踏み切りの向こうにいたのは、求と僕が知らないガキ。
僕が二人の存在に気付いた途端に、警報機が鳴って踏み切りが
閉まり、そして貨車が行き過ぎた。
遮断機が上がって歩き出そうとした瞬間、口を開けて
凍りついた様に固まった求と目が合った。そりゃ、気まずいよね。
恋人の目の前で昔付き合ってた奴とばったり会うなんて。
でも僕は、そのまま進む。求達も、結局そのまま進む。
意識さえしなければ昔の相手もただの通行人と同じ様なもの。
増してや、貨車が行過ぎる間の三分間に人目が無いからと言って
往来でキスしてたなんて気配が残ってる様じゃ、欠片程残ってた
恋心も蒸発してしまう。
学ランと半ズボン…この組み合わせなら見られてもじゃれ合いで
済むと思ってるなんておめでたい奴。別れて正解だったかも知れない。
半ズボンを穿かなくなったのは、似合わなくなったと言うよりも
自分でけじめを付けたかったから。秋から冬にかけて、鳥肌の立った
自分の足を見るのも嫌になったし。
そう言う事も一緒に思い返すと、急に視界が滲んだ。そして、
横を通り過ぎた誰かの携帯電話から聞こえるジングルベル。
求の奴…僕の時とは随分待遇違うよな。それだけあのガキが
大事だって事ね。
年上の恋人、なんて書くと随分良いイメージだけど…求には
はっきり言ってそう言う器の大きさは無い。頭を抱えるのは
いつも僕の方だった。
周りに関係がばれて嫌な事にならない様に気遣うのはいつも僕。
いい加減それだけでも疲れてるのに、求は僕をいつも食い尽くそうと
する。
求にこう言う体の関係を教えたのも僕。求は欲しがってたけど
遣り方を知らなかった。僕はたまたま遣り方を教えられていた。
だから成立した関係だと思う。
時々、自分の実際の年齢を忘れそうになって、嫌になる。
やっと甘える事が出来る相手を見つけたと思って安心しかけたのに、
結局甘えさせたのは僕の方だったから。
『無邪気なが好きだったのにな』
求にとっては何気ない台詞だったんだろう。でも僕にしてみれば
それこそ一昨日きやがれな台詞だ。自分で自分を守らなければ
いけないと悟る代わりに、無邪気さを封印させたのは何処のどいつだ?
年齢通り振舞いたくても、気持ち良さのツケを大人や年上から
押し付けられる子供に、無邪気に振舞えというのはかなり無理がある
と思う。出来ると言うならやって欲しいものだ。
かえって何とも思ってない相手の前で無邪気に振舞う方が気楽なのかも
知れない。こっちが無邪気なつもりでも相手が何か思ってると言うのは
あるだろうけど。
「誰?」
家の前で待ち伏せられた。どこかで観た様な気がするガキだな。
「さん、ですよね?」
落ち着いてるつもりなんだろうけどさ、拳握り締めて、おまけに
それが震えてるんじゃまだまだだっての。
「そうだけど。お前誰よ?」
もうピンと来たけど、意地悪く聞いてやろ。
「ぼ、ぼく、求さんと今付き合ってるんです」
「ふうん。で?」
「それだけ言いに来たんです!じゃ!」
「待てよ」
「?」
「どれだけ此処で待ってた?」
「ついさっき来たばかりです」
「嘘をつくのはこの口か!」
わざとふざけた調子で軽く頬をつねってやる。嘘は上手につけよな。
何でこんなに冷え切ってんだよ。
「ひゅ、ひゅむぃむぁ」
「謝んなくていいっての」
それから先に歩き出す。
「あ、あの」
「ついて来たらコーヒー奢っちゃる。どだ?」
後ろから、足音が付いて来た。
コーヒー買って肉まん買って、さてこれからどうしようかと思って
一寸思案。
「あの」
「何?」
「ぼくんち、来ませんか?」
「へ?」
「なんか帰り辛かったんで、来て貰えると嬉しいんです」
「こっちは良いけどさ。ダイジョブなん?」
「はい」
「じゃ、行くわ。何処?」
「こっちです」
先に立って歩き出す後姿にうきうきとした感じを受けるって、気のせい
