「(これはきっと彼の愛情表現の一つ。だから大丈夫、大丈夫大丈夫。 あの人は私を愛しているのよ。)」  







家のリビングのテーブルを見たら、書類みたいなものが置いてあった。
きっとこれはロイのだ。そう思って、すぐにジャケットを羽織って出かけた。
あの人の忘れ物。それはただ会う口実なだけで、こんなチャンスめったに無い、そう思ったの。

私達がどんな関係だろうと、どんな扱いされていようが構わない。
だって、愛しいのには変わりわないんだもの。







慣れない道を、地図を頼りに辺りを見回しながら街中を歩く。
最近中央に移動になったばかり。ましてや私も地元の人間じゃない。
早く行かなきゃ、大事な書類かもしれないし。
すると目の前に、丁度良く軍服を着ている人が居た。なんだろう妙に親近感が沸く。あの人ロイの事知ってるのかしら。



「すみません、軍法会議所ってここからどう行ったらいいんですか?」
「あ?あ、軍法会議所?えっと、そこの信号の角を左に曲がって…、」
「あそこの花屋の角ですね」
「そ、それ。んで、そのまま歩いてって、…えと、…三個目の信号を左に、…いや右だっけな…。…違う左だ。それで、次の角を右に……」
「…右に、曲がるんですか?」
「……えと…」



その人は困惑した表情で頭の中の記憶の糸を引っ張っているようだった。
人に道を教えるのは結構難しい事だ。迷惑をかけたな、そう思うと申し訳なくなった。



「…いや。俺が案内しよう。車乗りなよ」
「え?そんな、迷惑じゃ、」
「いいよ、どうせ俺も戻るところだったんだ」



戻るところ、という事はこの人は軍法会議所に勤務している人なのか。
煙草を吸っている背の高い男の人は優しい笑顔をむけて、車に乗りこみ私は助手席に乗った。


















「さ、着いた。ここが軍法会議所だ」



意外にも私が居たところとは結構近く、あの地図を解読できなかった私はどんくさい、と思ってしまった。
運転してくれた煙草の彼は親切にも中を案内してくれた。 車の中で聞いた話では、彼はロイの部下らしい。
すれ違う人々が彼に敬礼をしていくという事は彼はそこそこの地位の持ち主なのだろうか。
私は彼の隣りに居ていいのだろうか、とか今更になって思ってしまった。






数分後、とある部屋の前まできた。中にロイがいる。
そう思うと顔が緩んできた。



「今帰りました、大佐」
「早かったな」
「まあ、大した用じゃなかったんで」



ロイは顔を上げずにデスクに向っていて私に気付かない。
隣りに居る煙草の人が私に笑いかけた。



「ロイ…?」



きっと私の声は小さかっただろう。恐る恐る声を掛けていた。
私の声が届いたのだろうロイはすぐさま顔を上げた。



「………?」
「来ちゃった」
「…何しに来た」
「書類、忘れてたみたいだからさ」
「書類?」
「うん。リビングの上に置いてあったよ」
「…リビングの上。ああ、あれか。必要ない」



凍て付く、表情。
でも私はそれに対抗するかのように笑顔をつくる。



「必要ない…んだ…。いや、一応中見てみたら?」



そう言って彼に封筒を渡そうとデスクに近づいた。
笑顔が、引きつりそうだった。



「ほら、結構な量だし」
「必要ない」



バサバサ、と音を立てて封筒の中から舞う書類たち。
居所を無くした払われた手は固まる。
心臓がバクバクと音を立てる。その音が頭の中で響いているようだった。



「…ごめん、ごめんなさい。余計な真似して」



地面にしゃがみ込んで書類を拾う。
体内の血液が大急ぎで心臓へと向っていく。早く拾わなければ、という風に私が私を急かす。



「拾わなくていい。来い」



動いている手を捕られ、ドアへと牽かれる。
握られた手首が微かに痛む。
視界に入った煙草の人はあっけにとられ、立ち尽くしていた。



「二度と来るな」
「…でも、書類が」
「お前は家を出るな。何度も言ったはずだ」
「…はい」
「捨てられたいのか」
「…嫌」



一言そう言って腕を擦った。
冷たい視線が私を刺すようだった。



「調子に乗るな」



バタン、と閉まるドア。締め出された廊下がとても冷たく感じる。
体内に入る空気は冷たくて体の熱を下げる。

息が、詰りそうだった。
心臓はまだバクバクと音を立てていて、封筒を持つ手が震えていた。
身体だけじゃない、顔がいや頬が熱い。


今夜、また一つ。


大きく息を吸うと胸辺りの震えが治まった。
ドアの隣りに腰を降ろして縮こまる。人は来ない様子だからいいだろう。





恐い。

でもそれ以上に、愛しい。

きっと、彼だって。





家に帰ったら早速晩御飯の準備をしよう。
あの人が好きなものを揃えて、部屋も綺麗にしておこう。
そして夜は何かしら理由を探して部屋を出よう。あの人が眠りにつくまで。





今夜また一つ、痣が増える。





そして朝は何事も無かったかのように朝食を作って彼を送り出そう。
そうすれば生活のリズムは元に戻るはず。
あの人も、きっと怒りはしないはず。
私は、悪くない。きっと正しい事をしたはず。
書類だってもしかしたら急に必要になるかもしれないし、書庫に持っていかなきゃいけないものかも しれないし。
正しいことだって分かれば、きっとあの人も。
気付いたらまだ胸あたりのもやもやとした何かは晴れていなかった。
どんなに大きく息を吸っても、瞳を閉じて心を落ち着かせようとしても。
まだ、手の震えが止まらない。どうしてだろう、こんな事は日常茶飯事だというのに。



「…うぅぅ」



私は何を唸っているんだろう。
自分の中で処理しきれなかった何かが声として出て行っている、というのは分かる。





「っ、…うぅぅ、あぁ」





あの人にこんな扱いをされるのは慣れているのに。
こんな震えなんて大した事のない事だって分かっているのに。
どうせ、私は使われていて愛されてなんていない。
そんな事ずっと分かっていたのに。
何でこんなにも悲しいのだろう。なんでこんなにもあの人が恐いのだろう。
なのに、なんでこんなにも、私を愛して欲しいだなんて、思っているんだろう。






きっといつかは彼も愛してくれる、だなんて。







「うぅぅ、っ…うぁぁあぁぁ」







気付いたら、私は自分の二の腕をしっかり握り締めながら唸っていた。
茶色のA4サイズぐらいの封筒に小さな染みが出来ていた事に気付き、また唸る。


私は、あの人が私の身体に残した痣をしっかりと握っていた。










きっと   い つか    は   愛 して  くれる   は ず    だか ら





























05,02,26《幕》
痛っ、という気分です。本当に一方通行。ここまでくると逆に虚しい。(実は、暴力にあってるヒロイン書くのは楽しかったりする)

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