冬遊び

突然に降り注いだ綿氷の所為で吾達は住処に
足止めを食らっていた。
この家の囲みが四角く屋根が三角なのは
こういう時に有り難い。火で温まった気が
逃げないから。
入り口から垣間見える白い景色をぼんやり
見ていると背中にのしかかられた。
「寒いのか?」
「寒くない。白いのに見とれていただけだ」
「もっと白いところもあ、痛ぅ!」
「まだ日の高い頃だろう。惑うな」
とりあえず被った衣を捲り上げようとする
長の息子の手をつねり上げ、住処の右奥に
向かって這いずって行く。左奥には決して
触れない様に。触れれば障りが襲って来る
から。
ふと彼の顔を見ると、唇の端に微かに粘り
ついたものがあった。心当たりが無い訳では
ない。交わりの後で総てを口で清めてくれた
のは彼なのだから。
「ここに居て良いのか?お前」
「多分な。今日は何をする事も出来まいよ」
吾が身を伸べた横で彼も身を伸べる。生まれ
持ったこの身の為に少し良い暮らし向きでは
在るがそれでも長の暮らし向きとは程遠い。
敷物らしい敷物と言えば前の冬に手に入れた
鹿の皮程だ。散々二人の汗を吸わせ二人の身で
押し延ばしたものだからいい加減擦り切れて
きている。
「お前、何故吾と居る」
「それなら何故お前は俺を拒まぬ」
「さあ、判らぬ」
答えが出る筈もない、と何時しか判りながらも
繰り返す問答。彼が子を成すまで、と心の隅で
静かに思いながら神遊びの夜でもないのに夜毎
身を開いている吾。何時しか自分の子を成す
つもりは毛頭無くなり、目の前に居る者と朽ちて
行けるならばとまだ髭が生えたばかりなのに
思っていた。
「お前に判らぬものが俺に判る筈は無かろう」
くぐもった声。彼が吾の胸に顔を埋めつつ呟く
声。体の中の埋め火が、又紅く熾ってくる。頭を
抱きかかえ、開いた足で腰から抱き寄せる。
「良いのか?」
「おさめねば、眠れぬわ」
絡み合う身と心から発した熱で気持ちが白く輝き、
そして眠りが訪れた。

目を覚ますと、色々と混じった匂いが鼻に入り
込んできた。嫌な気持ちは感じないが、その匂いで
この交わりが常ならぬものと思い知る。二人の汗の
匂い、吐き出した精と息の残り香。火の要らぬ頃
なら川で匂いを流す事も出来よう。しかし、川は
今氷で閉ざされている。薄氷だから割れない訳では
ないが、割る勇気が出てこない。心の殻と同じ様な
ものだ。
「映えるな」
「何がだ」
「この、紅が」
彼が指したのは首筋から胸を伝って隠し所まで点々と
ついた吸い跡。常人より白い肌であるが故に目立つ
のだろう。時々戯れに彼の身を吸ってみるが、確かに
ここまでは目立たぬだろう、と思う。
「男の肌だと言うに」
「いや、お前の肌だ」
なおも紅を散らそうとする小憎らしい耳を引っ張って
やる。
「どうせ紅で埋め尽くすつもりは無いのだろう?」
「お前が俺一人のものになるなら埋め尽くそう」
その一言を聞いた途端、後腔からじわりと滲み出た
ものがある。吐き出された彼の精の匂いが乱れた
気持ちを呼び覚まし、神ならぬものが降りてくる。
貪る事で少しでも絆が保てるのならそれも良い事
なのだろうか。
「この身が…」
「惑うな思うな。今はただ」
滲み出たものを擦りつけ広げられ、そして常の心が
遠くなる。鹿の皮に染み付いた二人の匂いに包まれ、
幾度目かの白い時を迎えていた。視界の端に白く
染まった外の風景が映る。

再び目覚めたのは月も高くなった頃。室の気は暖かく、
隙間から差し込む月明りでうっすら生えかけた彼の
髭も見える。
彼を手放さねば。
吾の心地良さと村の先行きを天秤にかければ、村の
先行きの方が重い。長の血筋は絶やしてはならぬ。
吾は村の供物として一人で朽ち果てる。それで良い。
この身で生まれ、この村に流れついた時からそう
決まっていたのだ。ただ彼が優しかったので長い間
躊躇っただけだ。
髭が生え揃わぬ内に。互いが男として認められぬ内に。
「何故、そう言う顔をしている?」
声にはっと我に帰れば、彼が横になったまま吾を
見つめ返していた。
「顔なぞいつもと変らぬだろう」
「いや、今の顔を俺は一度しか見た事が無い」
そして抱きしめられる。
「長の座は、譲ってきた」
「!」
何を言った?この、目の前にいる男は。
「長の座と、これを引き換えてきたからな」
携えてきた小甕の中から彼が取り出したのは、
翠玉の腕輪だった。
「何故?」
「こうしたかったから」
吾の腕に嵌る腕輪。そして、満悦して笑う彼。
「遠い国の神に近き人の生まれを祝う祭りでは、
白と翠と紅の三つ色を以って村や身を飾るそうな」
「吾はもう白くない」
「白いさ。俺はその白さに幾度救われたか」
そして、熱く濡らされる指先。
「この寒さが過ぎたら、海を渡ろう」
「どこへ行く?」
「お前の血の源の国へ。二人で生きる為にな」
「それまではどうしようと」
「長の座は結構重きものでな…腕飾り以上の価値は
あった様だ」
吾の髪をゆっくり撫で梳きながら彼の言葉は続く。
「粟と芋と米が二甕づつ。干した魚も干した肉も倉に
ある。いや、倉一つ分が譲られた、と言うべきか」
頬と目の当たりが熱くなる。逃げる事を思う我に
対して捧げられたものの有り難味に対し。目の前の
男が長であるなら村も栄えるだろうと思う反面、
これだけの男なのだから手放したくないと言う思いも
生まれている。
「神人生まれの祭りでは、思い人に捧げものをすると
聞く。これらは、俺からお前への捧げものだ」
「重過ぎる。想いだけでもいい加減…」
「これからは、二人で背負える」
小さく爆ぜた火が二人の影を揺らめかせた。

旅立ちの日には捧げものをしてゆこう。神の傍にいる
ために延ばしていたこの白く黄色い髪を一房。生まれた
国への旅行きに長過ぎる髪はただ疎ましいだけだろう
から。
          

           06.11.11脱稿/2006.12.1UP  
             葡萄瓜XQO
 
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