重ね杯
古臭い感覚かも知れないが、屠蘇散を酒に漬け込むと
さあ新年を迎えるんだという心持になる。反面、屠蘇に
段々馴染んでくる味覚の事を考えると少しずつ歳を喰っ
ているんだなぁとも実感する。
「眉間」
「ああ?」
「よったままで良いって言うなら以後注意しないけど
な」
蕎麦の丼に専心しているかと思ったらツッコミが入っ
たので思わず咽る。こんな事なら盛り蕎麦にして置くべ
きだったな。板蕎麦にも使えそうなごつい麺だし。
「ガキの頃が懐かしくなるってのは、判らんでもない
んだけどな」
「そう?」
「俺も懐かしくなったりするよ。色々遣った後とか、
な」
まあ、確かにね。
オレと相方はそれこそ下手したら遺伝子の頃からの付
き合いだもん、ね。生まれた時から約束された関係と言
うのは流石に大仰だけど、物心ついた時には多分お互い
にこの子が相手って思ってた、と思う。うん、多分その
筈だ。相方にはっきり白状させたことは無いけど、少な
くともオレはそう。
「一等最初に一緒に裸になった時って、覚えてるか?」
「何時だっけ。なんかはっきりしてる様ではっきりし
てない」
「俺もさっぱりと言う感じなんだけど…多分保育園に
上がる前辺り、かなぁ」
「そんな前かぁ」
「で、そん時に俺、お前に抱きついたらしいわ」
相方の顔面に蕎麦と唾液の混合物が直撃したが、んな
モン知った事か。咳き込みつつ俺は兎に角飲み物を探す。
思考停止は勿論の事だ。それでも浮かんでしまう考えを
何とか整理してゆけば、相方は当時乳幼児でありながら
同じく乳幼児のオレの肉体に欲情したと言う事になりそ
うだ、と。
うーん、どうも上手く思考回路がついて行けない。そ
りゃ、小学校入学以降相方と一足飛びに性の方面から大
人の階段を昇った事は認める。否定はしない。むしろそ
の当時の経験があるからこそ今のオレ達の関係の穏やか
さと言うのがあるんであって、これが社会人になって以
降とかそう言う辺りだったら別の意味で相当に苦労した
だろうな、と思う。
あー、うん。
乳幼児だった相方が同じ乳幼児だったオレの体で欲情
しただけなら、別に良いんだ。
ただ、うん、ただ。
別の体で欲情した可能性を瞬時に思い浮かべてしまっ
たんで嫌な気分になったのかも知れない。オレの体に欲
情したって事は、多分その当時から男と言う性を愛情の
対象として好きだったって事だろうから。
………莫迦みたいな嫉妬だってのは判ってんだけどね、
充分に。
「あのなぁ」
「ゴメン。流石に気持ち悪いよね。風呂沸かしてくる」
「いやそれは良いんだけど」
「兎に角ゴメン」
風呂沸かすついでに一寸発散しとこ。これ以上変な顔
は見せたくない。
と、何でオレは前に進めませんか?そして君は何でオ
レの手首を掴んで引き止めますか?会話の脈からせめて
察してくれっての。
「とりあえず座りなさいよ」
「……はい」
先に実力行使で引き止めるって事は本気なんだよと言
う相方のサイン。そのサインがでたらオレに逆らう権利
はない。
で、相方の表情はと言えば、今まで見た事も無い様な
変な顔だった。強いて言えば恥ずかしさに悶えてるとい
う感じ。
「その、ね。俺の方が、ごめんなさい」
へ?
明後日の方を向いて耳まで真っ赤にして、相方はモソ
モソ言葉を続ける。
「どうも俺は上手く日本語を操れなくてね」
「…うん」
「その、なんだ…一等最初に裸を見た瞬間からあんた
だけに欲情してるんだよ、と言う事が言いたかった訳で、
ね」
「うん?」
どストレートな言葉なんで完全に好意として解釈する
ぞ?オレが君を欲情させた最初の男って解釈して良いん
だな?
「ガキの頃から相思相愛…なんだろうから、難しい顔
しないで一緒に年を重ねて行こうよ、と言いたいつもり
だったんだけど」
「うん…」
「乳幼児が乳幼児に欲情するって、やっぱ変か?」
思い切り真面目な顔で訊くなよ。もう。
言葉で返事を返すのが面倒臭くなって、唇を重ねる事
で返事と言う事にした。こちらの攻勢に戸惑っていた厚
い唇がゆっくりリラックスしてくる。じゃあ、ついでに
脇腹も軽く逆撫でしておこう。布団の中で素直になって
貰える様に。
「……大胆過ぎ」
息継ぎと同時に言われ、凭れ掛られる。
「風呂にする?シャワーにする?」
「シャワー。一緒に。欲情は後載せで」
見透かされちゃ仕方ないか。でも、保障は出来難いな。
このまま抱き合って蟹歩きで浴室に行っても良いよね?
一人じゃ歩き難くなってるのはお見通し。夜明かしして
一献の屠蘇で新しい年を始めるのも良いじゃない。この
先も一緒だと言う約束をくれた事で舞い上がってしまっ
てるんだから。
(2007.12.31)
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