卑下する訳じゃないけど、うちの商店街程クリスマスが
似合わない場所は無いと思う。規模的とかそう言う経済的
な部分じゃなくて、なんと言うか雰囲気の部分で。
勿論住人は皆二十一世紀に生きている人なのでクリスマ
スと言う行事がある事は知っている。元々の意義に従う人
だってきちんと居る。でもそれにしたってどうも何処かが
ちぐはぐな感じは拭えない。
和菓子屋の息子が言うのもなんだけどさ、鍼灸院の入り
口がクリスマスカラー+青の発光ダイオードで飾られてる
って言うのは、かなり変だ。施術する先生がサンタ帽をき
ちんと被っているのも、受付の助手さんがトナカイカチュ
ーシャを付けていると言うのも。
……はいはい、判ってますよ。クリスマスカラーの一口
羊羹を作って売ってるお前が言うな!でしょ?でもさ、や
っぱりパートナーにはそれなりの雰囲気と言うか空気は保
っておいて欲しい訳で。思い切り水掛け論だけどさ。
でも、自分の現状を振り返るとなぁ…。幾ら外でプラカ
ードもって宣伝する仕事が寒いからといって使い捨てカイ
ロを四個も体に貼りつけるってのはなぁ…。全部標準サイ
ズじゃないってのが救いと言えば救いか。
そりゃさ、肩・腰・足の裏を冷やしちゃいけないよと言
う家人+αの心配は判る。とても有り難いと思う。だから
といって、まだ血気盛んと思われる成人前後の男にカイロ
を背負い込ませた上にフリースで着膨れさせるのは過保護
も良い所だと思う。そのフリースがサンタの衣装だからま
だ良いんだ、多分。
で、鍼灸院の方を見遣れば問題のその+α氏がサンタ帽
を被ったままニヘラと笑い掛けて来る訳だ。顔がなまじっ
か整っているだけに一瞬とは言え崩れるのは結構ダメージ
有りかも。いやまあそれを含めて惚れてしまってるんだけ
ど。
「お疲れさんだの、聖君も」
「あ、和尚さん。お勤めですか?」
富智院の和尚さんの格好はいつも奇抜だ。御本人は至っ
て真面目な御僧侶なんだけど、朱に交わればなんとやらな
んだろうか。この商店街の店子をやっている内に変な意味
で馴染んでしまったらしい。今日だって漆黒フェイクファ
ーのロングコートだったり…って、こういうのを売ってる
のもうちの商店街程なんだろうな。
「おうさ、今帰りでの。今年も順調に売れている様だの」
「御陰様で。今年も見繕いでお届けします?」
「そうさな、多めに願いたい。今年は遠来の客人が多い
との先触れがあるでな」
お寺で迎えるクリスマス…この和尚さんの人柄を知って
いれば違和感は無いんだけど、話だけを聞く人にとっては
馴染みは無いんだろうな。斯く言う俺が和尚さんに『ケー
キの代わりに特大の源氏巻でも』なんてとんでもない進言
したしさ。で、この和尚さんの凄い所はそれに乗ってしま
う所なんだよなぁ。『和製ブッシュ・ド・ノエルぢゃな』
とか言ってね。ええ、作りましたよ。どうせなら本当にブ
ッシュ・ド・ノエルっぽくやろうと思ってきちんと仕事し
ましたともさ。一歩間違えればバームクーヘンになってし
まいそうだったけど。
うん。俺もやっぱこの商店街の住人なんだわ。どこか調
子っ外れで妙てけれんなクリスマスじゃないと落ち着けな
い。だから望さんのサンタ帽姿も実は好きだったりする。
二人っきりの甘いクリスマスなんてお互い柄じゃ無くなっ
ちゃったしね。これも一種の刷り込みなんだろう。いつの
間にかのほぼ公認の関係と言うのは気恥ずかしくも有り難
いんだけど。
「そうそう聖君。今年の趣向なんだがの」
和尚さんの微笑をみて心の中で100m程一瞬にして後退す
る俺。和尚さんのこの微笑みの後に続く言葉で俺が楽をし
た例は一度としてない。源氏巻ブッシュ・ド・ノエルの時
もこの微笑で押し切られたんだよな。
