不覚にも程があるが、他に為しようがない。

「きゃっ、ぁぁぁーーーーーー!」
 喉の奥から叫ぶ美綴。
 しゃがみ込んで風呂の中で叫べば、流石に近所に知れてこの窮地を脱することが出来る……という計算はなかった。とにかくライダーを一瞬でもたじろがせ、時間を稼ぎたかった。稼げば何とか――

 ならない。衛宮と間桐は来ないし、遠坂は助けに来てくれるどころか地球の裏側、苦手な元顧問の先生はやってくれば泣けるほど面倒なことになる。

 美綴の頭の中で、意志が乱れて踊る。
 それなのに、目の前の紫の髪は微動だにしない。いや、ライダーが屈み、微笑みすら浮かべて身体を抱え上げる――

「っ!」
 ……浮いた。
 美綴の身体は、まるでボールか何かのように軽々と浮いた。ライダーの両手が脇の下に潜ると、重力と慣性をあっさり振り切って持ち上げる。
 けっして太くない腕に、力が籠もった様子もない。

 目を見開き、ライダーを見上げる美綴。眼鏡を掛けたまま入ってくるこの美女は、どんな屈強な男性よりも軽々と美綴を抱き上げ――


「さて……一緒に入りましょう」
 そのまま湯船を跨いで、浸かる。
 後ろから抱えられる格好で、美綴はライダーと共に入浴し直していた。一度は叫んで踞ったが、ライダーに抱かれてしまえばもうどうしようもない。

 抵抗は無意味だった。
 いや、力任せに暴れてもいい、だがライダーは指一本で美綴をねじ伏せるだろう。抱き上げられた事で嫌でも理解する。

 このままどうなってしまうのか――愛しいとか美しいとか欲望の滲む言葉で迫ってくるライダーに、過去何度も絡まれていた記憶がある。
 だが、最後にどうなったのか覚えてない。

 気が付くとぼんやりしてて、何が起こったのか士郎や桜に尋ねても困惑の態で笑うだけだった。ライダー本人に尋ねたら、また記憶が無くなって、マラソンの後のような疲労感に襲われた事もある。


「……………」
 美綴の背中にライダーの柔らかい乳房が当たる。
 自分も決して小さくはないと思うが、この女性として熟して完成されたライダーの胸を背中に宛われれば引け目と、同性でも覚えてしまう心のざわめきで胸が騒ぐ。

 胸を抱くライダーの腕と指。
 身体はすっぽりと被われて、隙間は熱めのお湯で充填されていた。二人が浸かっているためにざばさばと縁から零れるお湯の音が、微かに美綴の耳にも聞こえている。

 音よりも、肌が敏感に動きを知る。
 胸とお腹に触る指。形は悪くないし大きさも結構だ、と思ってる美綴自身の膨らみを何気なくライダーは触っている。そして、うっすらと腹筋が形を作るお腹の上にも手は伸びる。

「あ……ら、ライダーさん……?」
「洗ってあげますよ、アヤコ……くすり」
 耳を噛みそうな、間近の囁き。
 お湯に紫の髪が浮かび、包み込む。髪すらも自分を縛る細紐みたいだと美綴は感じる。

「あ……きゃっ!」
 五指が丁寧に胸を包む。指の間に乳首を挟むと、くにゅりと優しく揉み始める。片手から両手で、少女の、胸を包んでいく。
 ライダーの唇が、艶やかな美綴の首筋を這う。唇がうなじを熱く吸った。

「や……洗うって、そんな……」
「そうですね、洗うというのは口実です。私はアヤコを楽しみたいだけで……アヤコも快感に素直になって楽しんでください」
「そんな、ぁ………んっ!」
 ぴりぴりと静電気が肌の中を伝うような感触に、首を振るわせる。ライダーの指は長く、巧妙で、意地が悪くそして丹念に美綴の胸を弄んでいた。

