二人祭

 
 見世の一隅に設えられた棚の前に、古びた手毬が転がっていく。
 まるで意志を持ったかの様に、ころりころりとにじり寄る。
 『起きて居るか?』
 貝の数珠を揺らす様な声が聞こえる。
 『待ち草臥れて、転寝して居ったわ』
 銀の鈴を叩いた様な声が、それに応じる。
 ぼォと光る手毬から浮かび出たのは、前髪剃らぬ町衆姿の年嵩子供。
 棚の上に鎮座していた人形から浮かび出たのは、その人形と瓜二つの
幼げな若衆。
 にィと心通じ合わせて笑った二人は、見世のレジカウンターの上にひらりと
飛んだ。
 
 『久しぶりだの』
 『いかにも。店の中では共に並んでは居るが、こうして話す事なぞ無いな』
 『憑者同志が顔をつき合わせても仕方あるまい』
 『そうかの』
 町衆がついと若衆を引き寄せる。
 『睦言紛いか。酔うても居らぬに』
 『今から酔えばよかろ?』
 『酔うならこの一献にしやれ』
 振り下ろした指の先に浮かぶはギヤマン徳利にビイドロの杯。徳利の中には
赤い酒が満たされている。
 『供え物をくすねたか』
 『見世の亭主の心尽くし。頂戴せねばならぬしな』
 杯を手渡し酒を注ぎ、早く呑めと目で促す。応じて町衆が飲み下した酒のその味は、
 『若い酒だの』
 『今年獲れた葡萄で醸した酒だと言うて居たな』
 『道理での』
 『しかし、不思議なものよ』
 『そうだの』
 『憑者になってから酒を味わう日が来ようとは、思うても見なかった』
 『誠にな。増してや、お前様の様な二本差しと酒を呑むとはな』
 『我はぬしの菩提寺に子飼いになっておったろうが。呆けたか?』
 『古い話過ぎて忘れて居ったわ』
 『だろうの。自分でも時々夢じゃと思う時があるからの』
 そして促されるもう一献。照れた笑いで杯は干される。
 『耶蘇祭の逢瀬だ。互いに野暮は言うまいよ』
 『仏の傍に居ったに、伽羅臭い事を言う』
 『我の傍に追ったのは飢えたる男ばかりよ。ぬしが居なければ、安らげなんだ』
 大人になりかけ其の侭の声で、若衆が漏らす。
 『それは俺がまだ男の目覚めを知らなんだからじゃ。知って居ったらお前様を
どうしていたか』
 『ぬしは変わらぬよ』
 ゆらりと若衆は町衆に凭れ掛かり、口付けを掠め取る。
 『酔うてきたわ』

 その刹那、見世に一筋の明かりが差し込んだ。身を堅くする二人の耳に届くは、
見世の主の息遣い。
 「酒ばかり供えて、膳を供えるのを忘れていましたね」
 明かりは主の額からさしているらしい…両手を使う為にヘッドランプを装着して
いるのだろう。そして空いた両手には黒塗りの膳が捧げられている。湯気は
立っていないが、味わい深そうな薫りは立っている。
 「メリークリ…いや、耶蘇祭りおめでとう御座います」
 膳を人形の棚の前に備えると、一礼して言う。そして、更に一言。
 「後はもう無粋は致しませんので、ごゆっくりと」
 訳知り顔の微笑みで言う。

 『…全く…聡いのか鈍いのか判らぬ男よ』
 『恐らく俺達の事は』
 『見えては居らぬが察していような』
 『そう言えば、俺がこの見世に来た時なんだが』
 『撫で擦られて、囁かれたか?』
 『よく判るな』
 『我の時もそうだったからの。泣かれてしもうて弱ったわ』
 『…それは、見えた上で泣いたのではないのか?』
 『さての。とりあえず肴も来た事だから、もう暫く』
 『そうだな。二人祭も悪くない』
 黒塗りの膳の上に並んでいるのは鴨の葱間串に薄紅色をした茶碗蒸が二組。
一応はクリスマスカラーと洒落込んでいるものらしい。
 『聡いうつけか』
 『その様だの。生臭を避けているのは褒めてやるべきか』
 『我等の好みも一応は考えては居るしな』
 『が、この蒸し物の色はちと面妖な』
 『唐茄子で色をつけたのでは無さそうだの。唐辛子にも似て居る様だが』
 『面妖な色ではあるが、美味い』
 『江戸の仕立てとは違う様だな』
 二口食べて一献、三言喋りて一献。二人祭は静かに熱くなってゆく。
 『熱うなったわ』
 若衆の囁き。
 『下帯だけでよかろうさ』
 町衆が応える。
 『体が揺れてきた』
 『少し横になれ。膝を貸す程に』
 『かたじけない』
 まだ大人に為り切らぬ胸板が、静かに上下している。肌の上気は,杯を重ねた
所為だけであろうか?
 『薄い胸だの』
 『男になる前に逝ったからな』
 『柔い肌だ』
 『止せ。くすぐったい』
 『のう』
 『ん?』
 『かげまとは、どう言う字を書くのだ?』
 『何かと思えば、藪から棒に』
 苦笑いと共に、若衆の頬がやや赤らむ。
 『串の童、と書くかの』
 『くしのわらべ…仮名でしか思い浮かばぬわ』
 『仕様が無いの』
 起き上がって、肌を近付ける。
 『この』
 町衆の肩に手を置き、その手を肌沿いに下に滑らせて、
 『串で』
 下帯の上から町衆の股座を撫で上げる。
 『貫かれる童ゆえ、串の童と書くと聞いた』
 『この串でか』
 町衆も、下帯の上から若衆の串を撫で上げる。
 『熱くなっているな』
 『相身互いよ』
 『酒のせいかの?』
 『知って居ろうが』
 喉の奥で静かに笑い、思い切り身体を預ける。その拍子で町衆が組み敷かれる
様な格好で倒れ込む。
 『矢張りこうなるな』
 『我で良いのか?』
 『お前様が良い』
 腕を廻して、放すまいと抱きしめる。
 『お前様が串で突かれていた時』
 耳元での呟き。
 『俺は、お前様を突く自分ではなくてお前様に突かれる自分を思うていた』
 『酔狂よの』
 『お前様にこの身を渡す為なら、命を捨てても良いと思うて居たからな』
 『…それならば、恨むぞ』
 『うむ?』
 『生きていてくれれば、現身で交わる時も出来たろうに。このうつけ者が』
 涙で濡れた唇と、そうでない唇が静かに重なる。
 『すまぬ。あの時は永らえると言う事は露とも考えなかった』
 『我の様な身でも、支えがあれば生きられる。ぬしの様に凛とした気持ちを
持つ者ならば、被った汚れも難なく消え去ったろうに』
 『子供だったのだ』
 『今も子供ではないか。子供のまま年を重ねただけ、であろう?』
 若衆の涙を口付けで吸う町衆の顔は、穏やかな笑みに満ちている。
 『そうだな。お互いに童の侭。このままじゃれ合っていれば何時までも過ごせような』
 『願い適わばどちらかが浄土往き、か』
 『往生はしたいが、又離れるのはまだ辛い』
 『なれば今暫く』
 浅く深く、憑者達の唇は重なり、裸形はぼォと光っていた。     (終)

                       2004.11.26脱稿/2004.12.3UP  葡萄瓜XQO
 
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