やさしくさわって

 土曜日、学校が終わったら秘密の時間が始
まる。
 其れは少し気恥ずかしくて、そして大人の
匂いのする、僕に必要な儀式の為。

 自分の部屋のベッドにランドセルを放り捨
てて、兄ちゃんの部屋のふすまをノックする。
 「いーぞー」
 そろそろ落ち着いてそうな兄ちゃんの声。
前の声も好きだけど、僕は今の静かで少しぶ
っきらぼーになった兄ちゃんの声も好き。
 「お邪魔しまーす」
 「変なやーつー。同じ屋根の下じゃんか」
 節をつけながらからかわれる。いーんだも
ーん。おねだりしに来たんだし。
 「兄ちゃん、あのさ」
 「あー、言うな言うな。お前のおねだりは
判ってるから。ここで良いだろ?」
 「…全部?」
 「下着以外な」
 にやにやしながら言われちった。やんなっ
ちゃうな。小一の身体測定でマッパになった
事を今持ち出さなくても良いじゃん。
 「兄ちゃん」
 「んだよ」
 「汗臭い」
 「文句言うなら着るなよ」
 「えへへ。嫌いじゃないよ」
 拗ねた兄ちゃんの後ろに回って、耳をぺろ
っと一舐め。
 「!※○×△」
 「兄ちゃんのものなら多分なんでも好き」
 「……帰って来てからだぞ」
 耳まで真っ赤になった兄ちゃんの目の前で
学ランに着替える。この頃背が伸びた僕に小
柄な兄ちゃんの学ランはぴったりと合ってし
まう。動くとかすかに兄ちゃんの汗の匂い。
 「一回転してみな」
 くるっとターンする僕を見て満足げに二度
三度うなづく兄ちゃん。
 「さすが俺の弟。いい男じゃん」
 「……ばっか」
 今度は僕が真っ赤になる番だった。

 右良し、左良し、誰もいないよ、ね?
 心の中で指差し確認をして僕は家電センタ
ーのお目当ての場所に陣取った。先々週入荷
した最新式の電動マッサージ椅子。全身揉み
ほぐし機能BGM付き。凄い人気で中々座れ
ないんだよね。
 僕が兄ちゃんから学ランを借りてきたのも
この椅子に座りたいから。だって、小学生じ
ゃ座れないんだもの。普通の服でも良いんだ
ろうけど、中学生っぽく見える服って僕持っ
てないしさ。
 学ランだったらどこからどう見ても中学生
に見えるから良いかなって思ったんだ。
 電源を入れて、全身揉みほぐしコースを選
んでスイッチオン!
 ………気持ち良いよぉー(涙)
 小学生が肩こりとかしないって嘘だよ。こ
んなに揉んで貰って物凄く気持ち良いし。兄
ちゃんと遊んだ後さすって貰ったりするけど
さ、気持ちは落ち着くんだけど全身堅いまん
まなの。そ、全部ね。
 どうせなら兄ちゃんの手でこのほぐし方や
って欲しいよなー。だったらお礼に張り切っ
ちゃうのに。あ、僕が覚えて兄ちゃんにやっ
てあげるのも良いかも。兄ちゃんこの頃だる
そうだしさ。
 そんな事を思っててついニヤニヤし過ぎち
ゃったみたい。通りすがりのオバサンに変な
目で見られちゃった。あーあ。

 ドスン。
 僕の隣の椅子に誰か座った気配。でも確認
できない。丁度今クライマックスの全身揉み
ほぐしで手足はがっちりエアマッサージに掴
まれちゃってるんだ。目だけを動かして観よ
うとするけど、駄目。紺色のブレザーっぽい
服、までは判るけど顔が見えない。仕方ない
ね、僕が終わってからこっそり確認しよう。
 そして、僕のコースがめでたく終了。ホン
トはもう一度やりたいけど三十分までのお約
束だし、変に顔を覚えられて目をつけられて
もやだ。だから、大人しく席から立って背伸
びするついでにお隣さん確認…って…エーっ?
 パニクって金魚になってる僕を平然と見返
してにやりとする明良。
 「終わるまで待っててくれな?」
 余裕たっぷりに言うなよ!だ、第一そのブ
レザー誰のなんだよ!
 その場で速攻尋問したかったけど、とりあ
えず我慢我慢。ミックスジュースおごらせて
尋問するのも悪くは無いよね。うん。

 「で、其れ誰の?」
 「兄貴の借りた。似合う?」
 「まーまー。ってか、汗臭いまんま着るなよ、
恥ずかしい」
 「汗臭い学ラン着てにやついてた奴に言われ
てもなー。口止め料、バナナパフェでいーぞ?」
 「尋問してるのは僕だっての!第一、明良に
肩こりがあるってのが奇跡だミラクルだ水曜ス
ペシャルだ」
 「肩こりじゃないってば」
 「じゃなんだよ」
 手招きされて耳を近づけた僕に小声でささや
くバカ。
 「あのさ、腰が最近痛くてさ」
 「…………相手、兄ちゃん?」
 「何で判る?」
 驚いてるバカは放って置こう。付き合ってる
と心底疲れる。
 で、一通り驚き倒したバカに手招きして耳元
で言ってやる。
 「僕の相手もそうだし」
 言ってからついでに耳を一舐め。あ、結構良
い感じかも。嫌な様子もないし、頬がうっすら
赤い。で、なんで僕をウルウルした目で見るん
だよ。その気になるよ?
 「なんか意外」
 「そう?」
 「甘えて抱きついてそうな感じだったから」
 「ふーん?」
 その先に何か期待してるみたいだけど、こっ
ちは気付いてやんない。とりあえず兄ちゃんは
僕のものだし僕も兄ちゃんのものだし。
 「明良も予約済みでしょ?」
 「うん、だけどさ…」
 あ、結構明良って可愛かったんだ。ってよろ
めいてどうするんだろ。でも、お試し期間って
事なら良い、かな?
 「とりあえず、明日迎えに来て」
 「へ?」
 「先ずは友達から、ね」
 ゆっくりと加減をつけて手を握るともう真っ
赤になってやんの。
 「う、うん」
 「お互い兄ちゃんを卒業したらその時にね」
 「練習しといた方が良い?」
 「どっちの?」
 「兄貴の役割」
 「どっちでも良いよ、僕は」
 「俺がしたいの。良い?」
 「ん、良いよ」
 明良の目、もうウルウル。格好良い人が見せ
る可愛い仕草にはまり易い体質なのかもね、僕。

 其れから毎週土曜、僕らはマッサージ椅子の
お試し場で待ち合わせて、そして…。    
                   
                   (了)
    2003-01-06脱稿 2007.4.30up

かつて印刷物として発表した中の一篇。
男の子同士の恋以前の感情を書こうと試みた。

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