 指で形を変え、乳首を指で転がす。
 掌で揉んだかと思うと、擦りつける様に動かす。乳首だけを摘んで、ふるりと降ったりする。
 唇がうなじを、耳を、生え際を這う。同性に愛撫されている、インモラルで情熱的で、優しく激しい戯れ。

「は……んっ、あっ、ん……」
 嬌声を上げると、ライダーを勢いづかせてしまう。
 指を噛んで声を押し殺そうとする。だが、胸を高ぶらせる刺激は、声で蒸発させないと体の中でいやらしく粘り着いてくる。

 神経を快感に毒される。
 指がもみ上げると、身体は応えてしまう。お湯で暖められた身体は偽れず刺激に正直になってしまう。


「アヤコ……ああ、綺麗です……」
 囁きが美綴の耳朶を濡らす。
 ライダーもまた、物足りなそうに己の胸を美綴の背中に擦りつけていた。つるりとした背中に、くにくにと硬い乳首と反対の柔らかさを持つ乳房が挟まれて潰れる。
 髪が、肌に絡む。それもまた意志を持ったように美綴の肌に張り付いていた。


「んっ……はぁ……はぁ……やめ、て……」
「それは無理な相談ですね、ここで止めると私も貴女も身を欲求不満で後まで疼かせることになります。ならば楽しみましょう、アヤコ……」
 指の腹が乳首を押しつぶす。
 美綴の背中が、鞭打たれたように反る――


「あああっ! はぁ……あ……」
 強く、痛いほどの刺激だった。だが指が弛むと腫れ上がった箇所が、まるで虫さされを掻いたような痛がゆい気持ちよさに変わってくる。
 ライダーの指が、身体を作り替えていくような……そんな考えが美綴を占めていた。


「さて……お楽しみはこれからですよ、アヤコ」
 笑いを含んで耳元に語りかけるライダー。眼鏡は水滴を垂らしていてた。
 美綴には、ライダーの瞳が見えない。
 見えない方が、幸いなのか――

「――ふ、んっ」
 胸を解放され、軽く息を吐く。もうこれで止めて欲しいと思う頭と、無言で次の愛撫を待つ身体。矛盾が胸の奥でじりじりと背徳のような快感に変わっていく。

 同性に抱かれている。
 初めてではない気がするが、最初はいつだか思い出せない。曖昧な暗く暖かい快感。蘇った感覚が脊髄の管の中をなんども巡る。

「んっ……あ……」
 意識を体の中から、外に向ける。
 ライダーの手が、お腹を伝っていた。肌の間の脂肪を揉んで確かめる様な手つきで、何度も行き来している。耳が歯と唇に包まれ、生暖かく濡れている。

 身体が熱い。
 お湯のせいでもあり、ライダーのせいでもあり、また自分自身の奇形的な期待のせいでもあると、美綴はぼんやり思っていた。

 両胸とも腕から離された。
 片手はお腹に、片手は背中からお尻に伝う。どっちからどうされるのか、息を潜めて美綴は待った。

「……っ………」
 先に進んだのは、お尻の方だった。
 お湯の中の手は、ぬったりとのたくるように尻を揉んでいた。一番脂肪の乗った肉を揉み回すが、胸ほどに敏感ではないのが救いだった。

 それでも、膝が震えて力が抜ける様な感覚。
 抱かれてお尻を触られ、丘の上を滑る指に美綴は集中する。このまま満足するのか、それとも奥に進むのか――どうしようもなく待つしかなかった。


「んっ!」
 喉が絞められたように、呻く。
 身体の奥底を、まるで蛇がぬるりと進む様な感触。服の中にのたくる無足の動物が入り込んだ、どうしても馴れることのない快感。

「おや……こちらは感じるのですか?」
 ライダーの指が、美綴のお尻の穴を触っていた。
 お尻の肉の底にある、小さな窄まり。それを長い指が上から押さえ、くにゅくにゅと遊び揉んでいた。

