あ、また舌打ちした。
わ、今シャープペンの芯折った。
あちゃー、顔にぶつかってるよ。
かーわいそうに。ついてないねぇ。
どうも、ジャン・ハボックはただ今不機嫌らしい。
禁断症状
「ジャン、どうしたの?さっきから苛々しすぎ」
「…あ?」
そいつはあからさまに苛々していた。
足は小刻みに揺れている。いわゆる貧乏ゆすりというやつだ。
指は揺すられている足と同じ速度でトントン、とデスクを叩く。
「苛々してない」
「は?どこがよ。靴も指もトントン鳴らして舌打ちしてどこが苛々してないっての?」
「今仕事中ですよー。さん」
「…しらじらしい。見てるこっちが苛々してくるから休憩でも何でもして機嫌直してきなさいよ」
「はぁ?」
本当にこの男は。普段は真面目に仕事してこんなやつじゃないのに。
二ヶ月に一度か半年に一度こうやって不機嫌な時期がやってくるみたいだけど、今日のはまさにそれだ。
指をトントン鳴らしたまま、考える素振りを見せたかと思うといきなり手首を掴んできた。
「休憩、とっていいんだよな?」
「い、いいけど。丁度お昼の時間だし…」
「ちょっと付き合えよ」
この時気付けばよかった。
一応こいつも男なんだってことを。
「ん、ちょっと、やめて。何する気」
「分かってんだろ」
「だから、やめて。今仕事中でしょ」
「たまにはサボらせろよ。ただの休憩だ」
ギシ、と唸るソファー。床に散乱している書庫の本。デスクの上のライトが光源の薄暗い部屋。
全部がこの男のようにいやらしく見える。
嫌よ嫌よも好きのうちって言うけど、この男が自分の嫌いな人間だったとしたら私はきっとぼこぼこにしてる。
多分こいつには私の張り手なんて効かないんだろうけど。
その前に私、殴れないか。
「いきなり呼び出しておいて何よ全く」
「るせーやい。溜まってんだよ」
薄暗い部屋にぼそぼそとした二人の話し声。その小さな音の中に異様なちゅ、という音。
頬に口付けした後、耳の付け根から輪郭を唇で謎って首筋に吸い付いた。
「わ、痕つくじゃない」
「使用済みのしるし」
「馬鹿言わないで。……どこ触ってんの」
「性感帯?」
はそう言ったハボックの頭を軽く叩いた。ハボックは『う』と唸り、一言あやまった。
ハボックは自身の大きな手での軍服の中を弄り、唇を求めた。
その行為をハボックの顔の前に手を出し静止した。すると指の隙間から見える怪訝そうな表情。
「煙草臭いから嫌」
「残念。今月俺は上司から禁煙命令が下されているんで煙草臭くありません」
そう言ってにぃっと口元で笑みを浮かべた。
返す言葉を出す暇も与えずに強引に唇を奪う。それは恋人達が静かに交わすキスとは正反対の強引なもの。
ハボックが、唇を離そうと顔を左右に動かすを壁に押さえつけようと片手を壁に伸ばした。
するとの頭が壁にぶつかり小さな鈍い音が発せられた。
小さな子供が食べ物を食べる時のくちゃくちゃという音に似た水音と荒い息が重ねられた部位から出てくる。
は何かを言おうと必死だが口を塞がれ声にならない。
「やっぱさぁ、煙草吸わないと口元寂しいんだよな」
おどけたような表情をつくってみせるハボックの心内は黒い。
「おまけに禁断症状も出るらしい」
「……ちゅーちゅー症候群?」
「……それもいいな」
「死ね」
「嘘です。ごめんなさい」
「じゃ、仕事に戻るから」
「え。続きは!?」
『え』って何よ『え』って。というか続きって何だよ。
仕事中だろうがっての。そんな寂しそうな顔しないでよ。
不意に可愛いだなんて思ってしまう。
「だってちゅーちゅー症候群が出るんでしょ?そんな狼と付き合ってらんないわ」
「嘘だって!」
「はいはいはい。嘘つけない性格のくせに何言ってんのよ」
ははだけた軍服を着直し、首の骨をぽきっとならした。
ハボックの手から抜け出した腕を盛大に広げ、背伸びをしながら欠伸をする。
「たまには相手してくれてもいいだろー」
「十分相手してあげたでしょ。そのソファで寝てたら?」
「一人じゃ意味ねーよ」
「そのうち誰か来るわよ。きっと」
「誰か、って何だよそれー」
駄々をこねるハボックを冷静な声と言葉で回避するユカ。
するとまたハボックが足をトントン鳴らし始めた。貧乏揺すり。
「ジャンは駄犬ね。仕事さぼってどうすんのよ。」
「さっきから言ってくれるな…」
は貧乏揺すりをし始めたハボックを残し部屋をあとにしようとドアノブに手をかけ振り返った。
「じゃ、私はこれで」
これで手早くドアを開け、廊下に出れば事は治まっていたはずなのに。
「待てよ」
低く唸るようなその声を聞いた後はもう遅かった。
「続きがあんだろ。ゲーム放り出すなよ」
状況を把握しようと辺りの風景を瞳を凝らして見ようとした瞬間、目の前が暗くなる。
唇に無理矢理押し付けられたような感触。
そして舌は歯列をなぞり、口内を犯した。
頭がくらくらとして朦朧としてきた。それは息が続かないからか、それとも唇から感じるものからか。
やっと唇が離れたと思ったらは足が竦みそうになった。
「…っ、ゲームってねぇ、あんた…」
言葉を続けさせる前にハボックは自身の唇で塞いだ。
そして片手で頭を支え、足を強引に払いバランスを崩させそのままソファーへと力任せに押し倒した。
「…いっ、こんの野郎…!」
「もっと大人しく可愛らしい反応をしろよ。女だろー」
「馬鹿、放して!」
「いーやーだー」
子供のようなふざけた声でそう言ってからかい、首筋の赤い痕の上に唇で触れた。
「ちょ、いや、嫌だって…!」
ハボックは『はいはい』とさらりと受け流し、騒がしく動く唇にキスをした。
「たまには無理矢理にでもヤられて下さいな」
ジャンはそう言って再度唇に押し付けた。
私は彼の煙草の禁断症状とやらを甘くみていたようだ。
禁断症状
・了
《05,01,31》
ハボックがおかしくなりました。
偽者だ。
でも彼は犬なので狼の本能を取り戻したのです。