「……新趣向ですか?」
出来るだけにこやかに返答したつもりなんだけど…うー
ん、自信ない。
「うむ。くろかんぶっしゅ、と言うケーキは知っておる
かな?」
「えーと…あのシュークリームのピラミッド仕立てです
か?」
「それぢゃ。それを最中を使ってやれんかと思ってな」
「最中ですか…紅白にします?」
「緑は混ざらんかの?」
「やってみます」
うん。最中なら多分大丈夫だ。少なくとも四角いから積
み上げやすい。緑は飴で演出すれば良いかもね。
「……父ちゃん、また聖を試してんのかよ」
「悪いか?」
「悪趣味だよ。僧侶だってのに」
「せっかく婿に来て貰うんぢゃからな。それなりの器は
鍛えて貰わんと」
あーあ、望さん点目だよ。街角で久方ぶりの親子の会話
と思ったらいきなりザクッと抉られてるもんな。和尚さん、
鋭過ぎ。俺達の関係をあっさり許可した人だけあるけどさ。
「あのさ、父ちゃん…聖が嫁って可能性は考えない訳?」
「そう言う台詞は自分の腰廻りを見てから言う事ぢゃな。
では聖君、よろしく頼む」
で、こういう会話が交わされてるのは商店街の往来ど真
ん中な訳で…今更の事なんだけどね。ほんとに今更の事な
んだけど。商店街ぐるみの公認の関係なんだからさ。でも
無いもの強請りなんだけど、本当に時々秘密の関係と言う
ものに憧れてしまったりする。
俺はとりあえず往来の真ん中で固まってる望さんに上着
を羽織らせてから練り歩きの支度を調える。折角のクリス
マスですお祭りです。盛り上げて楽しんで、ついでにお財
布の潤いもほんの少しは戴きます。廻り回ってみんな幸せ
になると言う事にしといて下さい。
そして練り歩いた後、とりあえず公園のベンチで休憩。
一番大きな合歓の木の下のベンチは俺のお気に入りの休憩
場所。この合歓の木はこの季節には町内共有のクリスマス
ツリーになる。20年マイナスα俺はこの木を見上げて育っ
て来た訳だ。望さんに初めて会ったのもこの木の下だった
し……こういう付き合いの節目節目もいつもこの木の下で
迎えた様な…。その当時から結構観られてたんかなぁ。一
応人目は気にした筈なんだけど、思い返してみるとなんか
ショックだ。思い出の一欠片一欠片ならせめて二人だけの
ものにしておきたい。かなり後からアルバムみたく見せび
らかすんならまだしも。せめてもの救いは精々暴走しても
オードブルの寸前までだったと言う程度…改めて考えてみ
るとその方が余程恥ずかしいか。行き帰りの姿の方が余程
何か曰く有り気だったろうし。
「よ、お疲れ」
「そっちもお疲れ。仕舞い?」
「仕舞い前の一休み。こういう季節にも休めない人はい
るしな」
「当日も?」
「うちの商店街、不夜城だもんな」
「そだね」
缶入り甘酒を受け取ってゆっくりまったり。何気ない日
常の筈なのに気恥ずかしく感じるってのは、昼間の会話の
名残かな?
「望さんさぁ」
「ん?」
「俺の事、重たくならない?」
「なんねぇなぁ。むしろもっと受け止めてたい」
さらりと返されて却って焦る。
「あん時絶句したのは父ちゃんの鋭さ加減にだよ。今の
バランス、かなり気に入ってるんだ」
「そうなんだ」
「当日は鴨鍋作って待ってるから。しっかりやって来い」
「望さんもね。しっかりお稼ぎ」
返事の代わりに右手の人差し指への軽いキス。
そうだね。鴨鍋食って二人で過ごして、そしてほっと一
息ついたら葛湯を啜ろう。あなたの好きな抹茶入りに、少
し柚子の皮を散らして。金箔は少し気恥ずかしいから。
(2007.12.16脱稿/2007.12.17UP)
作者:葡萄瓜XQO
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