 身体の奥から侵入されて、堪えられない身悶え。
 あっ、あっと小さく美綴の唇が震えた。お尻の穴を愛撫され、ライダーに言葉で嬲られる。

「そうですね、サクラも士郎もこちらは感じるのですよ。ですからアヤコ、恥ずかしがることはありません」
「そんな、あたしはお尻……なんて……」
「ではこちらの方がいいのですか?」
 ライダーの声が僅かに踊っていた。お腹を下りて下腹部に止まっていた指が、美綴のスリットの上を撫でる。

「ひゃっ……ぁぁっ!」
 指が縦に陰毛の丘を撫でる。
 縁を丸く窪ませている秘裂が、ライダーに掌握されていた。まだ中を分け入って粘膜の襞を触りはしないが、柔な刺激が美綴を震わせる。

 お湯の中でしゃりっと摺るだけで、恥骨の芯まで震えそうだった。お尻の穴をくにくにと撫でられ、割れ目を優しく弄ばれる。胸が硬く尖ってお湯で茹だり、首まで熱くなる。

 唇が首筋を舐め続ける。唾液が肌に染みこみ、風呂から上がってもライダーの香りがしそうな唇の愛撫。美綴は指に全神経を集中する。

「震えてますよ、アヤコ……ふふふ……」
「ぁ……は、あ……」
 決してライダーの指は荒々しく振る舞わない。その気になれば、膣と肛門に深々と指を挿入するのは容易い事だろう。
 だが、それをしないのは……ライダーも指先で楽しんでいるからだと美綴にも判る。判るから、もどかしさで狂わされるような気になっていた。

「ひゃっ、くあ――ああんっ」
「さて……どちらで気持ちよくなりたいのでしょう? アヤコ、教えてください」
「ぁ……ん……ぁは……」
 わかりません、それでは……と耳元にライダーの囁き。耳の窪みにもぬるりと紅い濡れた舌が這う。
 首が逃げるように逸らされる。それでもなお、執拗に追い続ける指に美綴は耐えられなかった。

「ぁ、はぁ、あん……」
 このまま永遠に焦らされたくない。
 止めてくれるかもしれないけど、それなら――そうなれば困ってしまう、ライダーにお願いして高ぶりを沈めて貰うなら、むしろ……浸ってしまおうと。

 いつもなら考えも付かない自堕落な自分。
 きっとお湯に茹だったからなんだ、と言い聞かせる美綴。それに、指が長くて唇が熱いからそれに酔っぱらっているんだ……と。

 抗する理性を、刹那の快感を求める本能が途絶えさせる。美綴の唇がよわよわしく、言葉を漏らす。

「して……」
「どのように、ですか」
「あたしの……おしりじゃなくて、あそこのほう……」
「さて、どのようにしましょう? お手本を見せていただけませんか?」

 ここに至っても、まだ焦らすライダーの声。
 理性が快感と熱で削り込まれている美綴には、怒るという思考がなかった。むしろ、ライダーが困ってるなら自分でしないと、と不定形の思考が呟く。

 お湯の中で遊んでいた手が、自分の身体を撫でる。
 指先に触る感触が、ひどく遠く他人のもののようだった。遠隔操作するような指先を、足の付け根にゆっくりと当てる。

「こ………こうして……」
 掌を重ねるように、ライダーの指を上からなぞる。
 美綴が自分の秘所を触れるのはもちろん初めてではない。だが、人の指をそこに押しつけるなどという経験があろう筈もない、が。

 ライダーの指が、導かれるままに動く。
 つぷりと――割れ目に分け入る自分と他人の指。充血した花弁の中に触ると、背中が仰け反った。
 ぬるりと、剥き出しの内臓みたいな滑りを触られる快感。

「あっ、ん……ん……」
「何処を……さわられたいのですか?」 
 ライダーに指先が、襞の中で微動する。
 その刺激だけも満足だったが、指を誘っていく。縦に綺麗に伸びた襞を教えていた。

