ヒト属とケモノ属が一緒に暮らす、と言うの は最近一般的になっている様だがまだまだ些細 な難関のある行為だ。互いの不足を補完し合っ て生活できればそれに越した事はないんだが、 中には言うに言えない些細だけど厄介な事だっ てある訳で。
風呂から上がった後、俺は暫し鏡の前で考え 込んでしまっていた。仔細に検分すると確かに 了が余り良い顔をしない状況であろう事が判る。 俺自身も不快と言えば不快だ。 ただでさえ毛並みの細かい俺の体毛を指で梳 けないんじゃなぁ…いい加減櫛も通り難くなっ ているし、道具を使わない毛繕いも限界かな? ドライヤーかけても相当乾き難いし。 舌を使うという選択肢もない訳じゃない。そ の代わり相当舌が荒れるけどな。ケモノ属の舌 でさえ荒れるんだからそれよりデリケートであ ろうヒト属の舌が耐えられる筈はないと思う。 了がやりたがっても俺が止める。 季節替わりに身を任せて…なんて暢気な事も 言っていられないだろう。先手を打って置かな いと了がどんな突拍子もない手段を弄してくる か、気が気じゃない。そうなったとしたらどっ ぷり落ち込むのは了の方だもんな。 大仰だけど、これも了を泣かせない為だ。時 期も時期だからとこじつける事も出来るだろう し。
とりあえずは腋の下。自分でもここが一番鬱 陶しかった。節理は判る。しかし鬱陶しいもの は鬱陶しい。 そこが終われば両腕から胸、そして腹。足は 下の方からゆっくりと毛並に逆らい…たくなる 誘惑もあるが一寸堪えて毛並に沿ってゆっくり と。 うん。流石に高性能を謳うだけある。この櫛 はかなり無駄毛が梳ける。そしてその無駄毛か ら立ち上る臭気に我ながら閉口する。了はよく この臭いに何も言わなかったもんだ。 ヒト属の嗅覚を考慮するにしたって、この臭 気の中で色々と過ごすには余り愉快な感覚はな かった筈だ。早く気付いて置くべきだったな。 随分と甘えてしまった。 さて、隠し所周辺は…軽く毛並を整える程度。 ケモノ属の場合は隠す方が美徳だしな。 残る背中側の手の届かないところは、了にや って貰おう。自分でやって毛並が変になると了 が不機嫌になるから。背中の毛並を手櫛で梳き たいってのもフェティシズムの一種なんだろう なぁ。振り向かなくても掌から伝わる熱で了の 陶酔加減が判る様になってしまった。その陶酔 が俺に伝染してくるのにも、いい加減慣れた。 まさかその毛並に了が惚れたなんていう短絡思 考は抱かないけれども。
「了、一寸いいかぁ?」 「はいよ…って、思い切ったねぇ。寒くない ?」 「お前らより暖かいって。……背中、頼める か?」 「はいな。この櫛で梳けば良いの?」 ゆっくりと櫛を検分しつつ問うて来るので軽 く頷く。一梳きされた後は互いの呼吸音だけが 脱衣所に響く。……嵌りやがったな。 「一寸勿体無い気もするよねぇ」 「毛?」 「ん。洗って乾かしてクッションのあんこに するのもありと思わない?」 「そいつは勘弁。自分の毛だけど何かが篭っ てそうで俺は嫌だ」 「なら、止めた」 会話が出て来た所をみると、もう仕上げの辺 りになっているらしい。 「こんなもんかな。シャワー、一人でする?」 「一緒に頼む。背中が心許ないから」 返事の代わりに、軽く鼻っ面にキス。
シャワーの後にはもう一度ブラッシング。い つもの櫛で遣ろうとしたら了に止められた。 「んだよ」 「先越されの感もあるけど、これ使おっか」 了が取り出したのは、大振りの柘植櫛と柘植 ブラシのセットだった。 「毛の艶もでるし、梳くには丁度良いかなっ て」 「どういう宗旨替えだ?」 「毛を刈るって言う発想がなかっただけだよ。 クリスマスのついでだし」 後は言葉を挟むなと言わんばかりに櫛を滑ら せる。素直じゃねぇよな。耳を真っ赤にしてる 癖に。 「…長い毛も梳いてみたかったな」 「育てりゃいいじゃん、一年かけて」 「赤と緑のリボン、つけて良いよね?」 性悪な笑い返しにくらっと来た。
(2007.11.25メールマガジンにて発表/2007.12.24再録)
作者:葡萄瓜XQO
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