雨月の使者
『君は、何処に落ちたい?』
耳元で返事を囁かれて、強く抱き締められた。
無論、俺も強く抱き返す。
駆け巡る走馬灯。
『日本人てぇ奴はお前さんみたいにウジウジウジウジ考え込んで
やがんのかよ?ええ?』
何でそんな台詞を口走ったのか、全く覚えていない。覚えている
のは、俺の台詞に対する彼のリアクション。
俺の台詞に泣き出しそうな表情になったと見えた。
泣いてしまえ!と思った俺と、泣くなよ…と胸の内で呟いた自分。
彼は、一瞬の沈黙を飲み込んで、微笑んで返した。
「僕が日本人の代表ならば、多分君の言う通りだろうね」
ジョーにとって、日本人であると言う認識はとても大きなものよ、
と003に囁かれた意味が、その時判った。
「何を、思い出してたんだい?」
耳元の声に、我に帰る。
「ここは」
「さぁ?」
おどけた風に肩を竦める…って、其れは俺の十八番じゃねぇか!
「少なくとも、死んだ後の世界じゃ無さそうだね。生きている世
界でも無さそうだけど」
「根拠は?」
黙って指を刺す。その彼方に有った風景は、今なお続く戦闘。
「戻るぞ!」
「本心?」
今まで見た事も無い、冷たい横顔。
「当たり前だろう、009」
「ジョー」
「え?」
「009は、今ここに居ない。002もね」
「だって…」
「この世界に今居るのはジェット=リンクと島村ジョー、でいい
じゃ無いか」
その台詞に、思わず熱くなる。
「お前なんて、俺の知ってるジョーじゃ無い!」
「知ろうともしてなかっただろ?」
なおも冷たく返される声。
「ああ、003の尻にくっ付いて廻る坊やの事なんて、知りたくも
ねぇよ」
「そう言い訳して、踏み込まなかったんだよな、いつも」
台詞の温度が一気に上がる。俺を刺す瞳に満ちている感情は、怒
り?
「あの時僕がどんな気持ちになったか、知りもしない癖に!」
心を読んだ?ああ、この世界なら有り得る事かもな、と瞬時に了
解して、そう来るなら、と喧嘩を買う気になる。
「日本人と思われない事がそんなに嫌だったのかよ?」
「ああ、嫌だったね!君みたいな根っからのアメリカ人には判ら
ないだろうさ」
「判る筈ねぇだろうが。第一、アメリカ人ってなんだよ!え?」
俺の切り返しに、一瞬たじろいだかも知れない。で、図にのって
みる。
「俺はアメリカに住んでただけだ!故郷がアメリカなんて思った
事はねぇよ」
そして、苦笑いと共に蛇足。
「アメリカ人って呼ばれてる奴等の凡そは、そうじゃねぇかな」
瞬時に、ジョーを包む空気が和やかになる。
見えない壁に凭れて、其の侭ずるずると腰を下ろして座り、右手
で瞼を覆う。
「…判ってくれてたんじゃないか」
「とっくにな」
しゃがんで顎に手をかけ、無理矢理視線を合わせる。泳ぐ視線の
不意をついて、
「…上手いな」
「遊んでやがったか」
「遊ばれてたんだ」
さらりと、凄い事を言う。
「残念ながら、一通りは済んでる。こう言う体になってからは君
が初めてだけど」
「君…他人行儀だな」
「じゃ、00」
「違うだろ?」
意趣返しで、囁いてやる。
「ジェット、だ。ジョー」
永い一瞬が終わった後、声が揃った。
「還ろう。皆のもとへ」
『君は、何処に落ちたい?』
『君となら、何処だって良い…ジェット』
(2003.1.6)
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