「こ、ここ……触って……あたしの、その……」
「やはり一番はここですか、アヤコ……ほら」
「あっ――」
 今までにない密度の高い、電撃にも似た快感に美綴の身体が竦み上がった。指は核の包皮をやわやわと揉み、そして恥骨と指で間に挟んで揉み潰すように――


「どうですか、アヤコ? 感じててますね……」
「ひっ、ふぁ、ああっ、んんぁぁああんーー!」
 唇から漏れるのは言葉ではなく、勝手に快感に痺れた脳が漏らすノイズみたいなものだった。痛さの寸前の、腰が笑って解けそうな刺激。
 どうにか――どうにかなる。腰が外れる、それでも指でイカせてもらいたい、そんな恥しい願いが過ぎる。


「はっ、ああぁ……ああーんっ!」
 理性がそれを叱りつけようとしたが、お尻の穴をくん、と突き上げられて吹き飛んだ。指が浅く肛門に侵入して、内側から押し広げる。

 それは頭の中に指を入れられ理性の働く回路を止めるような、そんな混乱と麻痺に似た刺激だった。


「ああー、はっ、くぁ……やっはぁつ!」
 秘裂を触る指は止まることがない。
 美綴は知らず、自分の指でも慰めていた。

 ライダーが撫で揉むクリトリスをなぞったり、くしゅくしゅとお湯の中で洗われる陰唇を撫でたり、軽く爪を立てる様に尿道口を触ったりして、その快感を腰の底で味わっていた。

「いいですか、アヤコ……」
「あっは、あ、いい……んん、ふぁ……あああっ! や、そんなの、あたし……くっ、はぁ……」
 首筋の熱いキスも、美綴には心地良かった。
 身体が熱い、茹だって解けてしまいそうだった。それなのに弄られている秘所だけは鋭敏で正確で、身体が全部恥ずかしく感じやすい箇所にされてしまう。

 そこを、指でまさぐられる。
 探られ、撫でられ、揉まれ揺すられ、神経が剥き出しになったような敏感な場所を弄られている。腰の奥底が熱く、心臓まで響いている。時々頭の底を叩かれるような、痺れる快感に貫かれる。

「あっ……はぁ、ああああ……」
 肺が波打ち、嬌声を上げていた。
 美綴は風呂場の中の音を聴く。ああ、えっちな声出してるなあたし、と考え――そしてキスされる肌がたてるぴちゃぴちゃという音が混じる。

 融けかけた視線が、自分の身体を見ようとする。
 だが、紫の髪に覆われて見えない。ライダーに包まれて、どうなるのかという禁じられた期待に身を焦がす。


「んっ、はぁ――」
 上気した美綴の喉が、伸びる。
 ライダーの指が、美綴の中と外を弄んでいた。お尻の入った指がくにくにと曲がり、クリトリスを触る動きも淫らに動きを変わっていく。指の腹がわずかに包皮を持ち上げる。

「んっ、は……あああああ!」
 美綴の身体が跳ね反りそうだった。
 滅茶苦茶にされてる、指だけでこんなになってる、どうされるのか、わからなくてきもちいい。あ、あたし馬鹿になってるな、などと繋がらない思考がおかしなステップで踊っていた。

「ひっ、ふぁ……ライダーさん、あたし……」
「ええ、判ってますよ、ほら――」

 指が美綴の中で乱れた。
 くにゃり、と体の中がねじれる。

 上半身と下半身が逆向きに捻られたみたいな、有り得ない快感に美綴は悲鳴を上げた。声というより警報のような、壊れそうな身体と精神の悲鳴だった。

 それなのに、高まりきっていた。
 ぱぁん――と、何かが外れる。それが頭の中の感触で、身体は何回もショートしたみたいにぱちばちいっていた。途端に崩れるように、身体が笑い始める。