なんだろうか。そしてふと感じる嫌な感覚。まさか、ね。そう。まさかだろ。
「あ」
「なんですか」
「お前の名前、何だっけ?」
「ミノル、です」
「ミノルさぁ、求と約束があるんじゃね?」
一瞬無言。赤らむ顔。そして、
「あったんだけど、もう、良いです」
寂しい笑顔。諦めを知った時の僕と同じの。
「そっか」
「今はさんが一緒だし」
「お前ね。僕がどう言う立場にいるか判ってて言ってる?」
「求さんの元恋人でしょ?」
年下に軽くいなされてしまった。
「ま、そんなもんか」
「ぼくもそうだし」
「ついさっき?」
「です」
「キスしてたじゃんよ」
「さよなら記念にって事で」
「僕に釘刺しに来たんじゃ?」
「八つ当たりのつもり、でした」
静かな声と、涙の落ちる気配。
「でも、さん優しいし…こんな事やってるぼく、バカみたいだ」
「バカみたいじゃなくて、バカなんだよ」
年下は趣味じゃないんだけどな。自分の年から言っても今まで
対象外だったし。
「人を好きになっちゃったら、誰でもバカになっちゃうんだよ」
ま、学ラン相手よりは多分自然だろうな。抱き合ってても。ミノルも
僕も今は寒いから、丁度良いのかも知れない。
「お互い、バカな奴に引っ掛かったよな」
「無神経だし」
「キスも下手だったし」
「アレ…は上手だったかも」
「僕が教えたから」
「そうだったんだ」
何を小坊が話してるんだか。僕が6年で、ミノルは多分5年生…普通に
考えてもませている事には違いないだろうな。…って、待てよオイ。
「今、アレが上手ってすげーすんなり言ったよな?」
「言ったけど」
「鬼畜な奴。僕より年下にフルコースかよ」
「チョイ待った」
「?」
「誰が誰より年下だって?」
「僕よりミノルが」
「あっさり外見に騙されてくれ過ぎだよなぁ」
ミノルの表情が随分大人びた風に変わってるけど…一寸、なんなのコレ?
「ミノル…さんって小坊だっけ?」
「ンにゃ、中坊。求のいっこ上」
「さいなら!」
踵を返して走ろうとしたら襟を掴まれて身動きが取れない。
「止めてくれるなおっか」
「小坊が古臭いセリフ言ってんじゃないよ。言ったろうが、八つ当たり
だって。当然嫌がらせも含むわな」
「だって、僕より半ズボンが似合う中学生なんて反則だよぉ」
「好きで穿いてたんじゃねーぞ。求の趣味を押し付けられたんだ」
小柄だからダッシュすれば振り切れると思ったのに、ミノルさんってば
随分力持ちでやんの。あー、もうなんか思い切りバカみたいだ。
「ってば、大人びてたみたいに聞いてたけど実際はかなりガキなのな」
で、ぐいと一引きされてミノルさんの横に引っ張って来られて、
ヘッドロックされて頭をグリグリされてる…あ、こう言う感じって
新鮮だ。なんか年上の人に甘えてるって感じ。
「しょーがないでしょ。甘える機会が無かったんだから」
「求と一緒じゃなぁ。ぼくだって甘やかせる立場にしか居れなかった
もんな」
「でしょ?」
「おまけにあんにゃろ、されるのは嫌だとわがまま言いやがるし」
「ミノルさんって、元々上な人なの?」
「どっちかと言えばな。でも相手なら下でも良いか」
「いいの?!」
いきなり棚からぼ…クリスマスだから苺ショートって所?
「を待ち伏せたのは八つ当たりってのもあったんだけどさ」
首筋を両手で抱きしめられる。
「一目惚れした、って言ったら笑う?」
「一寸複雑、かな」
「だよな」
悪戯っぽい微笑。そして、鼻先を舐められる。
「これで一寸は信じられる?」
「多分」
「じゃ、決まり。家入ろう。さみーわ」
「あ、ミノルさん」
「何?」
「僕携帯持ってないんだ。後で電話貸して?」
「家?」
「うん」
「いいよ。うちは今日親留守だし」
そして、次の一歩。 (終) 葡萄瓜XQO
2004.12.3脱稿/UP
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