とりあえず彼の作業が一息つくのを待つつもりだった。だったけ
ど、もう無理。だからこっちからのアクションとして耳を甘く噛
んでみる。
「積極的だね」
「ていうか、放置し過ぎ。何の為に今日来てるのか判んないじゃ
ん」
「のってきちゃったからね。ここで止めるとなんか嫌だなと」
郁さんの指に絡んでいるのは赤白緑のクリスマスカラー段染純毛
スラブ糸極太。染め加減も不規則なら太さも不規則に変化してい
る。それを彼はざくざく指で編んでいる。といっても両手が完全
に塞がっている訳ではない。メインは左手で右手はとりあえず僕
の為に空けてある。とは言っても片手間なので不自由この上ない。
こっちからご奉仕と言う手もあるんだけどね。郁さんが編んでく
れているのは僕のセーターなんだし。
今年の正月にはマフラーを編んでくれたんだけど、アレは参っち
ゃった。だって、純毛スラブ糸極太で編んでくれたのは良いけど、
色が殆ど白に近いクリーム色だったんだよ?僕がソフト天パで眼
鏡っ子だからって、それは余りに狙い過ぎだ。眼鏡屋さんのイメ
ージキャラクターになった覚えは無いし。
「じゃ、せめてその一玉分編み終えたら手を休めてよ。それなら
良いでしょ?」
うん、それなら長くても後20分待てば良い。
「そうだな。流石に肩も凝るし」
編み続けながら軽く肩を回す彼の正面に回ってひょいと眼鏡を外
す。自分の眼鏡はとっくに外してあるから、深めのキスをするに
はかなり楽だ。
「積極的なのは良いけど、頭でっかちになるんじゃないよ?」
「大丈夫。イメージトレーニングだけだから」
子供扱いされても仕方ないって自覚はあるんだけどさ。可愛い貴
方が悪い。
10歳年下のガキ相手に何やってんだか、と今でもよく言われる。
何やってんだかと言われてもなぁ…きちんと恋愛やってますとし
か言い様が無い。まあ、この歳の差を考えると言われても仕方な
いかとは思うんだけどね。
でも、そうやって冷やかす連中は正登の本質を知らないから気軽
に言うんだろうな。正登の本質はガキじゃない。オスだ。オスと
言う本能から正登を捉え直した場合、多分俺よりは余程手管に長
けているかも知れない。
ただ、オスに本能のまま引っ張り回されるのも癪なんでそこはそ
れ。年上の奴と付き合うんならそれなりの社会性も身に付けて貰
って漢とは行かなくても男になって貰わないと。布団の上の先導
権を渡している以上はね。
最初の瞬間はここまで続くとは思わなかった。年の差もあるし、
接点も少ないし、お互いそう言う好奇心だけ旺盛だし。俺もまだ
自分の性癖を自覚したばかりだったから偏ってたかもね。正登も
飽きると思ってたし。
ここまで続いたのは多分、結構粘り強い正登のお陰かも知れない。
これからも多分正登のお陰で継続するんだろう。それは、有り難
い。
10歳の年の差で実質的な付き合いが5年、と言うと短い様に思える
けど、それまでに意識しないご近所さんとしての付き合いがまあ
5年少々はある。それで出会った当座はこっちも自分が男に嵌るな
んて思ってなかったし、其の相手が目の前の幼児だなんて思って
いなかった。完全に想定外な恋愛だ。
こういう関係の場合、多分年齢とかそう言うものにしがみついた
ら負けなんだと思う。面子とかそう言うもんで恋愛してる訳じゃ
ないし。自分でもなんか矛盾してるとは思うけど。
熱さを一緒に感じる事が出来れば、其れでOKなんじゃないかと思
う。
負ぶさらず、かと言って抱き抱えず。負担は常にプラマイゼロで。
郁さんの影響でとうとう指編みに手を出してしまった。とは言っ
ても僕の財布の中身じゃ純毛糸なんてそうそうは買えない。勢い
アクリル主体のものになる。糸の種類は勿論スラブで。
で、自分で編んでみるとしみじみ郁さんの凄さが判る。何この肩
の凝り方。普通に眼鏡をかけてる時より凝ってくる。マッサージ
椅子で気持ち良さそうな声を上げる同級生の気持ちがよく判った。
だから郁さんは僕が肩をもむのを嬉しがってたのか…と早合点し
そうになって、もう一つ気付く。
僕の手のひらって、こんなに温度あったっけ?