「――――――――ぁぁぁあああああ」
 イッて、声を上げている。
 自分が髪を振り乱して喘いでいることが判るまでの数瞬、お湯の中で美綴綾子は墜ちていた。収縮する身体が何かに受けとめられ、逆に上り始める。

「ぁ………」
 遠くに、お湯の流れる音を聞いていた。
 自分がまた、ライダーの腕に抱き上げられていることを知った美綴。認識はしても、まだ快感の霞の中で身体が言うことを聞かない。

 首だけを、何とか曲げた。
 愛撫の間に一回も顔を合わせなかったライダーが、滴をしたたらせる眼鏡の向こうで、微笑んでいる。
 まだ、私は楽しんでませんよ――と言いたそうな悪戯な光。


「さて……」
 洗い場のマットの上に、横にされていた。湯上がりの肌に、僅かに空気が冷たい。肌と肉は茹だりきって、力が籠もらない。

 ライダーは美綴の傍に膝を突く。
 手に、ボディーソープの瓶を取る。蓋を開くと、ゆっくりと美綴の身体の上で傾ける。

 ボトルからたらり、と粘った白い液が零れる。

「ひゃ……つめた……ぁ……」
 肌に粘り着く、冷たい液体。
 下腹部に垂れたそれが、肌を被う。まるで誰かに精をもらされたみたいだ、と連想する。そんな経験はないのだが、快感に酔った思考が勝手に想像していた。

「まだ、洗い足りませんね。しっかり洗ってさしあげますよ、アヤコ」
 ライダーは胸と腰にまとわりついた髪を払う。
 紫の髪の向こうに、お湯を浴びでもまだ白い肌が輝いていた。脚と脚、膝と膝を絡み合わせ、重ねる。


「あ……ライダー、さん……」
 肌の間で、ボディーソープが潤滑剤となって粘り、泡立っていく。美綴が覚えるのは身体が重なる重さと、膝を割って秘所に宛われる滑らかな太股、そして触れるライダーの秘所の襞と陰毛の柔らかい感触だった。

 やがて、お腹が、胸が合わさっていく。
 真っ正面から見下ろすライダーの、悪戯な瞳。眼鏡が落ちそうになっていて、今更ながら美綴の頭の底になんでこの人は入浴中も外さないのか――などと思う。

 だが、尋ねる余地はなかった。
 ライダーが、全身で美綴を洗い始める。肌と肌でぬるぬるのソープを泡立て、怪しく身を躍らせ始めた。


「ひゃ……はぁ……ああああ」
 されるがままに、美綴は全身を愛撫されていた。
 膝が押しつけられ、太股で割れ目を擦られる。胸がたぷたぷと重なり合って、尖った乳首が敏感な肌の上で乱れた快感の軌跡をなぞる。お腹も、腕も、唇も柔らかく、惑わしい。

「あ……はぁ……んっ!」
 局部だけの鋭い刺激ではなく、全身を騒ぎ立たせる様な緩やかで大きな愛撫だった。泡と滑りの中で踊り、くねらせ、身体全部で心地良くなろうとする。

 美綴は膝を動かし、ライダーの足の付け根も探る。
 逆に腰を押しつけ、肌にぬるりと奇妙な柔らかさを印して返してくる。肢体が泡と絡み合い、なんども身体を捻り、逃げ、絡み、そして揉み撫で合う。

「やっ、はぁ、いい………んっ、ああ……」
「アヤコ……あぁ……ああ……んっ……」
 風呂場の中に、甘く解けそうな吐息が流れる。
 ぬるぬると白く泡立つ身体、背中を弓逸らせて、抱きしめる腕の中で悶える美綴。

 ライダーのキスが、唇から首筋に這う。
 指が再び秘裂に潜る。前と後ろから攻める指と脚。
 洗い場の上で、泡にまみれた裸体が悩ましく絡み合う。

「ああ……はっ、ああ……ああんっ、んんーー!」
 眉がよって、絶頂の予感に震えている。
 泡にまみれ、絡み合う肢体。首筋を舐めるライダーが、そのまま唇を開くと――


