私には只、呆然と立ち尽くすしか術は無かった。
眼の前では私を嘲笑うかのように二つの髑髏が
寄り添っている…。
私が森に囲まれたA…村に立ち寄ったのは一昨日の
事だった。仕事柄野宿を続ける事が多かったが、
薬の材料を欲していたのと(無意識に)人の温もり
なるものを欲していた為、珍しく人里に入ると言う
事になった。
しかし、村人の様子が余りにも尋常ではない。
確かに私は余所者なのだから警戒されても当然
なのだが、それ以外の感情が眼差しから汲み取れる。
其れは穢れたものに対する蔑みと其れを上回る
恐怖だ。恐れを知らぬ幼子でさえも其の恐怖に
強張っている。
せめて誤解だけは解かねばならぬ。私は確かに
異教の薬師ではあるが、だからと言って神を信ずる
人を害するつもりは欠片たりとてない。せめて
一人でも良いから耳を傾けてくれぬものかと思案した
其の時である。
「…つかぬ事を伺うが、」
背後からの声にふと眼差しを向けると、村の長と
思しき老人が立っていた。村人が一斉に恐怖に
固まる中、恐れの一欠片も見せず、私の瞳をジッと
見据えていた。
「私は、ここへ初めて参りました。異教の民で
ありますが、其れが皆様の恐れを呼ぶと言う事
でしたらとくと立ち去りましょう」
「…いや、申し訳ないじゃ。寧ろ其れならば
問題は御座らん。皆の衆!此の方は影に非ず!
客人じゃ。宿の支度をなされ」
長の一声が掛かると同時に私は歓待された。
其れは私の心の罅割れを埋めて行くに充分すぎる
温もりであった。が、何処か腑に落ちぬ。特に
私の顔を見るにつけされる若者には少し早い
者達の目配せ。
長に対して口火を切ろうとした刹那であった。
「無礼な事を伺いまするが」
「何なりとお聞き下さい。判る事ならお答え致し
ましょう」
「異教の民にも禁忌はあると聞き及びます。其の
…私達の神の言う『失われた街の咎』に当たる物に
ついて、如何思われますかな?」
……其れが漂っていた恐怖の正体か。ならば些かも
問題は無い。
「其れは私の奉ずる神とても禁ずる事。私も戒律を
守っております」
「是はしたり!不快な事をお聞き申した」
今度は私から切り出してみた。
「長よ。先程影と仰られましたが、それは今の問いと
関わりの在る災いでしょうか?」
「聞いてどうなされる。客人が如何な力をお持ち
だろうとて、其の顔では…」
「私の顔に何か不都合でも?」
不意に、話に割り込む女性の声。
「貴方様に穢れの累が及びまする。…長よ、
どうか私に行けと仰って下さいまし」
「早まるでないぞ!サマデア。そなたの咎ではない。
定めだったのじゃ」
「いえ、あれの咎即ち私の咎に御座います。
これ以上同じ穴に落ち行く方を作らぬ為にも
…何卒…」
声の主の姿を見れば、余りある疲れにやつれた初老の
婦人であった。察する所、当事者であるらしい。
「サマデア様、と仰いましたか?」
「左様で御座います」
「不思議な縁とは思いますが、私とて些かの術は
心得ております。私が最初は拒まれ、そして今
逗留が叶ったのも目に見えぬ手の導きでしょう。
話をお聞きするだけでも貴女の胸の内を些か晴らす
事が出来るやも知れません」
「勿体無いお言葉で御座います。さりとて、ヴォ
ロンデの咎は母である私の…」
「ご子息が、如何なされたのです?」
いざとなれば術を用いて聞き出すつもりだった。
些か所か本来の私は北の島の術師の長。憑物落し
ならばこの周辺の教え長よりも上手くやる
自信があった。
だが、サマデアは話し始めた。息子の名を思わず
叫んだ事で、口枷が取れたかのように…。
ヴォロンデには掛替えの無い友がいた。
サマイカーヴという名の其の若者はこの地の教え長の
甥に当り、教え長が老いた今、代わって神の使いの
役についていた。
二人が友となったのは去る事12年前になろうか。
ヴォロンデ7歳、サマイカーヴ10歳の冬。ヴォロ
ンデが母とこの地に流れて来た時の事。病に倒れた
彷徨人であった二人をサマイカーヴが家に連れて帰り、
看病した事がきっかけだった。
「有難う」
「困っている人がいたら、当たり前だよ」
幼心にも感ずる所はあったのだろう。其の日より
サマイカーヴを師と恃み学問に励むヴォロンデの
姿が在った。
二人の友としての在り方は人も羨むほどであった。
寄りかかりあうのではなく、共に引き上げあう関係。
其れは異国の神話時代の学者達の姿にも似て、
村人達は頼もしく思ったものである。
そう、2年前までは、彼等は村の誇りだったのだ。
「2年前、ですか?」
「…はい。あの事が起きるまでは」
新たな関係者が出て来た様である。長がそっと
耳打ちしてくれた。サマイカーヴの唯一の身寄り
である教え長だとの事だった。
「いえ、本当の事を申せば、ヴォロンデがこの
村を出た事が、総てのきっかけだったのやも
知れませぬ。私の狭量が招いた事」
「教え長、何を迷われます。私の息子が…」
「其れを諭せなんだのはサマイカーヴじゃ。其の
サマイカーヴを教えたはこの儂。儂とて神の御前で
そ知らぬ顔は出来ぬ」
二人の遣り取りで、事がおぼろげに見えてきた。
迷っても仕方ないので其の侭切り込んでみた。
「却って気を悪くされたのなら申し訳ないが、
ヴォロンデの、否、ヴォロンデとサマイカーヴの
咎とは『失われた街の咎』、種蒔く者同士の…」
「如何にもですじゃ」
長が言葉を引き取り、物語は続けられた。
(下に続く)