体温は元々そんなに高くない方だ。小学生の時から36℃より下の
時なんてざらにあった。人肌の安らぎを知らない時はそれでも充
分平気だった。僕が寒がりになったのは郁さんと一緒に寝てる所
為も少しあるかも知れない。
にもかかわらず、僕が額に手を当てて体温を測ろうとすると皆妙
な顔をしてきたんだよな。…そうか、そう言う訳だったのか。
僕の掌が、郁さんの体温より温かいというのも不思議なものだ。
郁さんも、少し寒かったのかな?確かに肩が少し温まると凝りも
解れるもんな。心も結構軟らかくなるし。
これって、結構重要なポイントだったりするのかも知れない。
自分が恋人にあげられるものが少ないガキだって事は自覚しちゃ
ってるしね。そう言うガキを対等な相方として扱ってくれてる郁
さんの気持ちがたまに重たかったりして。そう言う負い目の補填
としては、大きなポイントかも。
「正登、茶ァ飲む?」
「あ、飲む飲む。濃い目にして」
休日の会社員と学生がコタツに入って二人して編み物…これでど
っちかが異性だったりすると漏れなく普通のカップリングと認識
されるんだろうな。
でも、俺も正登も男な訳で。受身になるからと言って性別を取り
替えたい訳じゃない。俺は男の正登だから好きになったんだと思
うし。正登が女の子だったら、と言うのも全く想定外。そこで男
の体が好きかと問われれば結構答えに詰まる。正登の体を見て反
応するのはありなんだけど、他の野郎の体見て同じ生理反応があ
るかと言われれば即答出来ない。正登への気持ちがブレーキにな
ってるのかも知れないけどね。少なくとも今まで肌を重ねたいと
まで欲求が高まったのは正登の体に対してだけだ。受け入れたい
と言う欲求も、然り。
………刷り込みかななんて思わないでもないんだけどね。正登が
年上だったらな、と言う想定も浮かんでこないし。
「ほれ」
「あ、ありがと」
「結構はまるだろ?」
「そうだね。意外にも」
と、郁さんに返して改めて実感。最初はどう感じるでもないけど、
形が出来てくるのを見ると徐々に欲が出てくる。こんだけ編めた
んだから、と止めるのが惜しくなるんだよね。
郁さんがスラブ糸を選んだ理由も身をもって理解した。これなら
却って荒く編んだ方が良い味わい出るものね。超極太でも目を均
等に揃えて編もうと思ったら神経から疲れてくるし。じゃ、一息
入れて、かねてからの計画、行きますか。
正登が指編みを始めて一つ得した事があった。それは正登の猫っ
ぽい仕草を多く見る事が出来る様になった事。元々猫っぽい奴と
思ってたんだけど、指編みを始めてから肩の凝りが少しきつくな
ったのかより目をしたりきつめの瞬きをしたりして凝りを和らげ
る様になったみたいだ。その目つきがかなり猫っぽい。編み物を
継続しながら首を廻す仕草も相当。毛糸玉というアイテムがある
から余計に。
その正登が珍しく編み方を休めている。ッてなぁ、指の代わりに
毛糸にかませてるのって、俺が昔修学旅行の土産で買ってやった
ジャンボ鉛筆だろうが!よく残してたなそんなもの。
「郁さん」
「んだよ。改まって」
「そのまま続けててね。邪魔はしないから」
そして背後に移動する気配…ま、そう言う暴走も正登なら許す。
お年頃だろうからな。
でも、俺の一人合点はしっかり裏切られる。
正登の掌が俺のうなじと肩の間で、ゆっくりと動いていたから。
「どういう風の吹き回しだ?」
「ご奉仕の一環。別の事だと思った?」
「ばぁか」
多分耳は赤くなってしまってるんだろうが、まあいいや。
「ねぇ、郁さん」
掌の熱と手技に気持ち良くなって解け出した気持ちの中に、正登
の声が滑り込む。
「何?」
「来年も、その次の年もこうして凝りを解してあげるからね」
「うん」
「郁さんの凝りを解すのは、僕だけだからね」
「うん」
「郁さんと釣り合う様に、努力するから」
「出来るだけゆっくりな」
「え?」
「背中が一寸重たい方が、俺も頑張れるし」
「……ん」
うなじにそっと、湿り気と別の熱が触れた。
明日から、イブも含めた連休だ。一段楽したらもう一頑張り編ん
でおくか。
(2007.11.9脱稿/2007.12.1UP)
作者:葡萄瓜XQO
|