「……さぁ、アヤコ……私に味合わせてください……」
 唇が、歯が、首筋を触った。
 噛みつかれるのは苦痛の筈だった。だが、それすら全身の官能に身悶えする美綴には、刺激的な愛撫と変わらない。

 震え、抱かれ、吸われながら――

「ああああ……あ……あぁ……」
 美綴綾子は、また絶頂に達していた。
 吸い出される、快感が頭まで登って、横からはみ出る。全身から力が集まってどくどくと零れた。

「ぁ……はぁ……」
 首からおかしな鼓動が聞こえる。
 脱力した身体が、深く暗い快感に沈んでいく

 それすらも、闇に身を躍らせる様な快感だった。
 またこれ、忘れるんだろうな――とぼやけた意識が考えていた。だが、それも吸い出されて美綴は、気怠い快感に全てを委ねていた。

       §       §

「あの……大丈夫ですか? 先輩」
 柱を背中にした間桐桜が、おそるおそる尋ねる。
 それと反対側に、衛宮士郎も座り込んでいた。
 その二人の上に、これでもかこれでもか、と鉄鎖が巻き付いていた。柱に雁字搦めにされ、身動き一つ取れない有様。

 さらに止め、とばかりに鎖の一端が、柱に刺さっていた。
 それを抜けばこの鎖も外れるのだろうが、手も足も出ない。衛宮士郎は恨めしそうにそれを見て、やがて脱力する。


「なんでライダーはあんなに美綴に執心なんだろうな」
「あ、あはは、なんでですかねぇー?」
 桜は笑うが、ひどくよそよそしい笑いだった。まさかライダーが美綴を襲うのが趣味だなどと、説明できない。
 いや、説明しなくてもこの足止めをみれば言わずもがなであったが……

「風呂場からなんか、すごい声がするし」
「ら、ライダーが間違えて入っちゃったのかも知れませんね? でも女の子同士だから大丈夫ですよ」
「ま、俺が入ったら半殺しだろうけど……」
 アヤコが来ていますね、と飛び込むなり血相を変えて柱に縛り付けたライダーを思い浮かべる士郎。それもマスターである桜も一緒に、瞬きする間もなく縛られていた。

 そして、廊下を駆けて風呂場に向かい、なにをする気なのか――衛宮士郎にはライダーの所業全てが謎だった。
 あれこれ推理するより前に、溜息が出る。

 あれはライダーなりの愛情表現なのだろうと思う、ただエスカレーションしやすく、美綴もそれを拒絶できないのも困ったものだ、と。


「……とりあえず、戻ってくるまで待ちましょう、先輩」
「動けば動くほど締まるしな、これ。しかし」
 衛宮士郎が、軒越しに空を見上げる。
 晴上がった実にいい天気――そして思い出したように鼻をひくつかせて肩の辺りを嗅ぐ。

「俺も一風呂浴びたんだけどな。」
「あ、わたしもご一緒しましょうか?」
「…………いや、昼日中にそんな混浴なんて、ああ……早くこないかな、ライダー」
 脚を組んで、嘆息する。
 一緒に、といわれて桜に紅くなったところを見られなくてよかったと思いながら、衛宮士郎は脚を伸ばす。

「先輩がお風呂上がったら、お茶にしましょう」
「おう、だけどその前にこれを何とかしないと……そろそろもどってこーい、ライダー」
 困りながらも微笑ましい二人の会話。
 風呂でなにが行われているのか、知りもしない暢気な桜と士郎だった。

 長閑な衛宮邸の昼下がり。
 鎖がぎしゃり、と重そうに鳴った。

「……そろそろ疲れてきた、じっとしてるのも」
「だんだん脚が痺れてきましたね、ううーん……」


《fin》














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